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147話 初戦の勝利

 ヒコノシンとの戦いに決着をつけて気を失った私は、目が覚めると天幕の中だった。

 側には姿を消していた筈のクルルがおり、看病してくれていた。


「お目覚めですかにゃ、主」


「ああ……」


 クルルが頬から耳にかけて触れてから頭を撫でてくる。細い指が髪を梳く感触をしばらくぼんやりと味わっていた。

 眠りから覚めた筈なのに身体は重く、思考は纏まらない。まだ夢の中で微睡んでいるかのようだった。


「私は、どれだけ眠っていた?」


 ようやくそれだけを口に出すと、クルルは少しだけ表情を暗くしてから「約一週間です」と教えてくれた。


「一週間……」


「そして一度、主の呼吸と心臓が……止まりました…にゃ」


「……」


 昏睡状態だったので当然記憶に無いが、一度死んでしまったらしい。思い返せば、灼熱の中で長時間激しい戦闘を繰り広げたのだ。それだけでも熱中症と脱水症状で死ねるし、火傷や大小様々な傷も負っていたのだから、心臓が止まったと聞いても特に驚きはなかった。


「その後はどうなった?」


「その時は偶然ヴァンとカンナもその場に居合わせておりました…にゃ。二人とも、主が一度息を引き取ったことと、淡い光を纏って蘇生したことを見ています。目が覚めたら、話を聞くと言っていました…にゃ」


「そうか……、見られてしまったか……」


 無茶をし過ぎてしまった代償だろうか。だがその甲斐あって夜襲によるラナ軍の被害は皆無であったらしい。それだけがまだ救いだった。


「クルルは私が死んでも蘇生すると知っているが、あの二人は初めて見たからな。これから何を聞かれるのか分かってしまうから困る」


 そも、普通の人間は蘇生しないのだ。命は一度きりのもので、死んでしまえばその生は終わってしまう。この身体は生命に対する冒涜でしかない。その事実を知って彼らがどんな反応を見せるのか。場合によっては離れなければいけなくなるかもしれない。


「主が死んだのはこれで三度目、ですかにゃ?」


合成獣(キメラ)に殺されたこと、気付いていたか」


「あれだけの傷を負った痕跡があればすぐに分かります…にゃ。どう見ても致命傷でしたから。それに、たった一人取り残された状況でアレを相手に生きていられる可能性は絶無。主の特異体質が無ければ生存は不可能だったでしょう…にゃ」


「まあ……そうだな」


 無事再会したあの時はクルルに襲われた記憶しかないのだが、装備品の状態からある程度何があったかは察していたようだった。

 そんな話をしていると、外から微かな話し声と共に足音が聞こえてくる。クルルと顔を見合わせると、彼女は一度だけ頷いた。




「入るよ」


 天幕の外から声をかけてから中に入ってくるのは二人。カンナとヴァンだった。

 目を覚ました私の姿を見て一瞬驚いたようだったがすぐに表情を和らげる。


「なんだ、目が覚めたなら言ってくれれば良かったのに」


「どーせ嬢ちゃんが甘えてたんだろ。そっとしとけよ」


「それもそうだね」


 好き勝手に言われているが、反応するのも億劫なので無視することにした。どうやらクルルも同じ腹積もりらしい。


「それで、寝起きの私に何の用だ。正直まだ頭と身体が少し怠いのだが」


「それは申し訳ないね。だけどどうしても聞いておかなきゃいけないことがあってさ。どうせクルクルから聞いているんだろう?」


「ああ。私の身体のことか」


「その通り。君はボクたちの目の前で確かに死んだ。……筈だった。一体、君に何が起きているんだい?」


 真剣な様子で問いかけるカンナと、それを黙って聞いているヴァン。

 二人の目からは、虚偽は許さないという意思が見てとれた。


「そうだな……。それを一から説明するには少し時間がかかってしまうな。だから端的に事実だけ述べよう。私は不老不死だ。既に三度の死を迎え、百年程の時を生きている」


 私がそう言うと、沈黙が場を支配した。

 暫く経ってからヴァンが理解したかのように声を漏らす。


「ああ……そういうことか」


 皆の視線がヴァンに集まる中、腕を組んで真っ直ぐに私を見つめてくる。


「お前、あん時の合成獣(キメラ)で死んだな? 思い返してみれば、防具の損傷具合から考えてまず助かる傷じゃなかった。あん時はお前の言ったようにギリギリで命を繋いだのかと思ってたが、今の話を聞いて全部が腑に落ちた」


 ヴァンは側まで歩み寄ってから、私の額に指を伸ばし───、思い切り弾いた。

 凄まじい音が響く中、一切表情を変えない私に呆れたようにため息を吐きつつ


「でもあん時はお前が居なきゃ誰か死んでた。黙ってたことは気に食わねえが……今のでチャラにしてやるよ」


「そうか。恩に着る」


「はっ、それは俺の方だっての。それに俺としちゃ嬉しいんだぜ? 面白いと思った只人(ヒューマン)が俺より長く生きられるなんて、普通に生きてりゃあり得ないことだからな」


 そう言って笑うのだった。

 ヴァンは納得してくれたようだが、残るはカンナである。

 私とヴァンの話を聞いて考え込むようにしていたが、


「ならさ。クルクルはどうなんだい? 君が不老不死だと知っているようだけど」


「彼女も私と似たようなものだ。正確には完全な不老不死ではないが、私よりも長い時を生きている」


「クルクルは子どもが産めないって言ってたけど、それはそういう事情のせいかい?」


「そうだ」


「なるほどね……」


 何やら一人で納得したように呟くのだった。


「ま、ある程度事情は分かったよ。それに、君たちはまだボクたちに協力してくれるんだろう?」


「カンナが嫌と言うので無ければな」


「ならその心配はないよ。君たちが居なければボクたちはかなりの犠牲を出していた。感謝こそすれ、恨むなんてことはあり得ないよ」


 そう言うと私の側までやってきて肩を掴んでから


「まあそれはそれとして、この戦いが終わったらホシミにはやって貰いたいことがあるんだけどね?」


 と、とても良い笑顔で言うのだった。


「あまり無茶なことでなければ良いが……」


「ああ、それは大丈夫。命の危険は一切ないから。寧ろ新たな───こほん」


 新たな……何だ? 途中で言葉を切ったカンナは、離れて椅子に座った後、話を変えるようにこれまでの顛末を話してくれた。


 私がソンの水上部隊が壊滅したことで、ソン軍は一時後退を選んだ。

 追撃を警戒しながら、近くの砦まで退がっていったらしい。

 そのお陰で現在はラナとユサの境界線にソン兵の姿は見当たらないとのこと。

 ラナ軍はそのまま境界線に残り、ソン軍の動向を見守っているようだ。今のところ後退したソン軍を追撃するつもりはないらしい。

 私と戦ったソン兵の生存者は、河から流れ着いてきた者も含めると二百余名。そのうちの一人に敵将ヒコノシンも含まれているそうだ。

 現在は絶対安静で治療中とのことだが、動けないだけで意識はあるようだ。時間があるなら話に行ってみると良いと言われた。


「取り敢えず、現状はこんな感じかな。敵の水上部隊を壊滅させたとはいえ、まだ敵の方が数は多いからね。攻めるにしても君が目を覚ましてからの方が良いと思ったから」


「成る程、理解した。だが相手は砦にいるのだろう、どちらにしろ厳しい戦いになると思うぞ」


「百も承知だよ。あ、それとクルクルには言ったけど少し方針を変えようかと思ってね、丁度いいからホシミにも伝えておくよ」


「何だ?」


「アヤメ・ソンは確実に生かして捕らえてほしい。あの娘は未来の役に立つ人財だから」


 そう言って笑みを浮かべるのだった。






 ーーーーーー







「失礼する」


 後方に置かれた傷病兵が送られる治療用の天幕。その一つに私はクルルと共に入っていった。

 中はそこそこの広さで、数人の医師や看護士が忙しそうに動き回っている。

 私の姿を見た一人が歩み寄り、「カンナ様から話は聞いています」と言って案内してくれた。

 奥の方で仕切られた場所で、簡易のベッドに横たわっているのは、ぼんやりと上を見上げる火傷の痕が顔に残った老戦士だった。全てを喪ったかのように虚無感に溢れている姿はどこか痛ましい。


「儂に何の用だ?」


 一切こちらに視線を向けないまま、そう尋ねてくるヒコノシン。どうやらこちらに気付いていたらしい。


「見舞いと、少し話でもと思ってな。怪我の具合はどうだ」


「……しばらく安静にしとれば回復すると言っておった」


「そうか」


 暫く沈黙していると、今度はヒコノシンから声をかけてきた。


「多くの兵を死に追いやり、自分はのうのうと生き延びる……。かつてないほどに最低な気分じゃ。何故、儂を生かした?」


「貴方を生かそうと思って戦っていた訳ではない。ただ結果的にそうなってしまっただけだ。私は貴方にトドメを刺そうとした。だが私も限界を迎えていて倒れてしまったからな」


 苦笑してから再び口を開く。


「まあ、何だ。互いに死力を尽くして殺し合った結果、互いに生き延びてしまったというだけのことだ。天運とやらが尽きていなかったのだろうな」


「こんな老体に、天は何をやらせようというのやら」


 くつくつと声を上げて笑うヒコノシン。だが先ほどまでの何処か虚無感が満ちていた様子は無くなっていた。


「戦である以上、勝敗はつきもの。儂は負け、お主は勝った。此度はただそれだけのことじゃ。敗者は潔く敗北を認めるのみ。行け、勝者よ。いつまでもこんな所に居ては、側に控えている娘に申し訳がないだろう?」


 そう言ってクルルに目を向けてから私に視線を戻す。私は頷いて


「ああ。貴方と戦えたこと、光栄に思う」


 と言い残してその場を後にするのだった。

 天幕を出てから自分が眠っていた天幕に戻る。

 クルルは何も言わないが、その後もずっと側に寄り添ってくれていた。


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