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137話 マヌの終わり

 城内を一通り見て回った結果、既に国の王とその重鎮たちは逃亡した後だった。

 捕らえた兵士に話を聞いたところ、戦っている彼らを見捨てて護衛も連れずに何処かへと消えたという。

 戦闘中に感じた違和感の正体は、これだった。

 国を守ったところで褒賞をくれる相手が既に逃亡して居ないのだから、兵たちのやる気が出る筈もない。

 結果、蜂起軍を相手に大敗し、半数以上の兵がマヌを見限って降伏したのだ。


「取り敢えず、私たちの勝利で良いのだろうか」


 勝利の実感がないのは、倒すべき相手が居なかったせいだろう。どこか中途半端なやり切れなさを感じながら、サクの二人に話しかける。


「あの愚王を殺せなかったのは無念だが、逃げてしまったものはどうしようもない」


「無駄かもしれませんが、一応捜索隊を編成しております。発見次第連絡が来るようにはなっておりますが……、あまり期待はしないでくださいませ」


 そう話す二人の表情には諦念の色が出ていた。マヌの首都は海洋に面している土地なので、海に逃げられてしまったのなら打つ手がないのだ。


「そんな事より、これからのことをお話し致しましょう」


 サクヤが気を取り直して今後の行動を説明する。


「ホシミ様とヴァン様はラナにお戻りになられますよね」


「そうだな」


「もうやる事もねぇしな」


 ヴァンと揃って頷くと、サクヤは懐から一本の巻物を取り出した。


「こちらはカンナお姉様への書簡になります。本当なら(わたくし)たちを助けてくれた方に使いのようなことをさせるのは心苦しいのですが……」


「そちらの状況は理解している。そう気に病むな。マヌを立て直すのだ、人手も時間も足りないだろう?」


「そう仰って頂けると有り難く思います。城と重鎮たちの屋敷の中には、逃げる際に持ち運べなかった数多くの財がありますから、しばらくはそちらを活用しながらの仕事となるでしょう」


「サクヤの施策が上手くいくことを祈っている。まあ、これ以上に最低なことにはならないだろうから、民衆の支持を得るのは容易いかもしれんな」


「それだけはあの愚者たちに感謝しても良いですわね、うふふ」


 その後、二人と別れの言葉を交わして城を後にした。

 ヴァンと並んで街中を歩いていると、辺りからは笑顔と笑い声が聞こえてきた。

 以前来た時とは大違いな様子に、住人たちは蜂起軍の勝利を歓迎しているのが見て取れる。


「……呆気ない幕切れだったなぁ」


「そうだな。戦い足りないか?」


「雑魚ばっかりだったからな、不満はあるけどよ」


 ヴァンはそう言って周囲を見渡してから、


「でもまぁ、民が笑顔ならそれで良しってやつだ。あいつらなら上手く纏めてやって行けるだろ」


 と笑みを浮かべて言った。


「ああ、きっと大丈夫だ。おそらく、カンナも影ながら手助けするだろうしな」


「そりゃ心強い」


 街中の感想を述べながら門まで歩くと、いつの間にか姿を消していたクルルが待っていた。

 見たところ怪我一つないが、若干焦げたような臭いがする。


「ただいま戻りました、主」


「おかえり、クルル」


 頭を撫でると、クルルは私の服を掴んでほんの僅かに身体を寄せてきた。


「何だ、嬢ちゃんの姿が見えねえと思ってたら別行動してたのか。どこ行ってたんだ?」


 クルルが私にくっ付いていることに慣れたヴァンが、疑問に思ったことを口にすると、


「ちょっとしたごみ掃除……ですかにゃ」


 クルルは本当に大したことではなさそうに答えた。


「ふーん、ごみ掃除ねえ」


「だから焦げた臭いがするのか」


 ごみ掃除と言うくらいだから、処理までしてきたのだろう。そのことを指摘すると、クルルはほんの少しだけ焦った。


「あっ……。臭い、残ってましたか…にゃ?」


「ほんの少しだけな」


「そう、ですか…にゃ。ごめんなさい、主に変な臭いを嗅がせてしまいました…にゃ」


 しょんぼりと肩を落とすクルル。掴んだ手を離して離れようとするのを肩を抱き寄せて阻んだ。


「臭いなんぞ洗えば落ちる。そんなことよりも、クルルが悲しむことの方が辛い」


「主……。ありがとうございます…にゃ」


 離した服をもう一度掴み直したクルルは、先ほどよりも隙間なく抱き付いてきた。


「ラナに帰ろう。もうここでやるべき事は終わった」


 頭と背を優しく撫でながら声をかけると、服に顔を埋めながら一度だけ頷いた。


「ったく、所構わずイチャつきやがって……」


 ヴァンの呆れる声を聞きながら、私たちはラナに転移するのだった。






 マヌは王と重鎮たちが揃って逃亡したことにより、長い歴史に幕を閉じた。

 その後、『マヌ』から『サク』と名を変えて、それからの西側地域を統治することになる。

 西部一帯を治めていたマヌの失墜により、各豪族たちがそれぞれの領土を主張するようになったことで、複数の国家が誕生することになった。

 そんな中、ソンが各国に宣戦布告。大陸西部を再び統一する為に戦争を行うと発言した。

 サクは早期にラナと同盟を締結。国内の立て直しと、侵攻を試みるソン、メイの対処に追われることとなるが、結局サクを陥落させることは出来なかった。


 各国はソンに対抗する為に戦力を集め、領土を拡げる為に戦争を繰り返すことになるが、かつてのマヌを治めた者たちの姿が現れることはただの一度もなかった───。







 ーーーーーー






 ソン城内。天守閣。


 金髪金眼、自身の名と同じ花の紋様が描かれた紺の着物を纏った女。彼女こそが現在のソンの当主、アヤメ・ソンである。百獣の王と名高き獅子の血統を持つ為に、幼い時分から人の上に立つための教育を受けてきた。

 そんなソンの女当主であるアヤメは、主な将たちを集めていた。

 先日ヤスケとヒコノシンが帰還した折に、ヒコノシンから耳に入れたいことがあると言われ、その内容を聞いた時に全員に周知させた方が良いと判断したのだ。


「皆、揃ったわね」


 立ち上がり周囲を睥睨(へいげい)するアヤメ・ソンは、側に控えていたヒコノシンを呼んだ。


「ヒコ爺、お願い」


「承知致しました」


 アヤメが座ると、ヒコノシンは立ち上がり話し始めた。


「先日、ヤスケと共にマヌへと出兵した時のこと。戦場でソンへの憎悪を宿した黒猫の獣人(ビースト)と出会った」


 ヒコノシンの発した言葉は、ソンに住む者ならば動揺してしまうほどに周知されたことだった。

 ───黒猫は、いつかソンを滅ぼしに戻ってくる。

 そう幼い頃から言い聞かせられて育ってきた彼らだ。その表情には僅かに恐怖があった。


「儂は長年生きてきて、様々な戦場を経験してきたが、あの時ほど死を身近に感じたことはなかった……。アレは、本物じゃ」


 全員が黙り込み静寂に包まれた場に、やや軽い声が響き渡った。ヤスケである。


「ついでに補足させてもらうぜ。その黒猫と一緒にいたのは空を飛べるほどの上位の魔術師と身の丈よりも大きな剣を軽々と振り回す龍人(ドラゴニュート)だ。二人とも黒猫に迫るほどに強い。……たった五百の兵じゃ、軽く全滅させられちまうくらいにはな」


「あなた達に預けたのは新兵だものね。むしろ良くやったわ。損害は極軽微だったんだもの」


「それについては、運良く相手に見逃して貰えたからとしか言えませんのう」


 アヤメの言葉にヒコノシンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「マヌが落ち、サクと名を変えたことから、おそらくは彼ら蜂起軍に助力していたのでしょうが、どこから来たのか、どこに所属しているのか、何が目的なのかがさっぱり分からんのです。儂らが邪魔であるなら、あの場で皆殺しにすれば良かった。事実、あの時の黒猫の眼には殺気しかなかったのです」


「……随分と厄介なのに目をつけられたわね」


「ええ、本当に。アヤメ様。儂らの力が及ばない時は、どうかお逃げくだされ」


「わたしに国を捨てて逃げろというの?」


 アヤメの目が厳しく細まるが、ヒコノシンは一切動じずに首肯する。


「アヤメ様さえ居れば、ソンは何度でも蘇ります。獅子王ヤマトの血統を継ぐ御子はもう、貴女様しかおられないのです。分かってくだされ」


「……お父様の名前を出すなんてずるいわよ。いいわ、考えておいてあげる」


「はっ、有難きお言葉」


 その後集めた将たちを解散させてから、部屋に戻ったアヤメは一人物思いに耽った。

 かの黒猫が自身の命を狙いにくるとしたら、それはやはり復讐なのだろう。


「若獅子……か。ほんと、厄介なものを遺して逝ったわね」


 過去の愚か者が仕出かしたことのツケが後世の自分に回ってくることにため息をつきながらアヤメは政務の支度をするのだった。


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