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107話 少女の名はクルクル

 とりあえずこの血塗れになってしまった衣服をどうにかしなければいけないと思った私は直ぐに別の服に着替えた。

 まだ血は乾ききっていない為、直ぐに洗えば何とか落ちるだろう。


「……ついでに身体も洗っておくか」


 鉄臭くなってしまった自分の匂いを嗅いで、げんなりとする。

 直ぐに風呂が使えるのだけが唯一の救いだった。

 何故か全ての部屋にトイレと風呂が用意されているこの塔は、おそらくミコが暇に任せて魔改造した結果なのだろう。

 小規模なキッチンさえあれば、そのまま人が暮らせてしまえそうだ。

 まあ、住人は今は自分一人しかいないのであっても活用することは出来ないか。


「そういえば、彼女に風呂のことを言っていなかった。でも彼女なら置いておいたご飯を食べたら部屋を調べるくらいはやりそうだし、問題はない、と思いたい」


 それにもしまだならば後で教えれば良いのだ。

 結局風呂やら洗濯やらで二時間ほど時間を置いてから少女の所へと戻った。



 少女のいる部屋の扉をノックする。


「開けますよ」


 中からは返事は聞こえてこない。

 また首を切られることはないだろうが、一応注意しながら扉を開ける。

 少女は、出て行った時と同じようにベッドの上に乗っていた。

 ただし違うのは全身びしょ濡れで一糸纏わぬ姿であることだった。

 驚いて言葉を失っていた私に、少女は一切動じずに「着替え……」とだけ言った。

 つまり彼女は血を落とす為に風呂に入ったはいいが着替えは持っておらず、身体を拭く為の布も無かったのだ。


「すぐに持ってきます!」


 色白の肌や手のひらにぴったり包み込めそうな小ぶりで形の良い胸を隠すこともしない少女から目を逸らし、急いで自室に戻った。

 塔の二階は今でこそ自室だが、ミコと共同で使用していた部屋である。

 その為、一応女性ものの衣服も残っているのだ。

 少女は小柄なのでミコの服では微妙に合わないだろうが、そこは我慢してもらうしかない。流石に下着を借りるのは嫌だろうから、服と身体を拭く布だけを持って戻った。


「お待たせしました。風邪を引いてしまいますから、直ぐにこれで身体を拭いてください。着替えはこちらに置いておきます。大きさが合わないかもしれませんが、無いよりはマシですので」


 なるべく見ないように早口でまくし立てて言うと、少女はこくりと頷いた。

 そして私の存在など意に介さないようにそのまま身体を拭きはじめたのである。

 どうしたものかと悩み、この場は一度出直そうと思って部屋を出ようとすると。


「待って。出て行かなくていいです…にゃ」


「何故?」


「あと敬語も不要です…にゃ。もう振り向いてもいいです」


 少女は私の問いを無視し一方的に話す。

 振り向いていいと言われたし、もう着替え終わったのだろうと思って振り向くと、少女は既に着替えていた。

 黒いキャミソールタイプの服と短めのスカートである。適当に選んだ服であるが、下着がないせいで余計に目のやり場に困る事態になってしまった。


「ちょっと、大きい……ぶかぶかです…にゃ」


 肩紐がずれて落ちてきたり、前にかがんだ時に胸元に出来る隙間の広さへの感想を漏らしながら少女は居住まいを正した。


「状況把握をしたいので、お話を聞いても良いですかにゃ?」


「え、ええ。私もそのつもりでしたので」


 少女にそう返すと、少女は一瞬だけ不機嫌な顔を見せた。私はそれに気付かないふりをして、ベッド脇にある椅子に座ると、少女もこちらと対面になるように向き直る。


「知っている範囲でですが、お答えします。何から聞きますか?」


「まずは貴方の素性です…にゃ。貴方の名前、何故こんなに広い部屋を持っているのか、何故女性ものの衣服を持っているのか、貴方は一体何者なのか」


 最後の質問だけ、少女の目線が鋭くなった。

 一応警戒はしているようだ。あんな摩訶不思議現象に遭遇すればそうなってもおかしくはないが。


「私の名前はホシミです。まず最初の質問ですが、この部屋は空室の一つで、ここと同じ大きさの部屋があと三つ、他には共有スペースのリビングと大浴場が設置されています。次の質問ですが、ここは私の姉の家でした。貴女に渡した衣服は姉の私物です。最後の質問ですが、あれは私にも分かりません。何しろ、死んだのは初めての経験でしたから」


 少女は訝しがりながらも、次の質問を投げかける。


「……貴方のお姉さんは?」


「亡くなりました。つい一週間ほど前に」


「そう、ですか…にゃ。他に家族は───」


「私には姉だけです。父も母も知りませんし、興味もありません」


 私が言い切ると少女は少し申し訳なさそうにしていた。きっと余計なことを聞いてしまったと思っているのだろう。

 ミコのことはまだ完全に吹っ切れてはいないが、顔すら知らない実の父母などはっきり言ってどうでもいいのだ。

 私の人生に関わることはないだろうし、今更会ったところで私にとっては赤の他人でしかないのだから。

 ひとまず流れを変えるためにこちらから少女を助けた経緯を説明することにした。


「貴女を見つけたのは森を散歩していた時でした。数人の男たちを苦もなく切り殺していた姿を見ています。その後力尽きるように倒れてしまったので、余計なお世話かもしれませんがここに運び込みました」


「……」


 少女は考え込んでいた。きっと気を失う前のことを思い出しているのだろう。


「貴女をベッドの上に寝かせて、食事を用意して目が覚めるのを待っていました。……後は貴女が見た通りになります」


 気まずそうに目を逸らす少女。

 一応申し訳なく思ってはいるようで安堵した。きっと根は悪い娘ではないのだ。


「……私を、責めないん、ですか…にゃ?」


「本来ならばそうするべきなのでしょう。ですが傷は既に無く、私は自分の身体の異常を知ることが出来た……。知っているのと知らないのでは全然違いますから」


 気にする必要はない、という意味を込めて少女に応答すると、少女は俯いてしまった。

 過ぎたことで怒ってはいないし、彼女が倒れる直前の状況を鑑みれば、男が目の前にいたら首を切るかはともかく警戒はするだろう。

 今回のことは被害のない不幸な事故だった。そういうことにしておきたい。

 それに……こんな事故でも起きなければ、自分の身に起きていた異常に気付きもしなかっただろう。

 思い当たるのはミコが消えた日だ。ひょっとするとあの時ミコが私の中に色々と送り込んだ際に身体を弄ったのかもしれない。

 というかそれしか考えられない。きっと彼女のことだ、『また会う日』を迎えるまでに私が居なくなっては困るという理由でやったのだ。


 取り敢えず今の私が早急にするべきことは、この身体の限界を知ることだろう。

 飲食はどの位抜いても平気なのか。

 睡眠はどの位摂らなくても良いのか。

 怪我は、疲労は、などなど色々ある。

 もしかすると、予想もつかないような結果が出てきてしまう可能性もあるが……。その時は素直に受け入れるしかない、か。


「そういえば」


 少女に聞き忘れていたことがあった。

 私の声が聞こえた少女は小首を傾げてこちらを見る。


「貴女の名前を聞いても良いですか?」


「……敬語をやめてくれるなら」


 そっぽを向いてされた要求は意外なものだった。

 話し合いの前にも言われていたことを思い出し、この娘は堅苦しいのが苦手なのだろうと推測した。


「分かりまし……分かった。これで良いか?」


 敬語を直すと少女はどこか満足げに頷いた。


「私の名前はクルクル。ただの旅人です…にゃ」


 ただの旅人というのは明らかに嘘だろうが、彼女の名前が判明したのはありがたい。何と呼べばいいのか分からなかったのだ。

 自己紹介を終えてこれで一旦会話は終了した。クルクルは考えたいことがあると言い出したのだ。

 私に拒否する理由はないので彼女の提案を了承した。




 これが黒猫の少女クルルとの出会いであった。



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