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そして、また歩き出す  作者: 山田一朗
ミドル・ステージ
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07 生死

 リヴォルヴァーズが全滅してから二日後、とあるサイトにサノバと記者のインタビューが載せられた。

 VR、非VRを問わず、MMOゲームとあらば無節操に情報を載せるサイト〔時刊MMO〕だ。

 すでに日刊など遅すぎるという意味合いでつけられたのだが、複数の記者によって更新されるその記事の載せ方は、まさしくである。

 記者〔菊地しをん〕がいかな手段を持って、ゲーム廃人を引っ張り出したかは、しらない。


 ――まず、PWOで最前線攻略をしているギルドのサノバ氏に聞く。全滅したというのはほんとうか。

「事実だ。メリクスの雪山〔サガル・ジュンガ〕の頂上まで行き、そこで死んだ」


 ――頂上で竜種と出会い、それに殺されたという噂は正しいか。

「そうだ。私たちはそこで竜種と出会い、交戦することもなく死んだ」


 ――交戦することもなくというのは。

「戦うまえに無力化されていた。その段階で勝負はついていた」


 ――そこまで強力な無力化とはなにか。

「アビリティ〔非実物化(ディリアライズ)〕だ。いくつもの装備をカード状態へ戻された」


 ――そのアビリティは青色竜のものと同種と思われるが、どうか。

「そうだ。頂上で見た竜は青白く、氷雪竜という名称をしていた」


 ――白色と青色のちからを併せもつと考えられるが、どうか。

「想像でしかないが、その可能性は高いと見られる」


 ――ふたたびサガル・ジュンガの頂上へ挑むつもりはあるか。

「いまのところその予定はない」


 ――今回の目的は、情報の検証ということか。

「そういうことだ。情報は、すばやく正確に伝えられるべきだと考える」


 ――PWOの難易度について、適正と考えるか。

「難しいものの、製作集団にとってPWOは、レトロ・ゲームのようにトライアル・アンド・エラーを前提としたものだと考えられる。死亡イコール、キャラクター・ロストではなく、経験値減少のデス・ペナルティというのは、むしろやさしい」


 ――竜種に対して、攻略のアイディアはあるか。

「既知のテンプレート構成ではむずかしいと思える。意図的に仕組まれたアーキタイプからの脱却が必要だろう」


 ――スキル・プールをひろく考える必要があるということか。

「そういうことだ。スキル・デザインの段階で、デザイナーたちに強力なスキルとシナジーを感じさせる構成が仕組まれている。もっと言うのならば、スキル選択が狭まるように罠を仕掛けられていると感じた」


 ――よく知られた強力なスキル構成は地雷ということか。

「じぶんだけのスキル、装備構成を考えろというメッセージを感じた」


 ――長い時間をゲームにつぎこんできたプレイヤーから反発を招くと思うが、どうか。

「レヴェル制とスキル制のハイブリットであることを考えるとマシな方だ。スキル習熟度だけなら、効率的にあげる方法も発見されている」


 ――怒りはないと。

「失望はある」


 ――それを肯定できるのは、既知の竜種すべてに倒されてきた経験からか。

「スキルに使われるのではなく、スキルを使って楽しみたい。ものは試してから使うかどうかを決める。そういう意図のもと、プレイをすることがおもしろいと考える」


 ――そのひとつが、ビキニ・アーマーか。

「これはむかしからの趣味だ」


 ――注目しているスキルはあるか。

「測量スキルがひろまったことは喜ばしい。しかし、これは意図的に強いスキルとも言える」


 ――では最近、興味のあるスキルはあるか。

「日常系、生産系スキルに惹かれるものがある」


 ――戦闘職から転向するということか。

「多角的な視点を持つべきということだ。どんなスキルにも利点は存在する」


 ――最後に、なにか言うべきことはあるか。

「エリアの追加で環境が変わりはじめている。そのさまを見ることは愉快だ」


 ――ご多忙の折、ご参加、感謝する。


 インタビュー記事を読んだPWOプレイヤーにとって、その内容は震えるにたりるものだった。

 じぶんたちが育ててきたスキルが、ラスボスあいてにはまったく役に立たないものかも知れない。

 その衝撃は強いプレイヤーであればあるほどだ。

 スキルだけならばよい。だがステータス値までも、振りに失敗していたら?

 そこまでは言及していないインタビューだったが、火のついた恐れは猛火へと変貌していく。

 正確かどうかではない情報ですら、相場に影響を与える。

 もともと高値のついていたステータス振りなおしアイテムは、その日を境に値を上げはじめた。

 もっとも課金で買えるアイテムだから、暴騰はしないのが救いであろう。


 七月も中旬を過ぎて、義明が二年生に上がって一度も通わないまま、高校も夏休みを迎えた。

 配られた通知表は、一年の三学期よりも主要科目は上がっていたものの、反面、実技系の成績は目をつむらずにはいられない。

「うーん、こんなものか」

 はっきり言えば、期待したほどではなかったのである。

 わるくとも七割はとれているのだが、良くても九割ちょいと、満点はひとつもなかった。

 その内、もともと得意ではなかった理数系の伸びは、予想を下回るものだ。

「やりたいんだけど、どうしても苦手意識っていうのがなあ」

 とっつきづらいという感覚がぬけないのであった。

 いつの時点からこうなってしまったのだろうと義明が記憶を掘り返すと、近いもので中学三年生のころには、すでに苦手意識を植えつけられているようだった。

 ではなぜそうなったかというと、それがまったく覚えていないのである。

 両親が教師と元・教師という関係上、ふつうに考えれば恵まれているはずだ。あるいはそれが原因となったのかもしれないが、定かではない。

 しかしこれは、いま義明が状況を打開するに恵まれた環境である。

 もちろん引退してひさしい母・明子に勉強を教えてもらうというのではなく、その方法、もしくは勉強がおもしろくなる思考を教えてもらうつもりであった。

 一階でソファに座りTVを眺めてお茶菓子をかじっているはずの母に助けをもとめるべく、さっそく部屋から出ていくのだった。


 ひさしぶりで教師役を務めることになった明子は、はりきって網膜投影メガネ型ディスプレイをひっぱりだしてくるほどだ。

「いい、義明。母さんは手を抜かないからね」

 義明は甘く見ていたのだが、現役時代の明子はそうとうに優秀だったようで、義明の疑問や嫌悪にも似た苦手意識を、さかのぼって解きほぐしていった。

 丁寧で、かみ砕いて話してくれるのでわかりやすい。だが、まったくもってやさしくはなかった。

 なるほど。義明は記憶を取りもどすことができた。むかしもおなじように明子に勉強を教えてもらい、その厳しい指導に音をあげたのだ。

「そうじゃないでしょ。まず……」

 などなど、次からつぎへ指摘が飛んでくる。もはや悲鳴のひとつでもあげたくなるほどだった。

 夜には帰宅した義弘も混ざり、義明の勉強は層倍にヒート・アップしていった。

「お。めずらしいことをしているな。どれ、父さんもいっちょ、手伝ってやるか」

 あやうく、もう一度、理数系が嫌いになるところであった。


 では夏休みのあいだ、義明がまったく勉強漬けになっているのかというと、そういうわけではない。

 熱暴走寸前の脳をクール・ダウンさせる時間もきっちりとっていた。それはリハビリテーションであったり、外出して友人と遊ぶことである。

 しかしながら、義明が最近、勉強以外にもっともちからを入れているもののひとつは、取材であった。

 じぶんの担当医師は、すなわち神経系を熟知しているのだ。

 であれば、将来、じぶんのちからで疑似神経回路を構築しようという時に、その知識が役に立たないわけがない。

 そして取材はリハビリ控え室の、義肢を身につけた人びとにもおよぶ。

 第三・五世代の義肢とはいったい、どういうものなのか。

 まずそういうものに理解を深めていくところから、義明は没入していくことを覚えた。

 はっきり言って、義明には教えてもらったことの大部分はまだ理解できないものだった。

 しかしウェアラブル・コンピュータで取材内容を録音、録画しておき、後日、資料を漁りながら見返すことで、造形を深めるつもりである。

 データ・ベースに蓄積しておくことは、未来への財産になりうる。いまは貴重な瞬間なのだ。

 とはいえど、義明もまだ少年の域を出ない。忘れてはならぬのがVR世界のことだ。

 息抜きと言えば、これは切っても切れぬものである。

 もはや穴を埋めるようにして、義明はクロモリ、アルミ、カーボンの三人と組んでプレイしていた。

 もちろん、義明も昼間からPWOで遊びふけるということに、気が引けないではない。だがそれこそ背徳感も混じって、よりいっそうおもしろく思うのだ。平日の明るいうちから、酒を飲むような感覚といっしょである。 

 薬味をたっぷり用意したそうめんで昼飯にした義明は、くちくなった腹をさすりながら、デスク・チェアに尻を移す。

 背もたれにそのままからだを預けて、VRシステムを起動させた。

 バグ修正のアップ・デートを終え、またPWOの世界へと入りこんでいく。


 夏休みが始まって、ヨシュアたちはプラネタ、メリクスから足をすすめ、つぎの街へ活動拠点を移した。

 雪山〔サガル・ジュンガ〕の攻略が、現時点ではどう考えても不可能と悟ったのである。なにせ現状最高と言えるパーティですら瞬殺なのだ。ヨシュアたちがかなう道理はない。

 結局、メリクスで仲良くなったのはリードと、ライムのパーティであったヨルコとアサヒルのふたりだけであった。

 街を去るとき、ヨシュアはリード雑貨店へ別れの挨拶をしにいった。

リード雑貨店はいつもどおりに営業していて、路地裏に寒々しく存在している。

 裏口からではなく正面から入ると、ローブの奥にある瞳がブラウンに輝いていた。

「よう」

 と言うと、

「やあ。そろそろ行くんだろう?」

 すべてを悟っているようだった。

「あいかわらず、聡いね」

「きみはどこかへ腰を落ち着けるタイプじゃないと感じられるからね」

 その確信がどこから来るのかわからなかったが、ヨシュアにとってそれは皮肉にも思えた。

 ただ、こころの有り様が行動に直結するVR世界では、それはごまかしようのない本音でもある。

「そういうものかな。……そういうものか。実際、行くんだから」

「こころに空いた穴へ風が吹きすさぶよ」

 その顔には悲壮感など一切なく、むしろ笑みさえ浮かんでいた。

 しかしその瞳には、かがやくしずくが溜まっていたのだが、

「マップが埋まったら、きちんと郵送するよ」

 それで、すっかり涙は引っこんでしまう。

「それはありがたいね」

 どこまでも真実と嘘の入り乱れた、男か女かもわからぬ奴であった。

 黒いローブのように正体は隠されていたが、それでもヨシュアはリードが好きになっていた。


「やあ、きたね」

「おそいぞ、ヨシュア」

「夏休みはいままでの分を、とりもどさないとな」

 えらんだのはこちらなのだ。

 メリクスからもどって、三人はあたたかくヨシュアを迎えてくれた。

 昼間のプラネタはなんの特徴もない高台の街だ。

 この街のほんとうのすがたを見る前に行かなくてはならないのは、ヨシュアにとって寂しくもある。

「わるい、わるい。昼にそうめんを食べすぎたよ」

 満腹のままログ・インすると、時間の流れがちがうVR世界では、その苦しみも長引く。

 ゆえに現実で落ち着いてからログ・インするのが適当だった。

「そういうことなら、しかたがないね」

「じゃ、そろそろいこーか。SLTはひさしぶりだね」

「ああ。雪山も攻略できないようだからな」

 SLT――スター・ライト・チューブ。すなわちプラネタと第四エリアをつなぐトンネル・ダンジョンである。

 テラたちの六人パーティと協力し、大人数で攻略したことは、ヨシュアたちにはまだ新しい記憶だ。

「雪山はしばらく無理そうだよ。っていうか、多色性能は反則だ」

 うんうん、と、うなずく四人であった。

 言うならば、矛盾という言葉の語源となった、なんでも貫く矛となんでも防ぐ盾を両方装備したにひとしい。

 竜種のつよさに関してプレイヤーは、再三、運営に抗議した過去がある。しかし解答は決まって、

「難易度は適正である」

 なのだった。

 たしかに物語的に最終局面である竜種がいともかんたんに倒されたら、倒したときの達成感はないだろう。

 しかし現時点で望みうる最大値をぶつけて、それがごみくず扱いでは夢も希望もない。

 竜種――ドラゴン。

 そう聞いて、あるいはイメージして、脳裏に浮かぶのはどういうものか。

 ゲーム・プレイヤーにとってみれば、強敵だがいいものをドロップする餌。そういう認識のものが多いだろう。

 あまりにも多くの作品で、雑魚として描かれていることに憤慨した、強烈な竜の信奉者。そういうものが、スタッフにいるに違いない。

 プレイヤーの見解はそういうもので一致した。つまり訴えても無駄であるということだ。

 だからこそ逆にプレイヤーたちは、その時がくるまで、おのれの牙を研ぎ澄ましていくのである。

「いまのあたしたちには天上のはなしだよ」

「そういうことだ」

「だね。ヨシュアはもう準備OK?」

「OK。一度、失敗してから、入念にするようになったよ」

「ほほう。じゃあ、その失敗談を歩きながら聞こうじゃないか」

 目を細めて、猫のようにアルミは笑うのだった。


 スター・ライト・チューブは、もともと、星空のような内装は人気が高いのだが、タイム・アタックという方式でゆっくりとは見ていられないという不満があった。

 そこで用意されたのが、クリア後の内容の変化である。

 一度クリアすると金属でも有機質でもなさそうな、一枚のカードがもらえる。

 これは実物化するまでもなく、カードとしてそのまま利用できる。

 このカード所持していると、入り口から繋がるダンジョン内が別のものとなり、

「ひゃっほー!」

「こりゃ、気持ちいいね」

「なかなかのスピード感だ」

「ちょっと、はやすぎない!?」

 アトラクションへと変化するのだった。

 そのトンネルを〔トロッコのようなもの〕こと、不思議な原動力つきの乗りもので、爽快に飛ばすのである。

 AGI中毒者(スピード・ホリック)な方々のために、手元で速度が変えられる親切設計である。

 配置されたMOBが絶妙なタイミングで驚かしにでたりもして、どこかの遊園地をモデルにしたのか、なかなかクオリティが高い。

 いわばVRジェット・コースターとでもいうべきものか。これはたいそう人気が出た。

 いまは落ち着いたものだが、デート・スポットとしてはなかなか利用価値が高いのである。

 その内に、街ひとつをテーマ・パークとしてだしてくるに違いないと、一部のプレイヤーは予想と希望を抱いているのだった。

 〔トロッコのようなもの〕が出口まで着くと、

「もっかい乗ろう!」

「わるくない提案だ」

「そうだね。時間はあるし」

「……もう一回ぐらいならいいかな?」

 目的が変わってしまった。

 結局、もう二回ほど乗って、別れを惜しみながら四人はつぎなるエリアへと歩み始めた。


 第四エリアは、いつ口笛が聞こえてきてもおかしくない荒野の世界であった。

 乾いてひび割れ、草一本すら生えそうにない大地ばかりがひろがり、吹きすさぶ風と砂が四人の顔をたたいていく。

「いかん。いかんですよこれは」

「口のなかがじゃりじゃりしないでよかった。そんなところまで再現されちゃかなわない」

「トンネルを抜けたら、そこは荒野でした。か」

「古典だね」

 とにかく四人は、このままじっとしているわけにもいかず、不毛の大地を踏み出した。

 このあたりに湧くMOBは、カッシ・ゲーナのように特殊能力が優れた種類よりも、ステータス値が高いが特殊な能力は持たない、という種類が多いようだった。

 硬質の外殻を備えた〔甲殻ワーム〕や、地面に穴を開けて移動する〔穴掘りワーム〕など、どうも荒野ではワームが繁殖しているようである。

 甲殻ワームなどは、まだ竜のような面構えをしていて、見られたものなのだが、穴掘りワームは、完全にでっかいミミズなのだった。

 とくに攻撃してダメージを与えると、びちびち(ヽヽヽヽ)と跳ねまわり、

「うわ、キモっ!」

「むぐ……」

「うえー」

 と、男性三人には大不評なのだが、唯一の女性、アルミはちがった。

「なにいってんの。おなじようなものぶら下げてんでしょ」

 下ネタすら交えて、情けない男どもに嘆息するのであった。

「あんなのじゃないよ」

「あそこまで大きくはないな」

「っていうか、アルミも女の子なんだからそういうこと言っちゃだめでしょ」

「ふん。なに言ってるの。男がだらしないからでしょうが」

 言い返せるわけもない。

 とにかく逃げまわって逃げまわり、第四エリアの拠点となる街・トゥエズへとやってきたのだった。

 出入り口は石造りの壁で囲まれていて、街のあちらこちらからは活気のある声がさかんに上がっている。

 それに混じってとんてんかんてんと、鉄をたたくような音も響いていた。

「ついた、ついた。汚れてはないんだけど、気分的にシャワー浴びたいね」

「それより、なにか飲みたいよ。店でもまわらない?」

「耳を澄ませば、冷たい果実水(ジュース)が売っているようだ。買ってこよう」

「だったらぼくは、ちょっと街をまわってくるよ」

 測量士であるから、はじめて立ち寄った街は、隅々までまわってマッピングする。

 もはや、慣れたものであった。

「うん。いってらー。おいしそうなものがあったら、買ってきて」

「OK。まかせて」

「いってらっしゃい」

 荒野の街・トゥエズは鉱山近くにつくられた街で、それだけに岩、鉄など、素材系アイテムがNPCショップで豊富に売られている街だ。

 許可証があれば、プレイヤーでも鉱山で採掘することができ、まれに出る高品質素材などをもとめて、日夜つるはしを振るう音が絶えない。

 こういう土地柄だから、AGI重視で革装備をメインとしているヨシュアにはなかなか辛い場所なのだった。

 むろん、穴掘りワームなどを倒せば、装備となる素材をドロップするのだろうが、それを身につける気がまだ起きないのである。

 NPCショップが素材系に偏っているとなると、自然、PCショップは装備系に偏る。当然だ、鍛冶職人の街でもあるのだ。

 どこかに軽量装備を売っている場所がないかとうろうろしていると、

「あれ、ヨシュア?」

「え。……ああ、ライムもこっちにきてたのか」

「や。この前はごちそうさま」

「よう。ヨシュアの兄さん。こっちは暑くてキツいだろう」

 ライムたちのパーティと遭遇したのだった。

 ヨルコ、アサヒルは知っているが、そのほかにいるふたりは、ヨシュアにも見覚えがない。

 ふだんのきっちりとしたメンバーが、残るふたりなのだろう。

 そのうちの、薄手のローブを纏う女性はじっとヨシュアを見たまま、値踏みするような視線を送っていた。

「ええと……なにか?」

「いいえ。失礼しました。わたくし、ユーガと申します」

 ぺこりと、魔術師風の彼女はあたまを下げた。

「僕はシンヤ。いつもライムがお世話になってます」

 おなじように、ヨシュアの腰あたりまでしか背のない小人族(ヌゥボゥ)も腰を曲げる。

「これはどうも。ぼくこそお世話になってます。ヨシュアといいます」

 日本人らしい、会釈合戦であった。

 フレンド・メッセージで、ヨシュアに「遅い」という文句がアルミから飛んで、九人は合流することとなった。

 一堂に会した九人は、あまりの人数に立ち話というのもなんなので、どこかの店へ入り、そこで落ち着いて話すこととなった。

 ふたパーティの仲介をする羽目となるヨシュアが話題の中心となるのは、言うまでもない。

「……胃が痛くなりそう」

 なのであった。


 女三人寄ればかしましいというのは、ほんとうのことであると、ヨシュアにはいたいほどわかった。

「でね。ヨシュアってばあのとき、雪山で……」

「うっそ。そんなキザったらしいこと言ったの? お前そんなキャラだっけー?」

「いや、それはね……」

「やるね。たらし」

「たらしたことは一度もないんですけれど」

「うそー。一ヶ月ちかく、女(?)のところに転がりこんでたらしいじゃん?」

「転がりこんだのは事実だけど、それに他意はない。はっきり言って!」

 もはや公開処刑にひとしい所業である。

 ヨシュアは目線でヘルプを頼むのだが、それを意図的に無視され、サインは彼方へ消えていく。

 男たちは身を固めてぶるぶると震えながら、じぶんたちに嵐が向かないのを祈るばかりだ。

 ――薄情者。

 と、こころのなかで罵るばかりだ。

 しかしながら結局のところ、それが男批判になるまで時間はかからなかった。

「聞いてよ。さっきもこいつらったらね、ワームごときできゃーきゃー言って、逃げまわるんだから」

 来たか。とクロモリとカーボンはうつむく。

 荒野の乾いた空気ゆえに、飛び火はかんたんに引火して燃え上がる。

「あー。それで言うんだったら、アサヒルとシンヤも情けなかったね」

「逃亡はないけど、腰が引けてたな」

 そして大炎上。派生につぐ派生、もはや全体範囲攻撃であった。

 はなしに積極的ではないが、ユーガの冷凍光線じみた視線のなんと痛いことか。

 ヨシュアは内心、悪意のこもった笑みを浮かべた。死なばもろともの思いである。

 そして話題はどうして男とは、なぜああなるのかなど飛躍につぐ飛躍を繰り返し、ヒート・アップした彼女たちは、とどまることを知らない。

 最終的に、

「ワーム狩りに行くぞお前ら。そのへっぴり腰を鍛えなおしてやる!」

 ちょっとした軍曹気どりのアルミであった。

 なにがしかの貢ぎものかトランキライザーでもあればよかったのだろうが、そんなものは都合よく持ち合わせていない。

 女性の方が多いパーティのシンヤとアサヒルは、すでに覚悟を終えていた。クロモリたちとくらべて、すこしばかり賢いところである。

「ええと、行くのはいいんだけどね。ちょっと休憩してからはどうかなー、とか」

「ああん?」

「すみません」

「……あきらめろ」

 賢くないクロモリと、魔法使いだけに境地に達するのがはやいカーボンであった。

 男たちはいそいそと装備を点検し、耐久値が修理を必要としないことを非常に残念がった。

 シンヤとアサヒルはすでに完了していて、もはや慣れっこになってしまったのか、対応のすばやさは熟練を思わせる。

「じゃあ、いつもどおり出入り口集合ね。狩り場はそうだな。近い場所で、採掘可能な〔鉱山〕、古びた〔遺跡〕、うじゃうじゃの〔ワームの巣穴〕っていうのがあるね」

 どれをえらぶ。とライムは言うのだが、実質、選択肢はひとつしかない。

「鉱ざ――」

「ああん?」

「遺せ――」

「はぁん!?」

「……ワームの巣穴が、いま密かなブームだよな。いや、すごく行きたいなー!」

「そうじゃないかと思ってたんだ。じぶんからえらぶなんて、なかなか男っぽいところが出てきたじゃないか」

 ばしばしと、アルミは背中をたたく。

 どれをチョイスしても結果はひとつ。収束していく運命に、誰もが涙をこらえていた。

 どうして男女のパワー・バランスはここまでひどくなってしまったのだろう。そう哲学せずにはいられないのだった。

「なさけない」

 そうつぶやくユーガの一言が、もっとも男たちのこころを抉った。


 街を回ってアイテムを買いこみ、準備を万全のものにすると、ヨシュアたちはふたつのパーティで〔ワームの巣穴〕ダンジョンを目指して出発した。

 しばらくは砂嵐をうっとうしいと思うばかりでなんの支障もなかったのだが、すべてが順風満帆というわけにはいかない。

 道中にも、やはり大みみずこと穴掘りワームは現れた。

 なまなましい肌色で、ぶるぶると震えながら蠕動するその姿は、見てしまったら夢に見そうなほど奇怪だ。

 H・P・ラヴクラフトが魚類をおぞましく感じ、ディープ・ワンとしたように、みみずをおぞましく感じたクリエイターの産物だろうか。

「うえ……」

 と、舌を出してしまうのは、誰にも許される行為であろう。

 逃げてしまいたいが、そうはいかない。もしここで逃げてしまったら、一生涯汚名がついてまわることは避けがたいだろう。

 ヨシュアはリーチの短い得物をメイン・ウェポンにセレクトしたことを、これほど後悔したことはなかった。

 前門のワーム、後門の女性陣に挟まれて、もはや特攻隊の様相で男たちは一歩を踏み出した。

 穴掘りワームは、まるで堂々とした様子で待ち構えている。巨体ゆえの余裕であろうか。

「くそ。やってやらぁ!」

 気分はやくざの鉄砲玉(すてごま)か。ヨシュア、クロモリ、シンヤの男性陣前衛組は、決死の思いであった。

 いや、あとで女性陣になじられることを思えば、ワームを倒すだけでよいというのはどれほど気安いことか。

 ストレスのすべてをぶつけるように、短剣を、片手剣を、槍を構えるのだった。

「どうにでもなれ。〔稲妻雷鳴刺し〕!」

 小人(シンヤ)の持つ槍から、紫電が空を切り裂いてワームへ奔り、

「ちくしょう。〔アーク・ドライヴ〕!」

 クロモリの持つロング・ソードより、弧を描く強烈な斬撃が飛び出し、

「やけくそだ。〔蜂の一刺し(ホーネット・スパイク)〕!!」

 鋼の短剣から放たれる黒と黄色の刺突が、巨大な胴体に食い込んだ。

 たった三撃で、穴掘りワームのHPが四割ほど削れる。それぞれが持つ現時点で最大威力の単発攻撃だけのことはある。

 しかし、たった四割だ。部位防御システムを採用しているこのゲーム(PWO)で、棒立ちのあいてにそれで半分弱。

 体長八メートル超、胴回り三メートル超の巨体は伊達ではなかった。巨体に見合うだけのHPを持っているのだ。

 技後の硬直が解ける前に、敵はうごきだしている。

 反撃はすぐにやってきた。

 ぶるり(ヽヽヽ)と震えたワームは、おぞましい甲高い声で鳴き、全身をくねらせて動きまわった。

 たったそれだけのことで、巨体のすべてに攻撃判定がつき、大威力広範囲の衝撃ダメージ属性〔暴れまわり〕が発動する。

 大きいことは、すなわち破壊力に繋がる。この〔穴掘りワーム〕こそが、その体現者だ。

 真っ先に被害者となるのは、リーチの関係で最接近しなければならないヨシュアだった。

「うわぁ!」

 避けることあたわず。

 もはやこれまでか、と覚悟した瞬間である。

「〔光・壁・盾(マナ・ランパート)〕!」

 ヨシュアたちとワームを隔てるようにして、光の壁が現れた。後衛に位置するカーボンの魔法である。

 ひとりだけ楽しやがって……という女性陣の視線が辛かったのか、魔法の発動は適切であり迅速だった。

 光の壁とワームが、ぎちぎちと音をたててせめぎ合う。

 数秒しか存在しない〔光・盾(マナ・シールド)〕と違い、常在するがHP制で、ワームの暴れまわりを防ぐのに力不足感は否めない。

 だが時間をつくることはできた。

 前衛三人が引き、そこへアルミとアサヒルからの弓の援護が入った。

「〔啄木鳥(キツツキ)〕!」

「〔蝋嘴雁(ロウバシガン)〕!」

 多段攻撃判定のある矢と、暴れ矢が穴掘りワームへ突き刺さる。

 攻撃を受けると反撃の度合いが強くなるのか、暴れまわりはいっそう酷くなり、〔光・壁・盾(マナ・ランパート)〕が崩落した。

「ちっ。一〇秒もたないか」

 いいながらもカーボンの指は止まらず、宙に複雑な魔法陣を描き続ける。

 その間をつなぐようにして、女魔法使い・ユーガの魔法がかたちを成す。

「〔雪・凍・風(アイシクル・ガスト)〕!」

 瞬間、日照りの荒野へ豪雪が吹きすさぶ。

 ワームがわずかに凍てつき、矢のダメージとあわせてHPが残り二割まで削れた。

「おっしゃあ!」

 後衛と前衛のあいだに収まっていたライムが、ステップで前進した。岩と鉄の街で新調したシールド・ガントレットがにぶく輝く。

 指を組み合わせた両腕を頭上高く掲げると、それは鈍色の光を放った。

「〔スレッジ・ハンマー〕!」

 振り下ろす。直撃。

 轟音と火花が散った。

 大金槌(スレッジ・ハンマー)。まさしくその名にふさわしい威力である。

 ワームが地に崩れ落ちた。だがそれは安心ではない。光の粒とならない以上、ワームはまだ存在を許されている。

 もういちど、全身を振るわせようとしたのか、ワームが瞬間、ひとまわり縮んだように見えた。

 全身鎧のなか、ひんやりとしたものがライムを包んだ。

 ひゅん、と、空を射貫いて、スロゥイング・ダガーが飛んだ。

 なんの小細工もないが、あっさりとワームの胴体に刺さり、最後の一ドットを削りきる。

「セーフ」

 短剣技〔蝶の口吻(バタフライ・ストロゥ)

 ダメージは低いが、短剣使いにとっては貴重な遠距離攻撃である。

 ようやくワームは光へ変じ、荒野の砂嵐に融けていった。

「ナイス。助かったよ」

 ぱちんと、ハイ・タッチをした腕と腕は、鉄と革の差か、ライムはさだかではないが、ヨシュアには痛かった。

 魔法陣を宙に遅延(ディレイ)状態で待機させていたクロモリは、嘆息して解除、魔法を霧散させた。

「やればできるんじゃない」

 ふん。と、鼻息を吐いてアルミは言う。

「追い詰められて花が咲くっていうか。ねえ?」

「やけっぱちになればできないことはないけど。なあ?」

「わざわざしたいとは思わねェし。よお?」

「プールのジャンプ台から飛びこむ感じっていうか。だよね?」

「生理的嫌悪感はある。ゴキブリを触りたくないのとおなじだ」

 せっかく見直したというのに、むー。という表情を隠しもせず、ライムは言葉を拾った。

「海の真ん中にたたきこめば、金槌も泳ぐの理論を使おう」

 つまるところ、飽きるほどやらせて慣れさせる。というオーダーが下った。


 そこから先は地獄の一丁目であった。

 ワームの巣穴へと向かうあいだにあらわれたすべてのワームを逃げも隠れもせず、真正面から立ち向かうという所業である。

 ヨシュアたち全員のレヴェルが上がるほどに行われたその戦闘は、数十回にも渡った。

「ヘルプ、HP二割切った!」

「っていうか甲殻ワーム硬ェ! 耐久値がガリガリ減る!」

「正面から行かないで、サイドから!」

「矢が刺さんねェ! 援護無理っぽい!」

「ちっ。魔法でこじ開ける。いったん退け!」

 というのはまだいい方だ。

 甲殻ワームを数で殴打する羽目になった前衛陣など、予備の武装を使わざるを得なくなった。

 メイン・ウェポンと比較して性能が落ちるわけだから、戦闘は長引き、必死につぐ必死である。

 なるほど。ライムのオーダーは正しかった。

 こうなってしまえば、もはやワームが気持ちわるいだとかは言っていられない。

 もはや前衛陣は、ワームの巣穴へ着く前に、ちからのほとんどを使い果たしてしまいそうな勢いである。

 しかしそれでも、後門の女性陣からの圧力により、強引に前へ。

 命令にゴー・アヘッド以外はない。

 地獄の一丁目を必死にくぐり抜けて、もはや砂嵐ごときに気を取られることもなく、前へ。

 仲間へ怨念をこめられるわけもなく、恨みはすべてワームへ。

 ワーム憎し。すり替えとは気づいていても、しなければ、うごくこともままならない。

 やがて、ようやく、

「……着いた」

 歩きにあるきづくめで、九人はようやくたどり着いたのであった。

 荒野の岩山に空いた巣穴には、目視できる表示で〔ワームの巣穴〕とある。

 男性陣の様相足るや、もはやゾンビのようであった。

 憔悴しきり、グラフィック的にはそうでもないはずの装備ですら、どこかマイナスのオーラがただようようだ。

「長かった。はてしなく長かった」

 目から熱いものがこぼれるほど、ヨシュアの全身を感動が包んでいた。

「絶対、死ぬと思ったね」

 頬がこけて見えたのは幻影にせよ、ロング・ソードを杖のようにして歩くほど、疲れ切ったクロモリだ。

「前衛はそうだったろうな」

 比較的、疲労はなさそうだが、ミスのできない後衛とあって、カーボンの精神的疲労は深いだろう。

「あとでジュースを奢ってやろう」

 こちらも、疲れはみせたくないアサヒルなのだった。

「それは嬉しいね……」

 肩を上下に揺らしながら笑みを浮かべる小人のシンヤは、むしろ逆に悲壮を感じさせる。

 ゴールした。ついにやり遂げたのだ。

 一歩もうごきたくない。その疲労感と達成感のなか、アルミの新たらしき命令(ニュー・オーダー)が下る。

「なに言ってるの。ここからが本番じゃない」

 男たちは精神的に死んだ。

 三〇分の休憩のち、地獄の二丁目が待ち受けているのだった。


        *


 三〇分間の休憩のうち、次第に雰囲気はピリピリとしたものを帯びてくる。

 ダンジョンに挑戦する長丁場になると準備してきたからよかったものの、ふだんの狩りであったら、即座に引き返すほどの消耗であった。

 戦闘後ということもあり、精神テンションが高まっているということも機能して、男どもの目つきはするどく、危険な光を放ちはじめた。

 あ、さすがにこれはまずいな。と、点火者・アルミと燃料投下者・ライムは思いはじめる。

 やりすぎたな。という感はうすうすあった。

 しかしそれを押しとどめる理性というのが足りなかった。まだ若いゆえの失敗のひとつだ。

 のちのちになれば、笑いばなしのひとつにもなるだろうが、いまは現在進行形の案件である。

 すくなくともここで帰るべきだった。

 そうすればまだ、男たちも恐怖の克服はできたというはなしで盛りあがり、ちょいとした不満などもこぼしつつも、なごやかに終わったろう。

 女魔術師・ユーガの視線はあいかわらず冷ややかで、しかしそれは男たちではなく、すべてのものに平等だった。

 竿状兵器(ポール・アーム)使いで中衛をつとめていたヨルコも、すこしずつ事態が変転しつつあるのを理解しているようだ。だが積極的に改善しようというほどのうごきはない。

 いつのまにかアルミが火をつけたものは、尻ではなく火薬になっていた。

 まだギリギリのところで堪えてくれている。だがいま刺激すれば、それはいまにも爆発してしまうにちがいない。

 もはや、

「やっぱやめ。いまから帰ろう!」

 などと言える雰囲気ではない。

 そんなことをしてしまえば、不満が爆発するのは火を見るよりも明らかだ。

 必然、アルミとライムは目配せをしてうなずくことになる。

 アイ・コンタクトではないが、意思は伝わった。


 回復薬などを用いてステータス上は全回復したが、男たちの疲労の色は濃い。

 それは仮想体のグラフィックには現れていない。しかしよく見れば、姿勢や立居振舞(たちいふるまい)からわかるものだ。

 ここでアルミのあたまに、選択肢が浮かび上がる。

 一 奮起させるために声をかける。

 二 刺激しないために声をかけない。

 いきなり頭痛がしそうな問題である。

 しかし、いままでのアルミの勢いからすれば、声をかけないのは不自然だった。

「そろそろいこうか。ワームにはもう慣れたろう?」

 崖から飛び降りる思い出、選択肢一をつかみとるアルミである。

「慣れたっていえば、慣れたけど」

 ぐったりとしながら、ヨシュアは立ち上がった。

「まあ、怯えないぐらいにはね」

 剣を杖にしなくともいいほど、クロモリも回復したようだ。

「……ふぅ」

 ため息ひとつだけでカーボンはローブをはたいた。

 アサヒルとシンヤはなにも言わない。

 またひとつ、背筋に氷片がすべりこむ思いのアルミであった。

「なにもダンジョン攻略しようってわけじゃないしさ。いままでは単体あいてだったから、複数も慣れとかないとねー」

 不自然だとしても、明るくふるまうライムである。

「はいよォ。わかった、わかった」

 弓で肩をたたきながらアサヒルも立ちあがり、

「カヴァーは積極的におねがいするからね」

 槍を杖にしながら、シンヤが疲れた笑みを浮かべた。

「わかってるって。ヨルコ、ユーガよろしくね」

「うん。任せろ」

「ええ。バック・アップは万全の用意です」

 いつ崩壊するのかという心配で、心臓のビートがすさまじいスピードで刻まれていると錯覚するほどに危うい。

 そう感じるアルミとライムなのだった。

 ふたりが、もう調子にノらないでおこう、と固く誓ったことは、言うまでもない。

 実際のところ男性陣は、完全にあたまにきているわけではなかった。

 疲れきっていまにもベッドへダイヴしたいことと、不満がたまっていることはほんとうだ。

 しかしながらここで調子にノせて、これがエスカレートしてはいけないと、しっかり釘を刺すことが狙いなのだ。

 だからこそ、端から見ればギシギシと油の足りない工業機械のような音がしそうなムードのなかでも、平然としていられるのだった。


 ワームの巣穴は、巨大な岩山を穴掘りワームがくりぬいたコロニーだ。無数にくねった穴が通路となり、人の出入りをたやすくさせている。

 巣穴というわけだから、ワームがたくさんいるのは当然のことなのだが、昼間のうち、成体は外出しているので、なかにいるのは、幼体が多い。

 つまり、人間大の穴掘りワーム(おおみみず)ということになる。

 うにょりうにょりと、這いずりまわりながら、穴掘りワームの幼体が三匹現れたのだ。

「げぇっ……!」

「巨大なのは誤魔化されてたけど」

「全長が見えると厳しいな」

 癇に障る甲高い鳴き声が、いっそう気持ちわるさを引き立てていた。

 あまりにもグロテスクなそのすがたは、さすがに女性陣も怯えませた。

「……行くかァ」

 口火を切ったのはアサヒルだ。ダンジョンのなかとはいえど、ワームの巣穴であるわけだから、弓を使うのに不足しないほどの空間が広がっている。

 技を使うまでもなく、三体のうち右端にいるのへ向けて矢を離した。吸いこまれるように命中して、ヘイトが増大した。

「右端はオレがとった。ヨルコ、抑えろよ」

「ああ。任せろ」

 弓が使えるということは、当然、長物とて自由に使えるということだ。

 ポール・ハンマーを長柄にして、先端へ穂先をあつらえた形状の武器〔ルーサーン・ハンマー〕を構え、ヨルコは向かってくるワームへスウィングしながら、尖った部分をぶち当てた。

 不快な鳴き声が響いて、ワームHPががくりと減る。

「こっちも行くぞ」

「いいよ」

 最低限の会話にアルミは冷や汗を掻きながら、指を離す。

 矢は真ん中にいたワームへと突き刺さり、これもおなじようにアルミへとうねりながら寄ってきた。

「先」

「OK」

 クロモリとヨシュアの連携は、それだけで通じるほどに練度を増していた。

 最後の一体のターゲットを奪ったのは、ユーガである。それをシンヤとライムのふたりで抑えこむ。

 カーボンがひとりで抑えにかかっていたヨルコに攻撃力上昇の支援(バフ)をかける。

「サンク」

「OK」

 戦闘中だというのに、テンションすらあがらない。正確には、そう見せていない。

 アルミとライムの焦燥感は高まっていくばかりであった。

 複数体あらわれたと言っても、成体ワームと比べれば御すのはむずかしいことではない。

 気持ちわるさだけをどうにかすれば、手足がない分、可能な行動もすくないのだ。


 ダンジョン攻略は、おおむね順調に進んだ。

 序盤は幼体ワームが複数出てきたが、成体ワームをあいてにしてきた連携が生き、さほどに苦労するものではなかった。

 いちばんの敵は、最低限の会話でだけ回すような、効率重視で他度外視のパーティみたいな空気だったろう。

 ヨシュアたちは、多少、いたずらが過ぎたかな。という視線でのやりとりがあったのだが、焦りと緊張で、それが悪巧みにすら思えるライムとアルミなのだった。

 事態は中盤に一変する。

 巣穴を奥まで進んでいくと、地面がみしみし歪むのがわかった。

 穴掘りワームの巣穴だけあり、地中はぼこぼこと穴が空いている。

 おそらくは空いた穴をスロープのように使って、下へ下へと移動するダンジョンなのだ。

「そこ、穴」

「え?」

 指摘が寸前すぎたのか、あるいは注意散漫すぎたのか。

 地面には、わかりやすいほどのひび割れ(クラック)があった。ふだんなら、注意して見ていれば避けることはたやすい。

 ワームと戦闘中、血迷ってそこを踏んでくれればいいな。ぐらいの気持ちで設置された罠だったろうに。

 注意なく踏み出した足がひび割れを捉えていた。

「――ぁ」

 崩落がはじまった。


 奈落の底へ落ちる感覚というのは、こんなものだろうか。

 アルミは浮遊感のなか、そんなことを思っていた。

 それは一〇秒にも満たなかったが、落ちる面々には一分にも一〇分にも感じられた。

 奈落の底は、近いところにあった。

 〔ワームの巣穴〕最終階層。

 古典的な落とし穴(ピット・フォール)であった。

 どれほど落下してきたのか、ヨシュアは地図を確認してもわからなかった。

 しかし、すくなくとも数十メートル。感覚的には百メートル超は落下したはずなのだが、そのわりには衝撃もダメージもすくない。

 パーティのHPを確認してみても、ほとんどが安全圏(グリーン)で、危険域(イエロゥ)に落ちたのは、最軽量のカーボンとユーガぐらいだ。

「痛くはないけど……くらくらする。みんな、だいじょうぶ?」

 アルミが聞くと、男性陣も演技を忘れてナチュラルな返事をした。

 すでにいたずらがどうのとか、仕返しがどうのとかいう状況ではなくなっていた。

「しかし、なぜこんなにダメージがすくないんだろう。あれだけわかりやすいトラップだったんだから、即死級でもおかしくないんだけど」

「その……みんな、ごめんね」

 めずらしく、しゅんとした様子でアルミは言った。さすがに責任を感じているのだ。

 しかも、えらそうなことを言った手前、立つ瀬がない。

 穴があったら入りたい気分だったが、いまはその穴の最下層だった。

「いいよ。落ちたものは仕方がないし、それよりどうするかを考えないと」

「だね。まずは回復しておこう。じゃないと、いざというとき、対応できないよ」

「そう、気を落とすな。ワームを克服できたこと事態は、わるくなかった」

「……うん。ライムたちもごめんね」

「しっかりひきとめられなかったわたしたちもわるいし、もしかしたらわたしがかかってたかもしれないし」

「うん。ノー・プロブレム」

「ああ、まあ、なんつーか、いいよ。調子狂うから、とっとと、しゃきっとしてくれ」

「反省はあとでもできるから、返ってからにしましょう」

「そうですね。いまはそれどころではないようです」

 ユーガの発言に、八人がクエスチョン・マークをあたまに浮かべた。

 得心はすぐにやってきた。

 足下がぐらつき、みんなは立っていることすらおぼつかなくなっていたのだ。

「なんだ……」

 また落ちるのか?

 その疑問はかき消える。

 ――グルルルル。

 地の底から響くような声がした。その発生源はすぐ近く、あしもとだった。

 まさか。その思いが全員に共通したが、それはまさかではなく、まことであった。

 もう一度、全員が落下した。それでHPのゲージがイエロゥに達したのは、軽装組の全員となった。

 見上げれば、そこには十数メートル級の、手足のない竜――ワームが、そこにいた。

 名称を〔大食い〕という。そのままだが、それがどれだけ恐ろしいか。

「逃げろ!」

 誰からともなく発された。しかしそれはあまりにも遅すぎる。

 なにかが激しくぶつかるような音がして、そちらを見れば、クロモリがあたまから食われていた。

「クロモリ!?」

 あんぐりと大食いワームが口をあけると、クロモリのすがたは口の中へ消えていった。

 一度だけ、悲鳴があがった。そのあと、大食いワームの口から、大量の光の粒がこぼれる。

「……うそだろ」

 死んだ。たった一度、噛みつかれただけで。

 MMOでは死ぬことなど日常茶飯事だ。

 しかしヨシュアたちは、あまりにも順調にきたせいで、いままで死にそうになることはあったが、死んだことはなかった。

 だが死んだ。あとかたもなく。

「逃げろ! なんでもいい、ここから逃げろ!」

 だが、どこへ行けばいいというのだ。

 そう冷静にささやく声がする。ヨシュアにもわかっていた。もう逃げられないのだ。

 天井までは一〇メートルほどもあり、唯一、通れそうな道は大食いワームがふさいでいる。

「ごめんね。みんな、ごめんね……」

 すすり泣くように言うアルミの声が、ヨシュアの胸に突き刺さる。

 死にたくない。逃げろ。

 そのふたつが、こころの底から必死に訴えてくる。

 どこへ? どうやって?

 冷たいほどの理性がささやく。

 できることはすくない。

 死ぬまで戦ってすこしでも情報を集めるか、倒して、ひとまず危機を乗り切るか、おとなしく死ぬのを待つか。その三つだけだ。

 三番目は論外だった。ならば、選びうる選択肢はふたつしかない。

「戦え! できるかぎりのことをするんだ」

 カーボンの檄が飛んだ。

 それでヨシュア、シンヤ、ユーガ、アサヒル、ヨルコの五人は動き出すことができた。

 ライムとアルミはまだつかいものにならない。だがそれも理解できる。

 その上、誰かを責めている場合ではない。

「おおおおお!」

「やああああああ!」

「だあああああああああ!」

「おおおおおおおおおおおお!」

 声を出さなければ押しつぶされるような気がして、思い思いの叫びを放った。

 しかしそれも、すべてが巨体に押しつぶされていく。

 約一分の善戦ののち、シンヤがつぶされて死んだ。その五秒後、ヨルコがかみ砕かれた。

 勝負になどならない。どれだけちからのこもった斬撃も刺突も殴打も技も魔法も、すべてが塵芥に等しい。

「ちくしょう。ちくしょう!」

 アサヒルの矢が突き刺さり、わずかドット削れた。しかしそれがなんだというのか。まだ大食いワームのHPは、八割も下回らない。

「――あっ」

 バネのようにたわんだワームは、ヨシュアとライムを飛び越えて、後衛にいたカーボン、アサヒル、ユーガ、アルミの四人を押しつぶした。

 着地のエフェクトであるかのように、多量の光の粒が舞う。

「みみず風情のくせして……!」

 その強がりは無意味だった。

 ワームは次に、噛み応えのありそうな金属鎧に目をつけた。大口を開いて、ライムへと迫る。

「……くそっ!」

 その金属鎧へ、ヨシュアは全身をたたきつけた。その衝撃で、ライムはワームの口から逃れることができた。

「え?」

 痛みがないことだけがすくいだった。

 ワームは狩りがうまくいかなかったことに腹を立て、なんどもなんどもヨシュアをかみ砕いて飲みこんだ。

 かみ砕かれている最中、ヨシュアはただ目をつぶって、死に対する恐怖に耐えることしかできなかった。

 死ぬのが一秒延びるかどうか。たったそれだけのことにすぎない。

 でも、そうすることが自然なような気がして、ライムを生かしたのだった。

「なんで、ヨシュア」

 その努力は、五秒という猶予のあと、無為に帰した。

 パーティは初の全滅を経験したのだった。


 死に戻りをして岩と鉄の町・トゥエズに帰って来たあと、アルミはすすりなくようにして、ただ全員に謝っていた。

 ライムもおなじように、うつむきながら全員に謝罪をする。

 それをなぐさめるために、反省会と打ち上げを兼ねて、九人は、食事をとっていた店にやってきていた。

 重苦しい雰囲気を砕くようにして、男たちはおどけるのだが、いまいち盛り上がらない。

 アルミたちが落ち着くまで、およそ三〇分を要した。


「……でも、はじめて死んだね」

 感慨深げにクロモリがつぶやいた。

「食われた方がマシなのか、押しつぶされた方がマシなのか。どっちだろう?」

 念入りにむしゃむしゃとやられたヨシュアが言う。

「痛みがないからノー・コンテストというのもアリだが、押しつぶしは一回の恐怖、食われるのは二回の恐怖だな」

 腕組みをしながら、カーボンが思考にふける。

 死んでみれば案外そんなものだと、クロモリたちが何度も言って、アルミたちを盛り上げた。

 ワームにたいしての恐怖などすっとんでしまったという点では、女性陣の計らいは成功した。

 ということにしてなんとか雰囲気をつくり上げ、九人はデス・ペナルティで下がった分の経験値をぽつぽつと稼いで、この日はお開きということになった。

 去り際、ライムはヨシュアに聞かなければならなかった。

「どうしてあの時、わたしを押したの?」

 あたまをぽりぽりと掻きつつ、どうしてなのか、ヨシュアにもじぶんのことはうまくつかめなかった。

「たぶん、とっさのことだよ。助けられたわけでもないしね」

 恥ずかしそうに、うつむきながら言うしかない。

「ううん。そんなことないよ」

「……だったら、それが答えかな」

 死にたくないよりも、死んでほしくないがうわまった。

 じぶんよりも優先するものがあるなんて、ヨシュアは質問されるまで気づかなかった。

「そっか。……うん、そっか」

 なんだか、ライムは嬉しそうな顔をしていた。

 落ちこんでいた時のような顔は見たくない。いたずらをしたくせに、ヨシュアはそんなことを思う。

「じゃあ、また病院か、どこかで」

「うん。病院か、学校で会いましょう」

 ――学校で?

 と聞く前に、ライムは去っていった。

「……ああ、登校日か」

 それは楽しみなのか、不安なのか、義明には判別がつかなかった。

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