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そして、また歩き出す  作者: 山田一朗
アーリィ・ステージ
4/18

03 渓谷

「シッ!」

 ヨシュアとカーボンが強引につくった隙を突いて、クロモリの攻撃がリヴァリアンの肩から脇腹へ抜けた。斬撃はまだ終わらず、反対の肩から入り、胸で交差して×字を描いた。

 ほとんどクリティカル・ヒットに等しい二連撃で、ようやくリヴァリアンは光となった。勝利したというのに、四人の顔に笑みは浮かばない。

 結局、有力な対応策はなく、人数差による、ちから押しで勝ったようなものだった。ヒグマの時のように、パターンをつくることもできなかった。

 ただ、技が使えてAIの精度がいい。

 たったそれだけで、まるで別のゲームになったような難易度だった。

 出てきたのが単体であったからよかったものの、これが複数出たら……と思うと、四人は素直に喜べないのである。

「けっこう歩いた気がするけど、どのぐらい、マッピング進んでる?」

 鬱屈した気分を吹き飛ばそうと、クロモリが話題を変えた。

「八分の一ぐらいかな。たぶん、渓谷に入ってまだ一キロぐらいしか来てないよ。道が道だから、長く感じるんだと思う」

 視界の左下にあるマップを拡大縮小させ、既知の場所と比較し、ヨシュアはそう計算を出した。

 渓谷は決して平坦ではない。足下は砂利だので歩きづらいし、起伏なども当然ある。道もまっすぐではなく、うねっているので、直線距離にしたよりも、実際に長いだろう。

「うっそー。それじゃあ、一日で渓谷のむこうまでつかないんじゃないの?」

「その可能性は高い。だから、事前にキャンプの準備はしてきただろう」

 うへぇ、という顔をして、アルミのあるく速度がすこし落ちた。

「ぼくはキャンプってしたことないから、たのしみだよ。ボーイ・スカウトとかやってなかったし」

「あのねー。そういうことが言えるの、やってみるまでだって」

 リアルでキャンプにいやな思い出があるのか、彼女はすこしばかり眉をひそめた。

「俺たちはむかし、キャンプに行ったことがあってね。その時、カレーをつくったんだけど、さあ食べようかって時に、セミがその中にどぽん、ってね」

「アレは悲しかったな」

「悲しかったじゃすまないっての。おかげで、すきっ腹で夜を過ごしたじゃない」

 苦笑しながら語りあうクロモリたちに、ヨシュアにすこしの憧憬が芽生えるのは、しかたのないことだろう。

 もっと、積極的に生きられたのではないか。そういう思いは、誰だって湧いてくるものだ。

「じゃあさ。今度はうまくつくって食べようよ。そうすれば、アルミのいやな思い出も変わるでしょ」

 いまから引き返しても、それに意味はない。

 そんなことはアルミもわかっているのである。ただ、すこしばかり、愚痴をこぼしたかっただけなのだ。

「……そうね。今度は、とびっきりおいしいのつくって、みんなで食べようか」

 くすり、と笑って、場があかるくなった。そういう雰囲気を持つ女なのだろう。

「そうだね。リヴェンジだ。たしか、スパイスはあったっけ?」

「ぼくが持ってきてる。いちおう、ギヴァンで売ってたのはひととおり」

「さすが料理スキル持ち。期待してる」

 そんなことをしゃべりながら歩いていると、次第に四人は、河で魚を採ろうとしているクマを見かけないことに気づいた。

 二メートル超の巨体を見逃すはずはない。ではなぜだろうか。

 答えはすぐにやってきた。

 河の中から、水をかきわけて一体のリヴァリアンが上がってきたのだ。

「ッ! 今度こそ、有効な手立てを見つけなきゃね」

「ぼくが先手をとる!」

 ひとりであるのなら、まだちから押しは通じるだろう。そう願いをこめるようにして、ヨシュアは走った。

「オオォォッ!」

 片手剣技〔スマッシュ〕を真似て、肩に担ぎ上げるような上段から、短剣を叩きつけに行った。

 短剣技にそのアーツは存在しないから、光を帯びたりはしないしガイドもないが、逆に言えば、技の型を知っていれば、見様見真似なり、異なる武器を用いて、手動でやってしまえる。それが利点だ。

 ひときわ派手な金属と金属の衝突音が響いて、勢いに負けたリヴァリアンの銛が宙を泳いだ。

 ここだ。と思ったヨシュアがさらに突っ込むと、撥ねたはずの銛がくるりと反転し、前進してきたヨシュアを突き返す。

 槍技〔風車返し〕

 一度受けてから、その勢いを使ってカウンターを取る槍技である。

「ちぃっ!」

 それを青銅の短剣で受け、ヨシュアは後退した。それを知っていたかのように、魔法が瞬時に発動した。

「〔雷・線(ライトニング)〕!」

 魔法陣から、青白い電光が一直線に伸びた。その稲妻には敵味方に対する判定はなく、触れたものは全員(ヽヽ)ダメージを受ける。

 強力だが、使いどころの難しい魔法である。また、カーボンにとってはMP消費量も低くないので、そう頻繁に使うわけにもいかないのだ。

 だが、水棲動物にならば、電撃はよく効くだろうというカーボンの予想は当たっていた。

 銛でガードしたように見えたが、それをすり抜けて本体へ直撃する。また、一瞬ではあるがスタンしたようだ。

「ここだ!」

 クロモリが飛び出して、本家のスマッシュを放った。ノー・ガード状態で受けたリヴァリアンは、電撃のダメージも合わせ、残りのHPは三割弱である。

「シメはあたし。それじゃあ、さいならっ!」

 リヴァリアンのあたまに矢が生えた。FPSのヘッド・ショットのように、矢がHPを削りきり、リヴァリアンが光に溶けていく。

「単体ならなんとかなるね。……でも、ぼく、ぜんぜん活躍してない」

 ちょっと、ふくれ面になったヨシュアであった。


 そこから先、クマに出くわすことはなかった。

 河の中からリヴァリアンが上がってきたように、ここから先は、彼らの縄張りなのだろう。

 こういうちいさなことでも、力関係というのが見えてくる。つまるところ、銛で武装したリヴァリアンに、ヒグマは勝てないのだ。

 しばらくはリヴァリアンも、単体でしかあらわれなかった。

 おそらく、群れというのは上流に位置し、はぐれや気まぐれの奴が、下流にいるという設定になっているのだろう。

 そして二キロメートルほどきたあたりだろうか。四人は他のパーティと出くわした。

 彼らは六人で、装備からして、ヨシュアたちよりもしっかりとしているように見える。

 このパーティでいちばんしっかりした装備なのは、クロモリだ。青銅の片手剣、青銅の上半身鎧、青銅の盾と、通称ブロンズ・セットである。

 しかし六人パーティの装備は、鉄と青銅が入り交じっている。特に攻撃力を重要視しているのか、扱う武器はすべて鉄製のようだ。

 作業は完全に分担されていて、単独からふたりで現れるリヴァリアンを、まず盾持ち(タンク)がブロック、その隙に片手剣のダメージ・ディーラーが脇からスマッシュを叩きこみ、魔法は〔雷・線(ライトニング)〕ではなく〔光・連・礫マナ・シリアル・ボルト〕を採用し、防御役にダメージが行かないよう、確実にダメージをとっていく方針のようだ。武器の違いか、あるいは効率化されているからか、六人パーティの彼らは、危なげなくリヴァリアンたちを倒していく。

「なるほどね。俺たちは、あんまり効率良くたたかってないのかもしれない」

「だが、あちらは魔法使いがふたりでローテーションを組んでいる。真似はできない」

 HPと比べて、MPは自動回復が遅い。

 〔光・連・礫マナ・シリアル・ボルト〕にしろ〔雷・線(ライトニング)〕にしろ、カーボンにとっては、フル状態から四発放つのが限度である。次の戦闘までに間隔があるといっても、全回復するわけでもない。

 真似るにしても、タンク(クロモリ)がダメージ・ディーラーを兼任している状況であるし、ヨシュアはどちらかといえば、囮役だ。

 アルミがその役を引き受けるにしても、確実性は薄れる。いかに精度が高くても、剣よりは落ちるものだ。

 やるというのならば、メンバーにあった戦い方のカスタマイズは必要となるだろう。

「でも、安全性っていうのは必要だよ。無理にリスクを上げる必要はないし」

「かもね。このあたりはまだまだ〔ぼっち〕が多いみたいだし、いろいろ試そうよ」

 全員でアルミの提案にうなずいた。

 他者のいいところは取り入れていく。それがわるいはずがない。

 という方針のもと、四人はいくつかの作戦をためした。


 ――その一。

 オーソドックスにクロモリがタンクをし、他三人がアタッカーとして攻撃を加えるという案。

 いちおうは成功をみせたものの、これでは従来のものと変わりなく、効率面でなにもかわっていないという評価となった。


 ――その二。

 ヨシュアが囮役になる案。

 リスクがすこしばかり高いものの、クロモリがアタッカーとして機能しているので、効率という意味ではよい評価となった。

 しかし問題点を挙げるとすれば、ヨシュアに負担がかかりすぎるので、神経がすり減るということだろうか。


 ――その三。

 あえてカーボンが〔光・盾(マナ・シールド)〕で盾役になる案。

 攻撃魔法を使うよりも消耗がすくないという利点と、クロモリとヨシュアが両方アタッカーに回れるという、効率で言えば最大に等しい評価を受ける。

 だが魔法によるスタンや、防御すり抜けといった攻撃確定状況がつくれないので、すこしばかり安定性を欠くという問題があった。


 ――その四。

 アルミが一撃入れてヘイトを稼いだあと、逃げまわる。そこを後ろから叩くという案。

 その二とその四でもそうだが、やはりリスクと安定性の問題があった。ダメージによってかんたんにヘイトが傾き、釣りがホンの一瞬しか持たないのである。

 加えて倒すまで時間もかかるため、論外という評価を受けた。


 という風にやっていった結果、二案と三案のハイブリッドが採用されることとなった。

 タンカーとしてクロモリは必須ではないが、ダメージ・ディーラーとしては必須であること。四案は不安定すぎるので、アルミは攻撃に回した方がいいこと。ヨシュアの攻撃能力もバカにはならないが、カーボンの確定攻撃は捨てがたい。という風に検討していき、ヨシュアで行動を阻害し、カーボンは基本的にサポートにまわり、状況を見てフレキシブルに動くということになった。

 つまりは、六人パーティを参考にする前と、ほとんどかわらないのである。結局、四人でやれることを模索していってたどり着いた答えなのだから、それもまた道理なのだろう。

 しかしこの結論もまた、リヴァリアンが複数体でてきたことで崩れ、再構築を余儀なくされるとは、知らぬのであった。


 四人はそれからひたすらに歩き抜いて、五キロメートルほど地点まで進んだ。

 空はもう昼から夕刻へと変わり始め、油断していれば、あっという間に夜の天幕が覆い始めるだろう。

 現実世界よりもよほどきれいな月と星が、すでに宝石のような輝きを放っていた。あとすこしすれば、渓谷を流れる川に月が反射し、風流なものが見えるだろう

 あたりを取り囲む自然すらその光のなかに浮かび上がり、それはある種、幻想的なものになるに違いない。

 今日はこのあたりで野営をすることに決めた四人は、事前に準備してきていたテントを構え、夕食をつくり始めた。

 といっても、四人の中で料理スキル持ちなのは、ヨシュアだけである。なので、現実では家事が得意なアルミとクロモリが下ごしらえを手伝い、仕上げだけヨシュアに任せるという形態をとる。

 ちなみに火や水はカーボンの魔法で出したものだ。彼はいま、敵がこないか、という見張りをしている。

 しばらくそうしていると、完全に日が沈んでしまった。月と星はいよいよ輝きを増し、空はまぶしいほどだ。

 地上は暗い。だからこそ、見えるものがあった。ここから十数メートル離れた場所で、おなじように野営をしているプレイヤーがいる。

 光がともっているのだ。おそらくは、あの六人パーティだろう。彼らも今日は野営をし、翌朝から渓谷踏破を狙うのだ。

「カレーできたぁ?」

「んー、もうちょい」

 味見をして、もうすこし味を足そうと思い、ヨシュアは刻んだ薬草を混ぜた。漢方薬を隠し味に入れるという発想である。

 かすかな苦みと豊かな香りが混ざって、カレーはよりいっそう、複雑なうまみを描きだした。

 最後にガラムマサラを入れて、特製・薬膳カレーができあがった。

 すでにクロモリが見守っていた飯盒(はんごう)で、白米が炊きあがっている。

 湯気が夜空にふわりと浮かび上がる。川のそば、涼しいとも寒いとも言える気温で、これはいかにもこころづよい。

 すこしばかりできてしまったおこげを、

「あたしにちょうだい。大好きなのっ!」

 と、アルミが貰っていった。持ってきていたしょうゆをすこし垂らし、せんべいのようにかじる。

「んー、最高。どうしてこんなにうまいのかなぁ」

「言葉遣いがわるい。おいしい、だろう」

「うっせ。そんなこと、いまさら言うなっての」

 言い合っているにも関わらず手は動き、それぞれの皿にご飯を盛りはじめている。

「カレーの匂いって暴力的だ。おなかに染みる気がする」

「うん。帰り道、近所の家がカレーだったら、あ、カレー食べたいなってなるし、翌日の夕食はカレーになったりするね」

「わかるわかる」

 ごはんも盛りつけ終わり、そろそろ食べようか……という時である。

「あのぉ。もしよかったら、いっしょしませんか?」

 と、話しかけてきたものがいた。振り返って四人が見てみれば、それは六人パーティを構成していた内のひとりだ。

 肩まで髪の伸びる小柄な女エルフの魔法使い、名をイグニスと言った。彼女が手にしているのは、タマネギや肉を鉄串で刺して焼いた、いわゆるバーベキューであろう。

 つまり、カレーとのトレード、ないしシェアを求めているのだった。

 間近にしてみれば、キャンプでバーベキューというのも鉄板である。肉が炙られた香りなど、カレーに混じってもなかなかに主張してくるではないか。

 四人は一瞬で目配せし、こくりとうなずいた。

「こっちは全員、よろこんで」

「OKでましたっ。それじゃ合同で、ぱーっといきましょう!」

 おー! と、むこう側から、声があがった。

 飯盒とカレー鍋を持って、四人はバーベキューをしている六人パーティへお邪魔することとなった。

 パーティ・リーダーらしい、縦にも横にもでかい屈強な男戦士――テラが、

「よくぞいらっしゃった! いやあ、うちには料理スキル持ってるやつがいなくてね。カレーなんぞはつくれなくて困っていたところだった! ありがたいありがたい!」

 と、豪快に話す。声の方も体格に似て、大分に大きい。舞台役者のような発声である。

「うるっさいっ。ただでさえ邪魔くさいのに、お初の人が引くでしょ、バカリーダー! ごめんなさいね。うちのバカがバカでうるさくて」

 流れるような罵倒を繰り広げるのは、反対に細身な女の戦士――ルクスである。

 その体躯に似合わず、幅広の剣(ブロード・ソード)なぞをえらんでいるあたり、ただものではないだろう。

「まあまあ。引くっていったら、ルクスの罵倒も引くですよ。あんなにきれいなのに、なんて口がわるいんですかね」

 じぶんとおなじか、それよりもすこりばかり大きなハンマーを背負うのは、小柄な少女戦士――マレウスである。

 ドワーフという種族のようなので、ちから持ちではあるのだろうが、どうにも不思議な光景である。

「そんなこと言ってもねぇ。きれいなバラには花があるっていうでしょ。でもバラというより、イバラかなぁ」

 といって、ひとりでくすくすと笑うのがイグニスに続く二人目の魔法使い――アクアだ。

 何はともあれ、目を引くのは胸だ。エルフではなく、あえて人間をえらんで乳を大きくする。そういうこだわりが透けて見えた。

「なんだかんだ言って、方向性が違うだけで、全員やかましいんだ。すんませんねぇ」

 がりがりとあたまを掻きながら言うのは、いかにも苦労性という顔をしている、人間の戦士――テネブラエだ。

 テラとは違って中肉中背ながらタンクをしているので、仲間にはなんだかんだで慕われているようだった。

「えーと……こんなのですけど、よかったら仲良くしてくださいね」

 テネブラエとイグニスが苦労してるんだな、と思いつつ、四人は夜遅くまで、バーベキューとカレーのパーティを楽しんだ。


 翌朝。

 ヨシュアたちの目が覚めると、すでに六人パーティは出発しているようだった。

 遊ぶときは遊ぶ、狩るときは狩ると、やることをすっぱり切り替える性質なのだろう。

 それにくらべて、四人はそこまで割り切るほどきっちりはしていない。よくもわるくも、じぶんたちのペースで、という感じだ。

「おはよーう。昨日は楽しかったっていうか、騒がしかったっていうか」

「おはよう。たまにはいいんじゃない。お酒を持ち出されたのは困ったけどね」

「おはよう。飲んでたのはむこうだけだけど、それでますますヒートしてたからなあ」

「おはよう。そろそろ朝食にしよう」

 くぅ、とカーボンのおなかが鳴った。

 意外と食いしん坊なのだろうか、とヨシュアは疑問に思ったが、それは聞くほどのものではなかった。

 カレーは昨日食べきってしまったので、ヨシュアは残った米と材料で雑炊をつくり、それで朝食にした。

 気分転換できたからか、そこからの歩みはわるいものではなかった。

 とうとうリヴァリアンとの遭遇が二体から三体が基本になってきて、それに対応するのには苦労した。

 向こうもパーティ戦を仕掛けてくるので、逆に各個撃破ではなく、まとめて倒すという発想に気づくまでは、どれほど全員で逃げ出したことか、わからないほどである。

 しかし一度コツを掴んでしまえば、なんとかイケるというものであった。AIの性能が動物と比較して高いといっても、所詮はザコに使われているものである。

 パターンさえ作ってしまえば、どうとでもなるというものであった。

 ヨシュアは内心、安堵していた。三人と出会わず、いまもソロでプレイしていたら、数週間あっても渓谷は越えられなかったように思うのだ。

「OK、パターン入った!」

 アルミが一撃入れて一体を釣ると、それにリンクして、ぺたぺたと歩いてくるリヴァリアンたち。それを迎えるのは、強打者クロモリである。

「イェス・マム。バッター……打ちましたァ!」

 吹き飛ばし(バニシング)で一体を強引に薙ぎ払うと、釣られて直線に並んでいたリヴァリアンたちがまとめて転倒し、衝撃ダメージを受ける。

 そこへカーボンが、

「ヒット確認。……ふたつの意味でな。ごほん、〔雷・線(ライトニング)〕」

 カーボンってこんなキャラクターだったっけ? と思いながら、ヨシュアは転倒とスタンで動けなくなったリヴァリアンたちにトドメを刺していく。

「撃墜完了。ミッション・オーヴァ!」

 イェーイ! と、四人はハイ・タッチを交わし、苦戦の末に生み出した戦法で破竹の進撃をし、とうとう七キロメートルも踏破することに成功した。

 残りはおよそ、一キロメートルほどである。おそらくはそのあたりに、ボスのようなものがいることは想像できる。

 ここいらで、四人は昼食を取ることにした。ちょうど日も真上にさしかかっている。頃合いだろう。

 カーボンが火をつけ、三人で材料を刻んでいると、先の方から這々の体で逃げ出してくるすがたがあった。先日の六人パーティである。

「逃げろオオォォーー!」

 と、テラが叫んでいた。

 全員が必死の形相で、口々に悲鳴やらなにやらを上げている。

「なんだ、あれは」

 と、カーボンが首をひねったところ、である。

 六人の背後から、異様なものが現れた。

 六体のリヴァリアンだ。それは間違いない。ぬめぬめとした肌と、手足の水かきが証明している。すくなくとも、五体は見たことのあるそれだ。

 しかし、その内の一体は、あまりにも大きい。通常のものが一五〇センチメートルほどだというのに、その異様なリヴァリアンは、ヒグマ以上の体躯をしているではないか。

 筋骨隆々とした腕に構えるは、銛ではなく、三つ叉の槍――トライデントである。

 その巨大リヴァリアンが、ぶん、とトライデント横に振るった。

「っうわぁ!」

 AGIの劣るドワーフのマレウスが逃げ切れず、ハンマーで受けたが、まるでバニシングでも受けたように吹き飛ばされた。

 宙を跳ねたあと、四人の背後までごろごろとボロクズのように転がっていく。

 それで、ようやく四人にも事態が飲み込めてきた。六人はボスに挑み、失敗して逃げているのだ。

 だが〔コロナ渓谷〕自体がボスの行動範囲なのか、すくなくとも五〇〇メートルは逃げているだろうに、逃げ切れる気配はない。

 ――巻き込まれた!

 ヨシュアたちは、そう直感した。

 しかしだからといって、どうなるものでもない。

「全員、戦闘準備!!」

 クロモリが声の限り、叫んだ。

 テラの覚悟も決まった。

「クソ、巻き込んだ。わるい! 埋め合わせはあとでする。応戦準備ィ! テメェら、マレウスの仇はとるぞ!!」

「ギリギリ死んでないですよっ! 回復するまで参戦はできないですけどね!」

 四人にとってはまったくの不意打ちで、ボス戦の幕が切られた。


        *


「バニシングを使ってまとめて、そこへ〔雷・線(ライトニング)〕を撃つ! 射線と仕込み、頼んだ!」

 カーボンが大声で叫ぶのは、前線への注意と、おなじ魔法使いである貧乳・イグニスと巨乳・アクアへの手伝い依頼をいっしょに済ますためだ。実際に、それで連絡は済んだ。クロモリがとなりの剣士に目配せすると、彼女はうなずいて、ブロード・ソードを握り直す。

「〔バニシング〕!」

 クロモリと女剣士ルクスが、剣を構え、ともに発声式でバニシングを起動した。

 音声を認識しているのか、あるいは起動されたスキルを認識しているのか、大型リヴァリアン――アイコンを注視した結果、チーフ・リヴァリアンという名称であることがわかった――が、ふたりを目指してトライデントを振りかぶる。

「ブロォック!」

「あいよっ!」

 屈強なタンクのテラと、中肉中背のタンク・テネブラエが前に出て、ラージ・シールドを構えた。そこへ、薙ぎ払われたトライデントが衝突する。

「うおっ!」

「一撃で!?」

 盾越しだというのに、その一撃でふたりのHPが六割まで落ち込んだ上、さらに数メートル後方へ吹き飛ばされた。しかしそれで、クロモリとルクスがバニシングを食らわせるのに必要な時間は稼いだ。

 剣士ふたりが疾走し、チーフ・リヴァリアンを取り囲むノーマルに接近する。だが、通常のリヴァリアンとてパターンを作れなければ、一〇人には強敵だ。だからこそ、成立させるためにヨシュアとアルミが短剣と弓を執る。

「纏まってろっ! 〔長尾払い(スピン・テイル)〕ッ」

 薄黄色に輝いた短剣といっしょに、ヨシュアはその場で一回転しながら切り払うと同時にしゃがみ込み、もう一回転。上下段の二連撃が、リヴァリアン三体の行動を抑制した。

 反対側、クロモリとルクスの横を抜けて、後衛を狙おうとしていたリヴァリアンへ向けて、

「〔彷徨鳥(サマヨイドリ)〕!」

 矢がくねるように踊った。

 宙で跳ね、二体のリヴァリアンをかすめて飛んだ矢が、チーフへと奔った。だがそれは、トライデントを回転させて受けられる。

 一瞬足止めすればいいからこその、技をふんだんに使った攻撃である。もしもこれが仕留めなければならないのであったら、ヨシュアは技後硬直でやられていただろう。

 アルミからのアイ・コンタクトで礼を受け取ったヨシュアが、なんとか後退した。

 そこへバニシングが間に合った。

「カッパもどきは、あしたまで飛んでけェ!」

「ホームランッ!」

 放物線ですらなく、一直線にリヴァリアン五匹が、吸い寄せられるようにチーフ・リヴァリアンと衝突、転倒した。しかしそれでも巨体ゆえか、チーフは転ばず、ぐっと地面に支えられている。

「ちっ。だがザコは消えるッ!」

 〔雷・線(ライトニング)〕と、三人の声が重なった。

 十字砲火に加えてもう一線伸びる雷撃が、スタンさせるまでもなく、リヴァリアンたちを焼き焦がす。

 しかし三重の雷を食らったというのに、チーフのHPは一割ほどしか減っていない。さらにスタンすらしていなかった。

「耐性持ちかっ?」

 あきらかに、雷が弱点であるかのような反応を見せない。

 カーボンは苦虫をかみつぶしたような顔で舌打ちした。

「うそっ。じゃあガチンコじゃないの!」

 アルミもおなじように吐き捨てながら、背中の矢筒から矢をつがえた。

 回復薬を使って復帰したドワーフ・マレウスが、ドスドスと音を立てて後方から伸びていく。

「じぶんの仇はじぶんでとるですよ。待ってろノッポ。いま、あたしより縮ませてやるです!」

 だが遅い。STRにステータスを振りすぎていた。唯一、フリーで動けるのは彼女だけだったというのに。

 魔法使い三人組は詠唱や魔法陣構築に入っているが、いまだ完成に至らず。

 ヨシュアは後退したばかりで、前線にはいない。

 アルミは弓で狙いをつけているし、後方へ転がったタンカーふたりは回復していた。

 ぶおん、という風が弾ける音。

 いままでに何度も見た、チーフ・リヴァリアンの薙ぎ払いである。

「あ――」

 バニシングをしたまま、近接距離に取り残されていたふたりが吹き飛ばされた。

「クロモリ! ルクス!」

 それはだれの声だったか。あるいはみんなのものだったかもしれない。

 放物線を描いて、ふたりは宙を舞う。HPゲージが、八割ほど削れていた。

 ヨシュアには未来が見えるようだった。そこに衝突ダメージが重なれば、ゲージはゼロに至る。

 死ぬ。死んでしまう。

「うわああぁぁーー!」

 反転、疾走――だが遅い。

 空を飛ぶのと地を走るのでは速度が違いすぎる。

 無情にも高度が下がり、ふたりが地表激突一秒前というところで、

「オーライオーライ!」

「タンカーにはこういう使い方もあるんで!」

 降ってきたふたりの分の衝突ダメージを、テラとテネブラエが肩代わりした。

 衝突ダメージで、せっかく回復したふたりのHPは削れたが、空を飛んだふたりのHPは残り二割弱で、まだ生きている。

「ナイス・キャッチ、あとはまかせて!」

「後衛は回復集中。前衛はなにがなんでも持たせろ!」

 カーボンからの指示に、全員がおう! と返した。

 さらに反転し、急ブレーキをかけてヨシュアは前線へと走っていく。胸をなで下ろしながら、しかし怒りがこみ上げてくる。

 自分の死だけが怖いと思っていた。それは間違いだったと気づいたのは、いまさっきである。

 脚の代わりではない。この世界はヨシュアにとって、もうひとつの現実に等しいのだから、仲間の死すら例外ではない。

 心臓を掴まれるような恐怖を味わうぐらいなら、じぶんでコントロールできるリスクを背負うと決めた。

「ぼくが、やるんだ」

 さらに速度を上げて、ヨシュアは至近距離へ。

「〔防・膜(オーラ・ガード)〕!」

 ふたりの魔法使いの声が重なり、ヨシュアとマレウスの全体衝撃防御力が上昇した。効果はたったの三〇〇秒だが、あるとないとでは、文字通り生死に関わってくる。

 イグニスとアクアに遅れて、カーボンの魔法も完成した。

「〔豪・力(オーラ・パワー)〕!」

 マレウスのハンマーが輝き、攻撃力に補正がかけられた。

「どうもです! これならあのバカッパも倒せるですよ!」

 バックパックからいくつもの回復薬を取り出して、イグニスとアクアが四人へ向けて連続使用する。

「助かる。まったく、あのクソガッパ。生かしちゃおけない。回復が終わったら、バフ頼んだ。短剣のヨシュアといっしょにタゲ取ってかき回すから」

「OK。まかせてよぉ、ルクス」

「テラさんとテネブラエさんが居るから、こっちもアタッカーに集中するね」

「わかりました。バフかけますね」

「サンキュー、頼んだ」

 そうしているあいだにも、チーフ・リヴァリアンはおとなしくはしていてくれない。薙ぎ払うのには飽きたのか、突きの連打でヨシュアを狙ってくる。

 それを避け様、カウンターを狙おうとするが、それだけの隙は見つからなかった。薙ぎ払いならばともかく、モーションのちいさい突きは再攻撃までほとんどタイム・ラグがない。

「くそっ。避けるだけで精一杯か!」

「ないなら、作るんですよっ!!」

 風を貫くようにして、静かに突き出されたトライデントを、マレウスが一回転しながら、横から打ち付けた。

 衝突事故のような音を出して、チーフ・リヴァリアンの体勢が大きく崩れた。体に当たったわけではないからダメージはないが、それでもチャンスは作られた。

「さすが脳筋!」

「誉め言葉として受け取っておきましょう!」

 言いながら、ヨシュアは飛び込んでいく。選択するアーツは自身最大の三連撃だ。

「〔爪牙角獣(トライ・アサルト)〕ッ!」

 翠色に光る短剣が、右斜め上からチーフ・リヴァリアンの腹部を切り裂いた。そのまま反転して切り上げ、エフェクトが衝突し、交差した場所に最後の突きが入った。弾けるように肥大化し、エフェクトがより輝きを増す。

「どうだぁ!」

 というヨシュアの威勢もむなしく、HPは一割弱削れたかどうか、というところだ。さすがに巨体だけあって、硬い。

「うそぉ!」

「下がるです、もやしエルフ! やっぱりあなたじゃ攻撃力が足りないですよ!」

「失敬だな君は!」

 とはいうものの、事実であるからしかたがない。ヨシュアはチーフ・リヴァリアンの体勢が整う前に、距離を置いた。

 だが、状況は悪くない。まだパーティにはルクス、クロモリというアタッカーが存在する。ヨシュアひとりで一割弱削れるというのなら、勝利は遠くないはずだ。

 実際に、ことは有利に進んだ。ルクスとヨシュアが前線に出てターゲットを取り、背筋が寒くなるようなギリギリのマタドールを演じ、その隙を突いてクロモリがスマッシュを叩き込む。

 どうしても躱せなくなった時には、テラやテネブラエといったタンク要員が控え、大振りの一撃はマレウスがはじき飛ばして隙を晒させる。

 さらに魔法使い三人が、切れたそばからバフをかけ直し、弓使い・アルミがじりじりとヘイトを稼いで集中させない。

 チーフ・リヴァリアンにオート・リジェネレーションがあり、HPを減らすことが非常にゆっくりであること以外は、順調に進んでいたのだ。

 ――HPが五割を切るまでは。

 はじめに気づいたのは、マレウスだった。あたまの方は遅くないようで、その事実に気づいたとき、彼女は仮想体の顔を青白くした。

「ヤバいです。下がって!」

 と、後衛四人(ヽヽヽヽ)へ向けて、彼女は叫んだ。

 甲高い音を上げて、トライデントが白黄色に輝いた。

 槍技〔雷鳴刺し〕

 穂先から伸びる光と同色のエフェクトが、ばちばちと裂けながら進む。

 その一端が、クロモリを突き刺した。

「うぐっ!」

 うすいローブ一枚ではたいした防御力もなく、HPが急速に削れ、五割を切った。

 射程拡張攻撃である。基本威力自体は高くないが、しかし、防御力の低い後衛にはそれでも危険だ。

「カーボン!」

「気をつけろ。HP減少による行動変化だ」

 腹部を押さえながら後ずさり、それでもみんなに注意を呼びかける。

「わかった。回復してなさい!」

 ルクスが答え、ブロード・ソードを握り直し、眉を吊り上げた。

 パターンの覚え直しは楽ではなかった。というよりも、むしろ作ったとしても攻められたかどうか。

 ヨシュアとルクスが突っつき、行動を制限するが、しかしそれは、突きからの払いで逆にヨシュアとルクスが弾かれた。

「このバカッパ。そこまであたまがいいのなら、おとなしく降参しなさいって!」

「あいてっ」

 無理を言いながら、ルクスは体勢を立て直し、ヨシュアは転んだ。それを掠おうと地を削るトライデントに、マレウスが強打を叩き込む。

「いまァ!」

「あいよ!」

 クロモリがアーツなしの二連撃を刻みこみ、安全マージンを守って退避した。

 そこからは一進一退の攻防である。攻撃が通ったかと思えば誰かひとりが犠牲になり、犠牲にさせまいとすれば小技の連打で手出しができなくなり、オート・リジェネレーションでHPが回復していくのを見守るしかない。

 困窮きわまったか、という雰囲気が蔓延するなか、

「……賭けにでましょう!」

 宣言したのは、マレウスだ。ちから強く握りしめたハンマーを背中に回し、ギリギリと捻転を蓄えていく。

「なにをするかわからないけど、いままで通りに時間を稼げばいいんだな?」

「コレクト! よろしい理解力です、ヨシュアくん。なんだか通じ合って来ましたね」

「なにバカ言ってるの。脳筋のことなんて、誰がどう見ても一発でわかるじゃない。でも、それしか案はなさそうね!」

「OK。どのぐらい稼げば?」

「三〇秒。それでフル・チャージです」

 了解! と前衛三人が言葉を重ねて、スタミナ・ゲージと相談しながら加減していた行動のスロットルを開いていく。

「アルミ、タゲ撹乱イケるっ?」

「無理! 弓と矢の性能が低すぎてダメージ、ほとんど通らない!」

「クロモリ、バニシングで飛ばせないの!」

「こっちも無理だね! ルクスと同時にぶち込んでも無理!」

「ヨシュアこそタゲとって撹乱できないの、このもやし!」

「もやしって言うなっ。やってるけど、短剣のダメージは低いんだってば!」

「これだからもやしエルフは! 肉を食え肉を!」

「肉は関係ないだろ! ってぎゃあ、短剣が折れた!」

「メンテしとかないからでしょ、バカもやし!」

 まさしく喧々囂々である。

 だが、それでも連携がとれ、確実に時間を稼ぐことに成功していた。

 まるで昔日からの戦友のように、息がぴったりと合い始めているではないか。

 戦闘で高まったテンションの中、罵り合いながら、三〇秒を稼ぐことに成功した。

「エネルギー充填一二〇パーセント。いつでもいけるですよ!」

「あいよっ!」

「まかせて!」

 クロモリとルクスが剣を振りかぶった。

「〔スマッシュ〕!」

 トライデントを目がけて、ふたりの強打が炸裂した。強引にぶちまけた衝撃で、トライデントがわずか一秒泳ぐ。

 そこから立ち直ろうとするチーフ・リヴァリアンにマレウスが接近するのは、わけなかった。

「ガチろうじゃないですか、バケモノ。あたしのフル・チャージとあなたのパワー、どっちが上かを――!」

「〔豪・力(オーラ・パワー)〕!」

「〔剛・体(フォース・ボディ)〕!」

「〔重・威(ヘヴィ・インパクト)〕!」

 武器に攻撃力を乗せる魔法、本体の基礎攻撃力を上げる魔法、一発だけ威力を強化する魔法がかけられた。

 それに対抗しようと、チーフ・リヴァリアンもトライデントに光を纏わせた。

 槍技〔草伏せ〕

 広範囲中威力薙ぎ払いである。

「星まで消し飛ぶですよ〔チャージ・クラッシャー・フル〕!!」

 高速道路での衝突事故のような音だった。

 結果は言うまでもなく、トライデントが弾けて彼方の河へ沈んでいった。

 ハンマーを振り抜いた姿のマレウスは、口角を上げて笑う。

「ふんっ。所詮はただのデカブツです!」

 あとのことは言うまでもない。

 チーフ・リヴァリアンが怖かったのは、そのトライデントによる槍技だったのだ。

 それさえ消えてしまえば、マレウスのいうように、単にでかいだけのリヴァリアンなのだから。

 渓谷を抜ける前に、一悶着はあった。チーフのトライデントを吹き飛ばしてしまったせいで、ドロップ品にそれがなかったのである。

 とはいえ、槍使いはいなかったのが救いか。あまり多くもなかったドロップ品を一〇人で割ると、一人頭の分け前は、雀の涙ほどになってしまった。

 それは短剣を折ってしまったヨシュアには、なかなか悲しいモノである。

 さすがに哀れに思ってか、ルクスが以前、拾ったというナイフ系アイテム〔包丁(キッチン・ナイフ)〕をくれた。料理作成時にボーナスのある道具だが、攻撃力は低い。しかし、ないよりはマシだ。

「ありがとう。助かるよ」

 とヨシュアが礼を言うと、

「それで美味しいモノでも食べて、からだを作りなさい」

 と、ルクスは言うのだった。


 さて、渓谷も終わりに近づいてみれば、その勢いの鮮烈なことは言うまでもない。

 リヴァリアンの住処でなければ、顔をつけてごくごくと飲んでみようかと、一〇人が思うほどに。

 そう、一〇人である。多勢に無勢と、他人は笑うかも知れない。

 だが紛れもなく、格上を打ち破った一〇人の顔に、卑屈はものはない。

「楽しみだなー。はやく新しい街で、勝利を祝いたいよ」

「そうだね。どんな街なんだろう。ギヴァンよりは都会だろうね」

「都市リペルーマ。人と貿易の街。初心者卒業をねぎらう場所だから、そういうことになっている」

「へー。じゃあ珍しい見世物とか、新しい武器とか、あるんじゃないの」

「あるでしょうね。ふふふ。いよいよ我がハンマーが進化する時代です」

「時代はないでしょう時代は。あなた、最近リーダーのバカが伝染(うつ)ってきてない?」

「伝染はないだろう、伝染は! おれのバカは病気か! しかしまあ、巻き込んでしまったが、全員無事でよかったわ!」

「そうねぇ。ルクスとクロモリが飛んだときはぁ、あ、ダメだって思ったものぉ」

「アレは肝が冷えたねぇ。というか、受け止められてよかったっすわ」

「はい。ほんとうに。リーダーとテネブラエさんのファイン・プレイでした」

 などなど、もはや渓谷をクリアした気分でいる。たまに数匹のリヴァリアンが、チーフ撃破でちから尽きたところを襲いかかる、という風にしたかったのだろうところを、押せ押せで撃破する彼らは、まちがいなく勢いに乗っていた。

 渓谷の終わり、そこには貸し船屋がある。下流から上流は無理だが、上流から下流は問題なく、景色でも楽しみながらくだっていけるのだ。

 いままでの絶景をこころから呼び覚まし、一〇人のうちのどれかは、いつか船に乗ろうと思いながら、渓谷を踏破した。

 向こうを見れば、石造りの田舎町ではなく、煉瓦の建造物がメインのように見えた。

 いよいよ、一〇人の足取りは軽い。

 その街での祝勝会へ向けて、否応なく急ぐ。

 そしてリペルーマはNPC飲食店〔渓谷酒家〕で、一〇人は騒がしいほどに騒ぎ、周囲プレイヤーを巻き込んでの大祝勝会を繰り広げるのだった。

 そういう場を期待して、酒場や飲食店に陣取るプロの客というのもいるようで、なかなかいい金額を飲み食いしてしまい、後日、反省するすがたもあった。

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