僕と野良猫
僕は自宅近くの山に、蛇を捕まえるための罠をしかけた。金網式の小さなやつで、子供の僕でも持ち運べた。
仕掛けたのはただ、暇つぶしをするためだけだったが、半分、罠に何がかかるか期待していた部分もあった。
次の日の朝、僕はワクワクしながら罠を仕掛けた場所へ向かった。
果たしてかかっているのは蛇かイタチか。
しかし、何の手違いか。
かかっていたのは蛇でもイタチでもなく、茶色の毛をもつ猫だった。
小さな金網に窮屈そうにうずくまっていた。
僕はおそるおそる近づいた。
猫が僕の存在に近づく。
毛を逆立て威嚇を始めた。
僕は罠にかかってる猫を見て可哀相になってきた。罠にかかっていたのが蛇だったなら、こんな感情は抱かなかっただろう。
僕は猫を逃がすため、金網に右手を伸ばした。
次の瞬間、猫の小さな牙は僕の手の甲に食い込んでいた。
それは手が金網にかかるのとほぼ同時だった。
僕は小さな悲鳴を上げ、二、三歩後ずさった。手の甲の猫の歯形からとろりと血が流れる。
くそ、当分は放してやらないからな。
僕は涙目で家路についた。
翌日、僕はまた金網の場所へ向かった。
左手にビニール袋を提げ、右手には包帯が巻かれている。
例の猫は、金網の場所に着く前から僕を警戒していた。
僕を黙認すると、鋭い眼光を向けた。
「睨むなよ。いいもの持ってきたんだから」
僕はビニール袋の中身を取り出した。家から持ってきた一匹の秋刀魚だ。
手渡しではまた噛まれるだろう。僕はそっと金網の中に投げ入れた。
猫は相変わらず僕を睨んできたが、構わず今日は帰ることにした。
やっぱり可哀相だから明日には放してやろうかな。
そして翌日。
また例の場所に来た僕は困惑していた。
昨日猫にあげた秋刀魚が、全く食べられていないのだ。
「なんで食べてないんだよ!食べなきゃ死んじゃうだろ!」
猫か相変わらず僕を睨んでいた。
まるでその目に、人間に対する全ての憎しみをこめているように見える。
『人間に貰ったものなど絶対に食べないぞ』
と言ってるような目。
「もういいよ!」
僕は棒を一本拾った。近づかづに金網を開けようと考えたからだ。
気味の悪い猫だ。さっさと逃がそう…。
しかし、棒ではうまく金網を開けることはできない。
「くそっ」
いよいよもどかしくなった僕は直接手で開けること試みた。
しかし、猫は容赦なく僕の左手に噛み付く。
またしても僕は、反射的に後ろに退いた。
猫の噛む力は衰えていない。むしろ一昨日より強くなっているようだ。
「なんなんだよ!!何がしたいんだお前は…!」
僕は震える声で叫んだ。
猫が怯む様子は微塵もない。
また明日、お父さんに頼んで開けてもらおう…。
僕はこのことを隠れてやっていたから、お父さんに言うと叱れてしまうだろう。
気が引けるがそうするしかない。
翌日、猫は死んでいた。おそらく衰弱死だったのだろう。
昨日はあんなに元気に僕の手に噛み付いてきたくせに。
「なんだ、もう死んでるじゃないか」
お父さんは僕についてきてくれたが、それを見て呆れていた。
それじゃもう自分で出せるな。そういってお父さんは家に帰っていった。
僕は金網をあげ猫をそっと抱き上げた。やはり既に息はない。
僕を睨んできたあの目を思い出す。
あの目は確かに、人間には決して屈指はしないという、強い意志を持っていた。
ふと、猫の体についている大きな傷跡に気が付いた。
一体、この野良猫の一生に何があったのだろう。
僕は涙を流していた。