102話 乙女達の雑談
ただの雑談に長い時間がかかってしまいました。
一応、リアの子どもフラグを立てるものですが、内容は本当にただの雑談なので気楽に読んでください。
次はプロフィールを更新します。
ホシミが地下に居た頃。
一部の女性陣はリアの部屋に集まっていた。
彼女の父親が持たせた豪奢な家具に囲まれた、塔の中でも異質な空間の彼女の部屋。ここだけが各国の王宮にも劣らない誂えとなっているのだ。
一体総額で幾ら掛けたのだろうか。こんな所にもヴァンの親バカぶりが伺える。
さてさて、今回集まった名目は『お茶会』である。が、実際は定期的に行われている彼女たちの雑談と情報交換と惚気の場であった。
何故その場にホシミは誘われないのかというと、途中でホシミに襲いかかってそのまままぐわろうとする者 (だいたいリア)が出て来るせいで肝心の雑談が出来なくなるからである。というか以前にそうなった。
その反省を活かして、女子限定のお茶会と相成ったのだ。
脚の低いテーブルの上には様々なお菓子と人数分の紅茶が淹れられていた。
全員が座れるように特注の絨毯を敷き、その上に座る者とベッドに腰掛ける者、果てはベッドで眠る者などなど。割と自由である。
「あれ、リリエルとパトラは寝ちゃったの?」
シィナがベッドの上を見ると、お菓子を食べてはしゃいでいた二人がいつの間にか抱き合うようにして眠っていた。
お茶会が始まってからもう一時間くらい経っているので、お昼寝には丁度良い時間ではあった。
「じゃあミーちゃんとノーちゃんもお昼寝するウサ?」
ユキユキの言葉に首を傾げる双子は、ベッドの上に下ろすと這って逃げていく。
「あ、逃げた」
「嫌だって言ってますよ。多分」
「そんなこと言ってないウサ! まだママとも呼ばれていないのに最初の言葉が『いや』は泣くウサよ!?」
フューリとココノハがそう言い、ユキユキはココノハの言葉に対して反論しながらベッドによじ登る。
そのまま寝転がって、「ミーちゃ〜ん、ノーちゃ〜ん」と呼ぶと、方向転換してユキユキの所に戻ってきた。
「つーかまーえたあ」
ユキユキが二人を抱き寄せると、「きゃっきゃ」と楽しそうな声を上げながら母親に捕まえられる双子ちゃん。
「可愛いですわね」
「はい。やっぱり子どもはいいですね」
リアとユニステラは紅茶を飲みながらユキユキと戯れる双子を眺める。
「でもわたしにもラズリーちゃんがいますけどね」
「ラズリーは私の娘だからね!?」
ユニステラがフューリに抱かれて眠るラズリーの頬をつんつんすると、フューリは言葉には反応しつつもユニステラの邪魔はしない。
ラズリーの眠りは深いようで、ぷにぷにの頬をずっと触っていても大人しく眠っているだけだった。
「森精種の最初の子どもがまさかフューリからだなんて、あの時は思いませんでしたね」
「もう、ユニったら。それ何回言うの?」
「ずっとかな? クロースさんはどう思いますか?」
ベッドに腰掛けてシラユキを抱いていたクロースは「えっと」と困惑してから言葉を続けた。
「子を成して次代に繋ぐ役目を果たしたフューリさんはとっても素晴らしいと思います」
「あ、はい。ありがとうございます」
褒められたフューリは思わずかしこまってしまったが、その様子を見てココノハがからかう。
「男嫌いなんて言いながらも、フューリもただのメスだったってことですね」
「私がそうならここにいる人全員ただのメスじゃないの!! 発情期の猫じゃあるまいし!!」
「おっとこれはやぶ蛇でしたね」
フューリの切り返しに苦笑する一同。
そんな和やかな雰囲気の中にユキユキのくぐもった声が聞こえてきた。
「あーいけません顔に乗ったら息が出来なくなっちゃうウサ! パパの時は脇とか首筋とかに顔を突っ込んでるのに、なんで私の時は顔に張り付こうとするウサ!?」
ユキユキの顔に覆い被さるように乗るユキミと、後に続こうとしているユキノ。呆れたシィナが助け出すまでユキユキは足をバタつかせていたのだった。
「何やってるのよユキユキ。っていうかこの子たち、あの人にそんな事やってるの?」
シィナはユキミを抱いて首筋を少しくすぐってあげると、耳をぱたぱたさせて喜んだ。
起き上がったユキユキがユキノに対しても同じことをすると、同じく耳をぱたぱたさせて喜ぶ。
「実はそうなんウサ。獣人の鼻が良いのは皆んなも知ってるウサよね?」
その言葉に全員が頷く。
「どうしてかは分からないけど、この子たちはパパの体臭の強い場所が好きみたいウサ。もともとパパの匂いは他の人と比べて希薄だから、そこに確かにいるって認識する為かもしれないウサね。目よりも耳と鼻を重視する獣の本能がそうさせているのかもしれないけど、寝ているパパの股間に顔を突っ込んでいた時は流石にマズイと思ったウサ」
流石に苦笑いのユキユキだった。子ども───それも赤ちゃんなので一応問題は無いだろうが。
「そういえば確かに、ホシミさんって変な匂いしないですよね。不思議だと思ってたんですけどなんでですかね?」
不思議に思ったココノハがそう言うと、誰もいなかった筈のココノハの背後から「ああそれなら」という声がした。
「うひゃう!?」
一人を除いて急なココノハの奇声に怯む一同。
ココノハが奇声と共に振り向くと、そこには先ほどまではいなかったクルルが居たのだった。
「あらクルルちゃん。誘おうと思ったら姿が見えませんでしたけど、外に出ていたんですの?」
唯一怯むことのなかったリアが平然としながらクルルに話しかける。
「はい。アリエスティアと少し街まで」
リアの言葉に答えたクルルは、クロースに近づき、
「頼まれたものが偶然街にありましたので買ってきました…にゃ。流石交易都市、随分と希少なものも取り扱っているんですね」
と言って小さな袋に入った何かを手渡した。
「わざわざありがとうございます。試作品が出来ましたらクルル様にもお渡ししますね?」
「私が貰っても効果は無いんですけど……まぁ、頂いておきます…にゃ」
クルルはベッドに上り、パトラの側まで這っていく。パトラの寝顔を見て微笑んだクルルは、優しく髪を梳きながら先の言葉の続きを話した。
「さて、何故主の匂いが薄いのか、ですが。結論を言ってしまえば『人』の枠から外れてしまったからです…にゃ。昔はちゃんと良い匂いがしてたんですよ。他にも色々あって、例えば髪や爪はあれ以上伸びなくなってます…にゃ」
「ではホシミ様の顔や身体に無駄毛と呼ばれる類いが一切無いのはどうしてですの?」
「それは過去に何度か焼死した時に再生するのが手間だからという理由で無くなった筈ですにゃ」
リアの質問にも即答するクルル。しかしその答えを聞いた皆の表情は一様に曇った。
「さらっと言ったわね……。あまり聞きたくないんだけど、どの程度まで焼けたの?」
「骨まで炭化するくらいですかにゃ。ウェルダン通り越して黒焦げでした…にゃ」
「……」
フューリは質問の答えに押し黙る。
今度はユニステラがクルルに問いを投げた。
「えっと、どういう状況でホシミ様がそんなことになったんですか?」
「私は直接見ていませんので何とも言えません…にゃ。どうやら無理心中に巻き込まれたらしいとは聞きましたけど、詳細は教えてくれませんでしたにゃ」
更に重い内容が軽い調子で語られて一気に重苦しい空気が流れるが、
「やめやめ。どうせならもっと明るい話題にしましょう? 人の死なんて話しても良いことないわ」
シィナがその流れを払うように手を叩いてそう言うのだった。
「例えば? 何か楽しそうな話題あるウサ?」
「そうね……」
ユキユキの言葉に考え込むシィナだったが、
「それなら、ユニスがいつの間にかホシミさんに処女を捧げてたこととかどうですかね」
「ちょっ、ココノハ様!?」
「良いですわね」
「ほほう」
唐突なココノハの提案に賛意を示した者がじわりじわりとユニステラを囲む。
「ごめんユニ。私は助けられない」
「そんなぁ〜!?」
ラズリーをしっかり抱きしめたフューリはそそくさとベッドまで避難する。
残されたユニステラは、ココノハ、リア、ユキユキに挟まれてしまった。
ユニステラ は 逃げられない!
質問責めされる様子を見てため息を吐くシィナとフューリ。クロースは苦笑しており、クルルは我関せずといった風だ。
「可哀想に。根掘り葉掘り聞かれるわね」
「……人のその、性事情……なんて聞いて楽しいのか私には分からないわ」
「それはね、相手があの人だからよ。そうでなければリアは一切の興味を示さないんだから」
「そういうものですか。それは、災難というか……」
「そんな楽観視してて良いの? ユニスが終わったら、次は間違いなくあなたよ?」
「……ちょっと用事を思い出し」
「逃がしませんわ♪」
立ち上がって逃げようとしたフューリの手を掴むリア。羞恥で顔を真っ赤に染めたユニステラの姿を見て、「ああ、遅かったか」と思ったのだった。
フューリとユニステラが真っ赤に染まったところで、「そういえば」とリアがクロースに問いかける。
「クルルちゃんに頼んだというその袋の中身は何ですの? 実は先程から気になってましたの」
「これですか? 過去に読んだ文献にあったあるお薬の材料なんです。何でも、飲めば絶対妊娠すると言われているものだそうで」
「何だか怪しいですわね」
「わたしもそう思います」
そう言って二人は苦笑い。しかし、それに耳聡く反応した者がいた。
「それって森精種に伝わるアレのこと?」
それはフューリである。先の辱めから何とか立ち直ったフューリが質問しつつ袋の中身を覗かせてもらう。
「はいそうですよ。フューリさんはご存知なんですか?」
「ご存知というか、何というか……」
フューリは口籠もりながらもラズリーを見て、優しく撫でる。
「もしかして……?」
「ええっと。まあ、その。うん、実はラズリーは、その薬の力で授かったのよ。おかしいと思わなかった? 出生率の低い森精種がたった一度で妊娠するなんて」
「あたしはかなり運が良かったんだと思ってたけど」
「はい、わたしもです。でも本当に、実在したんですね……」
シィナとクロースが少し考えながらフューリとラズリーを見ていた。
その会話を聞いてふと思いついたようにリアが口を開く。
「じゃあわたくしもそのお薬を使えば?」
「どうだろ。可能性はあるかもしれない、けど。元が森精種用だから龍人には効かないかもしれない。こればかりは試してみないと何とも言えないわね」
「そうですの……」
そう言って思案するリア。その様子を見ていたクルルは、「リアにも効きます」と言ってきた。
「え?」
唐突だったこと為に反射的に聞き返すリアに、クルルは再度同じ言葉を告げた。
「ですから、薬はリアにも効きます…にゃ。元々その薬は、長命種の王族が共同で作り上げたもの。子を成せなければ種族は衰退し、やがて絶滅してしまうと憂いた者たちの努力の結晶です…にゃ。それほどあなた達の出生率の低さは問題視されていたんですよ」
「クルクル様、じゃあじゃあ、私には効果はあるウサ?」
「ユキユキには効きませんにゃ。残念ながらその薬は獣人と只人には何の役にも立たないものです。そんな薬が無くともすぐに増えますし、むしろ増え過ぎた彼らのせいで一時期食糧事情が悪化したこともあるくらいですので効果が無くて良かったと思わざるを得ないでしょう…にゃ」
クルルの説明に、「じゃあ」とココノハが口を開く。
「それを量産出来れば森精種と龍人の出生率を何とか出来るんじゃないですか?」
夢のあるココノハの言葉に、クルルとフューリ、そしてクロースが首を横に振った。
「それが出来ていたら、もっと数は増えていたでしょう…にゃ」
「あのねココノハ様。実は薬の材料の関係で数十年に一度しか作れないものなの」
「しかも成功するかどうかも確定ではありませんから、下手をすると百年かけて一つしか作れないなんてこともあり得るんです」
「……とりあえず、無理だってことは分かりました」
ココノハはため息を吐く。この世の中そうそう美味い話は転がっていないという事実を再確認出来ただけだった。
「んっ……ふわぁ……」
そんな微妙な空気の中、呑気に漏れた可愛らしいあくびの声が響いた。
声の主はベッドの上で眠っていたパトラのようだ。隣で眠るリリエルに頬擦りしながらゆっくりと手を伸ばす。
「クルルおねーさん、頭なでてくれてたの?」
「はい。パトラが可愛いからつい」
「そっかぁ。パトラがかわいいからかぁ。ねえねえクルルおねーさん」
「どうしましたか? パトラ」
「ホシミもパトラのことかわいいって思ってくれてるかな?」
「それはもちろんです…にゃ。あの人はパトラが可愛いからつい攫ってきちゃった悪いお人なんですよ」
「にゅふふー。ならよかった!」
クルルとパトラのやり取りを聞いていた彼女たちは、自然と笑みが浮かぶ。
微笑ましいくらい純粋無垢なパトラには、これからもそのままであってほしい。そんな願いが込められた微笑だった。
「パトラちゃんも起きましたし、そろそろお開きにいたしましょうか?」
リアがそう言うと全員が揃って頷いた。
「そうね。ちょうどいい時間だし、あ、そういえば晩ご飯の準備はもう終わってる?」
「下ごしらえは全部終わってますよ。後は調理するだけです」
「じゃああたしも手伝うわ」
「あ、わたしも行きますね」
シィナ、クロース、ユニステラの三人は献立について話し合いながら部屋を出て行った。
「じゃあ私はパパのところに行こうかな」
「お一人でですの? ユキユキちゃん一人で子ども三人は難しくありません?」
「そこは大丈夫ウサ。実はつい先日ようやく空間転移を使えるようになったウサよ。……まあ、この塔の中の移動と外からこの塔に戻ることしか出来ないんだけど」
「あら、そうでしたのね」
「という訳で私は地下のお部屋にいるウサ。ご飯が出来たら呼びに来て欲しいウサ〜」
ユキユキはそう言って三人の子どもと一緒に転移していった。
「子連れのユキユキには便利な魔術ですにゃ」
「白属性で転移を使える魔術師ってそうそう居ないんだけどね。ユキユキはまだ若いのに凄いなあ」
ユキユキを見送ったクルルとフューリがそれぞれの感想を述べる。
そんな二人にリアは「お二人はどうなさいますの?」と尋ねる。
「私は片付けを手伝うわ。美味しいお菓子とお茶をご馳走になったことだしね」
「私はこの子たちを見てます…にゃ。フューリ、ラズリーも一緒に見てますよ」
「あ、じゃあお願いします。ずっと抱っこしてると腕が痛くなってきちゃうのよね。幸せな重さだから辛くは無いんだけどさ」
「ふふっ、母なら誰もが通る道ですにゃ。でもこの塔には手助けしてくれる人が大勢居ますから、子育てはしやすいと思いますよ?」
「それはたしかに言えてるかも」
そう言ってフューリはクルルにラズリーを手渡すと、リアと一緒にテーブルの上にあるものを片付け始めた。
「ココノハ、あなたは何をしてるんですか…にゃ?」
ぼんやりとしていたココノハはクルルの声ではっとする。
「いえ、まあちょっと考えごとです。何だかみんなが家族みたいだなーって。たった一人の男性のもとに集まったわたしたちが仲違いせずにこんな関係でいられるのはきっと幸せなことなんですよね」
「主の女性を見る目が確かな証拠ですにゃ。それに、実際家族みたいなものですから…にゃ。ね、パトラ?」
「うん! パトラはおねーさんがいっぱいで毎日たのしいよ! リリもいるしね!」
パトラはまだ眠っていたリリエルにぎゅーっと抱きつくと、「うぅ……」と苦しそうな呻き声を上げたリリエル。
「そろそろリリエルも起こしてあげないと、夜に眠れなくなっちゃいますね」
その様子を見て苦笑したココノハがそっとリリエルの肩を揺らして起こすのだった。