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144話 ソンとの戦い〜其の参〜

 日が傾き大地が紅に染まる刻。

 両軍から撤退の銅鑼の音が響き渡った。

 ソン軍四天王の一人バンドウは地に仰向けに倒れながらその音を聴いていた。


「……勝てなかった」


 手には折れた薙刀。刃の部分から綺麗に折れたので短刀として仕立て直すことも出来るが、自身の愛刀をいとも簡単に折られてしまったという事実が更に敗北の二文字を突きつける。


「バンドウ……生きてるか?」


「某は何とか……と言ったところか」


 シゲンが足をふらつかせながら側までやってきて、そのまま隣に倒れ込んだ。

 一度ノーズヴァンシィに吹き飛ばされてから、兵から刀を奪って再度打ち合ったシゲンだが、そのことごとくを防がれ、躱され、吹き飛ばされていた。とうに疲労が限界を超えていたのだろう。


「貴公こそどうなのだ、シゲン。地に倒れ伏すなど、剣士としての恥ではないのか?」


「はっ……。無様を晒した敗者に、今更恥も何もあるまい。我は、我らは……敗れた。四天王と持て囃されておきながら、二人掛かりでたった一人を倒すことも出来なかった。成る程、あの不真面目なヤスケが鬼気迫るほどの鍛錬を重ねた理由がこれで分かった。彼奴(あやつ)はマヌでアレとの力の差を理解したのであろう。今のままでは決して勝てぬと、な」


 バンドウがゆっくりと立ち上がるとシゲンもよろよろと立ち上がる。

 二人は揃ってラナの陣地へ顔を向けた。


「だが、某たちはまだ生きている。いや、あえて生かされているというべきか」


「生きているのなら我らのやることは一つしかない。……明日また奴が現れるだろう。まだ戦えるか?」


「無論」


「ならば良し。武器が折れ、矜持も折られたが、心は折られていない。これより先は不要な物を全て捨て去り、戦神の如き働きを見せるのみだ」


「その為には明日に備えて身体を癒さねばならぬな。ふふっ、(まこと)武の頂きは遠いなあ!」


「ああ! だがだからこそ燃えるというものだ!」


 二人は互いに支え合いながら陣地に戻って行く。表情には敗者の沈鬱さは一切無く、寧ろ戦が始まる前よりも明るく晴れ渡っているのだった。







 ーーーーーー






「や、お帰りヴァン」


「応」


 ラナの本陣に戻ったヴァンを迎えたのは、何やら鶴の折り紙を持っていたカンナであった。側には既に戻っているだろう男の姿はなく、彼女一人だ。


「ホシミの奴はどうしたんだ?」


「その彼から伝言が届いたんだよ」


 カンナは「ほら」と言って手に持っていた折り鶴をヴァンに手渡す。

 すると鶴の翼には簡単な文字が書かれているのが見えた。


『夜襲を止める』


 たったこれだけが書かれた折り鶴だが、今夜何が起きるのかが分かるとても簡潔明快なものだった。


「成る程な。ってことは夜のうちに船が動くのか」


「彼は船を止める役割だからね、多分それで合ってるよ。援軍要請もないし、注意を促すこともないから一人で止め切れるんじゃない?」


 鶴をヴァンから返してもらったカンナは翼を動かして遊びながら言葉を続ける。


「ちなみに報告では今日は二隻の船を沈めたみたいだよ。偵察船だったみたいだけど、境界を越えた瞬間にズドンだって。彼が敵じゃなくて本当に良かったって思ったよ」


「ああ、俺もアイツが敵じゃなくて良かったって思うぜ。アイツが敵ってことはつまり嬢ちゃんも敵ってことだからな」


「そうだね。あの子がもし敵だったら、ボクはとっくに暗殺されて終わってるんじゃないかな。今頃どこにいるのやら……」


 二人でソンの本陣がある方角へと目を向ける。

 既に内部に潜入しているのは間違いないだろう。彼女の実力ならば何の問題も苦もなくやってのける。

 味方だと思っていた相手がいつの間にか敵と入れ替わっていることの恐怖は想像するだけで恐ろしい。アヤメ・ソンは近いうちにその恐怖を味わうことになるのだ。

 カンナは心中でこっそりとアヤメを哀れんだ。


「ところでヴァン。四天王の二人が君のところに向かったと思うけど、実際に戦ってみてどうだった?」


「んー。ま、筋は悪くないな。あいつら次第だがもっと高みに登れるだろ。今日あれだけ叩きのめされて明日まだ戦意に溢れているんなら───もっと強くなれる」


「ボクとしては敵に強くなられても困るんだけどね」


「どうせ勝ったら取り込むんだろうが。なら強くて困るこたぁ無いだろ」


「それはクルクル次第かなあ」


 クルクルが敵総大将のアヤメを捕縛してくるのなら彼らも素直に敗北を認めて従ってくれるだろうが、暗殺した場合は命が尽きるまで徹底抗戦もあり得るのだ。

 既に捕縛か殺害かは好きにしてくれと伝えてしまっている。だから今後の動向はクルクル次第になってしまうのだ。


「まあ、どちらであっても既に手は打ってあるけどね」


「おーおっかねぇ。正面切って戦うより、お前みたいに裏から色々手を回してる奴の方が俺は怖えよ」


「それは人によるだろうね。ボクは戦いがさっぱりだから、寧ろ戦場に立つことの方が怖いよ。まだ遠いから何ともないけど、すぐ近くまで迫られたら恐怖で足が(すく)みそうだ」


「そればっかりは慣れるしかねえなあ」


 ヴァンは苦笑してから踵を返す。


「んじゃ、俺は一度天幕に戻るぜ。何かあったらすぐに呼べよ」


「分かったよ。ご苦労様、ヴァン」


「応」


 ヴァンが自身の天幕に向けて歩く後ろ姿を眺めていたカンナだが、すぐに彼女も自身の天幕に戻ったのだった。







 ーーーーーー






 日が完全に沈んでしばらく経った頃。船の周りで動く人影が複数あった。


「ヒコノシン将軍、船員は全て配置に着きました」


「うむ」


 中央の船に乗っていたヒコノシンは部下からの報告を受けて一つ頷く。

 陸の戦場ではシゲンとバンドウが武器を折られて敗北するという事態に陥っている今、河の上流という地の利を活かして敵の隙を突かなければ正面からのぶつかり合いだけでは勝ち目は無い。

 その為に、ヒコノシンとその配下は船で夜襲もしくは敵本陣後方に陣取り、明日の戦いで挟撃を行い戦を有利に進める必要があった。

 幸いにして今夜は新月。周囲は完全な闇で、暗視を扱える者が各船に一人ずつ乗っているので、敵に見つからずに進むことが出来る。


「全隊に伝令。今より一時間後に進軍を開始する。決して音を立てるな、慌てるな。落ち着いていつものようにやればそれで良い」


「はっ」


 伝令役が走り去ったのを見て、ヒコノシンは宙を見上げる。


「シゲンとバンドウは敗れ、ヤスケはソン様の護衛で動けない。マヌで出会ったあの三人が、ラナに雇われているとは不運もここに極まれりだな」


 星すら見えない完全なる闇夜を睨みながらポツリと呟く。側には誰もいないのでヒコノシンの呟きを耳にする者はない。


「だがまだ彼奴らはソンの凄さを知らん。儂がそれを教えてやろう。それに、この策が成ればソン様の勝利が近づくのだ」


 卑怯などとは言わせない。これも策のうちである。戦場では、いついかなる時でも気を緩めてはいけないのだ。


「この儂がラナの連中に一矢報いてやろう」


 かつて勇猛さで戦場を恐怖に陥れた猛牛が目を輝かせながら口角を吊り上げて笑うのだった。




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