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129話 マヌ〜『サク』との対面〜

 サクヤと名乗った少女に勧められるままに腰を下ろし、彼女と対面になるように座る。

 そしてこちらも自己紹介をしてから疑問に思ったことを質問した。


「君は先ほど、『サク』の片割れだと言っていたが、あれはどういう意味だ?」


「そう難しいことではありませんよホシミ様。サクと呼ばれる者は(わたくし)以外にもいるという、ただそれだけのことでございます。まあ、(わたくし)の兄なのですが」


 そう言ってサクヤは口元に手を当てて笑う。

 彼女が『サク』と名乗ったことで、『サク』という存在を今まで男だと思っていた私たちが間違えたのかと思ったが、そういうことなら話は通る。

 実際は兄妹が揃って『サク』と呼ばれていたのだ。おそらくは表に立って集まった民たちを奮い立たせるのが兄の役目だろう。

 では、この娘は───。


「……なるほど。君が蜂起軍の頭脳という訳か。『サク』の名が男性のものだと誤認させる為に君は裏から手を回していた、と。ここを拠点に選んだのも、反乱の声を上げさせたのも君だな?」


「はい、その通りでございます。こんなに簡単に当てられてしまうなんて、ふふっ、思った通りの聡明さでございますね」


 サクヤは相変わらず笑みを浮かべたままこちらを真っ直ぐに見据えてくる。


(わたくし)は幼い時分から勉学に明け暮れておりました。神童と謳われた、あのカンナ・オダ様とも学び舎を共にしたことがございます」


「───そういうことですか…にゃ」


 クルルは納得が言ったとばかりにため息を吐いた。ヴァンだけはまだ理解していないようで首を捻っている。


「どういうことなんだ?」


「サクヤは裏でカンナと繋がっている、ということです…にゃ。カンナが得た情報の発信者もどうせ貴女なんでしょう?」


 クルルの問いかけにサクヤは首肯する。


「ふふふ……。その通りでございます。カンナお姉様の手足の一人として、及ばずながらお手伝いをさせて頂いているのですよ。ですから貴方方のこともお姉様から既にお聞きしております。数百年前から度々人々を襲ってきた凶悪な合成獣(キメラ)をたったの三人で討伐した勇者だということも」


「はぁ……結局カンナの思った通りということですかにゃ。最初から私たちを行かせるつもりでしたね、あの娘」


「カンナが裏から手を回しているということは、それだけ今回の反乱を成功させたいと考えているのだろう。その後は蜂起軍の代表であるサクヤと同盟を結び、実質ラナが支配する形にでも持っていくつもりだろうな」


「あらあら、そこまで理解(わか)ってしまうのですか? 流石はお姉様が頼りになさっているだけのことはありますね。では、何故お姉様がこのマヌの地を求めているのかはお分かりになりますか?」


 今度はサクヤが私たちに問いかけてくる。

 何故、カンナはこの地を求めるのか───。

 民は衰弱し、土地は度重なる不作で困窮し、国の上層部は腐敗しきっているこの土地を手に入れて余りある利点が無ければ彼女は動かない。そうでなければ治世が安定するまでこの地は不安定な爆弾になってしまう。

 しかも一度蜂起を成功させるということは、次に何かが起きた際に、また蜂起する可能性を上げてしまうだろう。

 そんな危険(リスク)を負ってまでカンナが求めるものとは……。


「あ」


 全員の視線が私に向かう。

 一つだけ、思い当たることがあった。ここに来るまでに通った洞窟のことだ。

 中でクルルは何かの鉱石を手に入れていた。あそこはかつては採掘場だったのではないだろうか。カンナから手渡された地図を見てみると、洞窟がある場所には印が付けられており、他にも同様の印が複数の場所に付いていた。マヌには良質な鉱石が多数眠っており、カンナはそれを目当てにしているのではないか。


「クルル、洞窟で手に入れたあの鉱石を一つ貸してほしい」


「……? はい、分かりました…にゃ」


 クルルから鉱石を受け取ってサクヤの前に置く。その鉱石を見たサクヤは笑みは崩さないままだが僅かに目を細めていた。


「カンナが狙っているのはコレだろう?」


 サクヤはしばらく沈黙していたが、諦めたかのように息を吐いた。


「はい、その通りでございます。たった一度で当てられてしまうとは思いませんでした。しかし、どうしてこれを貴方方が持っているのですか?」


「ここに来る時に洞窟を掘り進めて出来たトンネルを通ったのだが、その中で見つけた。ラナに戻ったら鑑定にでもかけてみようと思って持ってきたのだが……これは一体何なんだ?」


「これは、かつて緋緋色金(ヒヒイロカネ)と呼ばれた伝説の鉱石です」


「緋緋色金!?」


 クルルがあまりの驚きに思わず立ち上がるが、私とヴァンはその価値が理解出来なかったので首を傾げた。


「私は西部の出身ではないのでな、緋緋色金と言われても良く分からないのだが」


「俺も同じくだ」


「それもそうでしたにゃ。緋緋色金はですね」


 クルルが座り直してから説明するように話してくれた。

 曰く、金剛石以上の最硬の鉱石である。

 曰く、絶対に錆びず永久不変である。

 曰く、緋色に輝く煌びやかな金属である。

 正直眉唾ものの話だが、過去には確かに実在したのだそうな。


「……これがその緋緋色金、だというのか?」


「俺にはただの石ころにしか見えないんだが……」


「研磨すればお分かりになると思いますが、これは間違いなく緋緋色金でございます。今は(くす)んでおりますが、まるで生きているかのように表面が揺らめいていることから間違いはないかと。ああ、遥かな昔に採掘され尽くしたと言われていた金属をまさか直接見ることが出来るだなんて……!」


 サクヤは恍惚とした表情で鉱石を眺めている。

 そんなに凄いものだとは思わなかったが、変な偶然もあるものだ。


「コレの用途は何なんだ?」


 緋緋色金を指差して尋ねる。サクヤから帰ってきた答えは、おおよそ思った通りのものだった。


「武器や装飾品が主な用途になるでしょうか。緋緋色金で造られたものは『神器(じんぎ)』と呼ばれ、持ち主に大いなる力を与えると言われております」


「大いなる力……ね」


 ヴァンが胡散臭そうに呟くが、誰も突っ込むことはなかった。

 緋緋色金をクルルに返し、話を進める。


「それで、君だけが私たちと会った理由はカンナとの繋がりを示す為か?」


「それもありますが、理由としてはあまり大きくはありませんね。どちらかと言えば、兄がいると面倒なことになるから……です」


「面倒?」


 予期せぬ言葉に聞き返すと、サクヤは深いため息を吐いてから話し出した。


「正直に申し上げると、(わたくし)の兄はお馬鹿なのです。記憶力は良いのですが、思考回路がどうも脳筋のようで……。『認められたいのなら、俺に勝ってからにしろ!』などと平気で口にするような人なので、理知的な話し合いにはお邪魔かと思い(わたくし)だけでお会いしたのです」


 頬に手を当てながらそう言うサクヤは、まるで子どもの微笑ましいイタズラを目撃しているかのように穏やかな笑みを浮かべていた。


「……主」


「しっ。言わん方が良い」


 サクヤに気付かれないように小声で話しかけてきたクルルに向けて、口前で人差し指を立てる。

 口では散々なことを言っているが、兄を溺愛しているのだろう。小さな声で「まったく、(わたくし)の兄は馬鹿可愛いのですから」と言った言葉は聞こえていない振りをした。


「そういう訳ですので、こちらの話が終わるまでは兄には席を外して頂いているのです。今頃は腕立て伏せでもやっているのではないでしょうか」


「そう、か……」


 何と言って良いか分からなかったので歯切れの悪い返事になってしまったが、サクヤは特に気にした様子はなかった。


「さて、少し長くなってしまいましたが(わたくし)の立ち位置はご理解頂けたと思います。実力があり、聡明で運もある……。カンナお姉様の信頼厚い貴方方でしたら(わたくし)にも異存はございません。マヌを倒すまでの間ですが、どうかよろしくお願い致します」


 三つ指をついて頭を下げるサクヤ。

 こうして『サク』の片割れとの対面は無事に終わったのだった。


「ではそろそろ兄のもとに参りましょうか。きっと皆様のことをお待ちしており───」


「そうだ、待っていたぞ!!! 余りにも遅いから俺から出向いてやったくらいだフハハハハハ!!!!」


「───はぁ」


 言葉を中断させられたサクヤはため息を吐いて頭を抱えた。

 サクヤと同じ茶褐色の髪を逆立たせた、如何にも元気が有り余っていそうな若者だった。サクヤよりは二つほど年上だろうか。下に黒の袴を穿き、何故か上半身裸で鍛えた肉体を惜しげも無く晒している。

 日差しの下で鍛錬している賜物なのかこんがりと日焼けした肌は、サクヤの病的な白さとは正反対だった。

 サクヤは高笑いをする兄を無視して私たちに紹介してくれた。


「こちらが(わたくし)の兄の『サクマ』と申します……。何といいますか、色々と申し訳ありません……」


 きっと幾度もこのような事があったのだろう。サクヤは半ば諦めたように話を進めた。

 名を教えて貰ったので自己紹介をすべく口を開いたのだが。


「私たちは───」


「待て! 名乗りは大事だが漢ならば肉体で語り合うのも一興だろう!! さあ、俺と手合わせしてくれ!!」


「───ヴァン、任せた」


「は、俺?」


「私は無理だ暑苦しい」


 これは人の話を聞かないタイプの面倒臭い人物だ。まともに相手をすると絶対に疲れる。

 なのでヴァンに任せ(おしつけ)ることにした。


「サクヤと話している時のような小難しい話よりも、力を示す方がヴァンは得意でしょうにゃ。私たちは観戦してますから、軽く一捻りしてきたらどうですか…にゃ」


 クルルも相手をするのは嫌なようでヴァンを推す。私とクルルの二人から推されたヴァンにサクマも視線をぶつけてきた。


「そうか、俺と手合わせをするのはお前か!! 良い肉体だ、さぞや力のある戦士に違いない!! さあ!!! いざ俺と勝負だ!!」


「何でこんなことになってんだか……。ま、いいか。んじゃちょっくら実力見せてやりますかね」


 意外とやる気のヴァンを連れ、中庭で手合わせを始めた二人。お互いに武器は無しの徒手空拳だ。


「うちの兄が申し訳ありません……」


「君が彼を話し合いの場に連れてこなかった理由がこれ以上ないほどに理解できたよ」


 謝罪の言葉を口にするサクヤに慰めの言葉をかけ、二人の試合を見学することにした。

 現在攻めているのはサクマのようだ。

 踏み込みが速く、腰の乗った右拳がヴァンの顎を狙う。

 ヴァンはそれを手のひらで容易く受け流しカウンターの膝蹴りを見舞うが、サクマは空いた左手で膝を抑え込み防いだ。

 その後サクマの攻撃は一度もヴァンに当たらず、全て紙一重で躱し続ける。クルルとの鍛錬で速い攻撃にも身体がついて行けるようになったのだろう。


「ええい、何故当たらん!! 俺の目は(しか)と捉えているのにッ!!!」


「お前よりも速い奴がいるからだ、よっ!」


 ヴァンがサクマの右左のコンビネーションを前に出る事で避け、腹部に向けて右拳を放つ。サクマも咄嗟に仰け反りながらブリッジの姿勢で躱しバック転する要領で足を蹴り上げた。


「うおっと!? 危ねえ、何つー柔軟さだよ、あそこから反撃してくるか」


 何とか蹴撃を躱したヴァンだが、その隙に距離を取ったサクマは体勢を整えた。


「俺の攻撃が全て見切られたのは初めてだ! やはり世界は広いということだなフハハハハハ!! さあ、もっとだ。血湧き肉躍る闘争を続けようじゃないか!!」


「っつ……! コイツただの戦闘狂じゃねーかくそッ!!!」


 更に白熱する二人から目を逸らしてサクヤを見ると、彼女は兄の姿を目で追いながら恍惚とした表情を浮かべていた。


「(何か……色々と残念な兄妹だな……)」


 クルルを見ると、戦っている二人の動きに合わせて身体が僅かに揺れていることから、自分ならどう戦うかをシミュレートしているようだ。

 意外と彼女も戦うのが好きな方だったらしい。そうでなければ毎日のヴァンとの鍛錬に付き合ったりはしないだろうが。

 ヴァンとサクマの戦いは、三十分ほど経って体力が尽きてきたサクマがヴァンから良い一撃を喰らって倒れたことで終わるのだった。



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