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134話 マヌ〜関での戦闘〜

 武器を携えた元農民たち。彼らは今、自分たちに不遇を強いてきたマヌへと積年の恨みを晴らす為に歩を進めていた。

 私とクルルは上空からその姿を眺めながら同じ速度でついて行く。

 目指すは首都。機を測っていた蜂起軍はいよいよ本格的な攻勢に移るのだ。


「結局サクヤは暗号のことは何も話してくれなかったな」


「おそらく、私たちに話すほどのことではなかったのかもしれませんにゃ。だからこそ、今こうしてマヌに向けて行軍している訳ですし」


「そうだと良いな」


 抱きかかえているクルルと会話しながら、昨日発見してきた暗号文を思い返す。私にはごくありふれた日常の一幕を書き留めた日記のようなものにしか見えなかったが、サクヤには別のものが浮かび上がってきたようだった。

 読み解くには何らかの法則があるのだろう。内容は覚えているので、この件が解決した後に暇潰しに解いてみるのも良いかもしれない。

 それはさておき、今は目先の戦のことを考えるべきだ。時間的にはもう間も無くで関に到着する頃だった。


「そろそろ関だな。この間は戦えなかったヴァンが志願して部隊に組み込んでもらったようだし、私たちが手を貸さなくても問題ないとは思うが」


「もし必要があるとすれば、敵が密集している地点に魔術を放つ程度の援護で充分だと思います…にゃ。関の兵は先の敗戦の報を聞いて士気も低いようですし、負けはないでしょう。問題はその先です…にゃ」


「そうだな。流石に首都だけあって城壁を含めた守りは堅牢そうではあるが、あの街の様子なら民衆は我々の味方をするだろうな。少数精鋭で内部に侵入して内通するのが早そうだが、そこはサクヤの作戦次第だな」


「ええ。私たちは所詮はお手伝い。歴史を紡ぐのはその時代に生きている人が為すべきことですから…にゃ」


 案を出したり助言したりはするが、決めるのは蜂起軍の頭脳である彼女だ。きっと今も頭を全力で回転させながらマヌ攻略法の最適解を探し出していることだろう。部外者である私たちがとやかく言うことではない。

 そも、私たちは普通ならばとうに寿命を迎えて死んでいる人間なのだから、そんな亡霊のような存在が『今』を生きている人々の邪魔をしたり意義を奪うようなことはしてはならないと思うのだ。

 勿論これは私とクルルの考え方で、人によっては違う答えを出すのだろうが。


「どうやら関が見えてきたようだ」


 街道を覆うように建てられた関はさほど大きくはなく、中に詰めている兵士は多くても千はいかないくらいだと思われる。

 蜂起軍の兵士たちは、全員が盾を持って、矢が届くギリギリの所で待機していた。


「今回は密集しないみたいですにゃ」


「ああ。おそらくはアレのせいだな」


 顎でしゃくってその場を指し示すと、蜂起軍の中央最前線には上半身裸で袴を履いて鉤爪付きの首甲と脚甲を装備したサクマの姿と、背丈よりも巨大な剣を片手で軽々と持ち上げているヴァンの姿があった。


「……サクマはどうして上半身裸なんでしょう?」


「さあな。せめて胸部鎧くらい着けたら良いとは思うが、当たらない自信があるんじゃないか? 危険な戦場だったら流石のサクヤも止めるだろうし」


「うーん……」


 クルルは戦闘はなるべく万全を期して臨むタイプなのでサクマのことが理解出来ないのだろう。まあ今回はヴァンも近くにいるし、即死でなければ私が治癒魔術で治せるので油断さえしなければ問題ないとは思う。


「それよりほら、始まるぞ」


 開戦の鼓笛が鳴り響き、蜂起軍がじわじわと動き始めて関へと攻め立てていく。ヴァンとサクマは先頭を突き走り、関から射かけられる矢を弾き落としながら突撃して行った。

 兵士たちの雄叫びや悲鳴、金属音で細かい音までは拾えないが、あの二人は笑っているだろうことは容易に想像出来た。


「……守兵に弓兵の割合が多いですにゃ。盾があるとはいえ、このままじゃ関に着くまでに犠牲が増えそうです…にゃ」


「そうか……。なら、こういうのはどうだ?」


 クルルが戦場の様子を見て漏らした感想を元に、一度だけ指を鳴らす。

 すると、こぶし大の石が大量に生成され、目の前に浮かんでいた。


「関上にいる弓兵に当たるよう、真上から降らせてみるとしよう。高所から降らせば引力も加わるから威力が上がるし、当たらずとも上空を警戒させることが出来て、運が良ければ当たって斃せる。まだ関にたどり着いていないから味方を巻き込む心配もないしな」


「それくらいの手助けならあの二人も何も言わないでしょうにゃ。ですが、やるなら早めの方が良さそうですよ?」


「意外と早いな。クルルの言う通り急いだ方が良さそうだ」


 一直線に関へと向かっているヴァンとサクマの姿を確認してから、魔力で生成した石を敵の頭上に降らせた。

 しばらくして石が下まで到着し始めると、相手の攻撃が目に見えて少なくなっていった。

 彼らからしてみれば、何もない空中から大量の石が降ってきた訳で、それはそれは驚いたことだろう。

 打ち所が悪くて死んでしまった者も一人や二人どころか数十人にまで届きそうだった。


「こぶし大の石が遥か上空から頭に直撃すれば、死ぬ者も出てくるか」


「下ばかり見ていたからよく当たりました…にゃ。あれなら、もっと巨大な岩で押し潰すのも良かったかもしれませんにゃ」


「流石にそれは影でバレるだろう。いやしかし攻撃を中断させるという目的は果たせるからそれでも良かったか? ……まあ、落ちる場所によっては味方の邪魔にもなりかねんが」


 クルルの案について考えていると、どうやら味方の先頭が関へとたどり着いたようだ。ちょうど人間破城槌ことヴァンが大剣で関の門を粉砕しているのが見えた。


「本物の城ではないからこそ出来る芸当だな」


「もし城の正門をあんな風に粉砕したら私は間違いなく引きますにゃ」


「いくらヴァンでも出来て凹ませるくらいじゃないか? ……鉄で造られているだろう正門を剣で殴って凹ませるだけでも相当おかしいが」


「敵からしたら悪夢でしょう…にゃ」


 そんな会話をしているうちに、破った門から次々と蜂起軍の兵たちが中に侵入していった。

 敵は門が破られると判った段階で門を包囲する体制に移行していたが、ヴァンが地面を抉りながら門の残骸を吹き飛ばし、サクマは単身で敵陣の真っ只中に乗り込み相手を殴り蹴飛ばし投げ飛ばしている。

 狂戦士さながらの二人が暴れ、注目を集めているうちに蜂起軍が徐々に押し込んでいく。

 戦場となっている場所の反対側では、勝ち目がないと見切りをつけた敵兵が逃亡し出していた。


「陥落したな」


「ええ。抵抗の意思が無くなった兵が徐々に降伏していっているようです…にゃ。損害はゼロとはいきませんでしたが、快勝と言えるでしょうにゃ」


 戦意を失った敵兵は武器を捨て、両手を挙げて降伏する。関に残っていた全ての兵が降伏し、勝利した蜂起軍から鬨の声が上がり出した。

 これでマヌ攻めの最初の関門は無事に越えられたのだった。







「いやあ、快勝快勝!! マヌの兵士っても大したことなかったな!!」


「被害もほとんどないし、余裕勝ちってやつだな!」


「サク様が先陣を切って敵兵を次々と薙ぎ倒しててすげーって思ったぜ」


「確かにサク様も凄かったが、隣の龍人(ドラゴニュート)はもっと凄かったぞ。なんせ門を吹き飛ばすんだからな」


「そういや捕虜は───」


「それはサク様に───」


 戦闘が終了したことを確認した私とクルルは地上に降りてきた。そこでは蜂起軍の兵士たちが戦勝の喜びに沸いていた。

 内容は大まかに、勝利の余韻に浸る者、ヴァンとサクマの鬼神のごとき戦い振りを思い返す者、細々とした報告や作業の指示伝達を行なっているものである。

 共通点は、皆一様に笑顔を浮かべていることだ。兵の様子を見て回りながらヴァンたちの姿を探していると、


「おう、やっと来たか。遅かったじゃねえか」


 積み上げられた木箱に腰掛けたヴァンが待っていたのだった。


「直接戦ってたヴァンと比べたら遅いに決まってますにゃ」


「というかだな、戦闘に参加していない人間に対して『遅かったな』はないだろう。完全に戦闘が終了するまで待ってから降りて来たのだから」


 クルルと共にそう言うと、ヴァンは呆れたような目を私に向けてきた。


「なーにが『戦闘に参加していない』だ。一番最初に奴らに攻撃仕掛けたのは何処のどいつだよ。弓矢で下を狙っている相手に向けて頭上から石を落とすなんて嫌がらせにも程があるぜ?」


「だが味方の損害は減らせたし、射手が減ったお陰で攻めやすかっただろう?」


「まぁな。サクマも感心してたぜ。『なんと的確な援護だ』ってな」


 矢の雨を前にして会話している余裕がある二人に驚きだが、ヴァンはともかくとして、サクマもどこか一般人離れしているからこそ出来たのだろう。


「そうか。正直不要かと思ったがそう言って貰えるなら手を出した甲斐があったというものだ」


 そう言ってからサクマの姿がないことに気付いた。てっきりヴァンと共にいるかと思っていたのだが。


「サクマは何処に?」


「ん? あーあいつなら……ほれ、あそこだな」


 ヴァンが指差した方へと視線を向けると、後方にいたサクヤと何か会話しているようだった。互いに笑みを浮かべていたので、無事と勝利を喜んでいるのだと思う。


「兄妹水入らずか」


「サクヤったら、とても嬉しそうな顔をしてます…にゃ」


 会話しながらも次々とやってくる兵に指示を出しているのは流石であるが、今はそっとしておこう。

 明日には首都に攻め込むことになるのだ。戦である以上、万が一ということもある。悔いの残らないように過ごしてもらいたい。


「用があれば向こうから呼び出すだろう。私たちは邪魔にならんように端にでもいるとしようか」


「はいですにゃ、主」


「んじゃあ俺は関の中を適当に見て回ってくるわ。一通り見て回ったが、もしかしたら残党や罠があるかもしれねえしな」


「そうか。気を付けろよ」


「わかってるよ」


 ヴァンは手を振り上げて歩き去っていく。

 青属性の魔術器官持ちな為、一応自分でも治癒魔術(ヒーリング)を使えるヴァンだ。即死するような事態にならなければ大抵は何とかするだろう。

 明日は私たちも戦列に加わることになる。休めるうちにしっかりと休んでおこうと思うのだった。


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