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115話 大熊退治〜其の壱〜

 翌朝。街の入口まできた私とクルルは、柵に寄りかかって待っているヴァンの元へと向かった。

 ヴァンもこちらに気付いたようで、片手をあげながらにやりと笑う。


「よお、来たな」


 山中での行動になる為、耐久性よりも軽量性を重視した革装備で身を整えたヴァン。しかし所々に魔術が付与されているようで、見た目よりは防御力が高そうだ。

 そして彼の武器なのだろう大剣を背負っているが、彼の身長よりも大きいのではないだろうか。こちらは何の効果も付与されていない普通の武器である。

 対する私とクルルも革装備だった。旅をしている身で重い鎧を着る意味はないからだ。だが練習を兼ねた魔術付与を施している為に、下手な鎧よりも硬いものになっていたりする。

 武器は、クルルは腰に二本の短剣と服の下や太ももに隠している複数の短剣を持ち、私は以前クルルから貰った剣をそのまま使用している。これらも実験台として色々弄ったので何かしらの魔術が付与されていた。


「どうやら待たせてしまったようだ」


 私がそう言うとヴァンは手をひらひらと振って笑う。


「気にすんな。俺もついさっき来たばかりだからな。えーっと、ホシミだっけ。立ち居振る舞いで何となく分かってたけど、お前魔術師の癖に剣も使えるんだな」


「師匠が自衛手段として懇切丁寧に教えてくれたよ。実戦は何度も経験しているから足手まといにはならない筈だ」


 私が「師匠」と言ったとき僅かにクルルが照れたが、ヴァンの手前だからだろうあまり表情に出さないようにしていた。

 ヴァンは私の言葉を聞くと、「成る程な」と何やら一人で納得している。


「まあ、攻撃手段が複数あるのは良いことだぜ。遠近両刀とか敵としては戦いたくねぇけどな!」


 そう言って豪快に笑うとヴァンは私の首に腕を回してくる。そしてクルルに視線を向けながら小声で話しかけてきた。


「だがまぁ、本当に恐ろしいのはこの嬢ちゃんだ。足音どころか気配すらねえってどういうことだよ。お前の隣にいるからこそ気付けるが、そうじゃなかったら俺じゃ見つけられねえ。あの娘はいったい何だ?」


 ヴァンは小声で話していたが、獣人(ビースト)であるクルルにとって聞き取るのは難しいことではなかったらしい。何かを訴えるようにじーっとこちらを見つめていた。

 しかし他人の心の内などわかる筈もなく。とりあえず事実だけを伝えることにする。


「クルルは私の従者だ」


 ヴァンは「マジかよ」と言いたそうな表情を浮かべていたが、クルルが何も言わないことからそれが事実であると受け止めたようだった。


「はぁ〜。一国に居たら間違いなく暗部の長か将軍クラスの娘がただ一人の従者とはなあ。……まさかお前も国から出てきた王子って口か?」


「私が王子とか、はははっ、冗談が上手いな」


 実際はただの隠者でしかない身が王子だなんて、あり得なさすぎて笑いが出てくる。

 だが、お前"も"というのはどういう事だろうか。


「私は隠遁しているただの一般人だよ。もしかして、王子の知り合いでもいるのか?」


「いや、そういう訳じゃねえんだ。悪ぃな、変なこと言っちまってよ。んじゃ、そろそろ行こうぜ」


 私が尋ねると、話を切り上げてまるで逃げるようにさっさと歩いて行ってしまうヴァンの様子に首を傾げながら後を追う。

 クルルはヴァンの後ろ姿を観察するように睨め付けているのだった。




 (くだん)山麓(さんろく)まではすぐに到着した。

 近くには小規模な集落があり、ここが大熊の被害に遭っている場所なのだろう。


「準備はいいか?」


「問題ない」

「大丈夫ですにゃ」


 ヴァンの言葉に首肯して、一度山を見上げてから入山した。

 途中までは人が踏み入っていた跡のある道を進んでいたが、すぐに人が立ち入っていない場所まで来てしまう。

 先頭に立ったヴァンは、小型の短剣で草木を刈りながら道無き道を進んでいった。私とクルルは周囲を警戒しながらヴァンの後を追う。

 少し奥まったところまで来たところで、クルルが声をあげた。


「全員、静かに。……討伐対象ではないですが、この先に大型の生き物がいます…にゃ」


 獣人(ビースト)特有の聴覚を活かして、野生動物を先に発見するクルル。

 正体は不明だが、大型だと言うからには放置しておく訳にはいかないだろう。

 ヴァンに目を向けると、彼も一度頷いた。そして今度はクルルを先頭にして大型の生き物の元へと向かう。

 するとその先には、体高百センチは超えている大型の熊が潜んでいたのだった。

 熊もこちらを威嚇しながら睨みつけており、逃走するつもりはないように見える。


「あれがその大熊ではないよな?」


「違うだろ。ありゃ普通の熊だ。っても、なんで人の臭いが近付いてるのに逃げねえんだこいつは?」


「……あの熊は人を餌として認識しているからですにゃ」


 逃げない熊に不思議がっているヴァンの言葉にクルルが答えた。そして更に衝撃の事実を口にする。


「人の味を覚えてしまったのでしょう……。おそらく、此処に迷い込んだ人を襲って食べてしまったんでしょうにゃ」


「おいおい、人喰い熊ってことかよ」


「しかも標的は私たちのようだ」


 ヴァンはげんなりしているが、熊はじりじりとにじり寄って来ており、一切目を離さない。

 できれば逃げて欲しいのだが、それは難しそうである。


「この子はここで仕留ることを推奨します…にゃ。人の味を覚えた獣は、これからも人を襲いますにゃ。可哀想ですが、新たな犠牲者を出さないようにする為に、そして私たちの身を守る為に殺しましょう」


「……クルルが言うなら、そうしよう。ヴァンも良いか?」


「ああ。ありゃ完全に俺たちを狙ってやがるからな。ここで俺たちが逃げても追ってくるだろうしな」


 ヴァンは大剣を掴みクルルは腰から短剣を一本だけ抜き取った。

 これは決して過剰反応ではない。野生の獣は重く力強い。容易く人を殺すだけの力を持っているのだ。

 私も鞘から剣を抜き、構える。

 こちらは三人もいるのだ、魔力も温存しておきたいし魔術は不要だろう。

 しばらく熊と睨み合いが続く。


「……いきますっ!」


 まずはじめに動いたのはクルルだった。

 熊の正面にわざと立ち、熊が腕を振るうのに合わせて後ろに跳ねながら短剣を合わせて吹き飛ばされる。


「そこでわざと跳ぶかよ猫娘!!」


 その隙を突く為に動いていたヴァンが、横から大剣を振るい腕を切断した。

 すぐに剣を返して身体を斬り裂こうと狙うが、熊が逃げたので届かない。それどころか、大剣が木に触れてしまい剣筋がズレてしまった。


「ッチィ!!」


 ヴァンが舌打ちしつつ体勢を整えるために距離を取る。

 私はヴァンと入れ替わるようにして背を向ける熊を右袈裟から斬りつけた。そのまま左から横薙ぎに斬りはらう。

 熊は悲鳴をあげるが、まだ倒れない。しかし、詰みだ。


「人を喰らったのがあなたの死因ですにゃ。もし次があるのなら、人里離れた場所で慎ましやかに生きると良いです…にゃ」


 跳んだクルルが木の上から降ってきて首を一閃したからだ。

 熊は致命の一撃を受けたことでその場に倒れ臥し、すぐに命を落とすのだった。


「お疲れ、クルル」


「ありがとうございます、主。でも私は平気ですにゃ」


 汚れ一つないし息も乱れていないのだ。彼女の言う通りなのだろう。クルルはすぐに熊の元に向かうと、手を合わせてから剥ぎ取り始めた。毛皮と肉を頂くのだろう。

 私はもう一人、ヴァンの方に視線を向ける。


「特に怪我とかは無さそうだな」


「そりゃまあなぁ。しかしやっぱり森の中じゃ大剣は扱い辛いな」


 ヴァンは背に大剣を背負い直しながらぼやいていた。

 あれが平地であったなら、ヴァンの攻撃で終わり私とクルルの追撃は不要だっただろう。それだけの威力はあった。


「森の中で大剣を振るおうと思う方が驚きだよ。見てみろ、この木を。さっきの攻撃が触れただけで半分近く抉り取ったぞ」


 あと少し深いか、何かしらの衝撃が加わるだけで折れてしまうだろう。

 ヴァンは苦笑いしながら木を見て呟いた。


「あちゃー。こんだけ深く斬っちまえばそりゃあ剣筋もブレるわな」


 その後クルルの剥ぎ取りが終わってから再び山奥へと進むが、その日は結局目当ての魔獣は見つけられなかった。

 日が落ちる前に雨風をしのげそうな洞窟を見つけ、今夜はそこで夜を過ごすことになったのだった。


 夕飯は今日倒した熊の肉を使用した鍋だった。下処理が早くて正確だったことと鮮度が良いことで美味しく食べられたことを追記しておく。

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