120話 Revenge
決行の日。
場所は山中の木々が密集しているなるべく平坦な地帯。
一見平凡な、山中でもよくある景色だが、此処は既に至る所に落とし穴が設置された罠だらけとなっていた。隠蔽はほぼ完璧で、よほど罠に精通していない限りよく目を凝らしても気付くことは難しいだろう。
落とし穴の場所は全員が頭に叩き込んである。
合成獣が気付かないよう、目印等は一切ない。深さが二メートルから三メートルはあるので、万が一落ちてしまったら見捨てることになるだろう。
流石にそんな間抜けな結末は御免被りたい。
「んじゃ、俺は木の上で隠れてるからな。死ぬなよお前ら」
「ああ。そっちこそ、しくじるなよ」
ヴァンと軽口を叩いてから別行動をする。彼には残ってやって貰うことがあるのだ。
私とクルルは二人で合成獣をヴァンの待つ場所まで誘導するのが役割である。
そして再びあの広場まで戻ってきた。
目覚めた時は既に夜だったので辺りを見回すことはしなかったのだが、明るいうちに見る広場は、先の遭遇戦によって一部の地面が陥没し、黒く染まっていた。あの黒いのはおそらく私の血だ。
合成獣は見当たらない。前回は何も出来ずに放置してしまった死体を、魔術で生み出した土で被せる。
棺桶も墓標も何もない簡易的な土葬だが、このまま傷み続けるよりは良いだろう。
「クルル。合成獣の気配はあるか?」
「いえ、近くにはありません…にゃ。ですが、足を少し引き摺ったような跡があります。これを辿れば合成獣の寝床まで行けるかもしれません…にゃ」
地面の様子を見ていたクルルがそう言って跡の続いている道の先を指差した。
「そうか。ならば行こう。でもクルル、無理だけはしないでくれ」
「かしこまりました…にゃ」
無理をして傷付いたクルルは見たくない。その意思が伝わったかは分からないが、クルルは素直に首肯してくれた。
クルルが先導しながら慎重に山中を進んでいく。この辺りは合成獣が普段から行き来しているようで、私にもわかる位はっきりとした足跡を残していた。
「見つけました…にゃ。あの中が、奴の寝床です」
その言葉にクルルの肩越しから奥を覗くと、私たちが夜営をした洞窟と同じような横穴が確認出来た。それでもあの巨体を収めるのには小さいのだろう、馬部分の尻尾が中から出ている。
「向こうは気付いていないか?」
「はい。今なら先制攻撃が可能ですが、如何しますか…にゃ?」
「ならしよう。攻撃した後、すぐに逃走する。準備は良いか?」
クルルが頷いたのを確認すると、先日散々にやられた仕返しも込めて、横穴を塞ぐ程の大火球をぶち込んだ。
『AAAAAAAAARRRRRR!!!!』
くぐもった悲鳴と、頭部を中でぶつけたような大きな音が響いて、慌てたように横穴から出て来た。
見た感じ、尻尾が焦げているだけでそこまでダメージは無さそうだ。一体どれだけ頑丈なのだろうか。
合成獣は何が起きたのか理解出来ないようで、しきりに周囲を見回している。
「もう一発だ」
今度は注意を引く為の風の矢を放つと、攻撃を受けていると理解した合成獣は傷付くことも構わずに熊の腕で風の矢を叩き潰した。
「よし、退くぞクルル!」
「はいっ、主!」
背後から怒りの咆哮を上げて、己を傷付けた下手人を殺戮する為に合成獣は走り出した。
巨体では通りにくそうな狭い木々の間を駆け抜けていくが、怒りに我を忘れた合成獣は強烈な突進で木々を薙ぎ倒しながら追ってくる。
「何て馬鹿力だ!」
身体能力を強化で補っていることと、木々への衝突を繰り返している為に合成獣のスピードが最高速度に乗らないこと。これが何とか逃走を可能にしている。
「主っ! 右へ行きましょう!」
「分かった!」
私たちが方向転換をすると、合成獣も後を追う。
山中は人の手が入っていないので足場が悪く、転ばないように注意しつつ草木をかき分けながら全力疾走するのは肉体的にも精神的にも厳しい。しかしそんな泣き言を言う余裕はないし、既に追われている身で嘆いたところで意味もない。強化のおかげで息があがっていないことだけが救いだった。
合成獣は相当ご立腹のようで、何処まで逃げても追いかけてきそうだ。
───それが、罠であると知らずに。
「ヴァン!」
声をかけると、丸太が私たちの通ったばかりの場所を横から振り抜いた。と、同時に鈍い音が聞こえてきた。
『GAAAAAAAAA!!!!????』
悠長に背後を振り返って確認することは出来ないが、音と様子からして罠の丸太振り子が直撃したのだろう。
急な丸太の襲来で怯んでいるうちに、クルルと共に罠地帯を駆け抜ける。
駆け抜けてようやく足を止めると、ヴァンが木の上から降ってきた。
「よう、無事みたいだな」
「ああ、お陰様でな。しかし、牽制のつもりで用意したものがまさか当たるとは……」
「狙いはしたけど、俺も当たるとは思わなかったぜ。そんなことより───」
ヴァンの視線は合成獣の方に向かう。
「───アイツはどうやら怒り心頭なようだ」
合成獣に目を向けると、目が血走り鼻息荒くこちらを睨みつける姿があった。
歯は先日にへし折った為に見当たらないが、口元からはよだれを垂れ流し、胸部の体毛までぐしょぐしょに濡らしている。
私たちと合成獣の距離は、三十メートルあるかどうかといったところか。勿論、既に此方と彼方の狭間には無数の落とし穴がある。
「何個の穴に落ちてくれるかね」
「穴に上手く誘導するのも技量のうちですにゃ」
大剣を構えるヴァンと、二本の短剣を手に取るクルル。
「さあ行くぞ、化け物狩りだ」
私が号令を発すると同時に風の矢を放つ。風の矢は躱されてしまったが、こちらに逃げる意思がないのが伝わったのだろう。合成獣は突進の為に足を踏みならし始めた。
助走を付けて一気にこちらを踏む潰そうと駆ける合成獣の姿を見て、私たちは口元に笑みを浮かべた。
『GAAAAAAAAA!!??????』
合成獣が突き進んできたのは落とし穴地帯のど真ん中。前脚が嵌りそうになった瞬間跳躍した判断力と行動力は凄まじいが、着地した先にも落とし穴があるとは思わなかっただろう。
前脚のみならず後脚まで穴に落ちて胴部を地面に強かに打ち付ける合成獣。
痛みに悶え穴から逃れようと暴れるが───。
「今」
クルルによって投擲された二本の短剣は狙い過たずに合成獣の顔、その目を穿つ。
「おッ………らあぁぁぁあああああッッッ!!!」
そこにヴァンが大剣を振りかぶって熊の腕を吹き飛ばした。
彼の剣は『斬る』ことではなく重量に任せて『叩き潰す』ことに向いており、彼自身もその使い方の方が性に合っている。
だから斬り飛ばしたのではなく吹き飛ばしたと言うのはあながち間違いではない。
腕を吹き飛ばしたヴァンは返しの斬り上げで熊と馬の接合部を抉り、右から、左からと連撃を叩き込み、憐れな獣の呻き声が響く。
「これで……くた、ばれぇぇぇえええ!!!!」
脳天を割る勢いで合成獣の頭部に振り下ろされた大剣は、頭蓋骨を砕き、脳を潰し、首を折り、縦に割ったのだった。
───静寂が訪れた。
大剣を振り回していたヴァンの微かな息を吐く音だけが聞こえて来る。
合成獣はピクリともせず、そもそも縦に割れた時点で生存しているとは思えない。
返り血に塗れて薄青の髪を赤黒く染めたヴァンは、大剣を地面に突き刺すとゆっくりとこちらに振り向いた。
「俺たちの勝ちだ」
拳を前に突き出して、笑みを浮かべる。
逃亡という苦渋を舐めさせられた相手をようやく討ち果たした彼の顔はとても清々しい笑顔で彩られていたのだった。
ーーーーーー
街までの移動には空間転移を使用した。理由はいくつかあるが、最大の要因は───
「なあ、お前らも手伝ってくれよ。重いんだよこれ」
───討伐の証として合成獣の死体を運んでいるからだった。
ヴァンが力任せに頭をかち割ったせいで、かなりグロテスクな見た目をしており、正直に言って触りたくない。
「依頼を受けたのはお前だろう。私たちはただ助力しただけだ」
「しかも主から強化までしてもらって、実際は大して辛くもないくせによく言いますにゃ」
「おお、冷たい」
軽口を叩きながら入り口で街に入る許可を待つ私たちだったが、ヴァンが運ぶ異形の姿に人が集まってきていた。
一様に驚きの表情と青い表情を浮かべているが、熊と馬の身体が繋がった見たこともない化け物の姿と、その化け物の頭部がばっくりと割れているのが原因だろう。
「ふむ。人が集まってきたな……」
「では主、私たちは一足お先に宿にでも向かいませんかにゃ? 一緒にお風呂に入りましょう?」
「おい待てお前ら俺を置いていくつもりか!?」
「衆目に晒されるのはご免だからな。宿の場所を教えるから終わったら連絡をくれ」
情けない顔をしたヴァンを置き去りにしてクルルと共に街に入っていった。入り口で待たされていたのはあの化け物のせいだったので、無ければ何も言われないのだ。
「こっっっの、爆発しろぉぉぉぉおおお!!!」
遠くからヴァンの叫びが聞こえたが、数日振りにお湯に浸かれることに喜んでいたクルルに手を引かれてすぐに意識の外に出ていった。
その後ヴァンは一人、依頼の報告と報酬を貰ったそうな。お偉いさんが来て「ここで働かないか」としつこく勧誘され、何とか断って逃げたらしい。
翌日出会ったヴァンからは、かなりの恨み言を言われたが、しばらく好きに喋らせておいたらすっきりしたようだ。
「さて。私とクルルはここユサを離れて中央のラナに向かう。短い間だったが楽しかったよ」
私がそう言うと、キョトンとした表情でヴァンは「何を言ってるんだ?」と言った。
「お前らが出ていくなら俺もついていくぞ?」
「何?」
驚く私にヴァンはバツが悪そうに頭に手を寄せてから話し出した。
「今回の件は俺だけじゃ勝てなかっただろう。自分の実力不足を実感したんだ。だからもっと色んな所を巡って修業しようと思ってな。お前は───ホシミは、旅をしているんだろう? ならついでだ、俺も連れて行ってくれ。大丈夫だ、お前と嬢ちゃんの邪魔をしたりはしねぇよ」
「どうするクルル?」
側でずっと聞いていたクルルは少し悩んでから、
「まあ実力はありますし、良いのではありませんか…にゃ」
ヴァンを旅の仲間に迎え入れても良いと言ってくれた。
「そうか。クルルが嫌ならばと思ったが、その心配はなさそうだ。では改めて、宜しく頼む」
「おう。こっちこそよろしくだ。ホシミ、嬢ちゃん」
ヴァンと固い握手を交わす。
こうして私たちはヴァンを一行に加えてラナに向かうことになった。