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冬の話  作者: ロボ
8/22

第八話 起動

 翌朝目覚めると、部屋は柔らかな冬の光に満たされていた。昨日のあの気分も、まるで嘘のように晴れ渡っていた。

 学校へ行くのが楽しみになったのは、ずいぶんと久しぶりな気がする。

たとえ、実際にはなにも変わっていないとしても。


 朝食のトーストを口に運んでいると、チャイムが鳴った。

 とたんに、いやな気分になる。

 (あいつらが、また来た)

 たまに気が向くと、あいつらはこの家まで迎えにくる。通学路では逃げることもできないから、されるがままでいるしかない。

 しばらくすると、応対に出た母さんが戻ってきた。

 「誰?」

 僕が聞くと、母さんはそれには答えず、「やるじゃないの、あんた」といった。

(…?)

 「ほら、待たせてないで。さっさといきなさい」

 せかされて玄関から顔を出すと、そこには有坂が、恥ずかしそうに顔を赤らめて立っていた。


 「どうしたの?」

 僕が聞くと、有坂はますます顔を赤らめ、「…一緒に、学校、いかない?」と、蚊の鳴くような声で言った。

 「…うん、わかった。ちょっとまってて」

 大慌てで支度を済ませ、家を飛び出す。


 「おはよ」

 「迎えに来てくれたんだ」

 なんだか、顔が熱い。

 「うん…」向こうも、まだちょっと顔が赤い。

 「でも、あいつらが待ち伏せしてるかもしれないし、危ないよ」

 「だから一緒にいかないなんてのはいやだよ」

 僕が切り出す前に、先にいわれてしまった。

 「黒川君は、私が守ってあげるんだから」

 その言葉で、なんだか胸の奥が切なくなった。

 「けど、なにもしてくれなくていいよ。自分のことは自分で何とかしたい」

 「でも!」

 「それより有坂のほうが心配だよ。僕のせいで、有坂がひどい目に遭うのは、やっぱりいやだし」

 有坂が何か言う前に、言葉を継ぐ。

 「だから、明日からは僕が有坂の家に迎えに行くよ。有坂の家って、どこ?」

 そういうと、有坂はますます顔を赤らめた。

 「でも、逆方向だし…」

 「どこに住んでるの?」有坂の問いを無視して、もう一度訪ねる。

 「…泡原公園のそば」

 「だったらそう遠くないし。詳しい場所を教えて。明日から迎えに行くから」

 「でも…悪いよ」

 「危ないとこを女の子に来てもらう方が、よっぽど悪いよ。だいじょうぶ、気にしないで。時間帯やコースをあいつらとずらせばいいだけだから」

 僕が重ねていうと、有坂は小さく、でもはっきりとうなずいた。


 冬の冷たく澄んだ空気の中、二人で歩く。所々に降りた霜を、さくさくと踏みながら。

「それで、これからどうするの?」白い息を吐きながら、有坂は聞いた。

「とりあえず、事件のことを調べるよ。警察もマスコミも当てにならないことはわかったから。自分の足だけで、何とかやってみる」

 「できるの?」

 「とりあえず、やるだけやってみるよ。心当たりがないわけじゃないんだ」

 「あんまり危ないことはしないでよ」有坂が、心配そうに僕の顔をのぞき込む。

 「大丈夫だって。だいたい、このままなにもせずにぼーっとしてる方が、ずっと危ないじゃない。だったら、やれることはやっておいた方がすっきりするしね」


 「…黒川君、変わったね」有坂が、どことなくうれしそうな顔をした。

 「そうかな」

 「うん。なんだか前向きじゃない」

 「そうだとするなら、変えてくれた人がいるんだよ」

 そういうと、有坂はさらに顔を赤らめた。倒れないのが不思議なくらいの顔色だ。

 これ以上ほめると、ほんとに倒れてしまいそうだったので、それからはたわいもない話をすることにした。


 有坂の顔色がやっと普通に戻った頃、校門が見えた。

 「じゃ、あとでね」

 このまま校門をくぐれば、あいつらにいじめられる格好のネタになってしまう。だからここで、別れなければならない。

「…気をつけてね」

 それだけいうと、彼女は先へと進んでいった。




 気分はずいぶんと良くなったけれど、結局、一から調べなくてはならなくなったことにかわりはなかった。

 どうすればいいんだろう。どんな細い糸でもたどっていくとすれば、まずあいつと同じ塾のやつがいいだろう。学校の様子なら僕もよく知っているし、学校以外であいつと仲のいいやつがいるところと言えば、普通は塾だろう。

 ちょうど打ってつけのやつを、僕は一人知っていた。長谷部雄一だ。彼はこのクラスでいじめに加わっていない唯一と言っていいやつだった。それなのにいじめられないのは、彼が柔道で全国大会に出たことがあると言うこと以外に、敵を作らず、どんな人ともある程度のつきあいをしているからだった。 こんな状況でも、あいつならそれほど邪険にせずに僕の話を聞いてくれると思った。


 僕が切り出した話に、予想通り長谷部は興味を持ったようだった。

 「あの日も、特にあいつに変わった様子はなかったぜ」

 苦笑する長谷部に、僕は食い下がった。ここで引き下がったら、唯一の糸が切れてしまう。しつこく問いただすと、やがて彼はぽつりと漏らした。

 「そういえば…」

 「そういえば?」

 「いつもあそこでだべってくあいつが、あの日だけは妙に早く帰ってたんだよ。それが少し変だったかな」

 「君の他に、あの塾に通ってる知り合いとかいないか?」

 「一組の神崎なんか、あいつと仲がよかったぜ。あいつなら、何か知ってるかもな」


 神崎は、髪を茶色に染めた、少し怖そうな男だったが、見た目よりずっと気のいいやつらしく、僕の質問に親切に答えてくれた。

 「ああ、あいつなんか用事があるとか言って先帰ったんだ。友達と遊ぶ約束だっていってたけど、たぶん口実だったんだろうな」

 「どうして?」

 「あの後、すぐあいつ死んじまったじゃないか。場所はここの屋上だったんだろ?一人になりたかったんだよ、多分な」

 「そのとき、どんな様子だった?」

 「それが、変な話でな。なんか少しうれしそうに見えたんだ。ほおとかゆるんでたし。表に出さないようにしてたみたいだけど」

 「自殺したのに?」

 そういうと、彼の顔が少し曇った。

 「そうだよな、やっぱり見間違いかもしれないな…」

 僕は礼を言って一組を後にした。


 おかしい。木田の様子すべてがおかしい。

 どうして木田は笑ってたんだ?

 どうしてそんなに自然に振る舞えた?

 それは確かに、他人のことだから。ひょっとして、木田はそういう奴だったのかもしれないけど。

 それにしたって、これから死ぬと言うときまで、そんなに落ち着いていられるか?

 そんなことはない。少なくとも、あいつはそんなタイプじゃない。そこまでうまく猫をかぶれるやつじゃないはずだ。

 あいつが僕をいじめたとき、ずっと猫をかぶり続けていられたのは、それについて何とも思っていなかったから。いじめることに、何の良心の呵責もなかったから。

 自分の命にまで、あいつはそんなに無関心じゃない。少なくとも、何の動揺も示さずに命を捨てるほどには。


 とすると、やっぱりなにかあったのだろうか。

 笑っていたぐらいだから、彼にとってそんなに悪いことじゃなかったはずだ。あたりにそれを隠したと言うことは、何か知られたくないことがあったに違いない。


 …というようには、推理は進まない。証拠がない以上、これはただの妄想にすぎない。さしあたって必要なことは、その日実際には何があったか。なぜ屋上へと向かったのか。直接屋上へと向かったのか。電話の相手は。

 …どうやって調べるんだ、そんなもの。

 とりあえず、長谷部や神崎に紹介してもらった塾生の何人かに話を聞いた。

 けれど、それほど目立った結果はでなかった。

 やっぱり、テレビで見るようにはうまくいかないものだ。


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