第4話 キューピッドの気まぐれ 3
それから私は、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「武はさ、どうして河原さんを……?」
「えっ?」
武は、一瞬、驚いた顔をしたけど、ふっと笑って言った。
「河原さんとは、一度話しただけなんだけど、気になって。たぶん好きなんだと思う」
「キレイな子だもんね……」
そう答えるしかなかった。
「好き、とかってさ、気付いた時にはもう好きになってて、理由とかあんまないじゃん?」
武は真剣な瞳の中に、せつなさが揺らいで、ちょっと寂しそうに見えた。
「キューピッドの打った矢が当たったんだ……」
私は、ポツンっと言った。
「キューピッド?」
武が、不思議そうに聞き返してきた。
「うん、ローマ神話の愛の神様。日本でキューピッドっていうとエンジェルと勘違いされることが多いけど、立派な神様なのよ。そのキューピッドがはなつ矢に射られた者は激しい恋心に支配されるの。だから、気付いた時には好きになってて、理由とかは後からついてくるの……」
「へぇ、そーいえば、うーちゃんは神話に詳しいんだっけ? サークルの自己紹介の時、言ってたね」
「うん。詳しいっていうか、神話が好きだから、いろいろ読んでるうちに詳しくなっちゃったの」
それから神話について聞かれたことを少し話し、課題を済ませた。
※
数日後、歴史部の部室で。
「できたー!!」
南が両手を振り上げてガッツポーズをして、大声で叫んだ。
その横で、苑田君がポチッと印刷ボタンを押して、ふぅーっとため息をつく。
ガァー、ガッガッガッ……
印刷機が、音を立てて動き出す。
新入部員の自己紹介レポートが完成して、試し刷りする。
武は授業でまだ来てなくて、部室には、扉の近くに置いてある印刷機とパソコンの側に南、苑田君、私の一年生が、それから奥に二年生が数人いた。
私は印刷機から出てきた紙を取って、二人の隣に座る。
「やっとできたね! あっ、ここ、もうちょっとずらしたほうがいいかな?」
そう言って、苑田君に話しかけた。
その時。
トントンっ。
部室の扉がノックされて、そっちを見ると――なんと、河原さんが扉を開けて入ってきたの。
私は、びっくり!
「河原さん、どうしたの?」
扉の側にいた私と目があった河原さんは、軽く頭を下げる。
「愛野さん。えっと、福井さん、いるかしら?」
福井さんとは、歴史サークル二年生の福井 友哉さんのこと。
呆然としている私の代わりに、南が奥にいる福井さんに声をかける。
呼ばれた福井さんは、河原さんを見ると、にこっと笑って奥に手招きして、河原さんは、私たちに会釈してから奥へと入っていった。
河原さんが奥に行っても、呆然と彼女を見つめ続ける私の耳に、南がこそっと教えてくれた。
「美羽も武下もいない時だったかな、彼女、前にも部室に来たことがあってね。他の二年生に聞いたら、彼女と福井さん同じ高校出身なんだって。高校生の時から二人、付き合ってるみたい」
南がそう言った時、ガチャンって扉の音がして武が部室に入って来た。
「おっす」
武は、苑田君や私たちに挨拶して……奥にいる河原さんを見て、動きが止まった。
河原さんは教室では見た事のない顔で、福井さんと話してクスクスと笑っていた。