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140話 戦の前、穏やかな日

 ユサを制圧し支配下に組み込んだソンは、まず足もとを固めることを選んだ。

 今後攻めるのはラナになる。

 かの国は小国ながら過去に何度も繰り広げられてきた領土拡張の為の争いを幾度と無く退けてきた。どれだけの数で攻め込んでも、策を弄しても、痛み分けで終わることになる……ということを何度も繰り返してきた。

 真偽が定かではないが、どうやら代々の『聖女様の祈り』の力で逆境を跳ね返してきたらしい。

 馬鹿馬鹿しいとは思いながらも、アヤメ・ソンはラナの力を見くびってはいなかった。

 何より現在は、神童と謳われた才女が国を纏め上げているのだ。過去のラナよりも格段に強力になっているのは間違いない。


「カンナ・オダ……。叶うなら、彼女の智恵が欲しいのだけれど……」


 呟きつつも、アヤメはそれが叶うことはないだろうと理解していた。

 カンナ・オダはカレン・ラナの唯一無二の存在にして友である。そして彼女は、カレンを守ることこそが自身の存在意義であると公言しているのだ。

 以前駄目元で勧誘したこともあったが、『お断りするよ。カレンが死ぬ時がボクの死ぬ時だ。ボクはあの子の側を離れない』と即答で断られたのだ。


「武は揃ってる。智は若干足りないけれど、それでも優秀な文官は引き抜いてきた。でも、きっとまだ、カンナには届かない……」


 だから今為すべきことは、純粋な『力』を集めることなのだ。

 数という、絶対的な力を。


「見てなさい。わたしの代で、ソンとラナの争いに決着をつけてあげる」


 アヤメ・ソンは自身の勝利を信じて疑わない。それだけのことを、やってきたという自負があるから。


「……問題は、ヤスケよね」


 今度は自陣営の問題点を挙げるが、まず真っ先に該当するのが幼馴染みにして現四天王の一人、ヤスケのことだった。

 マヌへと向かった際に、圧倒的な力の差を思い知らされて戻ってきたヤスケは、「自殺でもするつもりか?」と周りに言わしめるほどの壮絶な鍛錬を積んでいた。

 実際、此度のユサ戦では素晴らしい戦果を上げたが、それでもまだ納得できないようで、今も自分をいじめ抜いている。

 彼に触発されて鍛錬を積み始めた者もいるが、それでもヤスケの異常さには着いていけないようだった。

 唯一彼を側で見守っているのは、同じ四天王にして祖父でもあるヒコノシンだ。

 老体である彼にはヤスケと共に同じような鍛錬を施すことは叶わない。なればこそ、せめて共に過ごし見届けることを選んだ。

 それがヒコノシンが為すべきことだと考えたからだ。

 彼がまだ若ければ、ヤスケと共に極限まで自分を追い込んでいることは想像に難くない。


「まあ、ヒコ爺も見てるし心配するだけ無駄か。どうせわたしの言うことなんか聞きやしないしね」


 アヤメは頭を振って思考を入れ替える。

 そしてぼんやりと空を見上げた。


「……ああ、今日も青いわね」


 これなら明日も晴れそうだ。

 と、思った時。空に何か黒い……人? が浮いているのが見えた。それは、街から離れた山の方へと飛んで行った。

 見間違いだろうか、それとも疲れているのだろうか。


「まあ、いいか。少しだけ仮眠でも取りましょう」


 アヤメは疲労による幻覚だと思い、横になったあと膝を曲げて身体を包むように抱いて眠るのだった。







 ーーーーーー






 現在、私は単身でユサへと転移してやって来ていた。

 諜報活動はクルルの十八番(おはこ)なのだが、今回彼女は留守番である。

 理由はぼかしていたが、クルルがソンに恨みを持っていることは間違いないので、もし鉢合わせでもしたら衝動的に殺害しかねなかったからだと思われる。きっと今頃はカンナと共に対ソンの準備を整えているだろう。

 ヴァンはただでさえ目立つ龍人(ドラゴニュート)なので置いてきた。

 という訳で一人である。

 適当に街中をうろつきながら様子を見て回るが、住人たちに大きな変化はない。

 ソンはユサと戦いはしたが、無益な殺生や略奪は一切行わなかったからだろう。そうでなければ今頃は反発する民衆と抑圧するソン軍で非常に険悪な雰囲気になっているに違いない。

 勿論、戦争である以上家族を失った者は一定数いるだろうが、おおよその住民にとっては上に立つ人間が変わっただけで特に現状が悪化した訳でもないから受け入れている者が多いようだ。

 一通り街を見て回ってから、宿を確保しなければならないことに気付いた。空間転移は一日一回の制限付きの魔術だ。何故かは不明だが、そういう仕様なのだから仕方がない。便利なのだか不便なのだか。

 そういう訳で宿を確保しに向かったのだが……。結論から言えば、宿はどこも満員だった。


「城には元ユサ兵とソンの上級兵がいるだけで、下級兵は全員宿屋に寝泊まりさせているとは……」


 ソン兵は数が多いので城には収まらないだろうことは予想出来た。だがそこは普通、街の外で野営でもさせるのではないだろうか。


「既に起こったことを言っても仕方がないな。はあ、仕方ない。以前クルルとヴァンと共に向かった山の洞窟にでも向かうか」


 街中で適当に眠っていたら不審者と間違われる恐れがあると考えた結果、誰にも迷惑なかけない山奥で寝泊まりすることに決めた。

 幸いあの場所は人里離れた所にあるので他に人も居らず荒らされていることはないだろうし、近くには綺麗な水の流れている小川もある。

 そうと決めたら、暗くなる前にたどり着けるように、人から見えない場所から空へと浮かび上がった。

 一度城へと目を向けてから、そのまま山奥の洞窟を目指す。

 ……僅かに視線を感じたが、誰かが見ていたのだろうか?

 通常の肉眼では捉えられない高度まで上がったのではっきりと見られた訳ではないだろうが、もし次に飛ぶことがあれば透明化の魔術を付与してからにしようと思うのだった。






 ーーーーーー






 今日のクルクルは珍しく一人である。

 主人であるホシミがソンに陥落(おと)されたユサの様子を見に行っているからだ。

 本来ならばついて行きたかったのだが、ソンの人間と鉢合わせした時に自分を抑えられるか分からなかったことと、実はカンナから「こっそり話がある」と言われていたので同行しなかったのだ。

 どうやら(ホシミ)には聞かれたくないことらしい。だから今は、主と共に過ごしている部屋でカンナを待っていた。


「主は空間転移を使ってユサまで向かったから、帰りは明日かにゃ。うーん……暇、にゃ」


 暇潰しに尻尾を左右に振りながらリズムを刻むように畳を叩く。


 てしっ、てしっ、てしっ、てしっ───。


 もし自分が親猫だったなら、きっと揺れる尻尾で子どもたちが遊んでいただろう。

 猫は小さくても狩人だ。ドタバタと大はしゃぎするに違いない。

 そんなことを考えていると、部屋に近付いてくる足音が一つ。早足気味の足音なのでカンナだ。

 少しして、戸を叩いてからカンナが中に入ってきた。


「お待たせクルクル。ゴメンね、わざわざ時間を取ってもらっちゃって」


 そう言いながら持ってきたお茶請けの三色団子を差し出してくる。


「はい、これ。レンカの一押しのお店のお団子らしいよ。美味しいって評判なんだって」


「へえ、レンカが……ですかにゃ」


 お茶の用意をしながら返事をする。お湯は用意していたので直ぐに淹れられた。二つの湯呑みにお茶を淹れて、片方をカンナに手渡す。

 カンナは「ありがとう」と言って受け取って湯呑みに口を付けた。


「それで……私に何の用かにゃ?」


「幾つかあるんだけど、先ずは感謝かな」


「感謝?」


 思いもしなかった言葉に聞き返すと、カンナは「うん、感謝だ」と言ってから言葉を続けた。


「君がマヌを捨てた愚物どもを殺してくれたんだろう? サクヤからの追加の手紙が届いていてね。城に隠し通路があったって話だった。マヌの城の隠し通路は近くの山中に続いていた。そして、更に奥に進んだ海側の場所に、隠されていた入り江が見つかったんだよ。既に破壊され尽くしてて拠点としての機能は喪失していたけどね……。アレをやったのは君なんだろ?」


「さあ……私には何のことやら…にゃ」


「しらを切るか。まあ、良いんだけどね。取り敢えずそれだけだよ。で、次の件なんだけど……」


 カンナは少しだけ言い辛そうに口ごもってから、先ほどよりも小さな声で話し始めた。


「ソンとの戦が終わったら、君たちは居なくなってしまうんだろう?」


「多分そうなるかにゃ。ソンを倒せば残りは内輪揉めをしているメイを残すのみで脅威は無くなるにゃ。統一するにせよ、領土を確定させるにせよ、さほど難しくはない筈。そうなれば私たちの手を貸さずともカンナの手腕でどうとでも出来るでしょう? もともと私の我が儘に主を付き合わせてしまっているんだから、これ以上あの人を振り回したくないと思ってるにゃ。勿論、主が望んで残ると言うのなら私も喜んでお供するだけですがにゃ」


「クルクルは本当に彼が好きなんだね」


 カンナが羨ましそうに見つめてくるので大きく首を縦に振った。


「当然…にゃ。主は私のすべて。私が身体を許す男は後にも先にも主だけにゃ」


「そこまで断言されるとは……。ちょっぴり羨ましいよ。……少し気になっていたんだけど、今日は敬語じゃないのは、ホシミが居ないからかな?」


「そうにゃ。主は気にしないけど、私は主に相応しい雌でありたいのにゃ」


「そこは普通『相応しい女』って言うんじゃないかい?」


「主に愛してもらうことばかり考えている女なんて、雌で十分…にゃ」


 まだ湯気を立てている湯呑みに口を付けて喉を潤す。


「それで、わざわざ聞きたかったことはそれかにゃ?」


「いや、そうじゃないんだ」


 カンナは少し顔を俯けてから、小さな声で驚くべきことを言った。


「───ソンとの戦が終わったら、君たちが居なくなる前に……彼の種を貰いたいんだ」


 あまりにも予想外すぎる言葉に、暫しの間言葉を発することを忘れてしまうのだった。


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