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150話 ソンとの決着〜其の弐〜

「せいやぁッ!!」


 声と共に薙刀が振るわれる。林の中という、長柄の武器を扱いにくい場所であるにも関わらず、バンドウは己が手足のように苦もなく操っていた。

 ホシミはかがむことでバンドウの斬撃を回避し、距離を取るべく後方に跳ねる。

 既にホシミについて来た兵士たちは撤退させ、ホシミは殿(しんがり)で敵の追撃を阻止する役目を引き受けた。その為、現在残っているのはホシミだけである。


「邪魔……だッ!」


 後方に跳ねたホシミを追うようにソン兵が二人、左右から挟撃してくるが左手の兵士の剣を受け止めている間に右手の兵士の攻撃を避け、蹴り飛ばしてからもう片方も吹き飛ばす。

 茂みの奥に吹き飛び姿が見えなくなったが、死んではいないだろう。


「魔術師にしては随分と剣の扱いに長けているな」


「師が良いのでな。私の師は私では攻撃を掠らせることすら叶わないぞ」


「それはそれは。武人として大層興味があるな。是非、その技を教授願いたいものだ」


 互いに得物を構え直しながら会話をしているが、目は油断なく相手を見据えている。


「ふっ!」

「はっ!」


 一合、二合と打ち合い、三合目を打ち合おうとした時にバンドウの薙刀を持つ手の位置がおかしいことに気付いた。柄の中央に両手を移動していたのだ。


「はあッ!!!」


 打ち合い、弾かれたバンドウの薙刀は刃と石突の部分の上下が入れ替わる。そしてそのままホシミの腹部に突きたてた。


「ぐっ……!?」


 突かれる直前に地を蹴って上手く衝撃を逃したが、腹部には僅かに鈍痛が走る。

 だが痛みは無視出来る程度だったため着地後すぐに切り返すべく攻撃を仕掛ける。

 斬り下ろし、しかし受け流される。斬り上げ、こちらは躱される。突き、これは受け止められる。


「長柄の武器にも関わらず、某が何故ここを戦場に選んだか教えてやろう。このような障害物の多い場所ではな、太刀筋が限定されるのだ。故に対処が容易になる」


 鍔迫り合いながらそう話すバンドウは余裕の表情を見せた。しかしホシミはさして気にせず、冷静に返す。


「成る程。だから先程から容易く受け止められるのか。だが、お前こそ気付いているのか? いつの間にかお前以外の兵がいない事に」


「何?」


 ホシミに言われてバンドウはホシミを弾き辺りを見回す。

 始めはホシミを囲んでいたソンの兵士たちの姿は影も形もなかった。


「一体何を、───!?」


 問い掛けようとした時に、不意に身動きが取れなくなった。まるで全身をがんじがらめにされてしまったかのようだ。


「『何をした』か?」


 剣を仕舞ってからゆっくりと歩いてくるホシミの様子に、バンドウは己が何か失態を犯したことに気付いた。しかし原因は分からず、近寄ってくるホシミを制止する為の動きも言葉も発することは出来ない。


「黒属性魔術の一つ、影縛り。お前と戦っている間、私はずっとお前たちの影に魔力を流していたのだ。これは発動まで少し時間がかかるのが欠点だが拘束力は強い。それに、お前も言っていただろう」


 何を、と目で問い掛けるバンドウにホシミはさも当然であるように言い放った。


「私のことを魔術師だと呼んだだろう。剣は私にとって手段の一つに過ぎない。だが私が思った以上に剣を扱えたからだろう、お前はそれを失念していたな」


 とうとう目の前まで迫ったホシミは、バンドウの影を一度叩く。するとバンドウは首への圧迫感と共に酸素が欠乏したことによる息苦しさと眩暈を覚えた。


「安心しろ、殺しはしない。だがしばらくの間眠っていて貰おう」


 その声を最後にバンドウの意識は途絶えた。

 ホシミはバンドウが地に倒れ伏す姿を見届けてから一つ息を吐く。


「思ったより時間を食ってしまったな。犠牲も多く出してしまった。ついて来てくれた者に悪い事をしてしまったな……。一先ず、彼らを人質として自陣に運ぶとするか」


 気を失ったバンドウとソン兵を運搬する為の人手を求めて一度本陣に帰投するホシミだった。







 ーーーーーー







「ああクソっ、また逃げていきやがった」


 再度突撃してきたソンの騎兵だが、ヴァンが駆けつけるやすぐに転進して後退していった。

 これで何度目か。最初の突撃よりは犠牲になる数は減ったものの、騎兵の突撃を受けて完全に犠牲を出さないのはやはり不可能だ。

 ヴァンが駆けつければ即座に後退するので敵にはあまり損害を与えることが出来ていないのも苛立ちを助長する。

 飛ぶことも考えたが、一人だけが飛んだところでただ的になるだけだった。


「あの丘ごとぶっ潰してやろうか」


 逃げ遅れたソン兵を斬り殺しながらそう言うヴァンの目は冗談ではなく本気である。

 出来るか出来ないかはさておくとして、今の彼ならば本気でやりかねないと思わせた。

 そんなことを言っていると、再びソン兵が向かってくるのを視界の端に捉えた。

 その瞬間、背の翼を広げ地面すれすれの低空を可能な限り高速で飛翔する。


「オラあああッ!!!」


 加速の勢いを加えた斬撃は突進中の騎兵を馬ごと一刀両断にする、のみならず大剣を振り下ろした際に発生した衝撃波でも同様の現象を巻き起こす。

 只人(ヒューマン)なんかでは到底不可能、力自慢の獣人(ビースト)でさえ成し得ない強引な力技で騎兵の先頭を一掃し勢いを完全に殺したのだった。

 勢いを殺された騎兵などヴァンにとって取るに足らない相手である。何とか態勢を立て直そうとするうちに一人、また一人と屠っていく。

 騎兵の一部隊を完全に殲滅するのにさほど時間は掛からなかった。


「騎兵がたった一人に敗北するとは……。やはり貴様は危険だな、龍人(ドラゴニュート)


 丘の上から悠々と歩いてくる男は鹿の角と耳を持つ獣人(ビースト)だ。それはヴァンにとって見覚えのある姿だった。


「シゲン……だったか。何だ、またやられにきたのか? 悪りぃが今回は手加減してやる余裕はねえぞ」


「生憎だが我とて再び負けるつもりはない。それに、我が貴様を抑えれば精鋭たるソンの騎兵は早々にラナを食い破るだろうしな」


「……」


 無言で剣を構えるヴァン。シゲンの背後では、再度突撃の準備を整えている騎兵の姿が見えた。悠長にしている時間はない。

 シゲンはあと二十歩ほどの距離で足を止め、腰だめの姿勢になりながら手を鞘と刀の柄に伸ばす。


「ッ!」


 ヴァンが翼も利用した突撃で一刀のもとにシゲンを両断せんと迫る。しかしシゲンは動かない。


「始原一刀流……奥義」


 誰に聞かせるつもりのない、自身へ向けた言葉を呟くシゲン。

 もうヴァンは目と鼻の先だった。

 一瞬で抜刀、鞘から抜く時に中で滑らせることで威力を上乗せし必殺の一撃を見舞う。


「おおおおおおおォォォッ!!!!」

「はあああああァァァァッ!!!!」


 気迫と声がぶつかり合い、二人がすれ違う。

 互いに背を向けあったまま無言で、その場から一歩も動くことはない。

 暫しの沈黙の後、先に膝をついたのはヴァンだった。


「ぐっ……がはっ」


 ヴァンの胸には横一文字に切断された痕があった。心臓や肺には届いてはいないが、衝撃で肋骨に多少なりの傷を負っていた。

 シゲンはその姿を目に収めた後に、口元から血を流しながらも笑みを浮かべて前のめりに倒れ伏した。

 脇腹を深く斬られたのだ。内臓にも小さくない傷を負っていた。致命でこそないが、長く放っておけば出血多量で死に至るだろう。


「何だ、今のは……。速すぎて、全然見えなかったぜ」


 膝をついたままヴァンはシゲンに問い掛ける。シゲンは息も絶え絶えの様子だったが、その問いに答えるべく口を開いた。


「あれは……我の、奥義……。始原一刀流、居合の型……『絶閃』……。だが、我の最速の一撃を……ギリギリで躱されては、な……」


「何だよ、そんな奥の手があるんなら前の時に見せりゃ勝てたかもしれねえのに」


「本当に、な……。今となっては……がはっごほっ」


 咳き込みながら血を吐くシゲン。ヴァンは傷を押さえながら立ち上がりシゲンの元へと歩いていく。


「で、どうする。お前は確かに俺に一太刀浴びせたが、そのままじゃ遠からず死ぬぜ。ここで死ぬか、這ってでも生を掴むか。今すぐに選べ」


「くくっ……我は、武人だ。戦場で負けたのだから……潔く散るのが定めよ……。さあ……やれ」


「そうかよ」


 ヴァンはシゲンの言葉にそう言ってシゲンの顔を殴りつける。強烈な一撃は脳を揺らし、ただでさえ血を失っているシゲンは意識を保つのが難しくなった。


「お前が死を選ぶなら、それでも良いさ。じゃあなシゲン」


 薄れゆく景色とヴァンの声を聞きながら、シゲンの意識は闇に落ちた。

 ヴァンはシゲンが気絶したことを確認してからシゲンの傷を塞ぐべく治癒魔術を使う。

 青の先天守護属性を持つヴァンにとって治癒魔術は得手としている魔術の一つだった。


「ったく……。修業で負った自分の傷を治す為に覚えたのにな。まさかこんな所で使う羽目になるとは思わなかったぜ……」


 シゲンの傷が完全に癒えてから今度は自身の傷を癒すべく治癒魔術を使用する。傷自体はすぐに塞がったのだが、肋骨が折れていたようで少し時間が掛かってしまった。


「とりあえずこいつは拘束して……、そうだな、誰かに運ばせるか」


 立ち上がったヴァンは、丁度近くまで来ていた味方の兵を呼んでから再度前線に向かうのだつた。


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