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119話 討伐作戦会議

 そっと洞窟の中を覗くと、焚き火で暖をとっていたヴァンと目があった。まるで幽霊でも目撃してしまったかのように呆然としている。彼からすれば、死んだと思った人間がひょっこり現れたのだ。そういう反応をされてしまうのは仕方ないことではある。

 ヴァンから少し離れた所では、私の足音に気付いていたのだろう、クルルが涙ぐみながらこちらをまっすぐに見つめていた。


「ああ、えっと。何とか、生き残れた」


「主っ!!」


 飛びついてくるクルルの肩を押さえて押し留める。未だ血塗れの服なのでクルルを汚したくなかったのだ。


「すまんクルル。後で好きなだけやって構わないから、まずは着替えをくれないか? このままだとクルルが汚れてしまう」


「はいっ、今すぐに!!」


 元気よく返事をしたクルルが袋の中を物色している間にヴァンに視線を向ける。


「無事なようで何よりだ。何か問題は無かったか?」


「いや、それは大丈夫だったっつーか。むしろこっちの台詞っつーか」


 ようやく意識が戻ってきたヴァンは頭を少し振ってから話し出す。そしてまっすぐに私を射抜いて、もっともである疑問をぶつけるのだった。


「……何で生きてんのお前?」


 ボロボロの衣服と防具は明らかな重傷の跡。しかし穴から覗く肌には傷一つ見当たらない。

 あの状態から暴力の化身とでも言うべき合成獣(キメラ)から生還出来る未来が見えないのだろう。私も逆の立場ならまったく同じことを思う。


「色々あってな。後で話すよ。血塗れで気持ち悪いからまずは着替えてくる」


 服を抱えて待ってくれていたクルルから服を受け取り、ついでに身体も洗ってしまおうと近くの小川に向かった。

 クルルはさも当然のようにホシミに着いて行き、一人残されたヴァンは肩をすくめる。


「嬢ちゃんまで行くことはないんじゃないかね」


 ヴァンは二人がしばらく戻ってこないような気がして、独り身の寂しさに心の奥底で泣きながら洞窟の壁に寄りかかってため息を吐くのだった。







「なあクルル。私だけでも良かったんだぞ?」


 洞窟から少し離れた小川へ、汚れた服を着替える為に身体を洗いにやってきた。星明かりを頼りに手ぬぐいを小川の水で濡らし、絞る。しかし、ついてきていたクルルが私の手を止めて「代わりに私が全部やります」と言って手ぬぐいを奪い取り背中に回って今に至る。


「そう言う訳にはいきませんにゃ。汚れた主の身体を清めるのも従者の役割です…にゃ」


 そんな役割はないと思うのだが、有無を言わさぬクルルの謎の迫力に押され、現在は背中を拭いてもらっている。


「お顔も、お腹も、お背中も、私を愛してくれる大事な所だって、私が綺麗にしますから…にゃ」


「いや、子どもでもあるまいし流石にそこまでやってもらう訳には」


「私がやりたいんです…にゃ。はい。次は前をお拭きしますにゃ」


 クルルは美術品を扱うかのように丹念に身体を拭いてくれる。これ以上言ったところで止めてくれそうにもないので、私は諦めてクルルのやりたいようにやらせることにした。

 蘇生してからさほど時間が経っていないのでクルルの側で安心していたこともあったのだろう。だから、クルルの瞳が徐々に好色なものに変わり、息を荒げていることに気付けなかった。




 結局再び洞窟に戻ってきたのは三十分以上経ってからだった。ただ身体を洗って着替えるだけなのに何故こんなに時間がかかるのか。

 原因となったクルルは「にゃんにゃん」と鳴きながら尻尾を揺らして嬉々として抱きついており、離れようとしない。心なしか先ほどよりも肌がつやつやとしている。

 すぐ側にヴァンが居るというのに完全に視界に入っていないようだった。


「さて、あの後何があったのか、だが」


 クルルからなるべく意識を逸らし、焚き火を挟んでヴァンと向かい合う。ヴァンも突っ込むと話が進まなくなると思ったのか何も聞いてこなかった。


「簡潔に述べよう。合成獣(キメラ)に一矢報いた時に致命傷を負い、傷を治癒魔術(ヒーリング)で癒してからここまで戻ってきた」


 不老不死であることは既に一度見ているクルル以外にはなるべく隠しておいた方が良いと判断し、事実を織り交ぜつつ真実を誤魔化した。

 死んだか死んでいないかの違いはあるが、大まかな流れとしては間違ってはいない。


「お前が致命傷を負ったっていうのは、さっきのボロボロになった姿を見て納得できるがよ。一矢報いたってあの状態から何が出来たんだ?」


「奴が腹を食い破ろうとした時に防具に込めていた魔術を魔力に変換して暴発させた。その甲斐あって合成獣(キメラ)の牙を全てへし折ってきたぞ」


「お前……やる事えげつないな」


 ドン引きしているヴァンに曖昧な笑みで誤魔化して話を先に進める。


「まあそんなことは割とどうでも良い。それよりも何とかしてあの合成獣(キメラ)を仕留めることを考えよう」


「仕留めるねぇ……。せめて足の一本でも斬れりゃ楽に殺せるんだけどな」


 ただの突進ですら触れれば重傷に繋がりかねない勢いを誇る相手だ。そう易々と狙わせないだろうし、そも速くて狙いにくい。


「それは私が魔術で何とかするしかないだろうな」


「何とか出来るのか? 昼間は土壁を派手にぶっ壊されてたけどよ」


「足を止めるだけならばいけるだろう。だが同じ手を使えばまた吹き飛ばされるのは間違いないな」


 認めたくはないが、戦うことにかけてはあの合成獣(キメラ)はとても優秀だ。彼我(ひが)の力量差を本能で理解していた為に油断していたようだが、その油断を突かれて一方的に蹂躙する相手から傷を負わせられたので次は最初から全力で来るだろう。


「じゃあ今度は木にぶつけてみるか?」


「多少勢いは減じるだろうがへし折られた木ごとそのまま突進して来そうだな」


「ならいっそ山ごとアイツ燃やすか?」


「それはなるべくならやりたくない。本当に手がない時の最終手段だな。というか、誰が火を消すんだ」


「ホシミ」


「お前……」


 しばらくヴァンと唸りながら方策を考えるがなかなか良い案は出てこない。

 そんな時、私に抱きついていたクルルが「じゃあ」と声をあげた。


「落とし穴で良いんじゃないですか…にゃ」


 落とし穴。古今東西、狩猟や戦争、悪戯などに使われる単純な罠である。

 適当な大きさの穴を掘り、その上から木の枝などの一定の重量を加えることで容易に折れるものを並べて土や草等で隠蔽する。場合によっては落とし穴の中に杭を埋め込んだり、悪戯目的ならカエルや虫でも入れておいたり。殺傷にも嫌がらせにも使える便利なものだ。


「うーん……。嬢ちゃんよ、アイツが入る大きさの穴なんて用意出来なくないか?」


「誰があの巨体を全部落とすなんて言いましたか。私は足止めとして合成獣(キメラ)の足の一本もしくは二本を穴に落とせればいいとしか考えてませんにゃ。突進を誘って、落とし穴地帯に誘導してひたすら避ける。落ちたらまずは厄介な熊の腕を何とか処理してから滅多刺し。足が四本落ちれば私たちの勝ち……と、こんな感じでどうですかにゃ主?」


 小首を傾げて伺いを立てるクルルの姿を見ながら思案する。

 合成獣(キメラ)は突進が単純にして敵の脅威となることを知っている。傷を負わせたことで冷静さを欠いていてくれれば。あるいは、挑発をして冷静な判断を下せないような状態にすれば。勝てる可能性はあるかもしれない。

 欠点は落とし穴がバレた時点で私たちには逃走以外の選択肢が無くなることだろう。この場合は安全の為に空間転移を惜しむことなく使えばいい。


「クルルの案でいってみるか」


 他に良い案は思いつかないし、穴だけならば魔術を使えば大した手間もかからない。

 失敗したら逃げれば良いのだ。


 作戦が決まった私たちは詳細を詰めて明日に備えることにした。

 その日は早朝から罠の設置と場所の把握、移動経路の確認等で一日を費やし、万全の準備を整えてから合成獣(キメラ)に再戦を挑むのだった。



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