126話 西側地域の武力蜂起
ラナで過ごしてそろそろ半年になる頃だった。ある日切羽詰まった様子のカンナから呼び出された私たち三人は、かつてカレン・ラナと謁見した部屋に集められた。
カンナは私たちに座るよう告げてからすぐに話し始めた。
「西で農民の大規模な武力蜂起が発生した。どうやらマヌの腐った役人どもが更に税を上げようとして反発したらしいね」
「ただでさえ重税で生活が成り立たなくて餓死者すら多発していると聞いていたのに、それ以上を求めるなんてあの国の頭はどうにかなってしまっているらしいな」
「本当にね……。ボクの個人的な調査だけど、王宮では未だに毎日宴会をして贅の限りを尽くしているそうだ。此度の件は、宴会の料理が少し質素になってしまったから元に戻す為らしいね」
カンナは「まったく愚かしいよ」と呟いてから再び口を開いた。
「更に笑えないのは、民衆の蜂起が自業自得であるのにも関わらず、無様にも救援を要求している点だ。それもボクたちのところだけじゃなく、メイ、ユサ、ソンといった有力豪族から、さほど力を持たない豪族にまで声をかけている。……あんなザマでも大陸西部の統治者だからね。厄介なことこの上ないよ」
面倒臭そうなカンナの表情からは、馬鹿みたいな要求に真面目に応えるつもりはなさそうだ。
「はぁ……それは救いようがねえアホどもだなあ。国主は国と民を護り繁栄させ、民は庇護を与えてくれる者への感謝を税として納めるんだ。どの世界でも、国は支えてくれる民が居てこそ機能する。それすらも理解できねえ奴らは生かしておく必要もねえんじゃないか?」
心底呆れ果てた様子のヴァンも真面目に相手にするのも馬鹿らしいと感じているようだ。カンナはヴァンの言に肯定も否定もしないが、内心は同じことを思っていると思われる。
結局、マヌは以前クルルが語ってくれた通り自滅の道を選んでいったらしい。
他の豪族たちの様子は分からないが、マヌの傍若無人な無能っぷりは皆知っている筈なので真面目に取り合う所はないと思われた。
「じゃあマヌの要請は無視か。では何故私たちが呼ばれたんだ?」
この件の対応はカンナの中では既に定まっていたように感じる。マヌのことを話しているときの彼女はそこまで真剣ではないのだ。
だから、これから話すことが本題なのだろうと推測した。
「君たちを呼んだ理由はね、簡単に言ってしまえばマヌの人たちに協力して蜂起を成功させようと思っているからさ」
そしてその内容は、おそらくそう来るであろうと予測できたもので。拒否する理由も無かった私たちはすぐに承諾したのだった。
軍を動かすつもりのないカンナは、最初からマヌ行きを極々少人数に絞るつもりだったらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが、個人で多数を圧倒出来る戦力を持つ私たちだった。
民衆の蜂起が成功すれば良し、たとえ失敗したとしてもマヌの国庫や軍に大打撃を与えることが可能だ。私たちは被害を極力受けないように立ち回りつつ、それとなく手助けをして背中を押してやるだけの簡単な仕事である。
そうそうないだろうが、万が一窮地に陥った際は私の空間転移でラナまで一瞬で戻ることも出来るので、安全面も通常よりは万全だ。
そんな訳で現在はマヌに行く商人の護衛として馬車の縁に乗っていた。
ヴァンだけは「翼が邪魔で窮屈だ」と言って屋根に登っているが、彼は飛べるので落ちる心配はないだろう。
クルルと共に辺りを警戒しつつ揺れる馬車に揺られていると、クルルが話しかけてきた。
「本当に私たち三人だけで良かったのでしょうか…にゃ。確かにこの人数なら何ら警戒されることなく潜入出来ますが……」
「カンナは別に成功しても失敗してもどちらでも良いようだったからな。自分たちの安全を第一に考えて行動すれば良いだろう。それに訓練してきた兵たちもだいぶ力をつけてきた。賊程度なら何の問題にもならないし、仮に軍隊に攻め込まれても私たちが戻るまでは防衛出来るだろう。……まあ、今の状況下でラナに出兵する馬鹿は居ないだろうがな」
一応は未だマヌの統治下なのだ。仲間割れを起こすようなことはないと思いたい。
それに今の最大の問題はマヌからの馬鹿らしい救援要請である。カンナも余計な仕事を増やされて忙しそうだったし、よその豪族も同じくマヌへの対処で忙しいだろう。他へ構っている余裕はないはずだ。
「私たちは気楽にやろう。まずは何処かの町か村でうまく潜りこまないとな」
「ええ。しかし、カンナの情報はなかなか質が良いです。蜂起軍の現在位置から進行予想路まで、こと細やかに話してくれました…にゃ。地形もほぼ把握しているようでしたし、不測の事態でもない限りは彼女の指示通りで何とかなると思います」
「情報は最大の武器となる、か。言葉にするのは簡単だが、膨大な量を収集し活用する……それを実際にやってのけているのは素直に賞賛に値するよ。流石は天才と呼ばれるだけはあるな」
「本当に。あれこそまさに天賦の才でしょう…にゃ」
雑談を交わしながら馬車は進み、運良く何も起こらずに集落にたどり着くことが出来たのだった。
「さて、実際にマヌまでやって来た訳だが」
「なんか死んだような顔してる奴らばっかりだなあ」
私の言葉に続けてヴァンが言う。
小さな集落の雰囲気はお世辞にも良いとは言えず、生気のない人々がフラつきながらも日常を送っていた。
「ざっと見たところ、見渡せる限りの範囲にいる人は皆衰弱しているな。それでもまだ何とか動ける者なのだろう。おそらく、家の中にはもっと酷い人が居る筈だ」
「度重なる税のせいで起こった飢餓……でしょうか。食糧がないのでしょう、全体的に痩せ細ってしまっています…にゃ」
何とも酷い有り様に心が痛む。酷い酷いとは聞いていたが、直接見ればその酷さがより実感出来た。
「なあホシミよ。蜂起軍に合流する前に、こいつらを少しでも何とかしてやりたいんだが……」
ヴァンが若干困った様子で問うてくる。
助けてはやりたいが具体的な方策がないのだろう。
彼らは重税による食糧不足での飢餓が原因であのような状態になっている。かと言って私たちの手持ちの食糧が、小さいとは言え集落の人間全員に行き渡る程の量はない。
───無いならば、獲ってくれば良い。
「野生の獣……イノシシとかその辺りを複数仕留めて彼らに手渡せば良いのではないだろうか」
魚は大量に獲る必要があるしあまり日持ちもしない。果実や山菜、野草などはとっくに採取され尽くしているだろう。
残るは肉である。干し肉にすれば保存が効くのである程度仕留められれば直近の食糧事情は解決すると思われる。
今の体力のない彼らが獣を追って仕留めることが出来るとは思えないし、罠を作る気力すら、果たして残っているかどうか。
「それが一番無難か。それに肉さえ食っときゃ大体のことが何とかなるしな」
腰に手を当てて笑うヴァンに向け、それはお前だけだ、と心中で突っ込んでおいた。
「それなら近くの山林に生物の気配がありました…にゃ。主がいますからさほど苦労せずに仕留めることが出来ますし、打算的ですが彼らに恩を売ることも出来ます…にゃ。『ラナから来た旅人が自分たちを助けてくれた』……という印象を植え付けることが出来るので上手くいけばラナに好意的になってくれると思いますにゃ。ここはどちらかと言えばラナに近い方の土地ですから、マヌが滅んだ後に攻め入った際、多少は編入しやすくなるのではないかと。まぁ、全部が全部そう上手くいくことはないでしょうが」
クルルが言った仕事をするのはほぼ間違いなくカンナになるだろうから、彼女の負担を減らすという意味では悪くないと思う。
カンナがそこまでのことを私たちに期待しているかはともかくとして、「どうせなら好きにやってきちゃいなよ」と言って送り出したのは彼女である。
お言葉に甘えて好きにさせてもらおう。
「蜂起軍にはいつ合流したとて趨勢には変わりなさそうだしな。ならば後に芽吹く種を蒔いておくことの方が重要か……。では私たちは彼らのためにほんの少し手を貸すとしようか」
「おう、いっちょやったるぜ」
「はい、主」
その後山林で群れと思しき五頭のイノシシを仕留め、集落への手土産としたのだった。
集落の長をはじめとした人々から、大層感謝され、ささやかな宴が開かれることとなった。