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第6話  遠すぎる恋の道しるべ 2



 金曜日。

 授業が少し早く終わったから、部室棟の廊下の自販機でパックのジュースを買って、その横のベンチに座って飲んでいた。

 しばらくして話し声が聞こえるから歴史サークルの部室の方を見ると、部室の前で誰かが言い合っていた。

 私が座っているベンチは部室から少し離れてて、扉の前の人物からは私が見えていないみたいだった。


「……急にそんなこと言われても、困る! 私との約束の方が先だったじゃない!!」


「だから、ごめんって言ってるだろ。このライブ、明日だけなんだ。映画は明日じゃなくてもいつでも行けるだろ?」


「友哉が明日がいいって言うから、チケットももう買ってあるのに。明日が無理なら、いつなら大丈夫なのよ!? 最近、いっつもいっつも、部活・課題・バイトで忙しいって言って、明日は久しぶりの……!!」


「あー、もういい! 勝手にしろ!!」


 ガチャンッ。

 大きな音を立てて、部室の扉が閉まった。

 部室の前で言い争ってたのは、河原さんと福井さんだった。

 福井さんは、部活内でもかなり強引で俺様な性格で、私は少し苦手だった。こんなこと思ったら悪いけど、常々、あんな美人の河原さんがなんで福井さんなんかと付き合ってるのか不思議に思っていたの。今の喧嘩だって、福井さんのドタキャンが原因で、悪いのはあきらかに福井さんのように思う。

 そんなことを考えながらふっと部室の方を見ると、河原さんが涙を流して立っていて、その様子にドキンっとする。

 河原さんは私には気づかずに、振り返って階段へ向かおうとしたから、私は思わず立ち上がって、呼びとめようとしたのだけど、その時――

 階段を駆け上がって来た人物と振り向いた河原さんがぶつかりそうになった。


「おっと、ごめん」


 そう言って、ぶつかりそうになった河原さんを両手で支えたのは、武だった。


「河原さん……?」


 武はすぐに河原さんの様子に気づき、いぶかしげに声をかけて顔を覗き込む。

 河原さんは、あわてて手の甲で涙を拭う。

 武は河原さんが泣いてたことに気づいたようだったが、そのことには触れずに。


「一緒にお茶でもどう?」


 それだけ言って、河原さんがコクンっと頷いたのが私から見えた。

 武は、河原さんと一緒に階段を降りようとして、自販機の横に惚けたように立ったままだった私と目が合った。口を開いて私を呼ぼうとしたけど、それよりも先に、私は拳をつくって胸の前で振って、が・ん・ば・れって、声には出さずに口だけ動かして言った。

 ちゃんと伝わったようで武は少し笑って、それから河原さんと一緒に階段を下りて行った。



  ※



 大学生活も二ヵ月経ち、大学の講義や一人暮らしに少し慣れてきたので、駅前の喫茶店併設のパン屋さんでバイトを始めた。

 土曜日の夕方、その日もいつものようにパン屋でバイトをしていた。レジに立っていると。


「うーちゃん」


 そう声をかけられて、びっくりして顔を上げる。私の事をそう呼ぶのは、一人だけだったから。


「武!?」


 そこには、やっぱり武がいて……でも、どうして武が私のバイト先にいるのか分からなくて首をかしげる。武の手元のトレーには、菓子パンが三つ乗っていた。


「これ。あと、コーヒー……あっ、アイスコーヒーがいいかな」


 そう言いながら、トレーをカウンターに置いた。私はとりあえずレジを打ちながら、ちらっと武を見る。その瞬間。

 ばちんっ。

 武とまともに視線があってしまい、私はあわててアイスコーヒーを作りに行った。武はその間も私をじぃーっと見ている。


「うーちゃん、ここのバイト何時まで?」


 アイスコーヒーを持ってカウンターに戻って来た私に、武が聞いた。


「えっと、あと一時間くらいかな?」


「じゃ、待ってるから、ちょっといい?」


 そう言われて、私はコクコクって何度も頷いた。

 武は笑って、トレーを持って席のある方へ行って、適当に空いてる椅子に座った。

 私は残りのバイト時間中、武の方をちらちらと何度も盗み見てしまった。一時間がとても長く感じた。

 バイトが終わると、私は急いで着替えて、武が座っている席へと行った。

 武は本を読んでいて、私が来たことに気づくと、ちらっと本から目線をあげて、ほほ笑んだ。

 私は自分で注いだカプチーノを持って席に着く。


「どうして、私がここでバイトしてるって知ってるの?」


「ああ、苑田に聞いた」


 苑田君は同じ一人暮らしで、同じように大学の近くのワンルームに住んでるから、よくこのパン屋さんには買いに来てる。


「それでか」


 私は納得して、笑った。


「俺さ、今日、河原さんと会って来た……」


 そう言った武は、魅惑的で、そして幸せそうな顔をしていた。


「昨日、部室棟で河原さんと会って、あっ……それは知ってるか」


「うん」


 私は言って、苦笑した。


「河原さん、福井さんに映画ドタキャンされたって落ち込んでてさ。だから代わりに俺が一緒に行ってもいいかなって誘って、それで今日は一緒に映画見て、昼メシ食べてきた」


 チクンッ。

 胸が締め付けられるように痛み出す。

 だって、好きな人のデートの報告……平常心で聞くなんてできないでしょ。


「今日話して、改めて河原さんっていいなって思った……前にさ、うーちゃん言っただろ?」


 そう言われて、私は小首をかしげる。


「俺が諦めようかなって言った時。どんなに遠い道しるべだって、想いは届くって」


「うん……」


 私はその時の事を思い出した。あの時は、武の失恋が自分の事のように悲しかったし、他に好きな人がいるって分かっててもまだ武のことが好きで、どんどん好きな気持ちが増えていく自分に、言い聞かすように言った言葉だった。


「うーちゃんのその言葉聞いたらさ、諦めないで頑張ろうと思えた。うーちゃんが応援してくれるなら頑張れそうな気がする。だから……俺の恋、応援してくれる?」


 そう言って、武がちょっと上目遣いで覗きこんでくる。心もとなさそうな顔で、そんなこと言われたら、こう言うしかなかった。


「うん」


 できるかぎりの力で微笑んだ。

 どんなに辛くても、たとえ本心では応援できなくても、うんと言わずには言われなかったの。



  ※



 それから――

 講義室や食堂で、武と河原さんが一緒にいるのをよく見かけるようになった。二人は楽しそうに話し、笑い合っていた。

 そんなところを見ると胸がどうしようもなく痛むから、いつも遠くで見かけると、目をそらして、そっとそばから離れるようにしていた。出来るなら、そんな場面を見たくもないんだけど、どんな場所でもそこだけ色がついたように、武がすぐに視界に入ってしまうのだからどうしようもない……

 武と河原さんは美男美女で学科内では有名で、私と一緒にいた友達なんかは、二人を見るとつきあってるのかな、なんて噂して、同じサークルだから、なにか知ってる? って聞かれることもあって、そういう時、私はあいまいに笑うだけで精いっぱいだった。

 いつもは火曜と水曜に歴史サークルの部室に訪れる河原さんも、その週からやって来ることはなくて、福井さんは時々、武の事を睨むように見ていたけど、何か言って来ることはなかった。




 また食堂で、武と河原さんを見つけて立ち去ろうとしていた私にまもる君が声をかけてきた。北海道の実家から、いろんな食材やなんかが届いたけど一人じゃ食べきれないから分けてくれると言う。夕方、家に持ってきてもらう約束をして別れた。

 その日は、部室に一番乗りでついて、借りてきた本を一人で読んでいた。

 本は、この前大学の図書館で見つけたローマ神話関連の本。いままで読んだことのなかった本で、つい借りてしまったのだけど、あまりに分厚くて重いので、部室に置きっぱなしにしてたのだった。

 しばらくして、ガチャっという音とともに、武が入って来た。


「あっ、おはよ」


「おはよう」


 もう、おはようなんて挨拶をする時間ではなかったけど、食堂では見かけただで、今日は初めて話すからそんな挨拶をお互い交わした。


「うーちゃん、なに読んでるの?」


 そう聞かれて、私は顔の前に分厚い本の表紙をかざした。


「ローマ神話の本?」


 その本の分厚さに目を見張りながら、本当に好きなんだね、っていう感じで武が笑う。


「うん、今度の部内発表もテーマはローマ神話にしようと思って」


 それから、お互いの発表テーマについて話してたんだけど、武が思いついたように言う。


「そーいえば、今日、食堂で友近さんとうーちゃんが話してるとこ見かけたんだけど……」


 そう言って、武は顎に手を当てて、躊躇いがちに言う。


「もしかして、うーちゃんの好きな人って、友近さん?」


 そんなことを言うものだから、私はビックリ。


「えっ!?」


 なんでそんなふうに勘違いされたのか、分からなかった。そう思われたことがたまらなく悲しくて、胸が痛んで仕方がなかった。

 違うよ、私が好きなのは武なんだよ!

 そう言いたかったけど、この間のことを思うと二度目の告白は簡単にはできそうになかった。喉まで出かかった言葉を飲み込んで、曖昧に笑うしかなかった。




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