128話 マヌ〜蜂起軍の拠点へ〜
血に汚れた大地。折れた剣や槍、矢の残骸。人の一部であろう肉片。敵味方共に多数の死者数を出したことが容易に想像できるくらいに討ち捨てられた死体。
紛れもなくここは戦場跡だった。
「途中で少し足を止めていなければ鉢合わせしていたな」
「俺はそれでも良かったけどな。でも蜂起軍が近くにいるってことは分かったじゃねえか。そう悪いことでもないと思うぜ」
「まあそうだな。万が一遭遇戦に巻き込まれたとしても身を守るだけならどうとでもなるだろうしな」
戦場跡を遠巻きに眺めながら言葉を交わす。
死体の中で、ろくな防具すらない方が蜂起軍の民兵で、軽装鎧に身を包んだ方がマヌ軍だろう。
搾取され続けた民たちが勝るのは数のみである。数の有利と勢いだけで押し勝ってきたのだろう。だが……。
「いくら何でも死者が多すぎる。双方合わせて何人が死んだんだ?」
地を埋め尽くす勢いで斃れた人の姿はあまりにも多く、千には届かないだろうがそれに近い数は亡くなっていると思われた。
「……主」
クルルがある一点に目を向けて指を指す。そこは何かが通り抜けたかのような不自然な道を作り出していた。
───まるで突如発生して有象無象をあまねく呑み込み、瞬く間に消えてしまったかのように。
「何だ、ありゃあ。あんなの見たことねえぞ?」
ヴァンが目を凝らして睨みつけるように不思議な跡を見ていた。クルルは「おそらくですが」と前置きをしてから自分の予想を話しだす。
「ここに発生したのは竜巻ではないかと思います…にゃ。本当に突然……まったく予想すらしなかった現象が起こったせいで双方に多数の死者を出したのではないかと。竜巻は人だけでなく、家も、家畜も、全てを吹き飛ばしてしまいますから…にゃ」
もしそうだとしたら、あの戦場にいた兵たちはとても気の毒だ。魔力は微塵も感じないので、人工のものでないのは明らかである。
彼らは単純に、運が悪かった。
「不運ここに極まれり……ってか。天災が戦ってる最中にいきなり起きたらそりゃあ、為すすべもなく死んじまうよな」
「ああ……。私たちですら、生き残れるかどうか」
ヴァンの言葉に相槌をうちながら戦場跡を後にした。
自然の猛威は人を、その創造物を、容易く呑み込み破壊していく。不幸な死を遂げた人々が、安息を得られるよう祈らずにはいられなかった。
戦場跡を後にした私たちは、そこそこの大きさの町にたどり着いていた。
マヌの中でも二番目に大きな町で、そこから取ってマヌニの町と呼ばれるようになったそうだ。
そして、マヌニの町こそが蜂起軍の拠点でもあった。
町は多数の人でごった返しており、道行く人々からも笑顔が見える。
蜂起軍に合流しようと各地から人が集まってくるせいだろう。そのおかげで大都市と比べても遜色ないほどに賑わっていた。
「はぁ〜、こりゃあすげぇなぁ」
「そうだな」
建造物はユサやラナで見たものと変わらないものばかりだが、町全体がしっかりと外壁に囲まれており、蜂起軍の拠点として機能しているのだった。
壁があれば力のない人々も外の脅威に過剰に怯えずに過ごすことが出来るので、このマヌニを拠点に選んだ者は頭が良いと思われる。
他の場所であればこうはいかなかっただろう。木の柵で囲われた地よりは石造りの壁の中の方が安心できるに決まっている。
「さすが、蜂起軍の拠点なだけはある。規模としては都市国家と称しても問題ないくらいだな」
「ですがだからこそマヌは本気でここを潰そうとしてくるのでしょう…にゃ。自国の中に小さな国が出来たのと同じですから」
「それもマヌの上層部が無能故の結果なのだがな」
大通りを一通り見て回ってから、蜂起軍が拠点にしている城に向かった。
ここはかつて、マヌの役人が駐留していたのだが、農民たちの武装蜂起の際に殺害されそのまま乗っ取られたのだ。
中には有能な者も居たようだが……感情の赴くままの行動の結果惜しい人材も喪ったそうだ。『役人=悪』の図式が成り立ってしまったのだろう。何とも報われない話である。
城門までたどり着くと、二人一組の門番がおり、一方から「何か用か?」と尋ねられた。門番には一応、といった感じの武装は施しているようで、槍と、貴重であろう軽装鎧が与えられていた。
「私たちは旅をしている傭兵だ。戦の気配がしたのでこちらに赴いたのだが、誰か話のわかる者に通してくれるとありがたい」
「……そうか、少し待っていてくれ」
私たちを一瞥してから門番は奥に引っ込んでいった。
もう一人の門番はこちらをチラチラと横目で見ながら門番の仕事に精を出している。彼から話しかけてくることはなさそうだ。
十分ほど経っただろうか。特に会話もなく待っていると、中から門番が戻ってきた。
「サク様がお会いになるそうだ。案内する、着いてきてほしい」
「わかった」
門番の後に続いて城門を潜り、城内を進んで奥まったところにある大部屋に通された。
しばらく待っているように告げられ、門番は来た道を引き返して行った。これで彼の役目は終わったということなのだろう。
「広い部屋だな」
「会合にでも使われていた部屋なのだろう。少し殺風景だが、ラナでも似たようなものだったしこの国の住人の気風でもあるのかもしれないな」
絢爛豪華よりも質実剛健。侘び寂びを重んじ、自然の色を好む性質。派手に着飾ることが重要とされる大陸中央部では見られないものだ。
「まあ、無駄に煌びやかなよりは遥かにマシだがな」
「違いねえ。社交場のババア共の毒々しい化粧とかドレスや全身に巻き付いた宝石のアクセサリなんか、見ただけで吐きそうになるぜ。若い女も化け物みたいな化粧してやがるしな」
私はそこまでは言っていないのだが。しかし彼の言はまるで社交場を経験したことがあると言っているようだった。
「ではヴァンはどういう女性が好みなんですかにゃ?」
これまで聞いていただけのクルルが、好奇心も手伝ったのかヴァンに問いかけると、ヴァンは腕を組み首を傾げながら「うーむ」と唸り出した。
「ぽやーっとしてる癖に思い込んだら一直線。自然体で笑ってくれる……そんな娘が良いなあ」
「やけに具体的ですにゃ。もしや意中の相手がいるのですか…にゃ?」
「いるっちゃいるが……しかしアイツは幼馴染みだしな……」
「何だ、ただの惚気ですかにゃ。幼馴染みにべた惚れみたいで良かったですね。さっさと結婚でもしたらどうですか。はぁ、聞いて損しました…にゃ」
「うるせぇよ! ったく、聞いたのは嬢ちゃんだろーがよ」
つまらなさそうに言うクルルにヴァンは呆れるのだった。
そんなやり取りをしていると、小さな声で「くすくす」と笑う声が聞こえてきた。
声の方向に目を向けると、茶褐色の長髪を真っ直ぐに垂らした一人の少女がこちらを見て笑っていたのだった。
見た目は十四、五くらいか。獣の耳尾は見当たらないので、只人だろう。浅葱色の着物を着こなしていた。
「……君は?」
「ああ、申し訳ありません。とても楽しそうな会話をしていらしたから、つい」
少女はそう言ってから腰を折って謝罪する。
「私は『サクヤ』。巷では『サク』と呼ばれている者の片割れでございます」
サクヤ……そう名乗った少女は、顔を上げるとにこやかに微笑むのだった。