第2話 キューピッドの気まぐれ 1
パァッパァー!
大きな音を立てて、クラクションが鳴り、車が急スピードで駆け抜けていった。
私の目の前で、膝に手を置いてはぁーはぁーと肩で息をしている男の子。
見入ったように彼を見ていると、ふっと顔を上げた彼が、私の視線に気づいて目が合った。
「ギリギリセーフ」
そう言って彼はニコっと白い歯を見せて笑って、行ってしまった。
信じられないくらい早く打つ鼓動に、私はしばらくその場に呆然と立ち尽くしていた――
大学初日は、近くのホールで入学式をやって、その後、学科ごとに教室に別れてオリエンテーションが行われた。
受験以来に入る大学の教室の慣れない机と椅子に座って、教授の説明を聞く。これからの授業の取り方とか、いろいろ説明している。
私は話を聞きつつ、手元に配られたプリントをぼーっとながめる。そのうちの1枚、サークル案内の紙で目が止まる。そーいえば、大学の敷地に入った時、あちこちにいろんなサークルのブースが立てられていて、新入生に声をかけチラシを配って勧誘していたことを思い出す。
中学・高校はずっと帰宅部だったけど、大学ではなにかサークルに入ろうかな……そう考えて、どんなサークルがあるのかサークル一覧を見る。
上から順に見ていき、一つ、興味の惹かれるサークルを見つけて、私は人知れず頷いた。
うん、このサークル面白そう!
オリエンテーションが終わったら、部室に行ってみようかな。
そんなことを考えていたら、あっという間にオリエンテーションは終わってしまった。
私はさっそく部室に行こうと、席を立とうとしたのだけど……机と椅子は横に繋がった4人掛けで、私は真ん中に座っていたから、隣の人が出てくれないと出られなかった。
ふっと、横を見る。
座った時は、私の方が先に座っていたから今まで気づかなかったけど、私の隣には女の子が座っていた。
手元のプリントをまとめてたたんでいるからもうちょっとで終わるだろうと思って、立とうと浮かせた腰を下ろす。
カタン。
座った瞬間、椅子が音を立てて、隣の子がこっちを向いた。
艶のあるストレートの黒髪が肩で切り揃っていて、黒い瞳がくりっと丸く、雪のような肌にバラ色のほっぺ、ぷるんとした唇の超絶美少女!!
少女漫画で、背中にバラをしょって出てくるようなすごい美少女にビックリして……私はまじまじと見つめてしまったの。
彼女はニコッと笑って。
「おまたせ」
そう言って席を立って教室を出て行った。彼女が通り過ぎたる時、男の子も女の子もみんな、一瞬振り返って見つめる……それくらい美少女だったの。
今日は、美人さんにたくさん会う日なのかしら……
彼女、同じ学科なのよね。
見ているだけで、目の保養になるわぁ。
そんなことを思いながら、校内をてくてくと歩く。
手元には、歴史サークルの案内の紙。部室の場所が書いてあって、そこを目指して歩いているのだけど……
歩いているのだけど……!
私は一体どこにいるの!?
実は私……方向音痴だったり、するのよね……
アパートから大学までは、家の下見した時に何度も通ったしほぼ一直線だから大丈夫なんだけど、初めて歩くところってすぐ迷子になっちゃうんだ。
キョロキョロと辺りを見回す。
私がいるのは長い廊下。左右に扉が並んでいて、扉の横には教授らしい名前が書かれたプレートが掛けられている。学部の研究室棟に迷い込んでしまったみたい。
とりあえず歩き出し、誰か人がいないか探した。迷子になった時は、人に道を尋ねるのが一番! 一人でウロウロしていると、よけい迷子になってしまうのよね……
しばらく歩くと、扉から人が出てきたので、私は思い切って声をかけた。
「あの、すみません!」
私の声を聞いて振り返ったその人は……ふんわりとした髪、薄茶色い瞳に眼鏡をかけた長身の男の人で。
「まもる君!?」
「あれ、美羽ちゃん?」
むこうも私を見て驚いた声を上げ、そばまで近づいてきた。
彼は友近 まもる君、実家の隣に住んでいた一つ年上のお兄ちゃん。幼馴染っていうのかな。
「ひさしぶりだね、美羽ちゃん。この大学に来たの?」
「うん。まもる君が通ってる大学だったなんてビックリ」
「どうして、研究室棟に? まさか、また迷子かい?」
そう言って、まもる君がはははって声を出して笑う。
うぅ……、迷子ってばれているし……
私は恥ずかしくって少し俯いて答える。
「そうなの。実は歴史サークルの部室を探してたんだけど……」
言いながら、手に持っていた紙を広げて見せる。
「歴史サークル……!」
まもる君は一瞬ビックリして、それからまた大きな声を出して笑いだした。
私はまもる君に連れられて部室棟にやってきた。
さっき、まもる君と私が会った研究室棟から部室棟はすっごく離れていて、よくこんなところまで迷子になったね、って笑われてしまった。
それから、なんと! まもる君も歴史サークルに入っているって言うの。まさか、こんなところで幼馴染に会うなんて思いもしなかったのに、サークルまで同じだなんて、すごい偶然もあるんだな。
しばらく待っているようにと言って、まもる君は部室の鍵を取りに行ってしまった。私は部室棟の廊下、歴史サークルの部室の前にあるベンチを見つけて座って待つことにする。
歴史サークルの部室は二階の角で、その横には階段、廊下には私が座ってるベンチの他にもいくつかベンチが置いてあった。
タッ、タッ、タッ。
階段を登ってくる足音が聞こえて、まもる君が戻って来たんだと思った私は立ちあがって。
「おかえり」
そう言って、階段からやってきた人物に声をかけると――
ドキンッ。
なんと、階段を登ってきたのはまもる君じゃなくて――今朝、大学に行く途中で会った男の子だった。
「おっと……」
彼は急に話しかけられて、びっくりしていた。
「あっ、すみません……間違えました」
私は言って、恥ずかしさと胸のドキドキとで少し俯く。
「あれ? 今朝、信号んとこで会った子だよね?」
朝会ったことを覚えていてくれたことにビックリして、私はぱっと彼を見上げた。彼は漆黒の息が止まりそうなほど綺麗な瞳で私を見て、にこっと笑った。
ドキンッ。
その笑顔がステキすぎて、胸がドキドキする。
「もしかして、歴史サークルの人?」
「えっと、入部する予定……です」
うるさく鳴る胸を押さえて、私はやっとのことでそう答える。
「そうなんだ、同じだね。俺は、武下 翔太、よろしく」
彼は人懐っこい笑顔で手を差し伸べた。