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3

騎士視点。

――遅い。


 《龍の石》の安置場に向かった彼女が戻ってこない。

 いくらなんでも遅い。天にあった陽がすでに沈んでしまっているのだ。

 焔の能力者である彼女でも、こんなに時間がかかってしまうものだろうか。


 リシルの事が心配になり、騎士は安置場に向かった。

 彼女の無事が分かれば、すぐに戻るつもりで。


「リシル!!」


 中をのぞいた騎士は彼女の名を叫び、駆け寄る。

 リシルは《龍の石》の近くに倒れていた。

 耳を彼女の口元に近付けると、静かな呼気が聞こえた。良かった、生きている。

 大きな外傷は見当たらない。きっと疲労で倒れているのだろう。

 騎士は丁寧にリシルを抱き上げると、急いで城まで戻り、癒しの力を持つ友人の元に向かった。





――頼む。彼女を診てくれ。多分力の使い過ぎで倒れているだけだと思うんだが、心配なんだ。


 友人は急に来たにも関わらず、嫌がることなく彼女を診察してくれた。

 こいつはすごい能力者だから、彼女の疲労を一番いい状態になるように癒してくれる。そして、彼女が目覚めたら、少しゆっくりして。それから、彼女と食事に行くのだ。


 じっと見ていた騎士に、友人は悲しげな表情で「ごめん」と言った。

 どうしたんだ。何故、お前が謝る?

「ごめん。僕には、彼女は治せない」

 どういうことだ。お前の言っていることが、よくわからない。

「僕の力は傷を治すことが出来るけど、心までは治せない」

 混乱している騎士に友人はゆっくりと説明した。

 強い能力者が、一気に力を使うとどうなるのか。今、彼女が置かれている状態がそうなのだと。

「目を覚ましても、彼女と話は出来ないと思う。心が壊れてしまっているから……」

 すべてを聞いた騎士は、手を強く握りしめ、壁を殴りつけた。



 彼女はきっと知っていた。

 氷を融かすために焔の力を使えば、自分がどうなってしまうのか。


 まるで死んでしまうような言い方だと思ったのは気のせいではなかったのだ。

 心が無ければ、死んでしまったのと変わりない。


 ああ、どうして。

 もし、彼女に大切な者がいたなら、彼女は自分が生きられるように能力を使ったのだろうか。


 彼女が大切だったと言っていた男が、彼女を捨てた事を初めて憎んだ。


 もっと早く出会い、彼女の大切な人間になれなかった自分が恨めしかった。


 安置場に向かう彼女の後ろ姿が焼き付いて離れなかった。





 仕事の空き時間を見つけて彼女の元へ行くのが最近の日課である。

「今日は早かったな」

 友人が出迎えてくれて、軽く挨拶をすると、彼女の部屋に向かう。

 リシルはベッドの上からぼんやりと外を眺めていた。

「今日も元気そうだな、リシル」

「……………」

 声を掛けても何も話さない。

 聞いているのかも分からない。

 彼女はただ、息をしているだけの状態だ。


 綺麗な碧の目がガラス玉のようで。

 優しげな表情を浮かべていた顔には、今は何の表情も浮かんでいない。

 こんな状態なら生きていない方がましだと、言う者もいるだろう。


 けれど、彼女は時々僅かに反応を示すことがある。

 それは騎士が手土産に持ってきた花だったり、外で飛んでいる鳥であったりする。

 それはそれは、嬉しげに、穏やかな優しい表情で微笑(わら)うのだ。 


 いつか。

 もしかしたら、彼女の心が回復するかもしれない。

 そんなことがあるかもしれないと期待してしまうのだ。


 だからこんな状態でも生きていてくれてよかったと、騎士は心から思う。


 君が目覚めたら、今度こそ一緒に美味いものを食べに行こう。


 彼女と過ごせる日を待ち望んで、騎士は毎日彼女の元を訪れる。

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