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碧鍵の掟  作者: 春胡蝶
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05【書物庫にて】

 目が覚めたのは、まだ日の昇っていない深夜だった。早く寝たせいで、微妙な時間に起きてしまったようだ。もう一度寝ようにも、すっかり目が覚めて眠れない。

「散歩でもするか……」

 脱ぎ捨てられていたコートを乱暴に掴み、揃えて置いてあったブーツに足を入れた。部屋の扉を開けると、明かりのついていない暗い廊下に出る。他の客の鼾が聞こえたりして少々不気味だが、昼間の恐怖よりはまだ平気な方……だ。多分。恐らく。

少しの恐怖感は覚えたが、気にせず突き当たりの階段を下りて、宿の玄関を出た。

 深夜ということがあるのだろう、外に出ている人は全く居なかった。静かになった大通りを一人で黙々と歩く。

 昼間は宿探しを急ぐあまり、周りをよく見ていなかったが、案外新しい建物が多いようだ。月明かりに照らされた建築物の壁は、苔が一切生えていない物が多い。最近発展した町なのだろうか。

 そういえば。

 昼間に見た、あの大きな建物は何だったのだろうか。大きさからして、何かの倉庫だろうとしか推測できない。また、他の建物とは違って結構古い建物のようだった。苔が生えており、何かの植物のツルが壁にへばりついていた気がする。

 気付くと、その建物の前で足を止めていた。無意識の内に、足を運んできてしまっていたらしい。……無意識とは怖いな。

 看板や表札の無い建物、公共の建物と見える。もしくは、何かの倉庫。

 夜明け前だから迷惑になる止めておけという抑制心より、何の建物なのか中を見て確かめてみたいという好奇心の方が、若干高まってきている。入ってみたいという衝動が……

「誰だ?」

「ひゃあ!」

 素で驚いてしまった。思わず、素っ頓狂な悲鳴が出てしまう。

「あ、申し訳ない。そんなに驚くとは思わず」

 昼間の、白銀髪の青年だった。昼間と変わらず、黒いコートを着ていた。こんな夜中に何をしているのだろうか。どこかに行ったふうでも無く、手ぶらであった。

 彼も私のことに気付いたらしく、

「……あ。昼間の、金盗られた貴族の娘か」

「外れては居ないですが……」

 もうちょっと、別の言い方とかあるだろう。

 あと、金はちゃんと戻ってきたから、盗られたわけではない。盗られかけた、だ。

「ここで何をしているんだ? 子供はとうに寝ている時間だぞ」

「こ、子供じゃないです! もう十六です!」

 彼は少し笑った後、私の頭をぽんぽんと叩いた。

「なっ……!」

 かなり子供扱いされている気がするが、これはきっと気のせいではない。というか、彼だって少年と言われれば納得できる“綺麗な”容姿である。他人のことを子ども扱いできるような顔ではない。

「で、何でこんなところに居るんだ?」

「……目が覚めてしまったので、散歩しているんです。それで、昼間見たこの建物が気になって、ここに……って、いつまで頭ぽんぽんしてるんですかっ! いい加減子ども扱いやめてくださいっ!」

「はははっ、ごめんごめん。つい、ね」

 つい、じゃない! と叫びたかったが、さすがに近所迷惑になると思い、止めておいた。まあ、もう遅い気もするが。

「でも、関心はしないな。昼間の出来事があったのに、のこのこと散歩か」

「……あ」

 そういえばそんな事もあったなと思い出しつつ、ちらりと横目で彼を見る。心配しているような感じだったが、明らかに怒っている。目が笑っていない。はっきり言って怖い。

 しばしの間沈黙が流れたが、それを打ち破ったのは彼の方だった。

「まあ……とりあえず立ち話もなんだから、中に入ってみるか?」

「……え?」

 一般の人が入れるものなのか、あれは。

 というか、こんな夜中に入って大丈夫なのか。

 ……など、様々訊きたい事はあったが、先に建物の中に入っていってしまった彼を追いかけ、私も急いで扉を開けた。


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