13話 龍人戦争:北国へ向かう
「あら、この紅茶美味しいですわね」
「でしょ? 海を渡った先の別の大陸から入ってきたものらしいからなかなか手に入らないんだけどね。それにしても」
そう言ってシィナは机上に雑然と並ぶ菓子類に目を向ける。
「もう少し統一性とかさ、なんとかならなかったの?」
饅頭、クッキー、麩菓子にチョコレート。何故か梅干しと、プリンまである。
とりあえずあったものを並べました感満載だった。
「事前に分かっていればスコーンくらい作れましたけどね、まあ変なものはないですし良いんじゃないですか」
そう言ってクッキーを口に入れるココノハ。
「いや、流石に梅干しはないでしょ……」
ため息を吐いてチョコレートに手を伸ばすシィナだった。
「さて、なにからお話しましょうか」
そう言ってリアは私に目を向ける。
「まずは当時の国際情勢からだな。今から三百年ほど前は、一言で言うと安定していた。戦争はしばらく起こっておらず、飢饉や干ばつといった自然災害も少なかった時期だ。そんなときに、この南国である事件が起きる」
「事件?」
ココノハは首を傾げた。
「そうだ。この国の国王、『炎龍皇ナンゼルレック』が毒殺されかけた」
そう告げると、驚愕したココノハの目が見開いた。
「え、なんでそんなことに!?」
「さあ、どうしてだろうな。後に炎龍皇に尋ねてみたが、首謀者どもには『最優の種である我等龍人が大陸の覇者とならん』などという大義名分があったらしい」
炎龍皇の治療が終わり、容態の回復した彼からそう聞いたのだ。父が伏せっていた当時を思い出したのかシィナが口を開く。
「ふん、所詮は欲に目が眩んだ屑どもの集まりだったけどね」
シィナの言葉の端々には抑えきれない怒りがあった。父を殺されかけたというのもあるだろうが、人を見下して悦に浸る彼らに生理的な嫌悪感があるのかもしれない。
「まあそんな訳でこの国の中枢を乗っ取られてしまった。奴らは傭兵を私軍として雇っていてな。逆らう者は人質を取って脅して従わせたり、処刑したり。戦に使うと宣いながら血税で私腹を肥やすのは当たり前、若い娘がいれば欲望のままに無理矢理襲う、とそれはもう好き放題にやったそうだ」
私の言葉にこの場にいる全員が顔を顰める。
こんな話を聞いて普通の人は嫌悪感を抱かないはずがない。
「酷いものだったわよ。もはや国の体をなしていなかったわ」
直接、国の腐り落ちていく様を見てきたシィナである。その言葉はとても実感が篭っていて、重かった。
「まあ、そんな風に国がどんどんと腐敗していくのだが、この状況を見過ごせないとする勇気ある者たちが這々の体で北の龍人の国に亡命する」
「わたくしの国ですわね」
「そうだな。そこで南国の惨状を知った北国の王『氷龍皇ノーズヴァンシィ』は情報の真偽を見定めるために密偵を送った。やがてそれが真実であると確信し、南国奪還作戦を展開する。それが龍人戦争の始まりだ」
シィナの淹れてくれた紅茶で喉を潤す。
甘く優しい香りが鼻腔を通り抜けていった。
一息吐いて、再び口を開く。
「とりあえず此処までで質問はあるか?」
そう言うとココノハは片手を小さく上げてすぐに質問してきた。
「その時のシィナさんはどうしてたんですか? お姫様なんですから、捕らえられて殺されてもおかしくなかったと思うんですけど」
ココノハの質問にシィナが口を開く。
「その時のあたしは、毒に侵された父様と母様と信頼出来る者たちを連れて離宮へ流れていたのよ。今ほど槍も使えなかったしね。そのおかげでというのも悔しいけど、なんとかこうして無事に生きているわ」
「幸い、離宮の位置は知られていなかったのも大きいな。あまり使われていなかったのがこの場合功を奏したのだろう」
この国からはけっこう距離が離れたところに建てられていたのは、こういった事態を予測してなのかもしれない。当時の王の慧眼には恐れ入る。
「そうなんですね。あ、あとは特に質問はないです」
「そうか、では少し飛んでリアと出会った時のことを話すとしようか」
ーーーーーー
南国の様子を鏡で覗いた私は絶句した。
兵の姿をした者たちが民を斬り、女を犯し、略奪行為を平然と行っていたのだ。
同じ国の民にこうまでする輩に怒りを覚えたが、その時、偶然南国を抜け出す者たちの姿を捉える。
何処へ向かうのか気になって追いかけるように覗き見ると、彼等は北の龍人の国へ向かい助けを求めたのだった。
それを見た私は、直ぐに準備を整えて北国へと向かうことにした。
人を辞めたとはいえ、心は人のままだ。南国の暴挙を許すことは出来なかった。
転移は予備で残したかったので『緑』属性の飛行魔術で北国へ移動した私は、何日かかけてようやく到着した。
戦の準備をしていた北国は、戦力補強のために志願兵を募っていた。
私は珍しい『黒』の先天守護属性を持つ魔法剣士として志願した。人は一つしか属性を持たないので、怪しく思われないよう自ら制限したのだ。
後日、力量を見定めるための試験が行われるということで、それまでは宿で待機することになった。
何もすることがなかったので南国の様子を覗いたり街を散策するくらいしかしていなかった。
そして五日後、試験が行われる。
相手はこの国の騎士団の副長らしい大柄の龍人の騎士だった。
「では、其方の手並みを拝見する。その落ち着き、立ち振る舞い。かなりの実力者と判ずる。全力で掛かってくるといい」
なるほど、どうやら余程の腕自慢のようだ。
「……本当に全力でいいのですね?」
念のために確認する。
「無論」
ならば遠慮なくいかせてもらおうか。腰帯に吊った鞘から剣を引き抜き、構える。
なんの変哲もない中段構えだ。
相手も剣を構えたのを確認する。
「では、参ります」
そう言った私は既に騎士の背後にいた。
『黒』属性魔術、時間加速を自身に使用しての高速の一撃。難点は使用後にリバウンドが来ることだが、死ぬことの出来ない身体には関係なかった。
剣を振りかぶり縦に斬り下ろす。
「何!?」
驚愕した表情の騎士が紙一重で受け止めるが、予想外の位置からの攻撃に無理な姿勢から行動に移ったために身体が一瞬動かなくなった。
その隙を逃さず足を払い倒れ込んだ騎士の首元に剣を向ける。
「見事!」
「っはぁ、はぁ! くっ、ふぅ〜、はあ。あ、ありがとうございます」
時間加速の弊害を受けながら、何とか息を整えて礼を言う。どんどんと流れ出る汗が気持ち悪かった。
剣を離し、鞘に収める。
「『黒』の先天守護属性を持つだけで珍しいのにその若さでそれを使いこなすとは。いったいどれ程の修練を積んだのか」
騎士に手を貸して立ち上がらせる。騎士は私の動きに感嘆していた。
「さて、私は未だ未熟です。ただひたすらに先を目指すだけですよ」
そう言ってはぐらかす。最近はろくに剣を振るっていなかったのだ。一応扱える程度で、本領は魔術なのだから。
騎士はそんなことには気付かず、声をかけてくる。
「至高の天を目指すその心意気、誠に感服した。数日間試験を行ってきたが、最後の最後でまさか私に勝つ者がいるとは」
「今までの者たちは勝てなかったのですか?」
私の言葉に、うむと頷く騎士。
「志願兵の殆どはこの国の民で、みなそれぞれの暮らしがある。我らのように鍛錬に励む者たちなど居るはずがないからな」
言われてみればその通りだ。あくまでも予備の戦える人員を確保するのが目的だったのだろう。
「さて、では剣士殿。参ろうか」
「どちらに?」
騎士はニヤリと笑い、首を王宮に向ける。
「まさか」
「察しが良いな。試験を見届けた者が先の結果をすでに報告していることだろう。陛下に謁見してもらうことになるだろうな」
思わぬところで陛下に謁見することになってしまった。当初は影で南国の奪還を手伝うつもりだったのだが……。
今後の予定を新たに考え直さねばならないだろう。
先を歩く騎士は途中で止まって私に振り返る。
「そういえばまだ名乗っていなかったな。我はこの国の騎士団副長、ダーラスト」
「ホシミです」
差し出された手を握る。それに満足した様子のダーラストは王宮内へ私を案内するのだった。