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112話 剣の修業と野盗討伐

 修業。それは先達より学問や技芸を習い身に付けることである。

 例として一つ挙げるならば花嫁修業もそうだ。まあ私は男なので関係はないが。

 だが花嫁修業とは別口で、私も修業をすることになった。クルルの身に付けた技術のうち、剣術を教わることになったのだ。

 理由は自衛の為と閉所や乱戦時の攻撃手段の確保である。

 ミコから受け継いだ魔術器官が破格の性能だったおかげで魔術適性がとても高くなった私は、魔術主体の戦闘を行う方が向いているらしい。

 しかしそれも時と場合によっては使いづらいこともある。それを補う為のものだそうだ。


「私は自身の体格と俊敏さを活かすために双小剣を使用しています…にゃ。しかし主は男性で、私よりもずっと背が高いから同じ手法は取れないと判断しました。ですから無難に剣を扱えるようになってもらおうと思います…にゃ」


 クルルはかなり小柄な方である。そんな彼女と同一の手法は確かに取れないだろう。なんせ頭一つ分以上も違うのだ。


「はっきり言って今まで鍛錬などした事が無くてな。身体もそんなに鍛えていないし、ろくに剣を振れない気がするのだが……」


「そこはあまり心配せずとも大丈夫でしょう…にゃ。主は何故か全属性の魔術を扱えるので強化で筋力を補えばいいだけのことですにゃ」


 軽い調子でそう言ってクルルは木剣を手渡してくる。最初のうちはまず素振りから始めるそうだ。


「まずは素振りですにゃ。身体の無駄な動きを矯正して最速で最高の一撃を放つ為の基礎です…にゃ。主が強化を使えるおかげで筋力強化から始める必要が無いから、最初から剣を振れるのは私としても助かります…にゃ」


 そうして、クルルとの修業が始まったのである。

 手取り足取り丁寧に教えてくれるクルルは、どこか楽しそうであった。




 素振りだけで約一ヶ月を費やし、後は朝に素振り、昼間はひたすらにクルルと模擬戦を繰り返す日々。

 気が付けば既に一年が過ぎていた。最初と比べれば剣速も上がったし、剣筋も良くなっているように思う。

 しかし未だにクルルには遠く及ばない。

 木剣はクルルにいとも容易く受け流され、躱されて剣を弾き飛ばされる。そしてクルルの手にある木剣が首元に寸止めされて私の敗北が決定した。

 今日もまた、クルルにいいように遊ばれて鍛錬を終えたのだった。

 鍛錬の後は大浴場でクルルと共に汗を流してから湯に浸かるのが日課となりつつあった。

 クルルは私の足の間に座り背を預けて寛いでいる。疲労を感じないのは、やはり彼女にとってはどうという事もない内容だったからなのだろう。


「主は覚えが良いです…にゃ。まだ真剣を持っていないとはいえ、魔術師が木剣であそこまで戦えるなら充分意表を突けるでしょう…にゃ」


「そう言ってもらえるのはありがたいのだが、実際どこまで強くなったのかさっぱりわからないんだ。クルルには手も足も出ないからな」


「剣を始めたばかりの格下に負けるほど落ちぶれてはいませんにゃ。ですが、そうですね……。明日から真剣を使用してみましょうにゃ。そして、真剣に慣れた所で実戦を経験するのが良いと思います…にゃ」


「とうとう真剣か……」


「不安ですかにゃ?」


「ああ」


 真剣の重さを想定した重量の木剣を使用してきた為に剣に振り回されることは無いだろう。

 だが、実際に人の命を絶つことの出来る本物の刃を持つという意味は遥かに重い。思わず震えてしまいそうになるくらいに。


「大丈夫です…にゃ。私がずっと主の側に居ますから…にゃ」


 クルルは振り向いてぎゅっと抱きしめてくる。小さな身体は私を包み込んで守ろうとしてくれているみたいだった。

 手のひらサイズの柔らかな膨らみが押し付けられるように当たって、意識の大半をそちら側に持っていかれてしまったが。


「主、私の身体に興奮してますかにゃ?」


「……まあ」


「嬉しいですにゃ。素直な子は好きです…にゃ」


 クルルはそう言ってさらに隙間が無くなるように密着してくる。


「日中の剣の稽古はもう終わりましたし、今度は夜の剣の稽古でも如何ですか…にゃ?」


 耳元で艶かしい声で囁くクルル。

 どうせ逃がすつもりもないくせにとは思うがそんな野暮なことは口にしない。彼女がこの時間を楽しみにしていることを知っているからだ。


「それに、そんなに難しいことを考える必要はありません…にゃ。木剣も真剣も剣は剣。どちらでも人を殺せる武器となります…にゃ。大事なことは、何の為に剣を振るうのか。ただそれだけのことで、願わくばそれが善行であることを祈るだけですにゃ」


 どうやら私の不安はお見通しらしい。それもそうか。彼女は既に一度この経験を積んでいるのだから。

 しかし真面目になったのは一瞬だけで、すぐに好色な瞳が私を射抜いていた。

 まだ若い男が美少女の誘う視線に抗える筈が無いのを理解してやっているから性格が悪い。


「日中は私の全戦全勝で、夜は主の全戦全勝……。私は今夜も主の絶倫剣に敗北を喫してしまうんです…にゃ」


 けっこう長湯してしまったのでのぼせないようにお湯から出る。

 そして卑猥なことを口走るクルルに手を引かれて大浴場を出るのだった。




 翌日から、クルルの言葉通り真剣を用いることになった。手に持った重量は木剣よりも重く感じる。

 鞘から抜くと、鈍色に煌めく刀身が姿を現した。両刃の一般的なロングソードである。


「そこまで劣悪なものではありませんが、取り分け優秀なものでもありません…にゃ。いずれ買い換える時までの繋ぎとしては充分かと思いますにゃ」


「いや、充分だよ。ありがとう、クルル。早速振ってみても良いか?」


「もちろんです…にゃ」


 クルルが頷いたのを見た私は、両手でしっかり握った真剣を素振りの時と同じように振り下ろす。

 空を切る音が私の心身を引き締めるのを感じるのだった。


 真剣を得てから約半年間、真剣に慣れる為の鍛錬を重ねてから、私は初の実戦に出ることになったのだ。




「敵は僅か十名、兵隊崩れの野盗です…にゃ。商隊から金品や食料、それに女を強奪しているとのことです。囚われた人はなるべく救出してあげたいですが……場合によっては」


「見捨てることも考えておく必要がある、ということか」


 私の無慈悲な言葉にクルルは頷いた。

 現在、私たちはとある山奥までやってきていた。塔の付近にある町で最近野盗の被害が相次いでいるとの情報をクルルが持ってきたからだ。

 野盗ならば相手の生死を気にする必要はなく実戦の相手には相応しいと言うクルルの言葉により、その町の町長と話してから私たちが野盗討伐の任務に当たることになったのだ。


「女たちは既に慰み者にされているでしょうが、まだ初期の段階であれば私たちの邪魔をすることはありません…にゃ。しかし、それが長期に渡り続いていて、心を守る為に野盗を愛してしまった女は注意が必要です…にゃ。気は乗らないでしょうが、最悪斬り捨てることを推奨致します……」


 実際にその現場を見たことがあるのだろう。クルルは苦虫を噛み潰した表情でそう言うのだった。



 クルルが人の足跡を辿り、洞窟の近くまでやってきた。二人が入り口に立っている。どうやら見張りのようだ。

 隠れて様子を見ていると、クルルが小声で話し掛けてきた。


「主、魔術であの二人の喉を焼くことは可能ですか…にゃ?」


「……焼くのはいいが、喉だけか?」


「はい、見張りが声さえ出さなければ中の人間はのんびりしているものです…にゃ。焼いた後は私が駆け寄ってすぐ斬り伏せます」


「分かった、やってみよう」


 クルルが短剣を抜くのを視界の端に収めながら意識を集中させる。

 魔力を野盗の首元に集め、覆い、口腔内からも進入させる。

 指を三本、クルルの前に立てた。

 一本ずつ減らしていき、それがゼロになった瞬間に野盗の喉は炎に焼かれた。

 クルルは既に飛び出しており、急な激痛と声が出ない異常に混乱した野盗たちを瞬く間に斬り捨てる。

 返り血すら浴びない鮮やかな腕前だった。

 私は死体を見ないように歩いてクルルの隣に向かい、並んで洞窟の入り口に立つ。

 まじまじと眺めたら吐いてしまうかもしれなかったからだ。

 しかし、私も早いうちに慣れなければいけないだろう。相手が悪人とはいえ、私も人殺しになったのだから。


「行きましょう、主」


「ああ」


 音を立てないように気をつけながら洞窟を進む。どうやら中は松明で照らされているようで迷ったり見失ったりすることはなさそうだった。

 少し進むと、二つの分かれ道があった。

 クルルを見ると、足下を注視している。やがて、左の方角を指差した。


「こっちはおそらく倉庫のような扱いでしょう…にゃ。もしかしたら囚われた人も何人かいるかもしれません」


 小声で「無事ではないでしょうけど」と呟いたのを聞かない振りをして、左の道を進んだ。

 奥には木造の扉があった。きっと野盗たちが設置したのだろう。器用なことである。

 中の音を聞く為に扉に近付いて聞き耳を立てる。

 すると、女の泣く声が微かに聞こえてきた。


「クルル」


「……どうやら中には三人のようですにゃ。声は全員女です…にゃ」


 どうやら野盗はいないようだ。

 クルルは扉を少しだけ開けて中を覗いてからゆっくりと開ける。

 扉の中は、クルルの言った通り倉庫のようだった。金品や食料が積まれているが、何故こんな重要な場所に見張りがいないのか不明なくらいである。

 そして奥まったところには、三人の女が身体を寄せ合って泣いているのが確認出来た。

 一様に衣服は乱れ、一人は顔や身体に青あざのある者もいる。既に暴行を受けてしまったのだろう。

 一人は黒髪を三つ編みにした女性。一人は黒髪を短く切り揃えた女性。一人はくせ毛な茶髪の女性だった。

 泣いていた女たちだったが、ようやく近くに人が来たことに気付いたようで、私たちを見ると声をあげようとした。

 しかしそこはクルルの方が早く、声をあげようとした女の口をすぐに塞いだ。


「……静かにッ! 私たちは貴女たちを助けに来た者です…にゃ。騒ぐと見つかりますからどうか静かにしてください…にゃ」


 クルルの言葉に女たちは何度も首を縦に振る。


「……主、怪我をしている人の治療をお願いしてもよろしいですかにゃ? 私は治癒魔術が使えませんので」


「分かった」


 私は青あざのある女の側で膝をつくと、震える女を無視して治癒魔術を発動する。すると顔や身体に出来た青あざは完全に消えて、身体が軽くなったのを感じたのだろう、驚いた表情で私を見ていた。


「これで傷は癒えただろう。他に怪我をしている者はいるか?」


 見回してみたがどうやら他にはいないようだ。男に怯えているのが分かったので、治療が済み次第すぐに離れる。


「これで囚われた人は全員ですか…にゃ?」


 クルルが尋ねると、三人とも首を振って扉を指差した。


「もう、ひとりいるんです……。赤髪の、元気な女の子が……。でも、一番反抗的だからって、一人だけ連れていかれて……」


「多分、一人で男たちに犯されて……うぅ……」


「お願いします……どうか、あの子を助けてください……」


 クルルと顔を見合わせてから頷いた。


「危険なので終わるまではここにいてください…にゃ。終わったら迎えにきますから」


 そう言い残してから扉を閉める。

 同じ女性だからクルルなら安心だと思ったのだろう。女たちの安堵の表情が最後に見えた。


「急ぎましょう、主。女の子は間違いなく手遅れですが、油断している男たちを一網打尽にする好機です…にゃ」


「分かった」


 こんな狭い洞窟ではろくに魔術も使えないのでようやく剣の出番がありそうだ。クルルの言う通り、閉所での攻撃手段として鍛えてもらって良かったと思った。

 先ほどの分かれ道を今度は右に向かうと、どうやら広間があるようで奥から人の気配がする。

 クルルは奥から感じる気配に顔をしかめながら曲がり角のぎりぎりに身を隠した。


「奥から男の声が八人分と、女の子の声が一人分です…にゃ。おそらく、野盗の残りが全員この先にいます……けど」


「どうした?」


 言い澱んだクルルだったが、一度息を吐いてから意を決して内容を告げる。


「悪臭がここまで漂ってきて、今にも鼻が曲がってしまいそうです…にゃ」


 クルルは何の臭いかは言わなかったが、私はすぐに察することが出来た。


「……行こう。今ならばほとんどが丸腰だ」


 余計なことは言わず、鞘から剣を抜いて右手でしっかりと握りしめる。クルルは私の目を見つめて、一度微笑んでから視線を前に向けた。


「貴方が私の主で良かったです…にゃ」


 クルルはぼそりと呟いてから短剣を握って駆け出し、私もまたクルルに遅れないように後を追うのだった。




 そこから先は、驚くほどに呆気なく終わった。

 衣服どころか武器すらも持っていない野盗たちを有無を言わせずに斬り捨てて、女の子を救出してお終いである。僅か数十秒ほどの出来事だった。

 汚されていた女の子を魔術で生み出した水でクルルが清めてから、適当な服を着せて女性たちと合流し、金品・食料と共に町まで運んで此度の件は終了である。

 感謝を述べる町人から早々に逃れて、適当に謝礼をもらって塔まで戻ってきたのである。


 ───初めて人を斬り殺した。


 塔に戻ってきてからは、私の頭の中にはそのことだけが浮かんでいた。

 人の皮を破り肉を裂き骨を砕いた手の感触は、今もありありと残っている。

 手を握りしめて嫌な感触を忘れようとするが、爪が肉に食い込むだけだった。

 ゆっくりと手を開いて血の流れ出る手のひらを眺めていると、クルルがその血を舐めとった。


「!?」


 驚き跳ね上がろうとするがいつの間にか身体を押さえつけられていたのか身体は動かなかった。

 クルルは丹念に手のひらの血液を舐めとると、今度はそのまま私の唇に口付けてくる。

 少し、鉄の味がした。


「お疲れ様でした、主。初めて人を斬り殺した感想は……いかがですか…にゃ?」


「……率直に言えば。最低の気分だな」


「それで良いんです…にゃ。殺人を楽しんだりさえしなければ、気持ちなんて何だって良いのです…にゃ」


 クルルは慰めるように頭を撫でてきた。

 今はそれに甘えるように受け入れる。


「今日はもうお風呂に入って、私を抱いて眠りましょう? そしてまた明日から頑張りましょう。少しずつ折り合いをつけながら生きていけば良いんですから…にゃ」


 優しいクルルの言葉に救われながら、彼女の耳元で小さく礼を言う。

 するとクルルは嬉しそうに耳と尻尾を揺らすのだった。



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