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燻る煙の行方

私は、左足を引きずりながら、とぼとぼと、城下町の大通りを歩いていた。

人通りが多く、とても活気があって良い街だ。こんな状況でなければ、楽しめたであろう。


私は、行き交う人の視線に耐えながら、俯いて歩いていた。

それは、そうだろう。街中で、上質なドレスを着た貴族と思しき女性が、1人で、しかも髪はボサボサ、足を引きずって歩いているのだから。


誰がどう見ても訳ありよね・・・


かといって、例え王都で治安が良いと言っても、この状態で細い路地に入るのは危険だという認識はある。

早く城に帰らなければいけないのだけれど。


私は胸の底からため息をついた。


あの時、逃げずにおとなしく捕まっていれば良かったわ。

もう遅いけれど。


どうやったら帰れるのか、全く思いつかない。

とりあえず、このパンパンに腫れた左足を冷やさなければ。


でも、宿を借りるにしても、氷を買うにしても、手持ちが一切ないのよね・・・

そして、私がフラウレン・バッツドルフだという証明も。


詰んでしまった。

城下町を流れる川にでも、足をつけに行こうか、やめようか。

どうにも定まらず、大通りを無駄に行ったり来たりしてしまう。


そろそろ決めなくては、本当に私、不審者だわ。


私は、大通りにある広場で足を止めた。中央には大きな噴水があり、それを取り囲むようにしてベンチが置いてある。その中の一つに近づき、腰掛けた。

知らず知らずのうちに、ため息が出る。


私は、まとめあげた髪から垂れ下がる後れ毛を、撫で付けるように元に戻す。しかし、上手くいかない。

少し考えた末、私は髪を留めているピンを外し始めた。

編み込んでいた白い髪が、編みグセを残したまま、背中に落ちる。

それを簡単に一つにまとめた。


ボサボサのアップよりは、まだ見られるでしょう。


ベンチの背もたれにどんと凭れ掛かった。

ここに来るまでに相当の負担をかけた足首は、一度休んでしまうと、もう立てないんじゃないかと思うほどにジンジンと痛み出していた。

私は途方に暮れた。


この噴水にでも、浸そうかしら・・・


それは良い案に思えた。

もうここまでくれば、羞恥心などない。

しかし、ここから噴水までのたった数歩の距離でさえ、動くのが億劫だ。それに、噴水に足をつっこむとしたら、スカートの中身が見えてしまわないか、それが心配だ。


あ、それよりも、何か布を水に浸して足につけた方が、良いかも。


より良い案が浮かんだ。けれど、布なんて持っていない。


私はじっと、自分の膝に視線を落とした。

今日はラファウ様に呼ばれたため、いつもより上質なドレスを着ている。

私はそっと、薄いブルードレスの裾を摘み上げた。


背に腹は、代えられないわよね・・・


意を決して生地を両手で握りしめ、力を込めて左右に引っ張ろうとした、その時だった。

私の膝に影が差して、私ははっと顔を上げた。

鳶色の髪の温和そうな青年が、私を見下ろしていた。


「・・・随分、無茶をなさったのですね。こちらをお使い下さい。」


私は、青年が手に持つ氷の袋と、青年の顔を見比べた。


氷は今、とてもありがたい。

けれど、私は今、とても隙だらけだ。おそらくここに犯罪者がいたら、真っ先に狙われるだろう状況であることは、自覚している。

この青年は何者か。人の良さそうな顔はしているが、犯罪者もたいがい、人の良さそうな顔をしているものだ。


私はうーんと悩んだ。

悩んだ末に、ありがたく氷を受け取ることにした。

警戒を解くことはしない。だが、頼れるものの無い今、使えるものは使いたい。


左足の靴を脱いで、青年にもらった氷を当てると、ひんやりと気持ち良かった。この調子で冷やせば、足の痛みもしばらくは騙せるだろう。その間に、どうやって帰るか、考えなければ。


そんなことを考えていると、青年が私のベンチにそっと腰掛けた。私はそれを、横目で見る。


ほうら、来た。


隙なんて見せるもんか、と、私は足に氷を当てながら、身を硬くした。

そんな私の様子に、青年は苦笑いをする。


「そんなに硬くならなくて良いですよ。・・・まぁ、無理も無いですが。」


私は探るように青年を見つめた。


「いや、それくらい警戒された方が、却ってこちらも安心します。王都とはいえ、不届きものがいないとは限りませんからね。・・・あ、足の具合はどうですか?」


なんだが、良い人そうなオーラが全開で、こちらが申し訳なくなってくるような人だ。

そう、少しだけ、ほんの少しだけ気を許した私は、せめて氷のお礼だけはしなければと思い、口を開いた。


「あの、随分良くなりました。ありがとう。ええと、」


「ローバンです」


「・・・ありがとう、ローバンさん。私はフローラです。見ての通り、訳ありなので、詳細は聞かないで頂けますか?」


私は先手を打った。

ローバンさんは上品にふっと笑った。よく見ると、なかなか顔の整った男性だ。肩幅もしっかりしているし、その手の男性がタイプの人から、結構もてそうだ。


「もちろんです。ちなみに、私も訳ありなので、あまり仔細は聞かないでいただけるとありがたいです。」


そう、にこりと笑う。

これが普通の人なら、尚のこと怪しむ要素になりそうなものだが、何故かローバンさんが言うと、誠実に聞こえる。


「ローバンさんは、貴族なのですか?」


そう尋ねると、聞かないでって申し上げたばかりですよ、とくすくす笑いながらも答えてくれた。


「ローバン、で良いですよ。ご察しの通りです。爵位は低くて、あまり名は知られてませんがね。言葉遣いでばれてしまいましたか?」


私は曖昧に頷いた。

言葉遣いもそうだが、身に染みた礼儀作法のようなものが、滲み出ている気がしたのだ。


この人、思ったよりは信用できるかもしれない。


私はローバンの評価を改める。


「では、ローバン。私、帰らなければいけないところがあるのですけれど、帰り方がわからないのです。もし良かったら、ご助言を頂けないかしら。見ての通り、マルバラフ人では無いので、この辺りには疎くて・・・。」


私は上目遣いでローバンを見上げた。

わざと隙のあるような言葉を選んで言ってみた。これで、では私について来て、なんて言えば、ローバンとはここで別れようと思った。

しかしローバンは、にこりとほほえんだまま、その場を動こうとしなかった。


「大丈夫、あなたはここにいれば良いのですよ。それよりも、帰るまでの間、私の話に付き合ってはもらえませんか?」


私は心の中で首を傾げた。

ローバン、よくわからない青年である。


私が頷く前に、ローバンは勝手に話し始めた。噴水をじっと見つめているので、私も彼に倣って噴水に目を落とす。


「見えないでしょうけど、私、30超えているんですよね。」


私は思わず吹き出しそうになるのを、すんでのところで抑えた。


な、何の話!?

ていうか、30超えてるって本当!??

22くらいかと思ったわ!


「なのに、私より一回り下の好きな方がいるのです。」


あら、と私はローバンを見た。恋のお話、なのね。


「運の良いことに、私たちはお互い思いあっているのですけど、彼女には昔からの婚約者がいましてね。」


私はうんうんと頷いた。

恋に障害はつきものだ。


「私は彼女以外考えられないので、すぐにでも彼女と結婚したいのですが、彼女はそれなりに爵位の高い女性で、お相手も相応の爵位をお持ちで。彼女はなかなか、婚約の解消が出来ずにいるのです。」


「私はそれを理解していたはずなのに、彼女の婚約者への嫉妬でおかしくなってしまいそうでした。私はこんなに君を愛しているのに、君は婚約者の方が大事なのかいって。」


私は神妙に頷いた。まるでどこかで聞いたことのあるような話だ。


「返答に詰まる彼女の態度は、私の怒りを助長させました。私は怒り狂って、外に飛び出してしまいました。」


ああ、あれか。どこかで聞いたと思っていたら、今の私か。

私は、他人事には思えず、胸を押さえてローバンを見つめた。

そんな私を、ローバンも噴水から目を離して見つめる。


「私はこれから、どうするべきなのでしょう?婚約者と別れられず、身分の違う彼女を、報われないとは知りつつも愛し続ける?それとも、この心を押し殺して、他の方と愛の無い結婚をする?」


私は、責任の重い問いに、眉をひそめた。

今私の答えが、ローバンの人生を決めるかもしれない。曖昧な答えは、できない。


私は、考えた。長い沈黙が降りたが、ローバンは急かすことなく待ってくれていた。

そして私は、戸惑いながら口を開いた。


「・・・奇遇にも、私も、ローバンと同じような状況にあるのです。だから、あなたの気持ちはよくわかるつもりよ。・・・どちらにしても、あなたはとても辛い思いをすると思うわ。どちらが良いなんて、他人の私には無責任なことは言えない。だけど、あなたは、あなたが後悔しない方を、選ぶべきだと思う。」


「後悔しない方、ですか。」


「ええ。どちらが幸せかなんて、あなたにも、私にもわからない。だから、私が選ぶとしたら、この先辛いことが待っているのだとしても、後悔しない、と思える方を選ぶと思うわ。」


私が答えると、ローバンは少し考える仕草をした後、もう一度私に問いかけた。


「あなたなら、どうします?」


私?と、目をぱちくりさせる。


ラファウ様には、ナディア様という婚約者がいる。ナディア様は恐らくラファウ様をお慕いしているし、私よりも王太子妃としての素質があることは明らかだ。

そんなラファウ様を、ずっと思い続けるのを想像するだけで、胸がきゅっとしめつけられるようだった。


・・・けれど。


他の方なんて、とてもじゃ無いけれど、考えられない。それに、恋心をしまっておくには、既に大きくなりすぎている。これを押し殺すことは、私にはもう、出来ないと思う。


胸が痛い。

つつ、と、涙が頬を流れ落ちる。


進み続けるしか無い。たとえ、報われなかったとしても。それが、ラファウ様を好きになってしまった、私の答え。


ああ、なんでこんな簡単なことが今までわからなかったのだろう。自分の中の思いを少し整理すれば、すぐに導き出せた答えなのに。まるで答えを出すのを怖がるように、考えることを後回しにしてきた。

けれどこうして、ローバンの心からの悩みに触れることで、自分の悩みから目をそ向けられなくなった。

結局、色々と理由をつけて逃げてきたけれど、私ができることは、ラファウ様を思い続けること、ただそれだけだったのだ。


「私、今まで散々、逃げてきました。けれど、もう、逃げません。戦うことは、怖いし、勝つ自信があるわけでは無いけれど、私、戦い続けるしか道が残されてないみたい。・・・私なら、彼女にフラれるその日まで、彼女を愛し続けるわ・・・。」


背筋を伸ばし、ローバンの目を見てはっきりと告げれば、ローバンは口をぽかんと開けて、目を見開いた。


その唇が何かを呟くように動いたが、私には聞き取れなかった。


私は、ローバンの手をそっと、両手に取る。そして、ぎゅっと、握りしめた。その手を、額に押し当てる。ローバンの恋が、上手くいきますようにと、そう願って。


その時、広場の向こう側から、馬の蹄の音が聞こえた。人々の騒めきと、馬の蹄の音が、次第に近くなってくる。私は顔を上げて、音のする方を見た。


馬は広場の中央に向かうと、速度を緩めて、私の側でピタリと止まった。とても毛並みの良い、青毛の馬だ。

私が驚いたまま固まっていると、馬上の人が、ひらりと地面に降り立った。降りる瞬間、風の抵抗を受けた白いフードがふわりと舞って、夜空のような紺色の髪が一瞬姿を現して、またフードの中に消えた。


私は目を見開いた。


「何をしている」


そう厳しい声で言われて、私はびくっと肩を震わせた。

すると、隣のローバンが、申し訳ありません、と言って私の両手から自分の手を引き抜く。


いえ、ローバン。この方は、あなたに対して怒ったのでは無いのよ。


そう思うも、声にならない。

私はハッと我に帰り、立ち上がった。


「いたっ・・・!」


足首を捻挫していることを忘れていた。私は思わず膝を折り、眉をしかめる。氷の袋が、地面にポス、と落ちた。


「フラウ。」


「ラファウ、様。」


ラファウ様がさっとベンチに回り込み、私の腰を支えた。至近距離で、ラファウ様の深い緑の瞳が、私の目を射抜く。

ラファウ様、


「ごめんなさい」


他にも色々と、聞きたいことはあるけれど、私の口から出てきたのは、そんな言葉だった。

ラファウ様は答えなかった。私の足首をちらっと見て眉を盛大にしかめると、私の膝裏に腕を回して、体ごと持ち上げた。


「えっえっ!」


私は突然のことにびっくりして、足をバタバタさせた。けれどラファウ様はなんとも無いようで、私を抱きかかえたまま、スタスタと青毛の馬に近づく。


「まさか、殿下お自らお越しになられるとは。」


声がした方を見ると、ローバンが立ち上がり、ラファウ様に対して深い礼を取っていた。


「ローバン・・・?」


私が呟くと、ローバンはお辞儀をしたまま私をちらりと見て、すぐに視線を逸らした。

ゆっくりと曲げていた腰を伸ばし、人当たりの良い笑みを浮かべる。


「おっと、その名で呼ぶのはご勘弁くださいませ、バッツドルフ様。特に殿下の御前では・・・」


ローバンははなから私のことを知っていたのだ!

そして、ラファウ様のことも。

私は、驚くよりも、やはり、という気持ちが大きかった。


「ローバン、あなた・・・」


「ローバンイェルにございます。バッツドルフ様。」


私は記憶の中から彼の名前を引きました。


ローバンイェル・オズリー。オズリー伯爵家の次男。ヘリオス様と共にラファウ様をお支えする、側近の1人。


私は空を仰いだ。


「・・・フラウレンでいいわ、ローバンイェル。色々と、苦労をお掛けしたわね。ありがとう。」


私が苦虫を噛み潰したような顔で礼を言うと、ローバンイェルはニヤッと笑った。

彼は話と違い、相応の爵位を持っているけれど、もうこの期に及んで敬語を使わなくても良いだろう。


「もう行くぞ」


突然頭上からラファウ様の不機嫌な声が降ってきて、私は慌ててその首にしがみついた。ラファウ様は、私を抱えたまま、軽々と馬上に登った。そして、以前と同じく、横向きに座らせると、片腕を私の腰に回し、片手で手綱を握った。


私は、前回のお尻の痛みを思い出して、咄嗟にラファウ様の肩口の服をぎゅっと握りしめた。

しかし予想に反して、ラファウ様の馬は、のっそのっそと、ゆっくり歩を進める。


「ラファウ様?」


私は顔を上げて、ラファウ様を覗き見た。するとラファウ様はちらっと私を見下ろして、今回は急ぎで無いから、と言った。

そうなのか、と納得すると同時に、大通りを行き交う人々の視線に気づいて、私は背筋を凍らせた。

そりゃあそうだ。道端に、女性を横抱きにして馬に乗る男性がいれば、私だって何事かしらって注目するに違い無い。

しかも今のラファウ様は、白いフード付きのマントを被られているから、顔こそ見えないものの、その上質な生地と醸し出される雰囲気を見れば、一目で上流階級の人間であることがわかる。

対して私は、ドロドロのドレスに、赤く腫れた裸足の足、簡単にまとめただけのボサボサの髪。マントなんて当然持っていないから、顔を隠すこともできない。


私の方が分が悪い・・・!!


私は慌ててラファウ様の白いマントに顔を埋める。こんなもので隠れられるとは思わないが、やらないよりマシだ。


すると、腰に回されたラファウ様の腕に、ぎゅっと力が入る。私は頬を染めた。


ねえ、ラファウ様・・・


そう話しかけようとした時、ラファウ様が先に口を開いたので、私は開きかけた口を閉じた。


「・・・逃げられたと思った。」


うん?何の話ですか?


私はラファウ様の胸に顔を埋めたまま、じっと次の言葉を待つ。


「君はずっと、私の側から離れようとしている、そんな気がして、気が気でなかった。だから、ヘリオスを言いくるめて、執務室に呼んで、やっと君を近くに感じたと思った矢先に、これだ。」


確かにあの頃の私は、殿下に相応しく無いからと、母国に帰ることも視野に入れていたけれど。まさかラファウ様に勘付かれてたなんて。


「嫌な予感はしていたんだが、よもやこんなあっさりと逃げられようとは・・・。君には怒りを通り越して、呆れる。」


私、何だか今、すごくけなされてませんか?気のせい?


とりあえず、反論しなければ、と私は慌てて口を開いた。


「逃げるだなんて、今は考えておりません。むしろ、否応なく城から出されて、帰るに帰れず困っていたというか・・・」


後半は、詳しく説明するには少し恥ずかしいので、あまり大きな声では言いたく無い。

でも、あの城内外をつなぐ小道については、城の防衛上、後できちんとお伝えしとかないと。


そう、顔を伏せた私に、ラファウ様はため息をついた。


「『今は』・・・?本当に君は、こんなに私を弄んでおいて、よくそんなことが言える。」


も、弄ぶ!?むしろ心境的には私の方がラファウ様に弄ばれているのだけれど。


私は尚も反論しようとして、ぱっと顔を上げた。けれど、そこで見たラファウ様の瞳は、ひどく寂しそうで。私は用意していた言葉を飲み込んだ。


「愛情表現が苦手な私が、こんなに言葉と態度を尽くしているのに、どうして君には伝わらないのか。何をすれば、君は私の側に止まってくれるんだ。」


愛情表現が苦手なラファウ様が、言葉と態度を尽くしている・・・?

私は、ラファウ様の言葉を、頭の中で反芻した。

だめだ、何度反芻しても、理解できない。


私の中のラファウ様は、確かに言葉足らずなところはあるが、決して愛情表現が苦手だとは思わない。むしろ、噛み付くようなキスや、胸にすがりつく子供のような寝顔は、私が勘違いをするのに充分だった。


あれ、もしかして。


私は一つの可能性に突き当たった。


「ラファウ様、・・・大変お聞きしにくいのですが。キス、したり、胸に抱きついてくるのって、他の方にはなさってないの・・・?」


ラファウ様の顔を見上げながら言えば、ラファウ様は、明らかに顔を歪めた。かつて私の前で、こんなに不機嫌なことがあっただろうかってくらいに。私は慌てて口を引き結んだ。


「するわけがないだろう。君は一体、私のことを何だと思っているんだ!?」


ラファウ様が語気を強めるところなんて、初めて見た気がする。私は慌てふためいて、ごめんなさい、を連呼した。


けれど、次第に、気づいてしまった。


私にとって、ラファウ様が特別なように、ラファウ様も私のことを特別だと思ってくださったんだ・・・


怒られているのに、頬がほわぁーと緩んでしまう。

嬉しい。愛の告白こそ無いけれど、これが、ラファウ様なんだ。私、自分に自信がなさすぎて、ラファウ様の気持ちを受け止めようとしなかっただけだったのかもしれない。

言葉や態度だけが、全てではないと知っていたはずなのに。


私は、腕を広げてラファウ様の胸にぎゅっと抱きついた。

頭の上から、はぁーという、ラファウ様の大きなため息が聞こえる。


私は、とても幸せで、ふふ、と笑った。

ラファウ様を、諦めなくてよかった。

自分の気持ちを整理してくれたローバンイェルに、感謝しても仕切れない。


「ラファウ様、私、どこにも行きません。ラファウ様が望む限り、ずっとラファウ様のお側におりますわ。」


上を見上げ、笑いかけると、ラファウ様がびっくりしたように目を見開いた。そして、君がそんなことを言うなんて珍しい、と呟きながら、前を見る。


あら、もしかして、言葉が足りなかったのは私も同じ?


他人には求めておいて、自分もできていなかったなんて、恥ずかしい。

私はこれまでの自分を少し反省する。


そろそろ、大通りも終わりだ。道の先には、高い城壁に囲まれた大きな門が、間近に迫っている。


私はひとつ大きな深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。


「ねぇ、ラファウ様。・・・珍しいついでに、一つお願いをしてもよろしいですか?」


私は頬を染めながら、ラファウ様を上目遣いで見上げた。

これから言うことは、すごくすごーく、恥ずかしい。

けれど、私、逃げないって決めたから。


小さく頷くラファウ様に、私は意を決して口を開いた。


「この間の、キスを、やり直してくださいませんか?私、突然のことで、ほとんど覚えてなくて・・・」


私が、何とかその言葉を言い終わると、ラファウ様は今度こそ、目を大きく見開いた。少し開いた口が、塞がらずに固まっている。

こんなラファウ様は、すごく珍しい。

私はまた、嬉しくなった。


しかしさすがはラファウ様。すぐにいつもの顔にお戻りになった。手綱を引いて、馬を止めると、私の腰を抱いていた腕を緩めて、私の顎を掴む。私はドキドキと高鳴る心臓に胸を当て、ラファウ様の綺麗な瞳をじっと見つめた。ラファウ様の口が小さく、何事か呟いて、ゆっくりと近づいてきた。ラファウ様の瞳がすぼめられるのを最後に、私は目を閉じた。私の心が、幸せで満たされた瞬間だった。


「フラウ、好きだ」

あっま!(2回目)


次回更新は、少し間が空きます。

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