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138話 ラナ〜帰還〜

「お帰り。その様子だと、無事に終わったみたいだね」


 ラナに戻った私たちは直ぐにカンナの執務室へと顔を出した。そこでは、大量の書簡を大したことないとでも言わんばかりに次々と片付けているカンナが居た。


「ああ、ただいま。……忙しいなら手伝うが?」


「それは嬉しいね。見ての通り多すぎてちょっと大変だったんだよ。でもそれより先にまずは報告が欲しいな。マヌはどうなったんだい?」


 カンナは軽く肩を竦めてから、話の本筋へと入る。

 私たちがここに直接来るように伝えていたのは、成果の報告が欲しかったからなのだから。


「そうだな、詳細は後にサクヤから送られてくるだろうから手短かに。マヌは蜂起軍の手により敗北し、首都を制圧した。残念ながら王と重鎮たちは既に逃げ出した後だったが……」


「そうか、民と兵を見捨てて逃げ出したか……。その可能性は無きにしも非ずだと思っていたけど、まさか本当にその手段を選ぶなんてね」


 カンナと顔を見合わせて揃ってため息を吐くと、隣にいたクルルが「その件はおそらく大丈夫でしょう」と言った。


「私が調べたところ、どうやら護衛の兵すら連れずに着の身着のままで逃げ出した様子でしたにゃ。毎日豪遊していた人間が、何もない状態で生きていけるとは思えません…にゃ」


「成る程、たしかに一理ある。それに服とかは無駄に高価なものだったみたいだし、すぐに賊にでも身ぐるみ剥がされて殺されるんじゃないかな」


「万が一生き延びたとしても、そんな奴らが村に現れりゃ噂になるしな。どっちにしろ万事休すってことだ」


 クルルの言葉にカンナとヴァンも同意する。


「ただ、問題は奴らが海洋に逃げた場合だな。マヌは海に面しているし別大陸との貿易もしていたのだろう?」


「そうなったらむしろ万々歳さ。何も知らない普通の人間が、金も権力もないただの偉ぶった人間に従うと思うかい? 思わないだろう。どちらにせよ、彼らは国を捨てた。なら、行き着く先まで勝手に進んでくれる筈だよ」


 そう言ってこの話はお終いだとばかりにカンナは一度手を叩いた。


「他には何か報告はあるかい?」


「ああ、まだあるな。クルル」


「はい、主」


 クルルに声をかけると、道具袋から鉱石を取り出してカンナに渡す。


「まだ研磨していないから霞んでいるが、緋緋色金(ヒヒイロカネ)というらしい。私にはあまり価値が分からないが、とても貴重なものだと聞いている。何に使うのかは知らんが、それを求めたからマヌ打倒の援助をしたのだろう?」


「そこまでバレちゃってたか。でもまさか、本物の緋緋色金(ヒヒイロカネ)をこの目で拝めるとは思わなかったよ。現存するかは半信半疑だったからね」


 カンナは手元の鉱石を見やりながらそう話す。


「これは、まだ採れるのかい?」


「おそらくな。だが、どのくらい採れるかは分からん。私たちも偶然見つけただけのものだからな」


「そうか……。でも、現存することが判明しただけでもありがたいよ。本当にありがとう」


 カンナは鉱石を脇に置いて深々と頭を下げた。彼女なりの最大限の謝意だった。





 話は終わったことでヴァンは街に降りていった。きっとまた酒場だろう。相当あの酒に入れ込んでいるようである。今夜は帰ってこないかもしれない。

 クルルは自由にして良いと言ったら「主の側に居ます」と返されたので今も側にいる。なので普段のお礼も込めて現在は膝枕をしてあげていた。空いた手で頭を撫でてあげると、嬉しそうに尻尾が揺れる。

 私は自室として割り当てられた部屋でカンナの執務室から持ってきた書簡と格闘していた。内容自体は大したことは無いのだが、いかんせん量が多い。

 本人は気にしていないようだが、現状カンナに掛かる負荷が大き過ぎる。早々に改善案を考えて提案してみよう。

 クルルを愛でながら書簡を次々と片付けていると、戸が控えめにノックされた。


「どうぞ」


 侍女だろうか。特に拒絶する理由もないので入室を促すと、音を立てないように戸を引いてこそっと中に入ってきたのはレンカだった。


「またカンナから逃げてきたのか?」


「お兄さん……久しぶりに会って第一声がそれって酷くない?」


「普段の行いの成果だな」


「嬉しくないなーもう!」


 そう言って苦笑いしてから下に目を向けたレンカは、クルルの足だけが見えていることに気付いた。


「あれ、クルクルじゃん。何してるの? そんなトコで」


「私は今、至福の時を過ごしているので、その質問には答えません…にゃ」


「何それー」


 レンカはクルルが何をしているのか見るために机を回り込んで私の横までやってくる。

 彼女の目の前には、私の膝枕で眠りながら頭を撫でられて喜んでいる黒猫の姿があった。


「クルクルって本当にお兄さんのことが好きなんだねー。完全に無防備じゃん」


 そう言いたくなるのも分かるほどに今のクルルの身体からは力が抜けていた。

 人前でこんな姿を見せるのは珍しいのだが、相手がレンカだからだろうか。


「それで、どうしたんだ。何か用があったのではないか?」


「ん、特にないよ」


「そうか。じゃあ大人しくしていろ」


「はーい」


 レンカは適当に座布団を持ってきてその上に座る。そして頬杖をつきながら私の作業を眺めていた。


「お兄さんってどこかの国で働いてたことあるの?」


「そんな経験は一度もないな」


「そうなの? それにしてはやけにすらすらと片付けていってるねー」


「内容の殆どが指示を仰いでいるだけだからな。現状も共に記入してあるから、ただ回答するだけで良い。実に楽だ。いかに効率的に量をこなすかを考えた結果このような形になったのだろう。その分カンナへの負担は大きくなるがな」


 先ほどカンナの部屋で見た山積みの書簡は、常人ならば二日三日は掛かる量だ。毎日あれだけの量がある訳ではなかろうが、一日で全部を終わらせられるのはカンナが天才だからなのだろう。

 もしカンナが病にでも倒れたら、ラナはどうなってしまうのだろうか。


「───そういえば。カンナの話をしていて思ったが、彼女の主人は何をしているのだろうな。表に姿を見せないとは聞いていたが、最初に仕切り越しに会話しただけでそれ以降まったくと言っていいほど話を聞かない。城の者たちもカレン・ラナの存在は知っていても直に会った者はカンナを除いて誰一人としていないんだ。何か、人と会えないような特殊な事情でもあるのだろうか?」


 今まで疑問に思っていたことを、何となくレンカに話していた。するとレンカは少し考えてから、


「……あたしもこのお城に通って結構経つけど、そーいえば一度も見たことないねー。話にも聞いたことないかも。でも多分、普通にお仕事してるんだと思うよ。なんてったってラナの領主様だしね!」


 と自信満々に言い切った。そこには領主であるカレン・ラナへの信頼があるように見えた。

 善政を敷いている影響だろう、民衆からの支持は高いようだ。


「そうか。まあ、それもそうだな。ろくに話したこともないのに憶測だけで語っても仕様がない。彼女はカンナと共に善政を敷いている。その事実だけを見ることにしよう」


「そーそー。マヌみたいに変なことしないだけ全然マシなんだから」


 腕を組んでうんうんと頷くレンカ。まるで自分が褒められたかのようだ。


「マヌは例外……でもないか。歴史上、ああいう手合いは何度でも現れるからな」


 建国した人物は優秀でも、代を経るごとに権力に溺れる者や汚職等の腐敗に手を染める者が現れるのは歴史の常だ。こればかりは防ぎようがない。


「人という種の本質が───いや。こんな所で性善説だの性悪説だの唱えても仕方がないか。人は善にも悪にも、どちらにでも簡単に染まる生き物だからな」


 つい説教くさくなってしまった。あまり楽しい話題でもないので打ち切ると、レンカはとても退屈そうに話を聞いていた。途中で切って良かった。


「退屈なら仕事に戻ったらどうだ。またカンナに食事を届けに来たのだろう?」


「そうしよっかなー。お兄さんは書簡で忙しそうだし、クルクルはいつの間にか寝ちゃってるし」


 レンカに言われて下を見ると、クルルは膝枕の上で安らかに眠っていた。疲労が溜まっていたのだろう。自然に起きるまでそっとしておこうと思った。

 クルルの様子を確認してからレンカの方に目を向けると、レンカは座布団から立ち上がって伸びをしているところだった。


「それじゃ、あたしはそろそろ行くね。お邪魔しましたー」


 寝ているクルルに気を遣ってくれたのか、静かに戸を開けて部屋を出て行くレンカ。

 用がないとは言っていたが、結局彼女は何をしにこの部屋にやって来たのだろうか。


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