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121話 ラナ〜別行動〜

 ラナの地にたどり着いた私たちは、まず情報を集めることにした。

 理由としては、ラナはソンやユサ、メイなどの有力な豪族とは違い勢力としては小さいのに中の情報がほとんど外に漏れないのだ。その為にラナに関する情報は特に少なく、当代の長に至ってはほぼ不明だった。

 何故そこまでして念入りに情報規制をするのか。

 情報統制をしっかりと行なっている点は国主として評価に値するが、だからこそ何かを隠しているのではないかという疑念が生まれたのだ。


 そういう訳で今はクルルともヴァンとも別行動をしていた。

 街並みは先日滞在していたユサと変わらない。市場も、ラナの中心地だけあって賑わっている。

 情報を入念に隠しているような相手からそう簡単に何かが得られるとも思えなかった私は、ひとまず適当な茶屋に入って道行く人々を眺めようと思った。決してサボるつもりではない。

 偶然見かけた茶屋で三色の団子と緑茶を注文し、軒先で団子を食みながら街を眺める。


「……平和だ」


 西部の特産品である着物を着た人々が目の前を横切ってあちらへこちらへと歩いている姿を見てポツリと呟く。

 戦時下でもないし戦場でもないのだから平和なのは当然なのだが、大陸西部を取りまとめているマヌの体たらくをここの民たちは知っているのだろうか。

 そんな独り言を聞いてかどうかは知らないが、横から話しかけてきた人物がいた。


「お兄さん、ラナの人じゃないね。何処の人なの?」


 声の主に目を向けると、そこには黒髪黒目の女性がいた。朱色の着物を着ているのだが、右脚部には自分で改造したのかスリットが入っており、白い脚を太ももまで惜しげもなく晒している。髪は後ろで結い上げられており、大きめな瞳と合わせて快活な印象を受けた。犬型のような白毛の耳尾が楽しげに揺れている。


「さあな。何処だと思う?」


「うーん、難しいなあ」


 女性は顎に手を当てて一人で「うむむ……」と唸っている。しかし途中で諦めて、


「まあそれはどうでもいいや!」


 と言って腕を組んで笑いだした。

 ならば何故聞いたのかとも思ったが、彼女にとっては本当にどうでもいい些事なのだろう、特に気にした様子もなく話しかけてくる。


「ところでさ、さっき『平和だー』って言ってたけど、あれって何で?」


 聞かれていたのか。それとも偶然耳に入ったのか。ひとまず当たり障りのない理由を述べる。


「穏やかな街中で緑茶を楽しみながら団子を食む。とても安らぎに満ちた瞬間だったのだからそう呟いてもおかしくあるまい?」


「分かる分かる。確かにここのお団子は美味しいもんね! あ、おばちゃん! あたしみたらし団子!」


 店内に繋がるのれんを上げて注文した女性は、私の隣に座ってきた。


「ねえねえ、あたしレンカっていうの。あなたって旅人さんなんでしょ?」


「ああ」


「じゃあさ、よかったらお話して欲しいな! あたし、ラナから出たことなくってさ。外に興味があってもみんなして「危ないからダメだー」ってしか言わないし、それなら外の話をしてちょうだいって言っても「仕事がありますから」って逃げるしさー」


 足をパタパタさせながらそう言うレンカの表情は不満でいっぱいだった。

 思い通りにならないことで色々と鬱憤が溜まっているのだろう。


「あっそうだ。ねえ旅人さん、あなたのお名前聞いても良い?」


 しばらく愚痴をこぼしていると、ふと思い出したように言った。そういえば彼女は名乗ったのにこちらは名乗っていなかった。


「名乗り忘れていたな。私はホシミだ」


「ホシミ……どことなくこっち側の名前な響きがするね」


 レンカの言う「こっち側」とは、おそらく大陸西部のことだろう。西側は他の地域とは違い独特な名付けをする。クルルや彼女の友人のコスズも西部出身なので、彼女たちにとっては普通なのだろうが、他の地域の者には不思議な名前に聞こえてくるのだ。

 ───前々から思っていたがミコは何故私に西側の名前を付けたのだろうか。


「ねえお兄さん、お兄さん?」


「……いや、すまない。少し考え事をしてしまった」


 つい余計なことまで考え込んでしまい、レンカから声をかけられたことで我に帰る。

 いつの間にかきていたのか、彼女の手にはみたらし団子があった。


「もう、変なお兄さん。それより、旅のお話を聞かせてもらってもいい?」


「失礼をした詫びだ、何か話してやろう。そうだな……ついこの間、大熊の魔獣を討伐する依頼があってな」


 この日はレンカに旅の途中の話をして、結局夕暮れになって別れるまで話をせがまれることになった私は何の情報を得ることもなく宿に戻る事になったのだった。






 ーーーーーー






 side:クルル


 裏路地にある怪しげな店の中、そこに私はいる。薄暗い店内は雑多なもので埋め尽くされており、価値のわからない物から壊れた物、果ては呪われていそうな物までを取り扱っており、そこに統一性はない。掃除は行き届いているようで、埃っぽくはないのがまた異常さを感じる。

 表の看板は汚れと経年劣化で文字が擦り切れて読めないが、知る人はここを『黒猫(こくびょう)の館』と呼ぶ。

 名前の通り、経営者は黒猫の獣人(ビースト)……つまり、私の縁者だ。

 と言っても、私は男を知る前に『仙』になったので子どもはいないしこれからも作れないが、ここの経営者たちは私の妹の子孫たちなので、縁者というのは間違いではない。


「おんやまあ……。まさか私の店にクルクル様が来られるとは思いませんでしたわあ」


 奥に座っている眼鏡をかけた老婆は、そう言って彼女の手前の椅子を進めてきた。遠慮なく座って背を預ける。


「まさか私を知っている人がまだ残っているなんて思いませんでした…にゃ」


 身体こそ当時と変化はないので十代のままだが、これでも数百年規模のかなりの長生きだ。老婆と直接会ったことはないが、まだ自分が彼女たちの一族に名と姿を覚えられているというのは不思議な感覚でもあった。


「私たち黒猫の中でクルクル様のことを知らぬ者はおりませぬよ。あなた様の名前は今もなお受け継がれておりますとも。それにしても、本当に外見が変わらないんですねえ」


「それが『仙』という存在ですから。───それより、売って欲しい情報があります…にゃ」


 この店は表向きには雑多で適当な物を取り扱っている古物商ではあるが、裏では数多の情報を収集し、それを販売する情報屋としての顔を持つ。主要な都市や王国城下など、居住地は様々であり、彼女たちの一族は代々その地の情報を裏から収集しているのだ。

 当然、横の繋がりもあり、各地にいる者たちと定期的に情報を共有しあっている。

 だから、金とコネさえあるのなら黒猫の館以上に情報を手に入れられる場所はないだろう。


「それは良いですけど……クルクル様ならばすぐに集められるような情報しかありませんよ?」


 老婆は困った表情で私を見ていた。確かに彼女の言う通り、私なら必要な情報を手に入れることは難しくないとは思うけど───。


「ラナには来たばかりであまり時間をかけていられないんです…にゃ。時として、時間は金よりも価値のあるものになりますから」


 ───それも時と場合によるのだ。

 既に情報が揃っているのなら、わざわざ無駄手間をする必要もない。

 老婆はこちらの意図が判ったのだろう、にやにやと笑いながらしきりに頷いていた。


「ええ、ええ。その通りですとも。ではクルクル様。どの情報がご入用ですかな?」


 私は自分が必要としている情報を聞き、金を払って店を後にするのだった。

 外は、いつの間にか夕暮れになっていた……。







 ーーーーーー







 side:ヴァン


「どーうすっかなあ。情報収集ったって、場所が……。やっぱ、こういう時は酒場か?」


 俺の前にある年季の入った建物の中からは、昼間にも関わらず酒類の匂いと賑やかな声が聞こえてくる。既に出来上がっている奴も居そうだ。


「酒は口を軽くしてくれるしな……。よっしゃ、行くか」


 引き戸を開けてのれんを潜ると、木製のカウンターが奥にあり、あとは円卓がいくつか適当に置かれている。

 カウンターには突っ伏してるのが一人、円卓には顔が赤くなって完全に出来上がっている三人組と、それを遠巻きに眺めながら楽しそうに会話する二人組。

 後は───おっと、床に転がってるのが二人もいる。店主も含めて、九人か。


「いらっしゃい」


 髭を整えた店主がこちらに気付いて声をかけてくる。それ以上何も言わないのは、適当に座れということだ。

 店の真ん中で酔い潰れているのを踏まないように歩いてから空いているカウンターに座り、


「美味い酒を頼む」


 メニューなぞ分からないので適当に注文した。


「成る程、お客さんはオレの判断に任せるってことか?」


「おう。昼間っから開いてるような店だ、よっぽど酔狂か、もしくはよっぽどの酒好きなんだろうと思ってな」


「くくっ。面白いなアンタ。んじゃあ少し待っててくれ。最近新しく出来た酒があるんだ。飲んで感想を聞かせてくれ」


 そう言って店主は店の奥に引っ込んでいった。少しして戻ってくると、グラスの中に水と言っても何の違和感もない液体が注がれていた。

 困惑している俺に店主は「匂いを嗅いでみろ」と言ってきたので鼻を近付ける。


「……これは。見た目水っぽいが、酒の匂いがする」


「こいつは清酒と呼ばれている。水のように透明で清らかな見た目の酒だからな。自然とそう呼ばれるようになった」


 店主の説明を聞きながら清酒を一口(あお)る。辛口のさっぱりとした味が喉を通る、後を引かない飲みやすい酒だ。変に口の中に残ったりしないから、水のように飲めそうな感覚に陥る。


「これは飲みやすくて美味いな。だがこんなに澄んだ酒だ、作るのは並大抵のことではないんだろ?」


「まぁな。手間は掛かるが───その分、味と見た目には自信がある。実はそろそろ獣人(ビースト)只人(ヒューマン)以外にも意見を聞いてみたかったんだ。ありがとな、礼と言っちゃなんだが、この一杯はサービスにしてやるよ」


「そりゃありがたい。なあ店主、酒を作り始めたのは好きだったからか?」


「当然。好きじゃなきゃあんなめんどくせえことやってられないっての。っても、オレの母ちゃんも酒好きでな───」


 そうして店主と酒談議を始めた俺は、情報収集のことを頭からすっぽり忘れて酒と会話を楽しんだ。

 夜が更けて宿に戻った時には、既に二人とも眠っていたのだった。


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