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118話 夢の中の邂逅

 意識が戻った時、そこは不可思議な空間だった。一面真っ白で辺りには木も無いのに桃の花びらが舞い、香りが漂っており、足場が見当たらず身体が宙に浮いている。

 先ほどまで自分は合成獣(キメラ)と対峙していたという記憶がある。少なくともこんな場所では無かった。

 だからホシミは、すぐにこの空間が夢、あるいは心象風景であると結論付けた。

 何故なら───。


「やっほ。元気かな、ホシミ君」


 黄金に輝く金紗の髪。真紅に煌めく宝石のような瞳。物心ついた時からずっと向けられてきた穏やかな微笑み。

 母であり、姉であり、愛した女性。

 光となって消えていった彼女が───。

 ミコ・メディウム・セレスフィラが目の前に居たのだから。


「ミコ……」


「また会えたね。と言っても、私は本物じゃないんだけど」


 ミコはそう言って苦笑する。自ら本物ではないと言っていたが、容姿とその仕草は本物と何一つ変わらなかった。


「私はね。君の中にあるミコの残留思念なんだ。憶えてる? あの日、ミコがホシミ君に力を与えたこと」


「勿論」


 ホシミはすぐに首肯した。忘れる筈がない。

 だってあれは、彼女との別れの時だったのだから。


「あの時のミコは、自分が消えてしまうことを知っていたの。でもね、離れ離れになるのはやっぱり寂しかったんだ。だから力と一緒に自分の分身を君の中に紛れ込ませたの。本当ならこんな形で会うことは無かったんだけど……まさか百年経たずに二度も死んじゃうとは思ってなかったから、君の精神(こころ)が壊れてしまわないように出張ってきたってわけ」


 身体(かたち)を無くしても自分を護ろうとしてくれる。その事実にホシミは深く感謝をした。


「そう、だったのか……。ということは、何があったのかも……?」


「うん。全部知ってるよ。当然、あの可愛い黒猫の女の子と毎日いちゃいちゃしてることも、ね?」


「ぐっ」


 そんな所まで知られなくても良いのではないか。そう思ったが残留思念でしかない今の彼女に言ったところで無意味だ。

 それにこの様子だと彼女はホシミが見聞きしたことを「全部知っている」のだ。彼女が自身の一部として深く繋がっていることの証左であろう。

 しかし覗き見をされていたと知って良い気分になる者などそういない。ホシミも例に漏れず、ミコに若干非難するような視線を向ける。


「もう、そんなに睨まないでよー。私だって見たくて見てる訳じゃないんだからさー」


 言葉とは裏腹に口調は楽しげだ。


「それにしても、いいなーあの娘。すっごく可愛いよね! 特にホシミ君と二人っきりになった時に甘えるのがすごく良い! あんな可愛い娘を落としたホシミ君を良くやったと褒めてあげたいくらいだよ!!」


 いや、実際とても楽しんでいたようだ。

 口元が緩んでおり、目尻も垂れ下がっていて、一口で言うのならだらしない表情をしていた。


「ミコ……」


 久しぶりに見たミコのだらしない姿に呆れていると、当の本人はその視線に気付いて表情を引き締めた。今更取り繕っても遅いが。


「えっとまあその話はまたいずれと言うことで……。こほん。で、どう? 何か聞きたいことはある?」


「……私は死んだと言った。なら、どうして私は生きている?」


「やっぱり気になるよね。うーん……。すごく簡単に言っちゃえば、ホシミ君は不老不死になったの」


「不老不死?」


「そう。老いず、死なず。残念だけど原因は分からないよ。ミコだって不老不死に近かったけど回数制限があって完全ではなかったし。だから多分だけど、ミコとホシミ君の相性が良かったんじゃないかなって思ってるの。身体じゃなくて魂とかそういう実体のないものの相性ね。それがぴったりはまるくらい良かったから、君の中に完全な不老不死が完成したんじゃないかなって」


 俄かには信じがたい話である。しかし残留思念となったミコが嘘や冗談を言うとは思えない。


「まさか神様の求めたものがこんな所で叶うなんて思わなかったなあ。私たち神人がどれだけ探し求めても見つけられなかったのに。まあ、神様は全員死んじゃったから見つかってももう要らないんだけどね。でもホシミ君、その力は積極的に使わない方がいいよ」


「何か良くない影響があるのか?」


「そうとも言えるかな。たしかに受けた傷は全て癒してくれる便利な能力だよ。でもね、心に負った傷までは癒してくれないんだよ。今回も前回も即死だったから良かった───いや良くないけど! それでもまだマシだったよ。もしじわじわと嬲り殺されてたら、もし苦しい拷問をされてたら……それを何度も繰り返して、ホシミ君は受けた恐怖を忘れられる? 克服出来る? そもそも、耐えられる?」


「それは……」


「断言するよ。絶対に無理。身体が無事でも心が壊れちゃう。人は痛みに敏感なの。生物としての防衛反応だから当然なんだけどね。普通の人なら死んじゃえば終わりだけど、ホシミ君の場合は死んでも終わらない。君の場合、死は始まりに戻るだけだから。だから私は心配してるんだよ」


 そう言ってから、ミコはホシミを優しく抱きしめた。

 精神同士での繋がりだからだろうか。実体と同じように触れることは出来るが、体温は感じられなかった。


「ありがとう、ミコ……。でも今回のように、必要とあれば不老不死の力を使うことに躊躇いはないよ。大丈夫。私は、耐えてみせるよ。本物のミコは消えてしまったけど、私の中には今もミコが居るんだから」


 その返答にミコは悲しげに表情を歪めた後、泣き笑いのような笑みを浮かべる。


「そっか。それがホシミ君の決めたことなら仕方がないね。でも無理は禁物だからね。耐えているだけでも心はすり減って摩耗していくんだから」


「わかったよ」


 そして、どちらからともなく口づけを交わす。久しぶりのミコの唇からは桃の甘い香りがした。


「そろそろ身体の修復が終わる筈。そうすればホシミ君は自然に目が覚めると思うよ」


「そうか。なあミコ。また会えるかな」


 また会えたら嬉しいというだけの個人的な感情である。ミコは少し考えてから、


「そうだね……ホシミ君がまた死んじゃった時は、目覚めるまでの話し相手になってあげてもいいよ。でも自殺とか無駄死にとかした時は呼んでも絶対に出てきてあげないからね!」


 言葉とともに人差し指と親指でホシミの鼻をつまんできた。

 その姿に吹き出すミコと、複雑な表情をするホシミ。予期せぬ二人の邂逅は、ホシミの身体が光に包まれることで終わりを告げた。


「もう時間だね」


「ああ……。行ってくるよミコ。もしまた死んでしまったときは話し相手になってくれ」


「行ってらっしゃいホシミ君。私はいつでも君の側にいて、ずっと見守ってるからね」


 ミコの微笑に見送られて、ホシミは光となって消えていき───、意識が覚醒した。






 ーーーーーー






「私は……」


 目を開くと、辺りは既に暗くなっていた。

 広場の遥か上空からは、満天の星空が微かに地を照らし、辛うじて視界が確保出来た。

 すぐに自分の様子を確認すると、服は腹部が装備ごと食い破られていて剥き出しになっており、それ以外にも肩から腕にかけてや背中、脚もボロボロになっていた。

 そして血だまりの中に沈んでいた為に服が重くなっている。血を吸い過ぎたのだろう。

 服を着ているというよりは、穴あきで血塗れのボロ布を纏っていると言った方が適切であるかもしれない。

 近くには装備していた剣が粉々に叩き折られた状態で打ち捨てられており、もはや修繕は不可能だと思える。


「せっかくクルルから貰ったのにな……」


 元々そんなに高級品でも特注品でもないが、長年使い続けてきただけあって手に馴染んでいた武器だ。それなりに愛着があった。

 しかし壊れてしまったものはどうしようもない。近いうちに新しいものを用意する必要があるだろう。


「あの合成獣(キメラ)はいないか……。今はその方が有難いが」


 最後に見た様子から、クルルたちを追っていったとは考えづらい。

 あれは私に牙を折られて大層ご立腹だった。

 標的は私に移り、私が死んでからも死体を破壊し尽くして憂さを晴らしていたのだろう。地面には破壊の痕跡が濃く残されていた。


 ひとまず、無事に逃げられたクルルとヴァンに合流すべきだろう。道具袋は合成獣(キメラ)との遭遇前にクルルに預けてしまったので替えの服が欲しいところだ。

 本来なら夜の山中を歩くのは自殺行為に等しいが、ならば飛べば良い。おそらく下山していることはないと思った私は、魔術で浮遊し、暗視と透視を使い分けながらクルルたちが居るであろう場所───つまり火元を探す。

 探し始めてからしばらく経って、先日夜営したばかりの記憶に新しい洞窟付近に火元が見えた。きっとあの二人だろう。

 無事に逃げきっていたことに安堵の息を吐いてから、再び合流する為にゆっくりと洞窟の周囲に降り立つのだった。


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