生命死命
――――ザン、と短い悲喜劇な音。
世界全体が紅く緩慢に、その一秒一秒が地に刻み込まれるように染まり始める月の綺麗な夜。
―――私は、兄という人殺しを殺した。
握られた銀の刀は人殺しの血液で染まり私を穢す。
抱き込むように刃を受け貫かれる男。
けれど私は、復讐を果たしたのに………嬉しいはずなのに…喜べるはずなのに、つい、数秒前まで生を得ていた人殺しの記録は脳裏で幾度も再生される。
刃に貫かれ大量の血を吐きだしながらも、最期、私を包み込むように腕を首に回した人殺しの力はもう、既に無い。
「兄……さん」
問いかけに応えることなく、刃と共に己の血溜まりに沈む。
スローモーションのような動きで倒れる男を、私は受け止めることなく眺めるだけしかできなかった。
―――これで、よかったのだから。
復讐を終えた私は人殺し。そう、私はもうすることが無い。
兄を殺した刃を首元へ当てた。
恐怖はない。もう、私は無だ。
つぅ―――と深紅の雫が垂れる時。
「――――待て」
刀を握る手を誰かに遮られた。
「そいつの死を侮辱するような真似は許さん」
私は、顔を見上げる。
腕を握るのは学校の先生みたいな雰囲気の女性だった。
深い琥珀色の瞳、スーツ姿で気丈な雰囲気のこの女性はきっと恐い人だ。
けれど、何故。
―――彼女は泣いているの?
抑える手は小刻みに震え、涙を浮かべ私を睨む。この現状への恐怖ではない、多分、悲しみの涙。でも、押し殺す憤りは彼女の芯の強さを残している。
「また、罪から逃れるつもりだったか」
―――メイ、と私の名を付け足した。
不思議と彼女が私の名前を把握してることに疑問はない。だって彼女に知らないことなんて、この世界にあるのか、そんな判りきった疑問すらも感じさせるくらい幼い頃に教わった先生みたいだったから。
けど、違う。
私は罪から逃れる為に命を絶とうとしたのではない。
ただ―――
「もう、することがないから」
心からの言葉だった。
復讐を果たす為だけに、抑えていた私を今、消した。もう、今までの私
は死んでいる。
「――――」
背中から血溜まりに力一杯ねじ伏せられる。
目の前には逆になった彼女の顔。やっぱり綺麗な人。
「復讐の為に生き、復讐を晴らしたら死ぬだと。お前は人の死そのものを侮辱しているのか。―――一年だ、お前が眠る中、こいつはどんな想いで生きていたか。それをお前は識ろうともせず、することがないないから死ぬなど―――よくもっ!」
こんな細い腕で綺麗な女性なのに、この人はとっても力持ちみたい。腕が麻痺し、痛みが薄らぐくらい私の腕は握られている。
深い琥珀色の瞳の奥が覗くほどの、彼女との距離。
彼女から受ける恐怖は悲しみに似ていた。
「どうして…」
その感情は声と成り、私の記録を蘇らせてしまう。
「私は、こんなにも笑えないのでしょう」
―――問う。
刻まれる秒針の数だけ積み重なった復讐の願い。けど、達成した喜びは皆無で、心のどこかに穴が開いたみたいな気持ち。
もう、何も残っていない私が生きる価値なんてないのに。
掴まれる腕は解放された。
浮かべる涙を拭い、彼女は俯き言う。
「それは―――お前が幸福を生きていた証だろう…が」
爆発しそうな胸の痛み、抑えられない感情。
そう、この悲しみを。
―――痛い。なんで、私は最期までわからなかったの?
兄達と過ごした日々は、私は幸せだったのに。
過去の過ちに縛られ、結局は兄を殺してしまった。
眠る兄。私は、血で染まる手で頬を撫でた。
「―――兄さん?」
繰り返し、呼んだ。
「うッ…ッ…兄さ…ん」
けれど、答えはなく、二度と兄は目を瞑ったまま起きることはない。
そうして、漸く私は自分の過ちを認識した。
―――もう、戻ってこない、と。
私は過去に縛られ今、を捨てていたのだ。
兄の亡骸を抱きかかえるように私は、その夜、泣いた。
枯れることのない、悲しみ。失った心の穴を埋めようと。
「…莫迦が」
どれだけ泣いても、埋まる事のない悲しみ。
兄の胸で泣きじゃくる私を彼女は、最期まで見届けた。
「…これから、どうすればいいのでしょう」
私は、彼女に問う。
「私の所へこい。最期の所員を失ったばかりだ。手が足りなくてな。ついでだ、そいつの一年を教えてやる」
―――罪の償いも、と。
「―――貴方は人殺し?」
「今は、お前だ」
「……そう、ですね。なら、私の……生きる責任とってください…」
ぷつりと、細い糸の様な意識は途切れた。
私の生きる意味。それは、もう存在しない、
この女性に、ついていくことが私の誤った選択でも、もう戻らないのなら。
彼女がいった兄さんの一年に触れて行くことにした。
■■■
倒れた少女を抱え、魔女は唄う。
「―――人は生きる理由なんていらないんだよ。兄に護られ続けた、お前は特に、な。羨ましい限りだよ、なぁ―――メイ」、と。
読んで下さってありがとうございました。
これを読んで興味または?だった方は本編を読んで下さると嬉しいです…