9話 南国での一日目
市場へと到着した。屋台や露店が多く、賑わっているように見える。
昼を少し回った時間だからか、昼食をとる人と夕飯の買い出しをしている人が多い。
龍人の国であるので当然だが、観光客と思しき人物以外はほぼ龍人だ。
「二人とも、昼食はどうする?」
「わたしはなんでもいいです」
「わたくしは折角ですので歩きながら食べられるものが良いですわ。あまりこんな機会はありませんから」
「なるほど。どうせ夜は宿の豪華な食事が出てくるだろうから、リアの希望通りにしよう。そうだな、その辺の焼き串屋で良いんじゃないか」
そう言って焼き串屋の方を指差す。そこでは片目を眼帯で覆った筋骨隆々の龍人が串を焼いていた。
頭は剃っているのか、ツルツルで、捻って巻いたタオルの白さが眩しい。
「あれでしたら丁度良いかもしれませんわね」
「そうか、なら買いに行こう」
三人で屋台に向かう。こちらに気づいた店員は、らっしゃい! と威勢の良い声を上げた。
「おお、ダンナ、こんなべっぴんさん連れて羨ましいですねぇ!」
店員の視線はリアとココノハに向かう。
私も、二人とも世辞抜きで美少女だと思っている。
ふと、店員がリアの顔を見て思案するような表情をした。
「如何なさいました? わたくしの顔に何か付いていまして?」
それに気づいたリアが尋ねると、店員は慌てて謝った。
「いや、すいませんねジロジロ見ちまって。ちょっとアッシの知ってるお人に似てたもんで」
そう言って髪のない頭に手を乗せる。
「あらあら、そうなんですの? 有名な方なのかしら?」
あくまで世間話のように話を振るリア。
今はネックレス型の魔道具で角と翼を隠しているのでバレてはいないはずなのだが。
「只人の娘さんには分からんと思いやすが、北の龍人の姫に『ウィリアーノース』って方がいやしてね。お嬢さんがその方にあまりに似ているもんでビックリしちまって」
そのウィリアーノースは貴方の目の前にいる。などとは口が裂けても言えない。
「そうなんですの? そんなに似ているのなら是非お会いしてみたいですわね」
軽く返すリア。チラリと彼女の方を窺うが、表情は微笑のまま変わっていなかった。姫としての生活で自分の内心を隠すことには慣れているのだろう。
「そんなことよりそろそろ注文しましょうよ」
ココノハが焼きあがる串を眺めながら言う。
近くで良い匂いが漂ってきていたので思ったよりも腹が空いてしまった。
「そうだな。じゃあ肉と野菜を六本ずつ頼む」
「あいよっ! すぐ焼けるからちぃっとだけ待っててくれよな!」
鮮やかに手元を操りタレを塗って焼き上げる。
隻眼なのに大したものだ。
「おじさん片目なのにすごいですねー」
同じことを思ったのかココノハが店員に声をかける。
「片目になってもう三百年近く経ちやすからね。流石に慣れたもんですよっと」
串をひっくり返してそう言う店員。
「三百年前というと、龍人同士が争ったという龍人大戦があったそうだな」
「ダンナよく知ってますねぇ。この目はそんときにやられちまったもんでさぁ」
知っているも何も、当事者としてその件に関わることになってしまったからな。
とは言えない。
眼帯に優しく撫でるように触れる店員。
当時のことを思い出しているのか、哀愁の漂った表情をしていた。
「傷を受けて倒れてたアッシを助けてくれたのが、まさか戦ってた国のお姫様だとは思わんかったですよ。あんときは女神様かと思っちまいやした! けっこう傷が深くて目は見えなくなっちまいやしたがまあ、そのおかげでこうして無事生き長らえてるって訳でやすね。へいっ肉串と野菜串お待ちっ!」
何とも数奇な縁があったものである。
戦争終結後、リアは率先して負傷した人々の治療に当たっていた時期がある。
『青』属性で高い魔力を持つリアは高位の治癒魔術を扱うことが出来るのだ。
おそらく彼もそのときに彼女に治療されたのだろう。
「いただこう。お代だ。興味深い話が聞けたことに感謝する」
袋に入った串焼きを受け取り、相場より多めに代金を渡す。
「ちょっ、ダンナ!? こんなには貰えねぇ!」
手渡された金額を確認した店員がビックリして声をあげる。
「良い話が聞けた礼だ、受け取ってくれ。また来たときにおまけでもしてくれたらそれでいいさ」
そのまま歩き去る。
焼き串屋から離れたところで、リアに話しかけた。
「という事だ、良かったな女神様」
「もう、ホシミ様! お戯れが過ぎますわ!」
顔を真っ赤にするリア。
久々に頬を膨らまして拗ねる姿が見れた気がする。
「ほら二人とも遊んでないで食べましょうよ。けっこう美味しいですよこれ」
ココノハは肉串をもきゅもきゅと幸せそうに食べていた。
私も自分の串に手をつける。
「……ふむ。なかなかいけるな」
「ええ、美味しいですわね」
タレがいい具合に具に絡みついて食欲を刺激してくる。
予想以上に美味しい焼き串を食べながら、市場を見て回る。
「それにしても、戦前のような雰囲気はありませんわね」
市場は平穏そのものである。ぴりぴりしている連中もいない。
「そうですねー。そう見えますよねー」
しかしココノハはリアとは違う感想を持ったようだ。
「ココノハちゃん? 何かありましたの?」
「さっき通り過ぎた塩屋、相場よりもだいぶ値段が上がってました。あとは武器とか金属の値段も上がってますね」
塩は生物には必須の代物だ。戦争をするなら武器も言わずもがな。金属は武器の素材として集めているのだろう。旅慣れているだけあって、良く見ている。
「食料品はまだそこまで影響はないみたいですけど、このままだと近いうちに上がるんじゃないですかね。あ、りんご飴ありますよホシミさん! ちょっと買ってきますね!」
そう言ってりんご飴の屋台に並ぶココノハ。
その背中を見送りながら、リアに話しかける。
「割と良く見ているだろう」
「ええ、驚きましたわ。可愛らしいだけではなかったのですね」
リアの声色からは、素直に賞賛する響きがあった。
「自由奔放な面が目立っているが、あれでなかなか切れ者だよ。小さなくせに、どんな環境で育ってきたのやら」
「身長のことを言われるとわたくしも小さいですのでちょっと……」
困った様子のリア。そうだった、リアもココノハと背丈はあまり変わらないんだった。
「すまんな。失言だったか」
「はい傷つきました。ですからわたくしのことを『俺の女だ』って示すように抱きしめてくださいませ?」
蠱惑的に微笑む彼女の頬は少し赤らんでいた。
「リア……」
私はそんなリアに一瞬見惚れてしまった。
手でリアの肩に触れ、抱き寄せる。
「これでいいか?」
腕の中の彼女は顔を真っ赤に染めてかくかくと首を縦に振る。
その様子を見ていると、いつの間にかりんご飴を買ってきたココノハが側にいた。
「いちゃつくのは宿に戻ってからにしましょうねー。はい、りんご飴です。甘くて美味しいですよ」
じとーっとした目付きでこちらを見てりんご飴を差し出してくる。
「ああ、ありがとう」
謝意を告げて受け取る。リアにも手渡す。
りんご飴を手渡したココノハは、さも思い付いたように言葉を続けた。
「そうだ、ホシミさん。リアさんばっかりずるいので、後でわたしを膝に乗せてお腹に手を回して抱きしめつつ頭を撫でてくださいね」
そう言ってにんまりと笑うココノハ。
「ああ……宿でな」
リアにした手前、断ることは出来なかった。
そのリアの様子をそっと窺うと、小声で呟いたのが聞こえた。
「ココノハちゃんがホシミ様に甘えながら抱きしめられてるなんて絶対可愛いに決まってますわ……! ホシミ様の胸板に頬をすりすりするココノハちゃんが見られると思うと胸がときめいてしまいますの……」
……聞かなかったことにしておこう。
リアとココノハが出会ってからまだ二日しか経っていなかったが、リアのココノハへの好感度が予想以上に高かった事実が判明した。
こうして、一通り市場を見て回り収穫もあったところで宿へ戻ることにしたのだった。
なお、その夜。
ココノハの希望を叶えてやったところ、最初は恍惚とした表情をしていたリアだったが、次第に羨ましくなってきたのかリアもして欲しいということで、片膝ずつ座られていた。
それは就寝の時間まで続けられ、解放された頃には脚が痺れて立てなくなっていた。
───今後しばらくは膝に乗せることは無いだろう。