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104話 ミコ・メディウム・セレスフィラ

「ミコッ!!」


 倉庫から野菜を運んでいた私は、倒れていたミコに驚き焦り野菜を放りながら駆け寄った。


「ミコっ、しっかり!」


「あ……ホシミくん……」


「ひとまずベッドへ運びます。良いですね?」


 蒼白となったミコがゆっくりと頷いたのを確認してから彼女を抱き上げた。

 衝撃を与えないようにベッドに寝かせてから、脈を測ったり額に手を当てたりして症状を見る。

 一通り調べてみたが、どうやら風邪では無いようだった。では一体何が彼女を襲っていたのだろうか。


「ミコ……大丈夫ですか?」


「うん……少し休んだから、さっきよりはマシかな……。ありがとうね、ホシミくん」


 力無い笑みを浮かべながら手を握るミコ。こんなに弱々しいミコの姿を見たのは初めてのことで、私はどうしようもない不安に襲われた。


「それなら良かった……。風邪ではないようですが、ミコに心当たりはありますか?」


「流石の私でも、いきなり倒れちゃうのは初体験かな〜。まぁ……」


「……どうかしましたか?」


「ううん、なんでもない!」


 笑顔を浮かべて首を振るミコ。

 後で医者の元に行くかと聞いたら彼女は問題ないと断った。

 今にして思えば、あの時言葉を濁していたが、聡明だった彼女は既に症状に当たりをつけていたのかもしれない。

 しかしそれを感じさせることなく、数日で彼女は元気に快復するのだった。





「ホシミくんホシミくん」


「どうしました?」


 倒れてからのミコは、片時も側を離れなくなった。

 今までは割と自由気ままなところのあった彼女が自分からは外に出なくなり、以前よりも私に甘えるようになっていた。

 どういう心境の変化か分からなかったが、また倒れられてもすぐに助けられると考えて何も言わなかった。


「じゃーん。ここをホシミくんにあげましょう!」


「ここを……?」


 ある日彼女が私にプレゼントしてきたのは、ずっとミコと共に暮らしてきた塔だった。首を傾げながら「何故」と問うと、


「だってぇ……私とホシミくんの愛の巣だもん。それに……」


 一瞬ミコの表情が暗く、普段の軽い雰囲気を感じさせないほど真面目になった。しかしそれもほんの一瞬。気に掛けていなければ気付くことはなかっただろう。


「どうせなら、男の子に主導権を握って貰いたいなって」


 そう言ってミコは楽しそうに笑うのだった。


「……まぁ、何かしら理由はあるんでしょうね。ミコはおちゃらけている所もありますが、無駄なことはしない人ですから」


「そこは素直にありがとうって言って欲しいなぁ。『ありがとうお姉ちゃん、大好き! ひしぃ!』ってな感じで抱きしめてくれてもいいんだよ?」


「それは夜のお楽しみにしておいてください」


「おお、適当に言ったらホシミくんからのお誘いとは。お姉ちゃん嬉しいよぅ!」


 そう、ミコは無駄なことはしない。私に塔を贈るのも何か考えがあってのことなのだと分かった。

 しかし理由が分からなかった。

 ここ最近……いや、倒れてからのミコは今まで以上に私と触れ合いたがった。

 一体何が彼女を追い詰めているのだろう。

 何度かそれとなく聞いてみても彼女は「何でもないよ〜」と言って語らない。


 まるで彼女が消えてしまうのではないか。一度そう思ってしまえば不安は拭えなかった。





 夜はいつも二人で眠った。

 いつからこうだったのかはもう憶えていない。おそらく私が赤子の時からだったのだろうが、思春期を経ても変わらずミコの隣で眠っているのは稀有なことだと思った。

 そも、元の原因は当時第二次性徴期真っ最中の私に欲情したミコが全て悪いのだが。

 最初は彼女の悪戯から始まって、やがて悪戯がどんどんエスカレートしていき、いつの間にか互いの初めての相手となっていた。

 ミコが私にとっての姉であり、母であり、恋人になったのはその時だったと思う。


「ねえ、ホシミくん」


「まだ起きていたんですか? 夜更かしするとまた倒れちゃいますよ」


「ぶぅ。意地悪」


 頬を膨らませて可愛らしく不満を主張するミコ。しかしすぐに立ち直った。私が心配しているのが分かっているからこそ、彼女はそれ以上の不満は言わない。


「もし、なんだけどさ。もしホシミくんが不老不死だったとしたら。ホシミくんはどうする?」


 不老不死なんて有る筈がない、と言いかけて彼女の瞳が真剣なことに気がついた。

 そんなもの存在しないだろうが、ここは有ると仮定して話すことにした。


「……もし、不老不死だったら。正直言って皆目見当もつきませんが。ですがそうですね。ずっとミコを愛して、ミコと過ごしたこの場所で永遠に生き続けるのも悪くないかもしれません」


「そっかぁ。ホシミくんは私が先に死んじゃっても、ずっと大切に想ってくれるんだね」


 ミコは心底嬉しそうに、噛みしめるようにそう言った。


「もし、の話ですよ。私はただの人間ですから、本当に不老不死にはなれません」


「分かってるよぉ。でもね、それでも嬉しいな。長い時の中でどんどんと擦り切れて磨耗していっちゃったとしても、愛する人の心の中でずっと生き続けられるんだから。私はそれだけで充分幸せ」


「ミコ……」


 何を思ってそんなことを聞いたのか。とは聞けなかった。ミコの笑顔が儚くて、今すぐにでも消えてしまいそうだったから。


 もし不老不死だとしたら。ただの人間である私はミコの居ない世界に耐えられるのだろうか。

 目的も目標も無く惰性で生きて、早晩気が狂ってしまわないだろうか。

 それとも……苦しみから逃れる為に、全てを忘れてしまわないだろうか。

 本来ならば軽く流して深慮することもない話だったが、何故かミコの表情が頭から離れない。

 一体ミコは、何を抱えているのだろう。

 眠るミコの寝顔を見つめながら、自然に眠るまでそんなことを考えていた。





 ミコが、再び倒れた。

 近くに居たから地に着く前に支えることが出来たが、そうでなければ危ないことになっていただろう。

 彼女をベッドに運ぶと、蒼白になった顔で申し訳なさそうに謝ってくる。


「ごめん、ね……ホシミくん……」


「謝らなくても良いですよ。大切な家族を心配するのは当然のことでしょう?」


 僅かに身体の震えがあることに気付き、手を重ね合わせる。彼女はそれに気付くと力の篭らない手で握りしめてきた。


「……やはり何か病気かもしれません。一度医者に診てもらった方が良いのではありませんか?」


 私がそう言っても彼女は首をゆるゆると横に振った。


「お医者さんじゃ……治せないから、行く意味ないよ……。それよりも、ホシミくん、と、一緒にいる時間の方が……多いと嬉しい、な……」


「医者でも治せない……? ミコは症状に心当たりがあるんですね」


「そりゃあ、自分の身体だから、ね……。ね、ホシミ、くん。ずっと、ずっと……側に居てくれる、かな?」


 まるで自分の死期を悟っているかのような弱々しいミコの言葉に、私は首肯することしか出来なかった。


「ミコが望む限り……いや。私の寿命が尽きるまで、ずっと、ずっとミコの側にいます。それが、何も出来ない私に出来る唯一のことだから……」


「うれ、しいな……」


 ミコは悲しい笑顔を浮かべてから眠りについた。

 彼女が眠ってから過去に似たような症状がないか本を漁ったが、ほぼ読破していた書庫の中には参考になりそうなものは無く。

 ただ彼女の手を握ることしか出来ないことに歯噛みするのだった。





 それからのミコは、元気な時と寝込む時の両極端な生活になった。

 元気な時は蒼白だった表情は影も形も無くなり、今まで通りの明るくて自由気ままな彼女のままだった。

 元気に外を跳ねながら私と散歩している時は、彼女が病気であるということを忘れてしまいそうなほどだった。

 寝込む時は本当に突然具合が悪くなったかのように倒れ込み、その日をベッドの上で寝たきりで過ごすことになっていた。

 日によって症状が変わる、それも好調不調が目に見えてはっきりと分かるほどの病気というのは、何度も色々と調べてみたがやはり過去にも例がなかった。

 だからせめて何か残せないかと再び倒れた日からミコの状態を日記を書いている。


「ホシミくんホシミくん! 今日は果物を採りに行きましょ! 時期的にそろそろ実が熟して美味しくなるの!」


 今日のミコは元気な日のようだった。

 今までは元気な日の途中で倒れることは無かったが、いつまでも続くとは思えない。

 かと言ってミコの頼みを断ることも出来ない私は、彼女の変化に細心の注意を払うことを胸に決めてから了承した。


「そういえば近くの山に桃がなってましたね。良いですよ、一緒に行きましょうか」


「わーい!」と子どものように喜ぶミコに笑みがこぼれる。

 最近は体調を慮ってあまり遠出をしていなかったのでミコも楽しみだったようだ。

 すぐに準備をしてから山へ出かける。

 いつの間にか外に出る時はミコと手を繋ぐのが当たり前になっていた。彼女が急に倒れても良いようにという理由で繋ぎ始めた気がする。

 まだ自分が子どもの時にミコに手を引かれていたことを思い出す。今でこそ成長して大人になったが、あの時とは若干立場は違えどこうして手を繋げることは素直に嬉しいと思った。


 ミコは何度も倒れているにもかかわらず体力が落ちていないようで、山の中でも問題にならない健脚ぶりを見せてくれる。

 楽しそうに鼻歌を歌いながら隣を歩くミコは、身内の贔屓抜きにしてもとても可愛らしく、美しかった。


「どうしたの〜? そんなに見つめちゃって〜」


「いや……」


 いきなり振り向いて尋ねてくるミコに咄嗟に反応できなくてまごついていると、どうやら勝手に何かを理解したようで満面の笑みを浮かべた。


「分かった、お姉ちゃんに見惚れちゃったんでしょう!」


 ミコは「嬉しいなぁ」と幸せそうに言った後で少しだけ足取りが軽やかになる。

 私は何も言い返せず、上機嫌なミコに着いて行った。


 やがて桃の木が一面に生えている地帯へと辿り着いた。見渡す限りの桃、桃、桃である。

 甘い匂いが辺りに広がり、ピンク色に染まった果実はみずみずしく美味しそうだ。


「おおー、良い感じに実ってるねえ!」


 ミコは手に持った籠に一つ一つ丁寧に桃を入れていく。

 その顔は楽しそうではあったが、目は真剣でより良い状態の桃を見極めようとする職人のようだった。


「ミコ、私は桃の良し悪しが分かりませんから荷物持ちは私がやりますよ」


「そう? じゃあお願いしよっかな! お姉ちゃんの側から離れないでね〜」


 私はミコの側に寄り添って、籠の位置を丁度良い場所に構える。ミコは籠が一杯になるまで桃を採るのだった。


 採集が終わり、ひと段落ついた私たちは休憩する為に桃の木の下に布を敷いて座っていた。

 ミコは携帯していた短刀で桃の皮を綺麗に剥いている。


「ホシミくん、はい、あーん」


「あー……ん」


 やがて一口大に切り終えたミコは、私の口に桃を放り込んだ。

 噛めば柔らかく、甘露な果汁が実から噴き出して口内を蹂躙する。とても甘く、美味しかった。


「……美味しい」


「でしょー! 採れたてはやっぱり違うよね〜」


 ミコも桃を口の中に放り込んでは頬に手を当てて甘い果実を堪能しているようだった。

 一つの桃を二人で食べ終えると、ミコは私に身体を預けてきた。


「疲れましたか?」


「うん、ちょっとだけ。久しぶりにはしゃいじゃったからかな?」


 ミコは目を閉じて桃の木が風で揺れる音に耳を傾ける。


「ホシミくん。私、今すっごく楽しいよ」


 ぽつりと、独り言のように呟くミコ。


「私はずっと一人で生きてきたんだ。ホシミくんも気付いてると思うけど、私の姿は変わってないの。もう、ずーっとこのまま。ホシミくんが小さい時も、今みたいにカッコいい男の子になっても、よぼよぼのお爺ちゃんになっても、変わらないの」


 なんとなく感じていた違和感はあった。昔、まだ小さな頃に見たミコの姿と今のミコの姿は何一つ変わっていない。

 かつてミコから教わった授業の中で、不老長生の種族がいることは聞いていた。だからミコもそういう種族の人間だと思っていたのだ。


「でもね。今ならそれでも良かったって思ってる。長く生きた末にホシミくんと会えたし、それに、身体だけは若々しいからホシミくんを満足させてあげられる」


 若干気恥ずかしいのか顔を背けるミコだが、身体は決して離さない。


「不思議だよね。最初はホシミくんの親代わりだったのに、いつの間にかホシミくんのことが好きで好きでたまらなくなっちゃってた。まだ子どもだったホシミくんをつい襲っちゃった時はやっちゃったと思ったけど、今となっては良かったと思ってるんだ」


 私の腕を取って、肩に回すように動かすミコ。そのおかげで抱き寄せているみたいになった。


「ね、ホシミくん。ありがと、私を受け入れてくれて。私を愛してくれて。私は幸せだよ」


「それを言うなら、私もですよ。ミコに拾われていなければ私は既に死んでいました。間違いなく今ここにはいなかったでしょう。ミコには恩がありますが……それとは別に、私はミコのことを好いています。受け入れたのも、愛するのも私の意思であり恩ではありません。だからそんなに気に病まないでください、私はミコの笑顔が大好きなんですから」


 空いた手でミコの顔に触れ、軽く触れるだけの口づけを交わす。

 ミコは顔を真っ赤に染めながら目線だけを逸らした。


「もう、いったいどこでそんな口説き文句を覚えてくるの? お姉ちゃん、そんなこと教えてないよ?」


「塔にあった本を読み漁った成果ですかね。なんにせよ、ミコに喜んでもらえたなら覚えた甲斐がありますよ」


 その後もミコを喜ばせる為の言葉を思いつく限り贈って更に顔を紅潮させた後、日が暮れる前に塔へと帰ることにした。

 手を繋いで山を降りる二人はまるで仲睦まじい夫婦のようで。このまま時が止まってしまえば良いのにと思ってしまうほどに幸福で満ち足りていたのだった。


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