08話.火種の危機
ローラは、目の前に呼んでもいないお気に入りの青年と、その目の前で号泣している女性を見て、目を軽く見開き言い放つ。
「ここで何を騒いでおるのじゃ?」
本来であれば、ローラは即座に2人を殺していただろう。
だが、目の前に居るのはローラのお気に入りの青年。
殺すつもりもないが、目の前で号泣している女性が何なのか、気になっていた。
かといって、正直にその女性は一体何なのかと聞くのも、気が引けたのであろう。
青年は惚れ惚れとした眼差しで、ローラを見つめていた。
女性は、ピタリと泣き止み、湖から現れたローラに驚いていたが、次第に現実に戻ってきたのか、ローラと青年を交互に見る。
そうして何かに気がついたのか、ローラを睨みつける。
その女性の視線に気づき、ローラが目を細めて口を開いた。
「妾に対して睨みつけるとは…。
これは面白いのぅ。」
口元を軽く歪めて笑みを漏らす。
その言葉に青年が反応して、女性を見て睨みつける。
「僕の女神を睨みつけるなんて、本当に君には呆れるね!」
そう言い捨てる青年に、女性はビクリと肩を強張らせた。
そうして、口元をもごもごとさせて、やっと言葉に出来たのか声が漏れ出してきた。
「こ、これが女神ですって!?
確かに見た目は美しいかもしれないけど、そんなのまやかしじゃない!
だって、魔物よ!?
私たちを餌としか思ってない魔物なのよ!?
あぁ、気持ちが悪い!
貴方は魔物に操られているのよ!!
じゃなきゃ私に向かってこんな事したり、言ったりする訳ないもの!
もういい加減目を覚まして!!
これは女神なんかじゃない、化けも…っ…。」
女性の話を聞いていた青年だったが、次第にその表情は険しくなっていく。
そして、女性が最後まで言い終わる前に、青年は女性に向けて、手をあげていた。
ばちーんっと、辺り一面に音が鳴り響く。
女性は打たれた頬に手を置き、目をまん丸に見開きながら青年を見つめていた。
自分に一体何が起こったのか、わからないといっているかの様に。
一方、そのやり取りを見ていたローラも、一体何が起こったのか理解出来ていなかった。
そもそも、呼んでもいない人間が、この場所に足を踏み入れることは、自分がここに産まれてからほとんど無かったのだから。
ローラはとても慎重深く、男性の生気を好んでいた。
だから、たまに間違えて呼んでしまう女性は、その場で駆除していた。
男性に関しては、普段は変わらない様に生活させ、頃合いを見て自分のところに時たま呼んでは、生気を食べるを繰り返していたのだ。
それは、規則性もなく人間たちにバレる事は無いだろうと思っていた。
仮に今、バレていたと仮定しても、ローラにはこの状況が理解出来なかった。
ローラに向けて言われた女神という言葉。
それはローラにとって、昨日に続いての初めての心が高揚する言葉だったのだから。
だから、本当ならその場で女性に向かって攻撃していたはずのローラは、青年の言葉に動揺していた。
そんな光景を、姿を隠しながら見ていたミリーだったが、流石にそろそろ状況が危ないだろうと思い、その場に姿を現す。
「おはようローラ。」
その言葉で、3人の視線はミリーへと向かう。
いつの間にか現れていたミリーに、青年と女性は驚きを隠せない様だ。
ローラだけは、昨日の異様さからして、特に驚いた様子は無い。
「おはようミリー。
其方いつからおったのじゃ?」
「んー、2人が此処にやって来たのに気づいたから、ずっと様子を観ていたの。」
少し思案してから、ローラの問いに答えると、青年は輝きの眼差しを向ける。
「ローラ様と言うのですか?
流石は女神様だ、こんな美しい方がローラ様以外にもいるとは…。」
どうやら、ローラの名前を知る事が出来たのと、目の前に現れたミリーの姿に喜んでいる様だ。
ローラは少し面白く無いと言った目で、チラリとミリーを見たが、自分から見てもミリーは愛らしい。
それに、昨日の一件でミリーを敵に回したら、自分は直ぐにでも負けるだろうと理解し、直ぐに諦めていた。
それにしても、普通にとは言えないが、好意的に接してくる青年に、疑問を抱いていたローラは口を開いた。
「処で、其方は何故妾をその様に好いてくれるのかのぅ?
今は其方は普通に生活をする様に、チャームは解いておるのじゃが…。」
青年に向けるローラの瞳は、真剣そのものだった。
そんな風に、ローラに見つめられた青年は、顔を真っ赤にさせていた。
そして、先ほどの驚きから目が覚めたのか、女性がローラを睨みつけながら、口を開いた。
「嘘よ!アーサは今もあんたが操ってるんでしょ!!
じゃなきゃ、じゃなきゃアーサがあんたを女神なんて言うはず無いじゃ無い!この化け物!!
いいから、早く私のアーサを返しなさいよ!!」
ローラを見つめながら、顔を赤くしていたアーサは、女性が何を言っているのか、一瞬考えてから女性へと睨みつけ、手を握りしめていた。
ローラは、アーサを真剣な眼差しで見ていたが、女性が言い終わる頃には、女性を敵だと認識し、鋭い瞳を女性に向けていた。
「妾を怒らせるとは…其方、楽に死ねるとは思わぬがよい!!」
そう言って、ローラは自身の周りの湖の水を、女性へ向けた。