表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/180

125話 ラナ〜お騒がせ娘、レンカ〜

 ラナに正式に雇われて、早二ヶ月が過ぎた。

 当初は急に現れた私たちに練兵を任せられることに兵たちは不満を漏らしたが、


「文句は実力を見せてからにしろ。言っとくが、お前らごときじゃ束になっても俺は倒せねぇぞ?」


 と挑発したヴァンが彼らを言葉通りに叩きのめして実力差を見せつけたことで納得せざるを得ない状況を作ったのだった。

 ちなみに、その後ヴァンがどのくらい強いのかのデモンストレーションとしてクルルとヴァンの模擬戦をやったが、その場に居た全員が放心していた。

 私にとっては見慣れた光景だが、兵たちには初めての実力者同士の戦闘だったのだろう。

 さすがにあの二人の域まで到達する者はいないだろうが、上には上がいると頭だけでなく肌で体験出来たことは良かったと思う。それだけで戦場での生還率に影響がありそうだ。

 最後は私の実力も見たいと言われたので、火球と水球を同時に生成すると驚きの声があがった。

 本来なら自身の先天守護属性色しか扱えない魔術だが、違う属性を同時に使用したのだ。それだけで異常さが分かるというものである。

 それに、魔術師は戦場においては最も警戒するべき存在である。たった一人の魔術師に部隊を壊滅させられる───なんてことは珍しくも何ともないのだ。

 そんな訳で、私は魔術の素養がある者を集めて基礎から教え、新たに魔術兵を新設した。

 ヴァンには近接戦闘をみっちり教え込む役をしてもらい、何でも出来るクルルには私とヴァンの手の足りない所の補助をしてもらっている。

 今では兵たちも私たち三人を認めて、もし戦場に赴いた際に出来る限り生き残れるように真剣に訓練に臨んでいた。


 育成に専念する日々を過ごしてはいたが、その間何の問題もなかった訳ではない。

 その象徴となった問題とは───。


「やあホシミ!! ちょうどいい所に居た、君は今日はあの子を見てないかい!?」


 その日、息を荒げ、肩を弾ませるカンナ・オダに呼び止められた。先ほどまで走っていたのだろう、僅かに汗もかいている。


「いや、見ていないが。……まさか」


 彼女が大慌てで探す人物は一人しか思い当たらない。そして、その該当の人物は私とカンナの共通の知り合いなのである。


「そのまさかさ。レンカ(・・・)が城の中で消えた。もう、今度はいったい何処に隠れてるんだよ……」




 レンカ。

 以前街で何度か出会った女性だった。

 最後に会ったときに「またね」と言われた通り再会出来たのだが、その場所がまさかの城内である。

 思いもしなかった再びの遭遇に驚いていると、彼女はカンナに追われていて逃げている最中だと言うではないか。

 状況が理解できないままレンカを匿い、何故追われているのかを尋ねてみると、


「いやー、サボりがバレちゃったんだよねー。あはははは」


 という自業自得としか言いようがない回答を頂いた。

 何をサボったのかは知らないが、どうせロクでもないことだろうと匿う振りをしてカンナの元に連れて行くと、今度はカンナに大層驚かれた。


「お兄さんの裏切りものーーー!!! 何でカンナの所に来ちゃうの!!?」


「えっと……どうして君がその子と一緒に居るんだい?」


「ああ、これか。何やらサボりの常習犯そうだったので確保した次第だが」


「うおーーー!! 離せーーー!! あたしは逃げるんだああああああああああああ」


「レンカ。ちょっとうるさいぞ」


「お兄さん酷い!? お兄さんのせいであたしは今ヤバいのに!!」


 頭を抱えたカンナが深い深いため息を吐いたのが印象的だった。

 その後話を聞いてみると、レンカは街の料亭で働いているらしく、よく仕事が忙しくて食事の時間が過ぎてしまったカンナが出前を頼んでいるのだそうだ。

 レンカのサボりは食事が終わった後の器を回収に来てそのまま店に戻らないことだったらしい。

 そのままカンナに首根っこを掴まれて引きずられていったのが一ヶ月とちょっと前だったか。

 それ以降は頻繁に……という訳でもないが、週に一度くらいの割合で見かけることになる。




「またサボっているのか……」


「ボクは良いんだけどさ。もうご飯は食べ終わってるし。でもお店にも迷惑をかけるのはどうかと思うんだよね……」


 カンナと揃って息を吐く。あんな子を雇っていて店側は大丈夫なのだろうかと心配になってしまった。


「とりあえず、クルルにも協力してもらおう。彼女もレンカのことを知っているから、手伝ってもらえればすぐに見つかるはずだ」


「それは助かるよ。ボクもアレを放置したままじゃ不安すぎて仕事が再開出来ないからね」


 という訳でクルルに協力を求めるべく、私とクルルが間借りしている部屋までやって来たのだが、中から話し声が聞こえてくるのだった。


「クルルは部屋にいる筈だが……誰と話しているんだ?」


「少し聞き耳を立ててみよう。クルクルが君以外の人と仲良く話しているなんて珍しいことだしね」


 カンナの提案に頷いて、僅かに開いていた障子戸の隙間から中を覗きながら中の話に耳を傾けてみた。



「じゃあクルクルはお兄さんとずっと一緒に旅をしてるんだねー。いいなあ。あたしも自由気ままに旅に出たいなー」


「旅に出るのはその人の自由だけど、相当強くなければ女の一人旅は危険だからオススメはしないにゃ。私は一人でも問題ないくらい強いけど、それでもやっぱり信頼できる男性が一緒だと肉体的にも精神的にも負担が減るって感じるかにゃ」


 クルルと話しているのはどうやら探していたレンカその人のようだ。

 カンナに目でどうするかと問い掛けると、もう少し様子を見ようと唇の動きだけで伝えられたので了承して再び中へと視線を戻す。

 手元には二人分の湯のみがあるので、二人は向かい合ってお茶を飲みながら会話していたようだ。


「そっかあ、やっぱり一人旅は危険かあ。あたしにはクルクルみたいに信頼できる男の人は居ないしなあ。でもさ、クルクルも女じゃない。で、お兄さんは男の人でしょ。実際さ、えっちな気分になったらどうするの? ほら、あたしたち獣人(ビースト)だし、発情期は大変じゃないの?」


「ああ、それなら私は主にお願いして抱いてもらうので問題ない…かにゃ」


「うぇっ!?」


 驚いたレンカの肩が跳ね、白毛の尻尾がピンと真っ直ぐになっていた。

 クルルはその様子を不思議そうに見つめている。


「……? 互いに想いあう男女が一緒に居ればそういう関係になるのに何ら不思議はないと思うけど……。好きな人と心と身体で深く繋がれるから私はとても幸せです…にゃ」


「あたしはクルクルみたいな経験ないからわかんないよ……。というか、それって発情期関係無くない……?」


「良く気付きました。正直言って、発情期が来ようが来まいが私はいつでも主を受け入れられるし主も受け入れてくれるにゃ。本当はもっと主から求められたいけど、でもあの人の腕の中で穏やかに眠るのも好きだから私としてはどっちでも美味しいのにゃ」


「あーはいはいご馳走様! もう、そんなに惚気ちゃって、羨ましいっ。でも何で結婚してないの? ってこれ聞いていいやつだった?」


「構わないにゃ。大きな理由としては、私は子どもを産むことが出来ない身体だから……かにゃ。女として尽くすことは出来るけど、母になることは出来ないんです…にゃ。主との血の繋がった子どもが産めないから私は従者としてずっとお側に置いて貰うのです」


「そう……なんだ」


 声が明らかに落ち込むレンカに、クルルは笑って大丈夫と声をかけた。


「そんな暗い顔をしないで。私は全然不幸だなんて思っていないし、むしろ幸せ者だと思ってるにゃ。子どもが産めない代わりに、私はずーっと主の側に居ることが出来る……。関係は主従だけど、主は私のことを大切な家族みたいに想ってくれてる。私にとっても、主人であると同時に大切な家族で、この世で最も愛しい人です…にゃ」


「……そっか。強いんだね、クルクルは」


 気まずい会話に少ししんみりとした雰囲気になってしまい、部屋に入りづらくなってカンナと顔を見合わせる。

 カンナも何とも言えないような複雑な視線を向けてきたが、再び会話が再開したので中に意識を戻した。


「ああもう、こんなしんみりした空気はあたしに似合わなーーい!! という訳で質問!! お兄さんの寝室性能を教えてください!!!」


「どんな質問だそれは!!!!!」


 障子戸を思い切り押し開き、逃げられないように退路を塞ぐ。

 カンナはやや頬を赤らめていたが、本来の目的を思い出したのかレンカに視線を向けるのだった。

 クルルはこちらの存在に気付いていたようで驚きすらしなかったが、レンカは気付いていなかったのか普通に驚いていた。


「あ、お兄さん! と……げぇっ、カンナ!!」


「げぇっ、だなんて随分な挨拶だね、レンカ。お仕事をサボってこんな所で雑談してるなんて、良い御身分だね?」


 レンカの酷い言葉にカンナは笑みこそ浮かべているが、目が一切笑っていなかった。横で見ている私ですら畏怖を覚えているのに、正面から相対しているレンカの恐怖は果たして如何程だろうか。


「本当ならお説教の一つや二つや三つや四つじゃ全然足りないくらいあるんだけど、流石にそろそろ戻らないとお店にも迷惑がかかるんじゃないのかなぁ? ん?」


「ひいいいい!!! ごめんだからその笑ってるのに笑ってない顔は辞めてえええええ!!!?」


「さて、無事にサボり魔も捕まえられたことだしボクはこれで失礼するよ。じゃあね」


 カンナはレンカの首根っこを掴みずるずると引きずっていった。レンカは滂沱の涙を流しながらカンナへの許しと私たちへの助けを求めていたが、結局そのままカンナに連行されていったのだった。


「……強く生きろ、レンカ」


 案外図太いのですぐに立ち直りそうではあるが。

 カンナとレンカが居なくなったので、部屋には私とクルルだけが残されることになった。

 クルルは障子戸を閉めてから私の手を引いて座布団の上に座らせると、自身はその上に座ってきた。


「レンカとの話はずっと聞いていたんですよね、主?」


「ああ。済まないな、意図せずとは言え、クルルの内心を暴くような真似をしてしまった」


「そちらは良いのです。さっきあの子に語った話に嘘はありませんからにゃ」


 そう言ってぎゅっとしがみつくクルル。

 彼女の頭を撫でると、尻尾が嬉しそうに左右に揺れた。


「ところで……レンカの最後の質問の答え、気になりませんかにゃ?」


「……最後の質問?」


「はい。主の寝室性能のことです…にゃ」


「……いや私は……おっと」


 気にならない、と答えようとしたところでやや強引に押し倒された。

 目の前にはクルルの顔が間近にある。だんだんと距離が縮まって、やがて唇が触れ合った。


「まあそう仰らず。これでも内心を吐露したのは恥ずかしかったのですよ? だから主も恥ずかしくなりましょう? 大丈夫ですよ、すぐに一緒に気持ちよくなりますから……」


 その後、恥ずかしい思いをした仕返しとしてクルルに襲われた。

 しかし機嫌が凄く良くなったので襲われた甲斐はあったのだと思う……。



 一応、あの後のレンカだが。

 結局カンナから説教を受けて店に戻ったのは夕方くらいだったそうな。

 カンナ本人から直接その話を聞いたのでおそらく真実だろう。自業自得とはいえ流石に可哀想なので、今度レンカと会ったら少しだけ慰めてあげようと思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ