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130話 マヌ〜良くない報せ〜

 サクマとサクヤ。蜂起軍を率いていた『サク』と名乗る二人の兄妹と対面してから翌日。

 私たちは傭兵という名目の援軍として彼らに協力することになった。


「ここに来るまでに戦場跡を通ってきたが、やはり戦っている最中に竜巻が発生したのか」


「はい。あまりにも突然だった為に(わたくし)たちも多くの被害を……。国軍にもかなりの被害が出たようで、お互いに戦線の維持も儘ならず撤退する運びとなりました。死傷者と行方不明者の確認を一通り終わらせた時に貴方方がお見えになったのです」


「何か忙しい時間に来ちまったみたいだな。だから兄貴と()り合った後は自由にしてくれって言われたのか」


「そうだ。昨日はすまんな、ヴァンよ。だが雑事の目処はほぼついた故、今日もまた心ゆくまで戦おうではないか!」


「昨日の今日でかよ! つーかお前は何で徒手空拳なんだよ!?」


「己の肉体こそが至高の武器である。と俺の師が言っていたのでな! 鍛え上げられた肉体は鉄をも砕く!! 我が武の真髄を今度こそ見せてやろう!!!」


「暑苦しいな!! 服を脱ぐんじゃねぇよってにじり寄ってくるんじゃねえ!!!」


「フハハハハハ!!!」


 逃げるヴァンと追うサクマ。どうやらサクマは昨日打ち負けたことでヴァンに執着しているようだ。

 だが話し合いをしている最中に走り回るのは如何なものか。


「……あれは放っておくとして。今後の展開はどうするつもりですかにゃ?」


 クルルは無視の構えだ。サクヤも今は話し合いの方が重要だということで兄を放置している。


(わたくし)としましては、マヌニを襲う国軍を打ち破ってこの周辺の安全を確保したいところでございます。そして部隊の再編を待たずにマヌまで強襲出来れば……と。時間を掛けてしまえばこちらも疲弊してしまいますから。ホシミ様とクルクル様のご意見もお聞きしてから最終的な結論を出そうと考えていますので、忌憚ないご意見をお聞かせくださいませ」


「そうだな───」


 サクヤの提案の元、現在の情報と今後の作戦の共有を図っていたところに伝令役の兵が「失礼します」と入り、私たちに聞こえないように配慮してだろう、小声でサクマの耳もとで報告していた。

 サクマはそれを、ヴァンと殴り合っていた時の暑苦しさが欠片も見当たらないほどに難しい表情でその報告を聞いていた。


「良くない報せだ」


 伝令役が退室してから目を伏せて厳しい声で言う。そして先ほど伝えられた内容を話し出した。


「ソンからの援軍が国軍に合流したらしい」


 それは考えうる限りで最悪の事態だった。






 ーーーーーー






 時間はホシミたちがサク兄妹と面会していた頃まで巻き戻る。

 平野を行軍する、一つの部隊があった。

 人数はおよそ五百。全員が騎乗しているが表情は緊張で強張っている者が多数を占めていた。

 旗は赤い布地に金枠で、中央には獅子の絵が描かれている。マヌ国で最大の勢力を誇る豪族、ソンの旗だった。


「ったくよー。やってらんねーよ、何で俺たちがこんなトコまで来なきゃいけねーんだよ」


 他よりも豪奢な装備に身を包んだ赤鎧の若い男は馬のたてがみを撫でながらやる気のない声を出す。牛の耳尾が鎧の隙間から覗いていた。


「そう言うな。ソン様からの命令なのだ。ソン様とて本意ではないが、兵の初陣には持ってこいの機会だからこそ仕方なく軍を動かしたのだから」


 それを同じく赤鎧の老齢の男が窘めた。こちらも若い男と同様、牛の耳尾を持っていた。二人は獣人(ビースト)で、かつ親族もしくは非常に近しい間柄であることを連想させた。

 しかし若い男は老齢の男の言葉に納得しかねているようだった。


「それだよ、それ。何で新兵の初陣を俺が率いなきゃいけねーんだよ。俺は最近何もやらかしてねーぞ、ヒコ爺」


「はて、そうだったかな? ヤスケには何も心当たりが無いと? 先日、ソン様が大変待ちわびていた東からの桃を食べたのは果たして誰だったのやら」


 ヒコ爺と呼ばれた方は苦笑しながらそう言うと、ヤスケと呼ばれた若い男は天を仰いで顔を手で覆ってから「あーーー」と疲れたような声を出した。


「あれかーー。え、やっぱこれってその罰な訳? あんの陰険クソ女め……。桃が食いてーなら自分の尻でも食ってろっての」


「今のは一言一句違わずソン様に伝えさせてもらおうかの」


「ちょ、タンマ! やっぱり今のはナシだナシ!! 麗しくぷりんぷりんでけしからん桃尻を撫で回したいに訂正するから!!」


「余計イカンぞこの阿呆が。そんなことをソン様の前で言ってみろ、今度は左遷じゃ済まんぞ」


 ヒコ爺は頭を抱え、ヤスケは慌て過ぎて更に失言を重ねる。

 二人の周囲の兵たちは「はたして本当に大丈夫なのだろうか」と不安を抱えながら行軍するのだった。





 夕暮れとほぼ同じ頃、ソンの兵たちはマヌの国軍と合流した。

 実力が無いくせに傲岸不遜、自身の非は決して認めず他人に擦りつける、保身しか考えていない無能を形にしたかのような指揮官との疲れるやり取りが終わり、彼らにあてがわれた陣地へ向かう。


「何だあのデブ。わざわざ来てやったってのに偉っそうにしやがって。負け続きなのはどう考えても上が無能だからじゃねえかよ」


「言いたい気持ちも分かるがそこまでにしておけヤスケ。いつ、何処であれの耳に入るか分かったものじゃないからな。それに今の国が無能なのは既に国民全員が知っていることだ」


 苛々を吐き出すヤスケと、それを諌めるヒコ爺。しかしヒコ爺とて気分を害していない訳ではなかった。


「だが、現場での裁量は我々に任せるとソン様は仰られた。もし蜂起軍の中に面白い者が居るのなら途中で向こうに寝返っても良いだろう。ソン様は必ずしもマヌの国軍を助けよとは仰っていなかったからな。お主とて、無能の下で働くのは嫌であろう?」


 まさかヒコ爺からそんなことを言われるとはヤスケは目を点にした後、すぐに大笑いをあげた。


「くっ……くはははははは!!! そいつぁいいや!! くくくっ……!! あのマヌケの不細工なツラぁ拝めるならそれも悪くないな!!」


「あくまでも選択肢の一つとしてだがな? だが忘れるなよヤスケ。我々は───」


「わーってるよ、ヒコ爺。結局やる事は変わんねえってこったろ?」


 説教に近い口調になってきたヒコ爺の言葉を遮ったヤスケは、親指を上に立ててから真下にひっくり返した。


「マヌを潰す。んでもってウチの姫さんが荒れた国を統一する。それさえブレなきゃ問題ねーだろ」


「うむ、分かっているならよい」


 ヒコ爺は満足げに頷いた。ヤスケは拳を掌に叩きつけて、一人気合いを入れている。

 ホシミたちにとって、未だ彼らは敵でも味方でもない存在だった。







 ーーーーーー






「兄様、敵に合流したソンの軍勢の人数は分かりますか?」


「およそ五百といったところだ。全員が騎兵のようだな」


「騎兵……ですか」


 先ほどまでの何処か緩やかな空気は完全に消え去り、今では張り詰めた糸のように引き締まっている。

 サクヤはサクマから聞いた情報を基に対策を講じる為に思考を回していた。


「距離を考えれば歩兵では間に合わないと判断したのでしょう…にゃ。ですが不自然です…にゃ」


「不自然って、どういうこった?」


 クルルの呟きにヴァンが反応する。クルルは人差し指を立ててヴァンに話し出した。


「カンナから聞いたと思いますが、マヌにわざわざ手を貸す豪族は居ないということですにゃ。この反乱は自業自得ということもありますが、何よりも大きい理由としては、マヌが滅べば待っているのは群雄割拠の戦国時代。ソンはその時を待ちわびていた筈なのですにゃ。だから国に助力するということ自体が考えられなかったのですが……」


「現実には起きちまったってことか。何考えてんのか分かんねえ奴らだぜ」


「ふむ……」


 クルルの話を聞きながら私もソンの目論見を考えてみる。相手の思惑を思考するときは相手の立場になって考えることが肝要だ。

 今のソンでは一体何を考えるだろうか。

 おそらくソンは、近いうちに戦争が起こることを予期している。こんな短期間に騎兵を五百も用意出来ることがその現れだろう。

 では何故こんな勝敗の見えている内戦に兵を投入しようとしたのか。戦の前哨戦とする目的か、はたまた兵に実戦経験を積ませる為か、何か別の思惑があるのか。

 それとも───。


「いや、これは流石にないだろう」


 思い至ってから否定する。

 普通はある筈がないのだ。助力すると見せかけて敵に寝返る行為など。

 一度助力した相手を裏切るようなことはその人物、その軍団の信頼を著しく損なう行為だ。軽い気持ちでやることではない。


「……ホシミ様」


 サクヤがこちらに真っ直ぐ目を向けていた。

 どうやら彼女の中で結論は出たようだ。


「まずは実際に戦ってみようと思います。(わたくし)の読みが正しければ……ソンは動いては来ない筈ですので」


 そう言って辺りを見回してから最後に私に視線を向けてにこりと微笑んだ。まるで、「貴方も同じ答えを得たのでしょう?」と言わんばかりだった。


「そうか、なら俺は明日にも軍を動かせるようにしてこよう。ヴァンよ、手合わせはまた今度だ、済まぬな。ではサクヤよ、行ってくる」


「はい兄様。お気を付けてくださいまし」


 サクマはサクヤに頷いてから部屋を出ていった。ヴァンはどこかホッとした表情を浮かべている。


「延々とあいつと殴り合う羽目になるところだったぜ……」


「あらヴァン様。兄様はまだ諦めておりませんよ? 落ち着いた時は再び試合を望まれるかと思います」


「勘弁してくれ……」


 サクヤは口元に手を当てて笑い、ヴァンが肩を落とす。

 ヴァンも大変だ。押し付けた私が言うのも何だが、頑張ってほしい。

 結局今日話し合うべき事柄の半分ほども話せなかったが、目先の脅威の方が重要なので仕方がない。

 私たちも明日の戦いに向けての準備を整えることにするのだった。



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