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123話 ラナ〜カンナ・オダとの対面〜

 山賊討伐は特に何の苦もなく終わった。

 元々がただの農民崩れの人夫でしかないのだ。生粋の戦士であるヴァンがひと暴れしてから投降を促したらすぐに決着がついた。

 一日野宿する必要があると思っていたが、思ったよりも早く決着がついたので今日中に街に帰れそうだった。

 現在は山賊に堕ちた人々を連れて街まで移動中である。

 投降して捕虜となった彼らを街の警備兵に突き出せば今回の件は終了だ。


「雑魚ばっかりだったなあ。もうちっと歯応えのある奴が居れば良かったんだけどよ」


「もしそんなのが居たらこっちにも被害が出てるぞ。そんなに動き足りないなら、クルルと模擬戦でもしたらどうだ」


 暴れ足りないのか不満たらたらのヴァンに呆れて、クルルとの模擬戦を勧めてみる。するとヴァンは顔を引きつらせて首を横に振った。


「昨日のことで怒ってる嬢ちゃんと模擬戦なんかやったら、全力でボコられるから遠慮しとく……」


 ヴァンは重量のある大剣を龍人(ドラゴニュート)特有の優れた筋力で振り回す一撃粉砕型の戦士だが、クルルは速さと正確さを最重視して過たず急所を突く一撃必殺型の戦士だ。

 ラナまでの旅の途中、鍛錬をしたいと言うヴァンの要望に応えたクルルと何度か手合わせしてきたのだが、攻撃の(ことごと)くを見切られ、いとも容易く躱され、いつの間にか死角に移動していたクルルに滅多打ちにされるヴァンの姿をこれまでに幾度も見てきた。

 はっきり言って、相性が悪いのである。


「相性の不利を克服してこその一流の戦士じゃないのか」


「それを言うならお前もだろうが! 俺と一緒で結局嬢ちゃんには掠りもしてねえじゃねーか!!」


 実はヴァンだけでなく私も一応訓練を受けていたのだ。結果は言わずもがな。


「クルルは私に剣を教えた師だぞ。言葉通りの意味で次元が違う。そも私の本職は魔術師だ、クルルの速さに少しでも付いていくことが私の修業なんだよ」


「そりゃあの速さについていけるようになれれば魔術師としては敵無しだろうがよお」


 嘆息しながら頭を搔くヴァン。

 隊列の後方に位置する魔術師にとって最も恐ろしいのは、前衛の隙を縫って直接後衛に攻撃を加えてくる相手である。

 クルル以上の速さを持つ相手なぞそうそう居ないので、修業としての効果は意外と高い、はず。


「私は剣を自衛と攻撃手段の一つとしてしか考えていない。お前のように剣を中心に戦う訳じゃないんだ。どうしても考え方に違いは出てくるさ」


「そりゃそうか。ま、俺も青の魔術は使えるけど俺が使うよりお前が使った方が威力が高いし、何より本来ならばあり得ない六色全てを扱えるんだ。お前はよっぽど魔術に愛されてるんだろうよ」


「私が愛されたのは魔術ではなくて神人だがな」


 ヴァンの言葉に小声で呟く。誰に聞かせるつもりもなかった呟きは、誰にも聞かれることもなく霧散し消えていった。

 そんな会話をしながら夕暮れにはまだ余裕がある時間に街に戻り、捕虜とした山賊たちを入口の守衛に引き渡したら今日やることは終わり……の筈だった。


「やあ、こんにちは。ちょっと君たちに話があるんだけど、時間を貰っていいかい?」


 私たちを呼び止める、一人の女性と出会うまでは。






 緑がかった黒髪を三つ編みにし、髪と同色の耳尾を風に揺らしている女性。顔は中性的で、人によっては男にも女にも見えるだろう。しかし空色の着物の胸元で主張する膨らみが彼女を女性だと強く認識させた。


「主……おそらく、彼女がカンナ・オダですにゃ」


 小声で耳打ちするクルル。いつかは会う事になると思っていたがどうやら向こうからやって来てくれたようだ。


「思ったよりも動きが早い」


「ええ。ラナに来てからたったの二日でこちらに接触してくるとは思いませんでした…にゃ」


 気付かれないように小声で会話してから私たちは女性に向き直った。どのような用件かは知らないが、いつまでも無視する訳にもいかない。


「山賊退治でそれなりに疲れているからなるべく手短かに頼めるか?」


「勿論だとも。ボクもあまり時間がなくてね。だけどこんな往来でする話でもないし、ちょっとだけ中を借りよう。守衛君、宿直室をちょっと借りるよ。捕虜たちは一度牢に入れておいてくれ。必要事項がまとまり次第彼らを労働力として働かせるから」


「畏まりました、オダ様」


 女性はテキパキと指示を出してから私たちを連れて街の入口にある守衛の駐屯所、その最奥の宿直室に向かった。


「さて。まずは急なボクのお招きに応じてくれてありがとう。ボクのことは知っている……ようだね。でも一応自己紹介をしよう。ボクはカンナ・オダ。この国の軍師にして内政の最高責任者だよ」


「私はホシミ。彼女は私の従者のクルクル。彼が……」


「ノーズヴァンシィ。見ての通り龍人(ドラゴニュート)だ」


「君たちを呼び止めたのは、ここに来る前にユサで倒してきたという合成獣(キメラ)のことが聞きたくてね」


 簡単に自己紹介を交わしてから時間が惜しいとばかりに本題に入るカンナ・オダ。

 私とクルルは注目を避けたくてすぐに離れたのだが、門を埋め尽くすように人が集まっていれば誰かに覚えられてても仕方がない。私は気付けなかったが、あの中に彼女の息のかかった者が居たのだろう。


「何が聞きたいんだ?」


合成獣(キメラ)は人より遥かに大きな巨体だったと聞く。過去の資料では、アレはたまに街に降りてきて人々を虐殺していく災厄のようなものだったんだ。実際に相対しての感想を聞いても良いかな」


 好奇心か、はたまた別の思惑があるのか。何を考えているかはさっぱり分からないが、奴を見て思ったことを語るとしよう。


「そうだな……。まず最初に思ったのは、嫌悪。熊の体と馬の体を無理矢理継ぎ合わせた醜悪な見た目と、生命というモノを侮辱しきった存在を見たことへの生理的な嫌悪感だ。そして、絶望」


「絶望?」


「そう、絶望だ。体躯は四メートルを優に超えていた。その癖に動きは俊敏で力も強く、助走をつけた突進は大木すら容易くへし折る。腕の一振りは人を棒切れのように吹き飛ばす。事前に何かの情報が有ったのならともかく、何の情報も、準備も、覚悟もなく奴と遭遇してしまったからな。むしろ良く生き残ったと言えるほどだ」


 あの時を思い出してしまったクルルとヴァンの表情が僅かに歪む。

 過ぎたことだしあの場ではあれが最善手だったと今でも確信しているが、私を囮にして逃亡する羽目になってしまったことは未だ棘となって心に刺さったままらしい。

 結果として何も失わずに勝つことが出来たので、これは時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。


「でも君たちは勝った。誰も欠けず、たったの三人で、だ。───もし、ボクが討伐任務で戦っていたら、いったい何人の犠牲者を出していただろうね……」


 カンナ・オダは顎に手を当てて小さく息を吐く。

 ラナの兵士がどれ程の練度か不明だが、実際に戦えば相当数の犠牲が出ただろうことは想像に難くない。

 彼女もおそらく同じ結論が出たのだろう。悲しそうに目を伏せた。しかしすぐに表情を元に戻してこちらを真っ直ぐに見据えてくる。


「君たちの話を聞いて確信したよ。今のボクたちには力が足りない。この国を護るための力が……。急な話だとは思う。それでも、この国を、ラナを護る為に君たちの力を貸してくれないか? ああ、勿論考えをまとめる時間は用意させてもらうよ。一週間もあれば良いかな? もしボクたちに力を貸してくれるのなら、城に来てほしい。なるべく最高の待遇を約束させてもらう。───駆け足になってしまってすまないね、そろそろボクの自由な時間がないんだ。頼む側として失礼なのは重々承知しているが、良い返事を期待しているよ」


 カンナ・オダは最後に「失礼する」と言って慌ただしく出て行った。

 様々な仕事を掛け持ちしているようだし、国を回しているだけあって、よほど忙しいのだろう。


「ひとまず宿に戻ろう。彼女の依頼を受けるかどうかも判断しないといけないし……な」


 私の言葉に頷くクルルとヴァンと共に駐屯所を出て宿泊していた宿に向かうのだった。


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