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146話 ソンとの戦い〜其の伍〜

「な、何故……貴様が此処にいるッ!!?」


 ヒコノシンが驚愕の声をあげる。

 完全なる闇夜での奇襲だった。当事者以外には話を漏らしていないし、絶対に漏らさないようにとの命令も出していた。

 船団はソン軍からは完全に独立して動いていたのだ。


「夜襲が来ると分かっていたからな。先回りさせてもらった。ああそうだ、南から向かってきた船団は全て沈めさせてもらったぞ」


 それなのに、待ち伏せされていた挙句、南の船団九隻は既に沈められてしまった。

 俄かには信じ難い出来事だったが、それを為した人物は一度息を吐いた後、


「だいたい、船団がこんな闇夜で動き出すなど、どう考えても夜襲以外に無いだろう? それに、私には初めから視えていたのだからな」


 さも当然であるかのようにそう言い切ったのだった。


「一体どうやって気付かれずに沈めた? こんな静かな夜に、悲鳴の一つも無かったぞ。貴様の虚言では無いのか?」


「そう思うのも無理はないが、事実だ。音が無い? 当然だ。音というのは空気の振動によって伝播するものだからな。大河の船団を包むように真空の壁を張らせてもらった。その結果、南で起こった騒音が一切響かなかったのだろう。まあ、そのせいで北への対処が少し遅れてしまったのでお前たちが陸地に足を踏み入れてしまったがな」


「この化け物め……!」


「ああ、その通りだ、猛将ヒコノシン。私は普通の魔術師では無いのだよ。正確には既に人間ですらないが……」


 最後は小声だったので水の流れる音や虫の鳴き声にかき消され誰にも聞かれることはなかった。ホシミは自身の特異性に苦笑しながら言葉を続ける。


「さあどうする。尻尾を巻いて無様に逃げ出すのなら見逃してやろう。既に半数を失った部隊でこれ以上戦うのは愚策だと思うが?」


「笑止」


 ホシミの言葉にただ一言。全てを切り捨てるかのように鋭い一言だった。


「貴様こそ、たった一人でどう戦うつもりじゃ。此方(こちら)は三千。其方(そちら)は一人。寧ろ無様に逃げ出すのは貴様だと思うがのう?」


 好戦的な光を目に宿し、口角を吊り上げて獰猛な笑みを浮かべるヒコノシン。彼の言葉に釣られて、後方の兵士たちも同様の表情を浮かべていた。

 彼らは既に、死地に赴く覚悟を有しており、死ぬことを許容しているのだ。

 それを見て取ったホシミは、敬意と憐憫を抱きながら剣を前に向ける。片刃のやや反りが入った剣の切っ先が、ヒコノシンの眉間に向いた。


「数の優位など、魔術師の前では無意味だ。このままお前たちを一方的に蹂躙することも出来るぞ。だがそうだな。誰か一人でも通すと後が面倒だ」


 剣を逆手に握り直し、刃を地面に突き立てる。

 発動するのは白属性魔術、空間歪曲。空間の位相を歪ませずらし、内と外とを完全に隔絶する最上位の結界魔術である。姿は見えるが、別の空間になっている為、声は外に漏れることはない。そしてどんなに強力な───それこそ世界すら滅ぼしかねない攻撃でさえも防ぎ切る、究極の結界術だ。

 ソン兵は不可思議なものに囚われたことが感覚的に理解出来たのだろう、あちこちから僅かに動揺する声が漏れてきた。


「今、この空間は外界と隔絶した。外に出たければ私を殺すほかに方法はない。一対三千、何でもありの殺し合いだ。勝利条件は私はお前たちを全滅させ、お前たちは私を殺すだけ。まさかここで逃げるとは言うまい?」


「成る程、実に分かりやすい! たった一人で三千を相手にして勝てるなどと……その思い上がり、儂がその命と共に粉々にしてやるわッ!!」


 地に突き立てた剣を抜き、軽く振って土を払ってから中段に構えるホシミ。対するヒコノシンは、上段に剣を構える。

 暫し睨み合った後、二人はどちらからともなく動き出した。


「はッ!」

「しッ!」


 一度正面から剣をぶつけ合い、刃を滑らせるようにして懐に潜り込むホシミ。

 しかしヒコノシンは読んでいたのか巧みに躱し、距離を取る。

 ヒコノシンが距離を取った瞬間を見逃さず、ヒコノシン配下の兵たちがホシミに向かっていった。


「我らの勝利の為にッッッ!!!!」

「「「「うおおおおおおお!!!!!」」」」


 続々と向かってくるソン兵を、ホシミは表情を変えずに斬り伏せる。

 右から向かってきた兵に横薙ぎの一閃で腹を裂き、左から向かってくる兵の攻撃を躱しながら正面の兵の横をすり抜けつつ斬り、先ほど攻撃してきた兵の背後に回って首を斬る。

 一連の動作は流れる水のようで、ヒコノシンは敵ながら見事だと喝采した。


「魔術師にしては巧みではないか。そこらの兵よりも余程剣の扱いを心得ている。だが、それがいつまで保つか?」


 再び斬りかかったヒコノシンは一度打ち合ったあと直ぐに退き、間を置かずに別の兵がホシミに攻め寄せる。

 向こうが一対三千と言ったのだ。人数差があるからこそ出来る戦法を取っても卑怯だとは言わないだろう。

 だがそれはホシミにとっても同じことだった。

 一対三千ということは、つまり自分以外の全てが敵なのだ。剣を使って戦えはするが、本職は魔術師。味方の兵を巻き込まずに魔術を放てる環境は、彼にとって理想的であった。


「頃合いか。(ほむら)よ、煌々と燃え上がれ」


 ホシミの呟きに反応するように、結界の壁際から炎が噴き上がる。それは徐々に徐々に、中央へと進み始めた。

 結界の中央で戦っているホシミやヒコノシンにはまだ影響は無いものの、戦闘に加われない兵士たちはじりじりと炎に焼かれていくことになった。


「ええい、厄介な!」


 ヒコノシンが愚痴を言いたくなるのも無理はない。何故ならこの炎の魔術は、全てを焼き尽くす炎だからだ。そう、術者自身でさえも。


「貴様ッ、自死するつもりか!!?」


「まさか。だがあまり悠長に戦っていられるほど暇でもなくてな。時間制限を設けただけだ。夜明けには中央まで全てを焼き尽くすようになっているから、死にたくなければ全力で私を殺しにこい」


「この狂者め!」


「何とでも言え」


 三度、四度と打ち合うが、互いに決定打は程遠く、その間に炎は進みソン兵が徐々に焼かれていく。

 ヒコノシンは絶望感を抱きながらも、それでもなお勝利を得る為に剣を振るい続けるのだった。






 ーーーーーー






 深夜、カンナは気晴らしに何となく外を散歩していると、突然夜にも関わらず明るくなっている場所があった。

 方角を確認してから天幕に戻り地図でおおよその位置を確認すると、おそらく北の大河と陸地の接地面。

 地図の隣に置いてある鶴の折り紙を見て、今あの場所ではホシミが戦っているのが判った。


「だいぶ派手にやってるみたいだね。……無茶はしないでくれよ、ホシミ」


 届かぬ願いと知りながら、直ぐに頭を切り替えて今後の対応の為に筆を走らせる。

 きっとそろそろ炎を確認した兵が報告に来るだろう。その時にラナの指揮官として適切な対応が出来るようにしておかなくてはいけない。

 結局その日、カンナは様々な対応に追われ、朝方まで動き回る羽目になった。






 ーーーーーー






 あと一時間足らずで日が昇る。

 炎は結界内の八割近くを焼き尽くし、地には炎に焼かれ物言わぬ死体となった幾多のソン兵が倒れ伏していた。

 既に四時間近く戦い続けているが、まだ立っているのはヒコノシンとソン兵残り百、そしてホシミだけである。

 傷のない者は誰一人おらず、近くで燃えるの熱で汗が止まらない。火傷も少なからずあるだろう。

 既に全員が疲労困憊で、気力だけで戦い続けているようなものだった。

 今もまた、熱さに耐え切れず二人の兵が地に倒れる。


「はぁ……はぁ……、とうとう、百を切ったな……」


「この、化け物めが……、はぁ……はぁ……。三千の、兵を……たった、一人で……ここまで減らす奴が、いるか……」


「目の前に、いるだろう……。そんなことより……いい加減、敗北を、認めたらどうだ……」


「断る……! ここまで来たら、最早、最期まで燃え尽きるのみよ……」


 ふらつく足に喝を入れ、どこにそんな力が残っていたのかと言わんばかりの速度で踏み出すヒコノシン。

 ホシミはなんとかいなしながら猛攻を防ぐ。

 だが汗で滑ったせいで、剣が一瞬だけ手から離れそうになってしまった。その隙を逃さないヒコノシンではなく。


()った!!!」


 上段から思い切り袈裟斬りにしようと足を踏み込み斬りつけるヒコノシン。




 ───しかしその刃が届くことはなかった。




 長時間の戦闘による疲労と高熱により、とうに身体が限界を迎えていたのだろう。踏み出した足は身体を支え切ることが出来ずに崩れ落ちてしまう。

 刃はホシミの身体を外れ、膝から地について、その後立ち上がることが出来なくなってしまった。


「……私の、勝ちだ」


 剣を握り直したホシミが切っ先を膝をつくヒコノシンに向ける。

 それを一瞥したあと、満足そうに笑んでから


「儂の……敗北じゃ……」


 そのまま地に倒れ気を失った。

 残った兵は八十ほどまで減っていたが、ヒコノシンの敗北に完全に心を折られたのか挑みかかって来る様子はなかった。

 勝敗が決したことで、炎は消え去り、結界も消失する。

 空を見上げると、日が僅かに昇り始めたのが見えた。

 遠目にこちらに向かって来るラナ兵とカンナの姿を確認すると、疲労と張り詰めていた気が緩んだことでホシミも倒れ、気を失うのだった。



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