143話 ソンとの戦い〜其の弐〜
ついにラナとソンの戦端が開かれた。
ラナ軍は所定の位置にある柵と壕を駆使しての防衛、ソン軍は防衛設備を破壊して本陣に迫るべく走り寄る。
味方の兵が配置につくと、そこから矢を射かけて敵の数を減らしつつ、槍兵が槍の穂先を前に向けて突撃を待ち構える。
矢の雨により数を減らしながらも突撃してきたソン兵が柵まで到達したことで本格的に両軍がぶつかり合うことになった。
ソン兵は柵を壊し、乗り越えラナの陣地に進入しようとするが、ラナ兵はそうはさせじと柵を攻撃したり乗り越えようとする敵を槍で貫き、確実に仕留めていく。
しかし数に劣るラナ軍は次第に押され始めるが、その時最前線付近にいたソン兵が二、三十人ほど、宙に舞った。
悲鳴と共に宙を舞い、地に叩きつけられて絶命する仲間の姿を見たソン兵は戦慄した。
その中心地に居たのは薄青の髪の龍人。先の出来事が、彼が身の丈よりも大きな剣を振るった結果であることをその場にいる者は即座に理解出来た。
「オラッ、今のうちに立て直せ!! 俺が引きつけといてやる!!」
「「はいッ!!」」
味方に檄を入れ、先の勢いそのままで敵兵を文字通り薙ぎ倒して行くヴァン。
ヴァンの周囲の人だかりが瞬く間に消えていった。
流石にこのままではまずいと判断したソン軍は、すぐにヴァンの周囲の兵士を後退させる。
敵の後退を確認したヴァンはすぐに別の戦場へと飛んで移動し、再び暴れ……ということを繰り返した。
四度ほど繰り返した頃、思うように進めないソン軍はとうとう四天王を送り込んできた。
シゲンとバンドウである。
「我が名はシゲン。ソン四天王にして始原一刀流師範代だ! そこな大剣士よ、いざ尋常に勝負!!」
「某はバンドウ。同じくソン四天王で薙刀を得物としている。某も手合わせ願おうか!」
赤い鎧を纏っている二人。シゲンは鹿の獣人で、兜から特徴的な角が飛び出している細身の長身だ。
バンドウは熊の獣人で、シゲンより縦にも横にも一回り大きな巨体の持ち主である。
二人ともソンの四天王と呼ばれているだけあってかなりの実力者だ。そんな人物が前線に現れたことで、ソンの兵士たちの士気は急上昇した。
ラナの不利を肌で感じながら、ヴァンは口角を吊り上げる。
「ハッ、やっとお目当てが登場ってか。嬢ちゃんよりは大したことなさそうだが───」
小声で呟いてから、片手で大剣を地から水平に持ち上げて
「龍人のノーズヴァンシィだ。二人掛かりでかかってきな。少しは俺を楽しませろよ?」
と挑発するのだった。
ヴァンの挑発にバンドウは片眉を顰めるだけで受け流したが、シゲンは生まれて初めての侮辱に激昂した。
「貴様ッ!! 我を侮辱するか!!」
シゲンは怒りに任せて抜刀し、神速にも等しい速度で斬りかかる。
「よせ馬鹿者!!」
バンドウがシゲンを諌めようとするが時既に遅く。
「遅えな」
神速の一撃を苦もなく躱したヴァンは、シゲンの刀を大剣でへし折った。
「なッ───がはっ!?」
刀を折られ丸腰になったシゲンに向けてヴァンの回し蹴りが腹部に決まり、バンドウの遥か後方まで吹き飛んでいく。鎧のお陰で内臓が破裂してはいないだろうが、相当なダメージを僅か一度の攻防で負ってしまった。
「シゲン!!」
「おいおい、余所見してる余裕あんのか?」
「ッ!!」
大剣を肩に担いでへし折った刀を踏みつけるヴァンの表情には、落胆の色が濃く刻まれていた。
「刀の使い手っつーから期待してたけど、お話にもならねえ。これなら嬢ちゃんと鍛錬してる方が遥かに有意義だぜ」
シゲンの抜刀術は凄まじかった。これが普通の相手ならば、視認することすら叶わずにその身を斬られていただろう。
だが、ヴァンはシゲンの抜刀術よりも遥かに素早い動きをする相手と模擬戦を重ねてきたのだ。未だ捉えきることのできないクルクルの動きと比較すれば、『遅い』と言われるのは仕方のないことでもあった。
一言で簡単に言うなら、『相手が悪かった』のである。
「で。バンドウっつったっけ。お前はどうする?」
「某も武人の端くれ。強者との手合わせを厭う理由はない。それに、主殿からの命もある。貴公の足止めという命がな!」
薙刀を構えヴァンの様子を窺うバンドウ。
その姿を見て、ヴァンは一度満足気に頷く。
「気持ちの入ってるヤツは嫌いじゃねえ。さて、薙刀使い、四天王バンドウの実力を見せて貰おうか!」
言葉と同時にバンドウに斬りかかり、ヴァンとバンドウの攻防が始まった。
ーーーーーー
ラナ軍後方上空。
ホシミは目を細めて、動き始めた敵船団を見つめていた。
「ふむ。なるべく大河の中央を渡って敵の攻撃の範囲内に入らないようにする腹積もりか」
まずは様子見を兼ねているのだろう。南北の大河から一隻の船が進んできた。
川底に罠がないか確認しながらの航行な為に速度は遅いが、このまま渡らせてしまうと残りの船が続々と押し寄せてくることになってしまう。
それはラナにとって非常によろしくない展開だった。
「沈めるか。警戒してくれれば、こちらにとっては都合が良いしな」
そう呟いてから、風を操り螺旋状にねじれ曲がった矢を生み出した。
「船底まで貫け、奇怪なる風の矢」
遥か上空から放った一矢は、狙い過たず船の甲板に突き刺さり、回転の推進力も合わさって船底まで貫く大穴を開けた。
大穴の開いた船は底から河の水が凄まじい勢いで浸水し、数分で完全に沈没していった。
もう片方の船にも同じように攻撃を加え、即座に沈める。
船が半ばから割れるように沈んでいく音と姿を見て、様子見をしていた水兵たちの驚愕に満ちた声がここまで聞こえてくるかのようだった。
「これでしばらくは河上から攻め込もうなどとは考えまい。もし来るならばその都度大河の底に沈めるだけだ」
船団の様子に目を向けながら戦場を睥睨するホシミ。役割とはいえしばらくの間手持ち無沙汰になりそうな状況に、若干の気まずさを覚えるのだった。
ーーーーーー
「だ……第一の偵察船が、南北共に沈没致しました……」
船団を指揮するヒコノシンは、配下の兵から報告を受けて表情一面に渋面を浮かべた。
アヤメ・ソンと共に境界線まで向かった時に、カンナ・オダがかの龍人を連れてきた時から嫌な予感がしていたのだが、それが現実のものとなってしまった。
何が起こったのかの詳細は不明だが、恐らくは魔術での攻撃を受けたのだ。でなければ真っ直ぐに進んでいた船が急に沈没するなどあり得る筈がない。
「あの時の灰髮黒衣の魔術師か……。一体何処から攻撃しているんじゃ……?」
敵の姿は見えないが攻撃だけは受ける。そんな状況で無駄な犠牲が出ると分かっているのに船を進めることなど出来るわけがなかった。
「船団は次の指示があるまで待機せよ」
「はっ!」
取り敢えず出せる指示は待機のみである。戦闘開始前から大河上に展開している船団だが、このまま停止していれば攻撃されることはないだろうと考えたのだ。
「先の攻撃で船が沈んだおおよその位置は分かるか?」
側の兵に尋ねると、地図を取り出してある場所へ指差した。そこはラナとユサの境界線の真上だったのである。
「報告ではこの辺りと」
「そうか……。やはり、そういうことか」
「将軍……?」
不思議そうに尋ねる兵士に気にするなと手を振って返すヒコノシンは顎に手を当てて考え込み始めた。
「(相手の目的は境界を越えさせないこと……。越えれば問答無用で沈めにくる、か。昼間に進むは不可能ならば、危険だが夜に動かす他ない。───やれるか?)」
相手の先天守護属性が緑であることは、直接見た飛行の魔術で間違いない。であれば夜の闇に紛れれば攻めることも可能ではないか、とヒコノシンは考えた。
「水兵には今のうちに仮眠をとるように命令しておけ。夜に動くぞ」
追加の指示を出して、深く息を吐く。
そして自身も夜に備えて一眠りする為に部下に後を任せて一度天幕に引っ込むのだった。