05話.封印の解除
昨日書き上げる予定が、日付がずれた上に時間が掛かってしまいました。
見てくださっている方、ありがとうございます。
アーサの異変に気づいたミリーは、しばらくその姿を上空から眺めていた。
もし、自由になっていたとした場合、昨日のミリーに対する返答は謎である。
なんでもないなら、同じ同士として、情報交換をするなりあってもいいのではないだろうか。
それとも、ミリーを不審に思ったのだろうか?
ここは慎重に様子を見るべきだろうと、判断し、そのまま気づかれない様にアーサを見守るミリーだったが、その側で2人の人物が居ることに気がついた。
(…あれは、昼間の老夫婦?)
今日一番初めに声をかけた老夫婦が、そこにはいた。
アーサからは丁度視覚になる様にして小屋と葉っぱたちで出来た柵があり、その横に木で出来た長椅子があり、アーサがそこを見るには、後ろを振り向く必要がある。
そんな長椅子に、老夫婦が座っていたのだ。
老夫婦も気にはなるが、今はアーサである。
ミリーは老夫婦から視線を逸らして、再度アーサに視線を向けると、丁度家に着いた所らしく、扉に手をかけているところだった。
扉を開けると、其処にはアーサの帰りを待ちわびていた人物が、顔を出す。
その人物を見た瞬間に、ミリーは息を止めていた。
家の中から顔を出していた人物、それはフェリーシャであって、フェリーシャではなかった。
姿形こそ、昨日話をしたフェリーシャの様だか、決定的に違う事があったのだ。
それは、肌が蒼色の鱗に覆われていたこと。
それと、アーサから荷物を受け取ったその手に、大きく鋭い黒い爪が付いていたこと。
アーサと会話する舌は、蛇の様に細長く、異様な動きをしていた。
そして、無意識のうちに、自身を透明化する。
初めから透明化の魔法を使っていれば、洋服の心配等もいらなかったのではないかと思いもするが、久しぶりの魔法で存在をすっかり忘れていたミリーだった。
そんな忘れていた透明化の魔法であったが、本能でそれを選択し、実行へと移していたミリー。
この選択こそが、ミリーを救っていたとは気づきはしない。
何故ならその選択をするまでもなく、無意識に透明化を行っていたからだ。
そうして、そのままアーサが家の中へと入っていくのを確認する。
少し時間を置くと、ミリーは動き出した。
それは、小屋と葉っぱたちで出来た柵に守られ、アーサたちに気付かれていなかったであろう老夫婦の元へと。
小屋の所で地面に足をつけ、辺りに人がいない事を確認すると、透明化を解く。
そして、長椅子に座っている老夫婦の元へと歩き進む。
そのとき、老夫婦の側へと近づいたミリーに、老夫婦は顔を向けてきたのである。
念の為にと防御魔法を施していたミリーだったが、話しかける前に此方を向いてきた老夫婦に驚いて、身構えていた。
だが、すぐに身構えるのを止めていた。
それは、とても怯えた顔をした老夫婦が、そこに居たからだ。
まず初めに話を切り出してきたのは、老夫婦のお爺さんであった。
お婆さんを守る様にして、お婆さんミリーとの間に出てきたお爺さんは、口元を軽く震わせながら話し出してきたのだ。
「こ、こんな薄暗くなってきてから、一体何の様ですかな…?」
怯えた声で話掛けてくるお爺さんに、それを必死に見つめるお婆さん。
ミリーは少し居た堪れなくなるが、向こうから話しかけてきてくれることに少し喜びを感じていた。
そして、警戒を解いてもらおうと、いつも通りな感じで話しかけることにした。
「ミリーって言います。
このローシャ村の外れに住んでいるんですが、知っていますか?」
「そうかい…ミリーさんと言うのか。
このローシャ村の外れというと…?」
すると初めて、ミリーのこの問いに返事を返してくれたのである。
だが、逆に警戒させてしまった様でもある。
お爺さんとお婆さんはしきりに、お互いの顔と、お隣であるフェリーシャとアーサの家の方を見ていた。
どういうことだろう?と、ミリーが不思議に思っていると、お婆さんが重たく閉ざしていた口を開いたのである。
「ミリーさんと言いましたか…?
ローシャ村の外れとは、私たちのお隣の家の事でしょうか…?」
震えながら喋る声は、だんだんとかすれていっていた。
それと共に、老夫婦の顔色はどんどん悪くなっていき、額には脂汗をかいている様だった。
そんな姿を見て、ミリーは理解した。
きっとこの老夫婦はさっきの光景を、見ていたに違いないと。
そして、隣の家にいるフェリーシャとアーサを、恐怖の対象と見ているのであろうと。
また、この老夫婦からしたら、このローシャ村の外れとはすなわち、隣の家であるフェリーシャとアーサの家で、ミリーの事をあの2人の仲間だと思っているのであろう。
だが、この反応で1つ分かった事がある。
それは、その答えを導き出したこの2人は、紛れもなく自由ではないということに。
だが、そうなるとこの老夫婦からミリーを認識したり、会話が成立していることが不自然であった。
だが、まずはその誤解を解くことにしよう。
ミリーはちらりと、お隣のフェリーシャとアーサの家を見てから、お爺さんとお婆さんに視線を向ける。
「えーっと、お隣のフェリーシャさんとアーサさんの家と勘違いされている様ですが、あたしはその、フェリーシャさんとアーサさんの家の隣に住んで居るんです。」
それを聞いた老夫婦は、一瞬驚いた顔をしてから、一息つくと、みるみる顔色が良くなっていった。
そうして、お互いの顔を見て頷き合うと、ミリーを2人の家の中へと案内した。
どうやら、フェリーシャとアーサには気づかれない様に話をしたかった様で、静かに移動を開始した。
ミリーはそんな2人の意図に気がつくと、自分もまた静かに2人の案内に従って家の中へとお邪魔する事にしたのです。
老夫婦に案内されて入った家は、手作り感溢れる家だった。
内装の物は、2人のお手製であろう。
お爺さんとお婆さんは、隣同士で腰を下ろすと、ミリーを2人の前へと座らせる。
切り株で出来た広めの机に、小さな椅子である。
そして、お爺さんは机の上に両手を握りしめて乗せると、話をきりだしてきた。
「ミリーさん、貴女を見込んでお願いしたいことがあるのです。」
「あたしにお願いとは…?」
まさかお願い事をされることになるとは、思ってもいなかったミリーは、2人に交互に視線を合わせながら、驚きの顔になる。
(2人は自由なの…?
いや、でもそれじゃあ、さっきの返答がおかしい…。)
左手を口元にもっていき、思案するミリーを他所に、お爺さんの会話は続いた。
「お願い…というのは、他でもありません。
お隣の家の魔物についてなのだが…。
どうやらミリーさん、貴女はこの家の隣の家は、フェリーシャとアーサくんの家だと思っている様だね。
だが、それはあの、虹色の天災の前なんだよ…。」
お爺さんの言葉を聞いた後、ミリーの頭の中で何かがひび割れる音がした。
そして、そのひび割れは弾け飛んでいった。
そうして、ミリーの頭の中にあった封印が解けたのである。
(あぁ…そうね、そうだったよね…。)
ミリーの瞳からは、一筋の雫が頬を伝っていた。
それは音のない涙だったのです。