08【追跡】
トットットットットッ
何の音?
軽快なリズムを刻んで鳴る音。だんだん大きくなっている。誰かがこの扉の向こうの階段を上っているのだろうか。まあ、私には関係の無い事だろうが――
ドンッ
「え? 何が……」
振り向くとこの部屋の唯一の扉が開かれおり、そこにはつい数十分前に別れたばかりのラグが立っていた。……今、ノックしてたか? していなかったよね?
「ルエラ!」
「はいっ!」
反射で返事してしまった。それより、ノックもせずに無断で入ってきたことに対して何か言わなければならないのだが。
「お前、確か……貴族の指輪、持ってたよな? あのエメラルドの宝石が、付いている」
「え……あ、うん。持ってるよ」
「出して、……早く!」
息切れしながらそう言う彼は、とても切羽詰まっているようだった。
何事かと困惑しながらも、近くに置いていた財布を手に取り、その中の指輪を取り出す。父から貰った指輪。これに何があると言うのか。立ちあがって、扉の所に立ったままのラグにそれを手渡した。
「ありがとう……ごめん、後で必ず返すから。絶対に、元通りにするから」
ラグは指輪を右手で受け取ると、それを強く握りしめた。その途端……
バリッ
「……え?」
何処からか、不可解な音がした。――否、それは指輪を握っていた彼の手からだった。
「……ええええ!?」
「五月蝿い、少し黙ってろ!」
彼が手を開くと、そこには割れて砕けた指輪があった。信じられない、あの指輪は金属か何かで作られていたような物だったのに。それを、いとも簡単に粉砕するなんて……
「今から二十秒後に魔法陣を出現させ、瞬間移動する。場所は『始まりの碧』、到着まで十秒。目的は、アーリス国王奪還!」
それを早口で言い切ると、手に握っていた指輪の破片を床にばら撒き始めた。
「な、何しているの?」
思い切って声をかけてみるも、完全に無視された。というか、聞こえてもいないのだろうか。汗は滝のように流れているし、目も虚ろ……な気がする。少々怖い。
「……五」
いきなりカウントダウンを始めた。残り五秒ということは、あれから一五秒くらい経ったということだろうか。
「四」
さらに数字が小さくなっていく。
「三」
彼が言ったことからすると、三秒後に「魔法陣」というものが現れるらしい。文献で読んだぐらいの知識しか無いため詳しくは知らないが、魔術を使用する際に書くものらしい。現物は見たことが無いので、興味はありすぎるぐらいあるが。
「二」
あと二秒。
「一」
もうすぐだ。
「ゼロッ!」
そう叫んだ途端、私が借りている宿屋の一室の床一面に、大きな陣が出現した。大きな五芒星を中心として、円やら意味の分からない文字やら絵やらが書いてある。この絵のようなものは古代文字だろうか。そもそも、この陣はどこから現れたのか……とても興味深いことばかりだ。魔法陣は淡い光を放ちながらゆっくりと周りに風を起こす。その光がとても綺麗で、思わず足元の魔法陣に見とれてしまう。
「……あっ」
魔法陣の中心に立っていたラグが、私の方を見て青ざめている。汗もだらだら、顔色も悪い、何かの病気にかかっている人みたいだ。怖い怖い
「――――っ!」
ラグが何か言っているようだが、全然聞こえない。周囲に風が渦巻き始め、その音でかき消されたからだ。徐々に視界も悪くなってきている。彼は立ちあがって、手を伸ばしながらこちらに向かって走ってきた。しかしそれが私に届く前に、ついに視界が白転し、何も見えなくなった。




