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113話 西へ

枕元に10cm超えのGが現れたせいで不眠症になりました。

アイツマジデユルセネエ。

遭遇時に無様な悲鳴をあげながら逃げ惑い、しっかりと戦闘準備を整えてからブチ殺してやりましたとも。ええ。

虫嫌いなのに更に虫嫌いが悪化しそうです……


今回はほぼ説明回になってしまいました。すまない……本当にすまない……。

(多分)次回から過去編の西部紛争が始まります。

 初めての殺人を経験してからは、塔に近い町や村を転々としながら賊や魔獣の討伐依頼をこなして実戦経験を積んでいった。

 当時はまだ東西南北の貿易の要となるシュメットが存在していなかった為、いくつかの町や村、小規模な集落しか無かったのである。

 最初はもっと遠出をしようというクルルの提案があったのだが、私は塔を長期に渡って留守にすることに不安を覚えていた。

 消えてしまった姉との間に残された大切な思い出の場所を、留守中に見知らぬ誰かに荒らされることを嫌ったのである。

 せめて誰も立ち入れないような結界を完成させるまで待ってほしいという旨を伝えて、数十年に及ぶ長い年月を経て、のちに『呪いの森』という名を得るに至った結界を完成させたのだった。


 意図せずとはいえ長期間が経過したことで思わぬ発見もあった。

 私の身体が一切老化していないのだ。もはや老人と言っても良い年齢であるにも関わらず、身体は依然当時のままで若々しい。

 それは当然クルルも同じであったが、彼女の場合は既に原因は判明している。

 クルルは私に加齢による衰えが来ないことには驚いていなかった。それどころか、主従共に永遠の時を過ごせることに喜びを感じていた。


「今までは、誰かと親しくなってもみんな私を置いていってしまってましたから……。だから、主も時の流れから取り残された存在だと分かったときはすごく嬉しかったです…にゃ」


 はにかみながらそう言ったクルルの表情には影があった。きっと今まで多くの別れを繰り返してきたのだろう彼女の言葉は重みがあった。

 おそらく彼女は初対面時には既にこうなることを予期していたのだろう。なんせ私に初めての死を与えたのは他ならぬクルルなのだ。


 他にも数十年という時間は私の力を増す要因となっていた。身体は衰えず、知識と経験だけはどんどんと積み重なっていく結果として、結界の探究のついでに様々な魔術についても習得するのは必定だった。

 そして魔術と同様に、剣の修業も同じくらいの年数をこなしていた。如何に才能が無い人間だろうと、普通の人間なら一生をかける程の時間を費やせば一端の実力を得るに至る。それでもやはりクルルには遠く及ばなかったが。

 だから今は剣での近接戦闘中に魔術を使用する鍛錬を積んでいた。

 発動に集中が必要な魔術を、状況が目まぐるしく変化する戦場で効率的に使いこなせるようにするのが目的である。

 実戦で使うには練度が足りないのでこちらは未だ要練習といったところだ。


 そしてクルルとの関係は、特に変わらず、今もなお良好である。主従というよりは恋人に見えるのも相変わらずだ。

 年齢的には若くないのだが、肉体が若々しいせいで精神も若さが維持されているように感じていた。といっても、流石に少しは落ち着いたが。

 クルルは私の側にいることを望むので、睡眠時も隣で眠る。そのために結局クルルは貸し与えた部屋をほとんど使用しなかった。一応今もクルルの部屋としてあるが、この様子だと今後も使う予定はなさそうだ。



 クルルと出会ってからおよそ九十年が経過した時、私とクルルは塔から出て大陸西部に向かった。

 かつて冥界にてクルルが語った大陸西部での戦争が現実味を帯びてきたからである。

 ミコが残した、塔に居ながらにして遠隔地を覗き見ることの出来る鏡───正式名称天眼鏡(てんがんきょう)というらしい───で西部の様子を見た際に、国は役人の腐敗で疲弊しボロボロ、追い討ちをかけるように飢饉や疫病も広がり、最早余命幾ばくといった状態だったのだ。

 民衆の不満が爆発し暴徒化するのも時間の問題といえるほどの酷さだった。

 国の中枢がどうしようもないほど腐っていることは皆知っており、地方の豪族たちが力を蓄えて、近く訪れるだろう戦乱の世に備えている。

 それが、大陸西部の情勢だったーー。


 センタレアル大陸西部。

 大陸中央部との境界には険しい山脈が複数立ちはだかり、南北にある迂回路か、厳しい山越えをしなければ辿り着けない地である。

 しかし山脈の恩恵で土地は水源が豊富であり、稲作が盛んで、場所によっては火山活動によって温められた水が湧き出す天然の温泉もいたるところにある。東西を走る大河が南北に二本もあるのもその一因だ。

 綺麗な湧水と温泉に恵まれた西部は、一部の者からは『理想郷』と呼ばれていた。

 住んでいる種族は獣人(ビースト)が約七割を占め、残りの二割が只人(ヒューマン)、一割が森精種(エルフ)龍人(ドラゴニュート)等の少数部族だ。

 首都となっているのは海沿いの西側で、名をマヌという。役人の横暴により治安は悪化し、路地には餓死者の遺体が平然と横たわっていることから衛生面でも最悪な、既に名ばかりの首都であった。


 現在、私たちは山脈にほど近い名もなき小さな村に滞在していた。今後の行動方針を固める為である。

 クルルは復讐をする為に西部の戦争に肩入れすると言っていた。まずは目標を確認しておかなければいけないだろう。


「クルルの復讐したい相手は何処なんだ?」


「南側の豪族の一つ、ソンです…にゃ。西部の豪族の中でもとりわけ強大な力と土地を持っていて、単独で相手をするには少し厳しい相手です…にゃ」


 クルルは鏡を見ながら南側を指差して説明する。その後、指は東、北、と徐々に移しながらソンに対抗出来そうな有力豪族の情報を教えてくれた。


「東はユサという豪族が最有力でしょうか…にゃ。ですが彼らは天然の要害である山脈と湿地を武器とした守戦を得意としていますから、自分から攻め入ることは無いと思います…にゃ。基本的に専守防衛を選択することになると思います。

 次に北ですが、メイという豪族が最有力です…にゃ。豪族の中でもとりわけ清廉な者たちで、国の腐敗を本気で憂いているのが彼らです。ただ、融通がきかないと言うか、その……真っ直ぐすぎるせいで絡め手や裏切りに弱いという欠点もありますにゃ。

 西は言わずもがな、死に体のマヌだけです…にゃ。どうせ勝手に自滅しますから放置が安定です……。一応、害虫駆除をしっかりして、民草を想う良き君主が現れれば数年で治安は回復するでしょうが、正直望み薄ですかにゃ」


 元西部出身だけあって、クルルの情報量は多かった。ここ数十年は西に行っていないので情報はなかった筈だが、行商人との会話や私と共に見ていた天眼鏡である程度は把握していたらしい。


「……一番可能性があるのはメイか? 正直、東も北も微妙な所なのだが」


 私の言葉にクルルは首を横に振ると、指を西部中央に持ってきた。南北の大河に挟まれた土地である。


「ここに、ラナという豪族がいます…にゃ。勢力は残念ながら大きくはないですが、そのおかげで優秀な人材なら身分問わず登用されやすいこと、私と同じようにソンに恨みを持っていることが判明しております…にゃ。おそらくですが、来たる戦乱の世に向けての準備をしているのではないかと。私はここに潜入して、ラナに協力しつつソンを打倒する案を推奨しますにゃ」


「戦力差は大きそうだな」


「そればかりはどうしようもありません…にゃ。ですが、他のどの豪族もソンには単独では敵いません。ならどこよりも潜り込みやすいラナで戦うのが一番良いのではないかと思ったんです…にゃ」


 それに、と言葉を続けてクルルは私に向けてにこりと微笑んだ。


「主がいれば、絶対に負けません…にゃ。一人で一軍に匹敵する魔術師のその更に上の実力を持つ主です。その程度の劣勢は軽く覆せると信じております…にゃ」


 私に全幅の信頼を寄せるクルル。彼女は私が負けるとは微塵も思っていないようだった。

 彼女の信頼と期待に応えたいとは思うが、他者と比較したことのない自分が本当にクルルの言う通りの存在なのかは自信がない。

 しかし、ここで尻込みすることはあり得ない。それは自分を信頼してくれるクルルへの裏切りになる。

 だから私は、絶対にクルルを守るという覚悟を決めてからクルルの案を承諾したのだった。



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