136話 マヌ~首都攻略戦~其の弐~
戦闘が始まる直前に、クルルは何処かに消えていた。
彼女の実力なら何も問題はないだろうが、わずかに目を離した隙に音もなくいなくなっていたのには流石に驚いた。
現在、蜂起軍はマヌ首都にて国軍との戦闘中である。
市街戦を避けるため、敵が門から出撃してきたおかげで住民を巻き込む心配がなくなったのは幸いだったが、数が多くて未だ門前にはたどり着けそうになかった。
次から次へと向かってくる兵を鞘を抜かないままの剣で殴り気絶させていると、隣にやってきたヴァンが不思議そうに尋ねてきた。
「ホシミお前……剣は抜かねえのか?」
「ん? ああ、これか……。どうしたものかと思ってな」
ヴァンの指摘で手に握った剣を軽く振る。
別段どうということのない普通の剣だ。───ついさっきまでは。
「鞘から抜かずに敵を殴っていたら中で折れた。元々安物だったのでどうでもいいのだが」
「お前はいっぺん鍛冶師に土下座して謝ってこい!!」
そう叫びながら大剣を横に一振りし多数の兵士を吹き飛ばすヴァン。
「合成獣に折られてしまった以前の剣より軽かったのでな、鞘有りで振ると丁度良かったのだ。
やはり自分に合った武器は大事なんだと実感した。ラナに戻ったらカンナに良い店を紹介してもらおうと思う」
「試し振りした時に気づけよ!!! クソッ、あまりの馬鹿馬鹿しさについ叫んじまった!!」
そう言いながらヴァンは敵兵を殴る。まるでストレス発散の道具か何かのような扱いだ。
「そんなことよりヴァン、気付いてるか?」
「ああ!?」
「敵の様子が少しおかしい。浮足立ってるというか、どこか真剣味に欠けているというか……。必死になって守ろうという意思が希薄に感じる。まるで仕方なく戦っているという気配がするんだ」
「だからさっきから気絶させてばっかりであんま殺してねえのか。ま、戦意のない雑魚を幾ら殺したところで戦況には影響ないけどよ」
「それもあるが、死体に囲まれて身動きが取れなくなるのを嫌っただけだ。死んだ者なら捨て置くが、まだ生きているなら後方に避難させようとするだろう?」
「なるほどな。確かに、実際の戦じゃ負傷兵の数が増えるってのはかなり厄介だ。だがそれは長期化する戦に当てはまることで今回みたいにこの戦で決まるような時にやることじゃねぇと思うんだよな」
「尤もだ。これはあくまで個人的な罪悪感を減らすための方便だよ。向こうが殺す気満々で向かってくるのなら躊躇わず殺すが、そうでないのなら余裕があるうちは見逃してもよい───と。そう思っただけだ」
「そりゃご立派なことだ。俺にゃンな器用な真似は出来ねぇよ」
「人それぞれでいい。誰にも強制などせんよ。殺した方が楽なことも事実だしな」
「それを言っちゃおしまいだ」
会話しながら懲りずに向かってくる敵兵を蹴散らしていく。やがて私たちには勝てないと理解したのか、個々に向かってくることは無くなったが前後左右を囲まれるようになっていた。
「俺たちだけで守兵の三割は引きつけてんじゃねぇか?」
辺りをぐるりと見回してヴァンは笑う。
「足を止めるという作戦は見事だ。勝てないならば動きを封じればよい。だがどうせ引きつけるなら五割は欲しかったところだがな。さて、ヴァン。この不利な状況、どう覆す?」
「どうも何も……」
大きく一歩踏み込んだヴァンは大剣を思い切り振り下ろす。威嚇なので誰にも当たってはいないが、地面にめり込んだ時の音と衝撃で敵兵士は怯んでいた。
「正面突破でぶっちぎる。雑魚がいくら群れた所で壁にすらならないってことを、教えてやらねえとな?」
「ふ、それでこそだ。門の前ではおそらくサクマが戦っている筈。そこまで一気に突っ切るぞ」
「門の前なんてショボいこと言ってねえで、門をブチ破る勢いで行かねえとな!! おら、行くぜホシミ!!」
「ああ!」
ヴァンは猛獣さながらの威圧感と勢いを纏いながら囲んでいた兵士の群れに突っ込む。
私はその背を守るように位置取りながら後を追った。
「この化け物め、死ねッ!!」
「テメーがな!!」
無謀にもヴァンに斬りかかった敵兵は即座に袈裟に斬り下ろされ、無残な死体に変わる。
「くるな、こっちにくるなぁ!!」
「ならば向こうに行けば良いだろう」
こちらに来るなとわめく敵兵を風の魔術で遠くまで吹き飛ばす。
道を開けない者は次々と屍と化すか、もしくは遠くに吹き飛んでいった。
一点突破で軽々と包囲を破った私たちは、難なくサクマのいる門前までたどり着く。
私たちがたどり着いたのとほぼ同じ時に、門前の主導権を握ったサクマは開門しようと試みていた。
「ようサクマ。もう門は終わっちまったのか?」
「あらかたは押さえたが残念ながらまだ開門の途中だ。ここを押さえている間に、俺は一気に城に攻め入る。元凶をこの手で仕留めなければ、この戦に終わりはない。───二人はどうするのだ?」
「城に行くなら俺も行くぜ。ホシミはどうすんだ?」
「私も共に行こう。この様子なら、私たちが居なくとも負けることはないだろうしな」
そう言って後方の戦場に目をやると、敗色濃厚なことが理解出来た一部の敵兵は既に降伏し始めていた。
こんな国の為に無駄に命を散らすのは惜しい、とそう思ったのかもしれない。
「何だ、もう降参かよ」
「まだ一部だが、直ぐに全体に伝播するさ。そんなことよりほら、門が開いたようだ」
門の向こう側には、申し訳程度に配備された兵士が居たが、戦況は理解しているのだろう、積極的に戦おうという気配はしなかった。
「アレは無視で構わんな。行こう、二人が共に来てくれるなら俺も心強い」
サクマは言葉の通り敵兵を無視して歩んでいった。敵兵士はサクマの気迫に怯み、自ら彼の進むべき道を開けている。
私とヴァンもサクマの後を追い、市街を抜けて城へと向かう。
道中、誰にも邪魔をされることがなかったことを今にして思えば訝しんでおくべきだったのかもしれない。
城内にたどり着いた時点で、城の中は既にもぬけの殻で、サクマが殺すべき相手は逃亡し終えた後だったのだから。
ーーーーーー
「ひぃ、ひぃ、ふぅ、ひぃ」
肥え太った身体を揺らし、戦場と化したマヌの首都から離れる複数の影。
城の地下通路から近くの山中に逃げ落ち、何とか無事に離れることが出来たものの、今もなお遠くから聞こえてくる戦いの音は激しさを増している。
「どうして、ひぃ、マロがこんな目に、ひぃ」
愚痴りながらも重い足を動かすのを止めないのは、止まれば命がないことを本能的に理解しているが故か。
山中を進むにつれ戦いの音は遠くなり、洞窟の中に入って先に進んで行くと、やがて彼らの前には一隻の小型船があった。
そこには、彼らから指示を受けて待ち受けていた船乗りたちがいた。
この山は入り江に繋がっており、密売用の裏ルートとして国が所有してきたものだった。
扱っていたのは違法な薬。西南の大陸にて売り払い利益を上げていたものだった。
「王様、ご無事でしたかい!」
「ぜひー、ぜひー……。も、もうマロは歩けんでおじゃる……。ふ、船に、乗せてたもれ……」
「承知しやした! ちょいと失礼しやすぜ!」
屈強な船乗りたちは太った王と、共に逃げてきた重鎮たちを軽々と持ち上げて船に乗せる。
船室に全員を運び終えると、小型船に搭乗していた船乗りは全員船から降りてきていた。
「姐さん、準備完了ですぜ」
いつの間にか現れていた、自身よりも遥かに小さな黒髪の顔を隠した女性に向かって敬礼する船乗りたち。
「ご苦労様でした。では、あとは手筈通りにやりましょう。総員、配置について下さい」
姐さんと呼ばれた女性は髪と同色の艶やかな尻尾を一度だけ揺らしてから、船乗りたちに指示を出した。
船乗りは「応ッ!!」と元気な声で返事をしてから松明を片手に持って船を囲むように並んだ。
女性が手を真上に上げて下に振り下ろすと、船乗りたちは松明を船に向かって投げ込んだ。
油が撒かれていたのか、小型船は勢い良く燃え上がり───轟音と絶叫を携えて焼け落ちていく。
「貴方たちの罪は、業火に焼かれてなお、消えることはありません。国を守る立場を利用し無辜の民を苦しめ、私腹を肥やしたこと……。冥界で永遠に苦しみながら反省しなさい…にゃ」
船はボロボロと焼け崩れ、入り江の上に落ちていく様子を見た船乗りたちの歓声が響き渡る中、黒髪の女性は小声でぽつりと呟く。そして、二言三言ほど近くの船乗りに指示を出してから、その姿を消したのだった。