12話 炎龍サウズーシィナ
改めてシィナを観察する。久しぶりに会ったが、しっかりおめかしをしていて、とても可愛らしかった。一番お洒落に気を遣っていたように思う。
まずは何を話そうか。最初は無難に挨拶からといって話を広げていくのが最善か?
「よく来てくれたなシィナ。一年ぶりか」
「もうそんなに経つのね。ふふっ、あんたも元気そうで良かったわ」
優しい微笑を浮かべるシィナ。
こうして久々に会うと、つい悪ノリしたくなってしまうな。自分では気づいていないのだろうが、反応がいちいち可愛くて仕方がない。だからよくリアに弄られるのだろうが……。
折角なので思いついたことを言ってみることにした。
「お前は今日も可愛らしいな。その服も明るい印象でお洒落でよく似合っている。む、髪飾りも変えたのか。以前の丸い髪留めも良かったがリボンにするとまた違った良さが……」
目についたことを片っ端から褒め称えていく。
シィナは最初唖然としたが、意味を理解してから身体がわなわなと震えだした。
「あ、あたしを誉め殺しにするな! べつにあんたに会うからって気合いいれてお洒落なんてしてないわよ!」
顔を紅潮させて叫ぶシィナ。本人は否定しているつもりのようだが、長い付き合いだ。素直になれない性格を理解していればただの照れ隠しということは直ぐに分かる。
しかし自分の為に頑張ってくれたというのは素直に嬉しいので、もう少し続けることにする。
「そうか、私の為にか。それは嬉しい。もっと良く見せておくれ」
「えっ、ちょっ、まっ」
左腕でシィナを抱き寄せて、目を合わせる。
シィナの赤い瞳が微かに潤んでいた。
「もう……強引なんだから……」
口では非難しているが、彼女は自ら私の背に手を回す。
「ああ……とても綺麗だ」
「ホシミ様……」
普段は強気な彼女だが、時折見せる可憐な仕草にはとても惹かれるものがある。普段は「あんた」と呼ぶシィナが私のことを名前で呼ぶ時は甘えたい時が多かった。
潤んだ瞳で誘うように私を見つめるシィナ。こんな表情を目の前で見せられて、魅了されない者などいるまい。引き寄せられるように右手で彼女の顎に触れる。抵抗は一切なかった。
「シィナ……」
シィナの誘惑するように赤く瑞々しくて綺麗な唇に顔を近づけていき……。
「ハイ、ストーップ」
ココノハの声で我に返った。いけない、途中から完全に虜になっていた。
ゆっくりと手を離し、シィナの肩を抱くようにして隣に座る。
「危なかった。シィナの魅力に我を失いかけていた。助かったぞココノハ」
「言葉と行動が一致してませんよ。ちゃっかり抱きしめてるじゃないですか」
「あらあら、シィナったら羨ましいですわ」
二人の声を聞いて現実に戻ってきたシィナが、私の背に隠れる。
「はずかしい……こんなとこ見られるなんて……。もうやだ、しのう……、みんなをころしてあたしもしのう……」
しばらくぶつぶつと怖いことを呟いていたが、初めて見る顔があることに気付いたのか後ろから顔を出す。
「ところであの小ちゃい森精種はだれよ? あんたの子ども?」
ココノハを指差す。小ちゃいという単語にココノハは一瞬ムッとしたが、ここで文句を言うといつまでも話が進まないと思ったのか飲み込んでくれた。
「初めましてですね。わたしはココノハです。種族は純森精種、ホシミさんの新しい女です」
そう言って右手の指環を翳す。それを見たシィナは、ふぅんと声を漏らした。
「あたしはシィナ。『炎龍サウズーシィナ』よ。一応この国のお姫様ね。魔力の量も精度もリアには劣るけど、槍の扱いは誰にも負けないわ」
自身の強化を得意とする『赤』の先天守護属性を最大限活用したシィナの槍術は、魔術と組み合わせて独自のものとなっている。
リアと比較して頭半分くらいしか背は高くないが、自己強化により凄まじい威力を発揮する連撃を放つ。
一対一なら誰にも負けないと彼女は言うが、並みの相手なら一対百でも難なく勝利するだろう。それくらいずば抜けているのだ。
「で、あんたもこの男に誑かされたのかしら?」
そんなシィナは有りもしないことをココノハに聞く。
「誑かしてなんかいないのだが」
一応抗議の声を上げる。ココノハはむしろ彼女の方から積極的に迫ってきたのだ。
理由はよく分からないが、自惚れでなければ高い好意を持たれているのは間違いないだろう。そうでなければあの森精種が他人であった私にあんなに馴れ馴れしく接したりしないと断言出来る。
「この人はわたしが自分の意思で選んだんです。誑かされてなんかいません。あなたもホシミさんが大切なら思ってもいないことは言わない方がいいですよ」
二人はお互いを半ば睨むように向き合う。
緊迫した空気が流れたが、シィナの方から視線を外した。
「ふうん……。試すようなことして悪かったわね。ココノハだっけ。うん、合格」
「はい?」
意味がわからないとぽかーんとするココノハ。
その様子を見て、傍観していたリアがくすくすと笑い声を上げる。
「シィナは素直じゃありませんわね。あの子はココノハちゃんがホシミ様のことを本気かどうか確認したかったのですわ」
「ちょっと、そんなことないから! 勝手なこと言わないでよ!」
リアの言葉に即座に否定するシィナ。
ココノハは軽くため息を吐く。
「なんですかそれ……」
疲れたように脱力し、こちらへ前のめりに寄りかかってくる。
「というか、シィナさんもホシミさんのこと好きなんですね。塔に住んでいたってことしか聞いていなかったんですけど」
「だだだ、誰が誰のことを好きだっていうのよ!?」
シィナが抗議の声を上げるがリアがどうどう、と暴れ馬を諌めるように宥める。
顔を真っ赤にしているシィナから目線を外し、ココノハへ向ける。
「そういえば話していなかったな」
塔に来たばかりのココノハを混乱させたくなかったので、詳しいことは話していなかったのだ。
リアとシィナが揃ってから過去のことを話そうと思っていたのだが……。
「そうでしたわね。わたくしたちのことを説明するとなると三百年くらい前から話さなければなりませんでしたので後回しにしてしまいましたわ。まあそんなに長いお話でもありませんし、よろしければお聞きになります? 今日はシィナも泊まっていくようですし」
「ちょっと泊まるなんて言ってないんだけど」
シィナはすぐに反論する。しかしそこはリアである。次の策は用意済みだった。
「お部屋、また凍りますわよ」
「それはもうやめなさいよ!! わかった、わかったわよ! また部屋を氷漬けにされるとか勘弁だわ……」
項垂れるシィナだったが、顔を起こす時には口元に笑みが浮かんでいた。
なんだかんだ言いながらも、みんなと一緒に居られるのが嬉しいのだろう。久々だからというのもあるだろうか。
「そうね、それじゃあ、ちょっと待ってて。良い紅茶の茶葉が手に入ったの。それでも飲みながらお話しましょうか」
そう言って部屋を出ていくシィナ。
私たちは彼女が戻ってくるまでに手持ちの菓子類をお茶請けとして用意するのだった。