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98話 黒猫VS外道剣聖

 パトラと共に過ごしていたクルルは、侵入者探知の魔術に引っかかる者を感知した。

 先ほどまで一緒に午後のティータイムを楽しんでいたこの部屋の主であるパトラは、クッキーの食べカスを口元につけながら幸せそうに眠っている。

 クルルは苦笑しながら口元を拭いてやり、頭を撫でてから立ち上がった。


「良い子にして待っててください、すぐに戻ります…にゃ」


 うみゅうみゅと言いながら眠るパトラには聞こえていないだろうが、そう言ってクルルは部屋を出たのだった。


 王族たちの住まう空間に入るには、謁見の間からかもしくは厨房からしか道は無い。

 侵入者は正面から入って来たのを察知していたクルルは謁見の間でその人物を待つことにした。立ち並ぶ柱の影に身を隠しながら。

 しばらく待っていると、黒い鎧と黒い兜の騎士が謁見の間にやって来た。その手は既に剣を抜いており、臨戦態勢は整っていることを示している。

 顔が見えないので誰かは分からない……が、ある程度の予想はついた。クルルはその人物が自分の隠れている柱を通り過ぎていくのを確認し、背後に向けて短剣を放り投げる。

 後頭部、鎧と兜の隙間に正確に吸い込まれていく短剣は、振り向き剣を払った相手によって簡単に止められてしまった。


「貴様は……異種族か。ここで何をしている。答えろ、さもなくば───」


 冷たく低い男の声。クルルの投剣を苦もなく払い除ける技量を持つ、漆黒の鎧を身に付けた者はシン国には一人しかいない。


「殺す……ですかにゃ? 貴方では無理ですよエリック・ザントマー。貴方の剣では私には届きません…にゃ」


 黒い刀身を持つ二本の剣を抜いて右を順手に左を逆手に持つ。この剣は投剣目的ではない。直接斬る為の武器だ。

 彼女は速さと手数で攻める戦士としての技量も備えているのだ。

 クルルの言葉を聞いた男───ザントマーは、殺気を溢れさせながら睨みつける。


「ほう、俺を知っているのか。小娘風情がこの俺に勝てると本気で思っているのか?」


「私がただの小娘にしか見えないというのなら……それが貴方の限界でしょう…にゃ。一応警告はしておきましょう。此処から去りなさい、去らないのであれば───あの子を守る為に貴方を殺します…にゃ」


 一切表情を変えずに言い切ったクルルは、ザントマーからの返答を待つ。

 ザントマーは兜を脱ぎ捨てるとそれを脇に放り投げて剣を構えた。


「よく言った。ならば全力で相対しよう。だがその前に一つ聞きたい。貴様が守っているものは王女パトラで相違ないか?」


 クルルはその言葉に首肯する。ザントマーは「そうか」と言ってから一度だけ敬礼をしてみせた。


「……何のつもりですか…にゃ?」


「何、ケジメというやつだ。俺は国王陛下の命で異種族は殺さなければならない。だが置き去りにされた王女の世話をしてくれた恩ごと斬って捨てるほど屑でもない。ここで大人しく逃げ帰れば見逃してやったが、戦うというのならば是非もない。だからこそのケジメだ」


 そうして再び剣を構えるザントマー。

 クルルは呆れてため息を吐いた。


「同じものを守る私たちが戦うのは酷く滑稽だと思いますが、仕方ありませんにゃ。半殺しで勘弁してあげましょう…にゃ」


「やれるものなら……な!」


 一足で踏み込んでくるザントマー。速く鋭い右袈裟斬りがクルルを襲う。

 しかしクルルは左の短剣で受け流し、ザントマーの腹を蹴って距離を取りながら右の短剣で剣の腹を叩いた。


「くっ!?」


 腹への蹴りは鎧が防いでくれたので衝撃だけで済んだが、振り切った剣の腹に打ち込まれた攻撃で剣先がブレる。

 初撃から武器破壊を狙ってくるとは思わなかったザントマーは、距離を取ったクルルを追撃せずに構え直した。


「(あの外見で苦もなく俺の剣を受け流すか。いったいどれ程の修羅場を潜り抜けて来たのやら。受けに来た武器ごと斬り捨てるつもりだったがまさか俺の武器を破壊しに来るとは……。特注品で無かったらさっきの一撃で折られていたな)」


「(あれくらいじゃ武器は壊れませんか……。あの剣はきっと特殊な素材で作られた特注品ですね。仮にも剣聖と呼ばれた者に有象無象が扱うような剣を持たせる筈も無し。同じ手は通じないでしょうし、剣が駄目なら手足の一、二本も貰っていきましょうか)」


 今度はクルルから攻め立てる。右手の短剣を振り下ろし、ザントマーは剣を横にして受け止める。その間に左手の短剣が順手に持ち替えられており、鎧の隙間の関節部分を狙い突く。

 ザントマーは突きを僅かに身体をずらして躱し、力任せに振り払う。クルルは飛んでいくが柱を足場にして難なく着地し先程よりも速く攻めてくる。


「ちょこまかと!」


 クルルの攻撃は何度も鎧に掠っていくのにザントマーの攻撃は一度もクルルに当たらない。全て避けられ、受け流されてしまう。

 クルルの狙いはザントマーが驚くほど正確だった。鎧の隙間やむき出しの頭部を何度も何度も攻撃し、ザントマーは紙一重でダメージを避けているのが現状だ。

 だが当たりさえしなければ勝機はあると踏んでいた。クルルのあの素早い動きは、時間が経てば経つほど疲労で鈍くなっていくと予想していた。

 だから、激しい攻めを続けるクルルの膝が不意に折れるのを見た瞬間にザントマーは自身の勝利を確信した。


「終わりだっ!!!!!!!」


 持てる力の全てを振り絞り膝をついたクルルに剣を叩き込む。

 しまった、という表情をしたクルルだったが既に振り上げられた剣は彼女の左肩へと向かい、心臓まで一気に斬り抜ける。


「?!」


 しかし驚愕したのはザントマーだった。確かに斬った筈なのに、斬った感触が無いのだ。

 クルルだったものがゆらゆらと揺らめき掻き消えていく。黒い影となって完全に消滅した瞬間、ザントマーはその場から吹き飛ばされた。


「がはっ!?」


 勢いよく柱に叩きつけられ、血を吐くザントマー。何が起きたのかと飛ばされた方向を見ると───


「あの程度で勝った気になるなんて、経験不足です…にゃ。最初に言いましたよね? 貴方の剣では私には届きませんと。私に一太刀浴びせたいのなら、最低でも五百年は修行して来てください…にゃ」


 五体満足で立っているクルルが五人もいるのだった。

 ザントマーは絶句した。自分がさっきまで戦っていた相手が彼女の影だったことに気付いて。

 黒属性魔術、影分身。影から自身とそっくりな実体を創り出す魔術だ。分身は本体よりも全ての能力が大幅に下がってしまうが、外見は同じなので中々気付くことができない。

 現在では過去に失われた魔術の一つである。


「貴方の手足は頂きますにゃ。これで、戦う術の無くなった貴方の敗北です…にゃ」


 クルル(本体)がそう言うと、クルル(分身)たちはザントマーの両手足の骨を折ったのだった。


「ぐっ、がああああ!!! そうか……俺の、敗北か……」


 骨を折られたことで戦うことの出来なくなったザントマーは素直に敗北を認める。

 クルル(本体)はザントマーの前にしゃがみ込んで、


「それで、貴方はどうなりたいですかにゃ?」


 と告げるのだった。様々な意味が込められた言葉であるが、要するに敗北したお前はどうされたい? ということの確認である。

 ザントマーは口角を吊り上げてクルルの顔を見上げた。


「俺は生きている限り異種族を殺す。だから、お前の手で殺してはくれないか」


「……それで良いのですか、にゃ?」


「ああ。……そうだ、最期に、名を聞かせてはくれないか。お前は俺のことを知っているが、俺はお前のことを知らんのだ」


 その言葉に少し迷ったクルルだったが、最期の手向けとして教えてあげることにしたのだった。


「私の名前はクルクル。みんなからは、クルルって愛称で呼ばれてます…にゃ」


「そうか……クルクル……クルル……」


 ザントマーは自分が笑みを浮かべているのに気付いていない。そんな感情はずっと昔に忘れてしまったのだ。


「俺を殺す相手がお前で良かった。異種族殺しの罪業が無ければ、お前を妻に娶りたかったくらいだ」


「そうですか……でも残念ですにゃ。私は既に身も心も捧げた主がおりますので、貴方の望みを叶えてあげることは出来ません…にゃ」


「それは残念だ。ああ、本当に残念だ。寝取る機会さえ与えられないとはな」


「今際の際に何を言っているんですか…にゃ。まったく、これは特別ですよ」


 そう言って呆れたクルルは自身の指を唇に触れてからザントマーの唇に押し付けた。


「人の女を口説くなんて人としてどうかと思います……気狂いじゃないですかにゃ」


 指を離したクルルは、短剣を握り直してザントマーの首に向ける。


「これで化けて出る事もないでしょう。さようなら、エリック・ザントマー」


「ああ、我が人生に悔いはない。ありがとう、さようならクルル。パトラ王女のこと、頼んだぞ」


 クルルは頷き、それを見たザントマーは目を閉じた。

 刃は閃き、一瞬でザントマーの首を切り落としたクルルは、ザントマーの亡骸を自身の影の中に放り込む。


「冥界への直行便です…にゃ。亡霊たちとの素敵な死後生活が送れますよ。良い子にしていれば、そのうちまた会えるかもしれませんね」


 ゆっくりと立ち上がったクルルは、側に控えていた分身たちを消し去ってからパトラの待つ部屋へと戻った。



 パトラはまだ眠っていたようで、ベッドの上で気持ち良さそうな寝顔を見せてくれる。クルルは今のうちに自身の身体の汚れを拭き取り着替えることにした。

 結局パトラが目を覚ましたのは、もう日も暮れる時間帯になってからだった。


「おはようございますパトラ。もう夜になりますにゃ」


「おはよぅ……ぅぅん。パトラ、そんなに眠っちゃってたの?」


「ええ、とっても可愛い寝顔でした…にゃ。食べちゃいたいくらいでした」


 そう言ってふざけながらパトラを抱きしめて押し倒すクルル。「きゃー♪」と楽しそうにはしゃぐパトラ。

 先程まで戦闘していたとは思えない穏やかな空気の中で、クルルはリアの強力な魔力を感知した。


「(向こうもそろそろ決着ですか……。もう少ししたらお迎えが来るでしょうね)」


 パトラ王女のことを頼む、と最期にザントマーは言った。彼に言われずとも面倒を見るつもりであったクルルだが、改めてパトラを守ろうと心に誓うのだった。



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