07【書物庫にて】3
目の前の光景が信じられなかった。
目の前には書物庫。否、書物庫であった場所と言った方が良いかもしれない。燃え盛る炎と、焼け焦げたレンガ造りの壁。中には燃えやすい大量の書物。炎の勢いは止まりそうもない。
俺がこの建物から離れたのは、たった一時間程だった。数時間前に、この建物の前でうろうろしていた娘をここに招いた。その娘は昼間盗難にあったばかりで、また夜明け前だったこともあり、一人では心配だと彼女を宿泊先まで送っていっていたのだ。その僅かな間に……
「王……アーリス王!」
仕えている主人の名を呼び、俺は赤く燃える建物の中に飛び込んだ。主はこの中に居る。いや、少なくとも数時間前までは居た。この目で主の就寝を確認したのだから、間違いは無い。勢い良く正面の扉を開けると、周りに集まり始めていた野次馬の一般人が驚きの声と悲鳴をあげた。しかし、そんな事に構っている余裕はない。一刻も早く、主を助けなければならない。命を懸けてでもあの方だけは……!
「アーリス王! 返事をしてください!」
もう一度主の名を呼ぶ。しかし、返事は無い。逃げたのか、それとも――
正面から入ってしまったのが間違いだった。燃えた書物が行く手を阻み、なかなか奥まで侵入できない。主があのまま寝ていたのならば、二階の部屋にいるだろう。しかし、二階に上るためには奥の階段を使わなければならない。明らかに裏口から入って行った方が楽であったはずなのに、何故そのようなことに気付かなかったのだろうか。今、俺は冷静さを欠けている。何故だ、いつもならこのような失態はしないのに……!
ようやくたどり着いた階段を駆け上がり、主の寝ていた部屋の扉をぶち破る。派手な音を立てて壊れてしまったが、この際関係無いだろう。燃えて跡形もなくなってしまうのであれば、そんな些細なことに気を配っている暇はない。事態は一刻を争う。
「アーリス王!」
扉をぶち破ったと同時に叫んだが、既に手遅れだった。部屋には誰もおらず、外に通じるガラス窓が破壊されていた。
炎は背後に迫っていたが、この部屋の中は燃えていない。扉にも鍵が掛かっていた跡がある。ということは、俺が主の就寝を確認し、扉に施錠をしてから開けられる事は無かったという事が分かる。しかし、この部屋の中に人は居ない。この状況から考えるに、窓から出たと考えるのが妥当だが、問題はどのように出たか、だ。俺の主が『一人』で窓ガラスを割り、そこから飛び降りたのならまだ良い。俺も下に降りて、保護すればいいのだから。しかしその説はすぐに否定された。割れた窓ガラスは、『室内』に散らばっているのだ。これは紛れもなく、外から何者かが割った証拠だ。つまり、何者かが俺の主を連れ去ったことになる――
「くそっ!」
主を守れなかった自分が不甲斐ない。すぐに探索術を展開するも、何も反応がない。当然だ、冷静さを欠けている今、まともに術を使うことはできない。だからといって冷静になれと言われても、この状況で出来るわけが無い。
とうとう、炎が部屋の中にまで侵入してきてしまった。止むを得ない。部屋の中を見渡し、主の荷物が入っている鞄をを鷲掴みにした。ほとんど何も持ってこないよう言っていたので、それほど量は多くなかった。中には大事な書類と、緊急用の通信機が入っている。通信機で連絡する余裕もなく連れ去られたか、もしくは寝ていたため連絡できなかったのか。どちらにせよ、これでは主と連絡が取れない上に、居場所も分からない。これが頼みの綱だったというのに……
割れた窓から、躊躇無く地面へと飛び降りる。無事に着地は出来たが、やはり近くに主の気配は無かった。もう一度探索術を使うが、やはり反応は無い。もしかして、もう探索術の認識圏外に出てしまったのかもしれない。探索術の認識圏は半径五キロメートルほどしかない。数十分前に連れ去られてしまったとしたら、十分逃げられる距離だ。これでは、どこに連れ去られたのかの見当もつかない。
必ず、何か策があるはずだ。考えろ、考えろ考えろ考えろ――
あった。一つだけ、最良の策が。




