103話 昔語り
「そう言えばホシミちゃんに聞きたいことがあったんだけど〜」
ある日、地下の自室でクルル、ユキミとユキノ、パトラ、リリエルに囲まれていた私に対してアリエスティアが思いついたように言った。
今地下室に居るのは、先に挙げた者以外にはユキユキ、シラユキ、フューリ、ラズリーである。
皆の視線がアリエスティアに向くと、彼女は何が聞きたいのか尋ねてみることにした。
「答えられる範囲でなら答えるが、改まってどうした」
「特にどうって話じゃないんだけどね〜。昔は色々大変だったしお互い過去の詮索はしなかったでしょ? でも今は知れる範囲でホシミちゃんのことを知りたいなぁって」
アリエスティアがそう言うと、ユキユキとフューリの視線が興味深そうにこちらを向いた。
「私の過去を知っているのは、千年ほど側に居てくれたクルルだけなのか」
「部分的になら知ってる娘もいるのよ〜。でも、誰もホシミちゃんの始まりを知らないのよ。多分、クルルちゃんでさえも」
「……」
クルルは何も答えない。しかし目が問うていた。「あなたはそれで良いのか?」と。
「皆を呼んできてくれるか?」
「かしこまりました…にゃ」
私の言葉を聞いて何を考えているか分かったのだろう、クルルは何も聞かずに皆を呼びに行った。
「一緒に聞かせなければ拗ねてしまうからな。ココノハとリアは特に、な」
私はそう言ってユキユキとフューリに笑った。二人とも「確かに」と納得したようだ。
僅かな時間で部屋にはクルルに声を掛けられた者がどんどんと入ってくる。そう、どんどんと……。
「主、皆を呼んで来ました…にゃ」
満面の笑みでそう報告するクルルと、期待に満ちた女の子たちの視線に心の中で嘆息した。
「全員部屋に入っても余裕があるなんて、ホシミちゃんのお部屋は広いわね〜」
「ここだけじゃなくて全ての部屋がそれくらいの広さがあるぞ。まぁ……私の部屋はリアのせいで半分以上が巨大ベッドに侵略されてるがな」
最後の一人が部屋に入って来たことで、本当に全員がやって来てしまった。
今から話すことを何度も話すのは嫌だし、丁度良いとは言えるか。
「急に呼び出してしまってすまない」
「ホシミ様がお呼びとあればすぐに参りますわ」
「そうですよ、気にしないでください」
リアとココノハの言葉にうんうんと頷く女の子たち。パトラとリリエルがにこにこしながら腕を抱きしめてくる様子を見て、微笑ましいものを見るように見つめられる。
「そうか、そう言ってもらえると助かる」
「でもわざわざ全員呼ぶなんて初めてよね、何かあったの?」
シィナがそう言うと「確かに」という声が複数上がった。
彼女たちが私の周りに自発的に集まってくることはよくある。この空間内で唯一の男だからというのもあるだろうか。普通に会話したり、色仕掛けされたり、買い物したり、料理したり、襲われたり、と様々な用件で私と触れ合ってくれた。
保護した森精種たちも含めて、かなり好意的に見られているのは彼女たちの態度で分かっていた。
だが今まではずっと受け身で、私から呼んだことはなかった筈だ。
「今回わざわざ来てもらったのは、後でまた話すのが面倒だったからと、誰かがいないことで仲間外れにされたと言われるのが嫌だったからだ。大切な、家族だからな」
私が「家族」と言ったことで嬉しそうな声が聞こえてきた。視線の熱が少し上がったような気がする。そんな彼女たちを落ち着かせてから、集めた目的を話した。
「では本題に入ろう。君たちに聞いてもらいたいのは、私の過去だ。気になった何人かに尋ねられたことはあったが、いつも少しだけ話して後は誤魔化していたからな。だが、もう隠し事をするのも疲れた。皆の中には何故、不老不死なのか、と、気になっていた者もいたことだろう。正直言って私自身よくわからないが……原因となった出来事はある。それを聞いてくれ」
彼女たちを見回してから、私は滔々と話し始めるのだった。
ーーーーーー
記憶の最奥にあるのは、一人の女性だった。
金色の長い髪に、緋色の瞳。この世の物ではない、と言っても過言ではない程の整った美。
身体は女性らしく、出るところは出て、締まるところは締まっており、その一挙手一投足は全ての人々の目を奪ってしまうだろう。
彼女は、私の姉だった。
血の繋がりはない。私は幼少の頃、彼女に拾われて育てられた捨て子だからだ。
それは風の強い日だったそうだ。
彼女は、町からの帰り道で、森の入り口に捨てられていた私を見つけた。
最初はどうしようかと迷ったらしい。子育ての経験がない自分がこの子を育ててあげられるのか、と。
しかし、彼女は捨て子を拾うことにした。見捨てることが出来なかったのだ。
「坊やは私が、立派に育ててあげるからね」
優しく微笑む彼女は、まるで聖母のように神聖だった。
彼女は自身の住処であったとある塔に子どもを連れ帰り、子どもに「ホシミ」と名付け、それからの時間は子どもの為に使った。初めてだらけで手探りながら育児をこなした彼女のおかげで、子どもは立派に成長したのだ。
子どもは少年から青年になり、彼女の愛と教育の賜物で、真面目で優しく、礼儀正しい人物に育った。
そんな私の自慢の姉の名はミコという。
ミコ・メディウム・セレスフィラというのが本名らしいが、仰々しい名前があまり好きではないようで普通にミコとだけ呼ばれる方が良かったようだ。
私とミコは、本物の姉弟のように、時には夫婦のように、仲睦まじく暮らしていた。
「おはようミコ。もう朝食は出来てますよ」
「おっはよーホシミくん。おおっ、今日も美味しそうだねえ!」
ミコは嬉しそうに楽しそうにそう言ってから席に着いた。
「ミコが教えてくれたやつですよ。味はまだミコには敵いませんけどね」
「当然です、お姉ちゃんはそう簡単に負けるつもりありませんから! さっ、温かいうちに食べましょう!」
彼女の対面に座り、いつも通りの時間が始まった。
朝食が終われば、今度は私の勉強の時間になる。講師はミコだ。
彼女は様々な魔術の知識を持っており、一般常識や歴史等を覚えた私は魔術の講義を受けているのだ。
「六属性についてはもう大丈夫かな?」
「はい。ただ、知識は頭にありますが魔術を実際に使ったことが無いので経験不足の状態ですね」
「そればっかりはね〜。私が魔術をばんばか撃つ訳にもいかないし、何よりホシミくんの中に魔術器官があるのかどうかも分からないし」
「そうですね。私は先天守護属性も分からないのでまずそこからなんですけどね」
「でもまぁ、知識だけでも無いよりはあった方が絶対にいいし、もし魔術器官があるって判れば私が教えた知識だけで魔術は使えるようになる筈だから無駄にはならないと思うな」
「ミコの講義は分かりやすいですからね。いつもありがとう、ミコ」
「どういたしまして!」
昼を過ぎれば二人で軽食を取ってから運動をして、その後は夕飯の支度をする。
夜は二人で一緒に眠り、また朝になる。
ミコと笑い合いながら毎日穏やかで楽しく暮らすのは、当時の私の望みだった。
だから些細な引っかかりすらも無視して、こんな生活がずっと続いていくと思っていた。
ある日、床で倒れていたミコを見つけるまでは。