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碧鍵の掟  作者: 春胡蝶
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04【財布泥棒】2

 それもまた、突然だった。

 私の背後で起きたことだからハッキリは分からないが、どうやら何者かが私を捕らえていた者のわき腹を蹴ったらしい。奴は私の腕から手を離し、わき腹を抱えてうずくまっている。それに追い討ちをかけるように、奴の鳩尾に拳を叩き込んだ。さすが急所と言うべきか、一発で奴は気を失った。

 いきなり開放されたため、私は驚いて数刻動けなかった。しかし、覗き込んできた顔を見た途端に、更に驚いて反射的に後ろに飛び退く。

 彼の年の功は二十代くらいだろうか。背は私よりはるかに高い。いかにも優男といった雰囲気だが、綺麗な顔立ちの中にある2つの碧眼の奥には、何か強い意思を秘めているような感じがする。しかし、何故は分からないが、どこか不自然さを感じさせる……そんな気がした。しかし、私が驚いた理由はそんな事ではない。

「……大丈夫か?」

 さすがに、後ろに飛びのいたこの反応には驚いたらしいが、私を助けてくれた人は驚愕しながらも、私の身を案じて声を掛けてくれた。

「あ、はい。……大丈夫です」

「そうか」

 それだけ言うと、彼は地面に散らばっていた私の財布の中身を、丁寧に拾い出した。お札も、小銭も、お父さんから貰った指輪も丁寧に拾い、財布に入れて私に差し出してきた。それをじっと見ていただけの私は、慌ててお礼を言う。

「あ、ありがとうございます」

「いや、大した事はしていない。それより、次からは財布盗まれないようにしろよ」

「は、はい……」

 彼はそう言うと、長めの黒いフード付きのコートを翻して立ち去ってしまった。野次馬達もほとんど散り散りになっており、直ぐに彼は見えなくなっていた。

 思えば、長めの白い髪を後ろで束ねている彼には、似合わないほど黒いコートだった。その不自然さが妙に気になったが、声を掛けようとする頃には既に、彼は人混みの中に消えていた。

 そしてもう一つ気になる事が。というか、これが一番気になっている。彼は、優しそうな、しかし厳しそうな碧い眼だった。この国では碧眼は貴族の象徴だが、一般人でも碧眼を持つ者は珍しくない。白銀髪だったため、上級貴族ではないようだが、身のこなしといい、高そうなコートといい、ただの一般国民だとは思えない。だが、問題はそこではない。

 彼が私の顔を覗き込んだその一瞬、見てしまった。もしかして影になっていて、そう見えただけだったかもしれないが。それとも、もしかして、ただの勘違いなのかもしれないが。彼が私の顔を覗き込んだ一瞬だけ、その一瞬だけ見えたのだが、

――黒かったのだ、彼の眼は。


「やっとベッドだぁー!」

 上着も脱がずに、思い切りベッドにダイブした。待ち遠しかったふかふかのベッド。このまま目を閉じてしまえば、すぐに眠ってしまいそうなほど、私の体は疲労していた。

 あの後、近くに宿屋を見つけたので、二日間の宿泊代を前払いし、駆け込むように二階の借りた部屋へと入った。そしてベッドにダイブである。

 そういえば今まですっかり忘れていたのだが、私の財布を盗んだアイツはどうなったのだろうか。あのまま放置してきてしまったが、まさか未だに気を失っているとか……さすがにそれは無いか。自力で起きたか、誰かに起こされたかして「あれ、何でこんなところで寝ていたんだ……」とかいう、ベタな記憶喪失になって頭を悩ませているかもしれない。まあ、面白いからそうであって欲しいのだけども。

 警官か誰かに差し出しておけば良かったかも知れない。これからも盗みを働かないという保障は無いし、もしかして私に復讐しようと企まないとも限らない。もうあんな思いをするのは御免だ。ナイフが見えなかったからそれほど恐怖は感じなかったが、あのままナイフが刺さっていれば死んでいたかもしれない……そう考えると、今更になって体が震える。人質として捕まっていたのだから殺されることは無かっただろうが、しかしそれでも怖いものは怖い。深く深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。

「……もう寝るか」

外はまだ日が沈みきっていないが、もう寝ることにしよう。面倒くさい事は明日考えることにして、睡眠をとるために上着とブーツを脱いだ。動きやすい服装になった後、改めてベッドの中に潜り込んだ。

 疲れが溜まっていた体は、瞬く間に眠りに引き込まれた。


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