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冬の話  作者: ロボ
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第六話 葬式

 朝、いつもと同じ時刻にいつもと同じように目が覚める。さわやかとはとてもいえない朝。

 三面の左端に、十行ほどにまとめられたあの事件の小さな記事が載っていた。題字が大きかったのは、この日にあまりたいした事件がなかったからだ。見出しの大きさの割に内容は貧弱で、ほとんど新しいことはわからなかった。

 軽く朝食を済ませると、僕は家を出た。木田の葬式に出るためだった。


 葬式にふさわしく、どんよりとした今にも泣き出しそうな空だった。

 葬式には、大勢の人が参列していた。クラスのやつも何人か出席していたが、知らせを受けたほかの学校からも小学校時代の同級生がたくさん参列していた。

 僕は意外な気がした。今の学校での木田の様子からは考えられないことだった。ひとには、他人からは伺いしれないいろいろな面がある。たぶん、彼らにとって木田はなにを差し置いても駆けつけるべき友達だったのだろう。

 木田は、いつから変わってしまったのだろう。それとも、昔から今のようなやつで、ただ周りの人をうまくだましていただけかもしれない。

 それにしてもたくさんの参列者だ。僕が死んだとき、果たしてきてくれるひとがいるだろうか?

かなり悲観的に考えつつ、焼香を終えた僕は、クラスメイトを避けつつ、木田の母親を捜した。


 木田の母親は、顔見知りの僕が訪れたことを喜んでくれた。けれど、彼女は息子の死にショックを受けたらしく、前にみたときとはまるで変わっていた。目は落ちくぼみ、表情には生気がなく、やつれ果てていた。

 彼女をみているうちに、自分のしようとしていることが恥ずかしくなってきた。

 どんな息子であれ、彼女は息子を亡くしたのだ。そんな彼女に、さらに追い打ちをかけるかもしれない。それも、ただ自分が助かるためだけに。

 それでも、僕は訪ねた。後ろから迫ってくる、不気味な破滅への足音をさけるために。

 当たり障りのないお悔やみの言葉を述べてから、僕は本題へとはいっていった。

「木田君が生きていたときに貸していたものを返していただきたいんですけれど…」

「いいわよ、なにを借りてたの?」

「結構たくさんあるんで、できたら部屋に行って持ってきたいんですけれど…」

「わかったわ、でも明日は忙しいから、あさってでいいかしら」

「はい、お願いします」

 拍子抜けするほどうまくいった。

「それにしても、木田君が死んだなんて、今でも信じられません。学校ではなにも変わったところはないように見えたんですけれど」

「やっぱりそうだったの?うちでも特に変わったことはなかったみたいなの。あの日は五時頃に帰ってきた後、七時頃に塾へ行って、それっきり…」

 そういうと、木田の母親は泣き崩れてしまった。

「すみませんでした、つらいことを思い出させてしまって…」

 僕が謝ると、木田の母親は苦笑して、

「子供がそんなこと気にするもんじゃないの」といった。


 木田の母親に礼を言った後、これからどうするかを考えた。

 とりあえず、情報がいる。といって、高原達に聞くわけにはいかない。まともに答えてくれるどころか、なにをされるかわかったもんじゃない。

 そこで思い出したのは、いつかの記者だ。「思い出したことがあったら、いつでもきてくれ」と言っていた。社交辞令かもしれないが、それ以外につてもない。この事件の取材をしているはずだから、この会場にきているかもしれない。


 辺りを見回すと、ちょうど誰かの取材を終えた彼がこっちへと向かってくるところだった。

 僕が呼び止めると、彼は一瞬ぎょっとした顔をして、それから愛想笑いを作ると、「何か思いだしたの?」と聞いた。

「そんなにびっくりしましたか?」

 「何が?」

「容疑者が話しかけてくるのが」

 そういうと、彼はさらにぎょっとした顔をした。

 彼にかまわず、僕は続けた。

 「それも含めて、すごく重要な話があるんです。事件の前の木田の様子についてとか。聞いていただけますか?」


 

 僕らは学校から少し離れた喫茶店に入った。

「いい店を知ってるなあ」

 中山の感嘆の声が聞こえた。

「コーヒーが飲めればさまになるんですけどね」僕が答えた。「どうも、苦くて」

「そうか、苦いか」中山は大笑いした。「安心したよ。ちっとも中学生には思えなかったからな」

 コーヒーとオレンジジュースが運ばれてきてから、中山が口を開いた。

「さて、俺をここに連れてきた用件だけども」

「わかりました。知っていることは話しますよ」

 僕は、あの日の木田の様子から始まって、僕が受けていたいじめのことや、今のクラスの状況について彼に話した。有坂のことは話さなかったけれども。



 僕の長い話が終わっても、中山はしばらく無言でいた。その無言に耐えられなくなった頃、中山がぽつりと言った。

「警察に届けるべきだ。こういうことは、しがない雑誌の記者がやることじゃない。すぐに連絡しなさい」

 「いやです」誤解しようもない声で、僕ははっきりと言った。

 「どうしてだ?」

 「僕のいじめがなくなるかどうかは、これにかかってるからですよ。今僕は、クラスのやつから犯人だと思われています。動機もありますけど、何よりそのほうがおもしろいからですね。こんな時に警察なんかが捜査をしたりすれば、どんなことになると思います?別に、警察が僕を犯人だと決めつけるとは思ってません。そこまで無茶なことはしないと思います。けれど、みんなは『警察に調べられた』『怪しいやつ』に対して、どんな反応をすると思います?たぶん、警察の捜査結果がどうあれ、僕が犯人だと思われますよ。『警察が捜査をしたのは、あいつが本当にやったから。捕まらなかったのは、うまく隠し通したから』絶対にそうなりますよ。だから、僕の手でこの事件の真相を見つけます。でないと、僕はいつまでもいじめられたままでしょうから…」


 「それこそ警察に介入してもらえばいい。でなくても、例えば学校とかに言えば、いじめはなくなるんじゃないか?」

 「無理ですよ」僕は彼の言葉を、あっさりと否定した。

 「むしろ、事態を悪化させるだけです。頼むから、黙っていてもらえませんか」

 「どうしてだ?」彼は明らかに鼻白んだようだった。

 「大人が介入すれば、確かに表面上は穏やかになるでしょうよ。みんなが僕に頭を下げて謝って、みんなで反省して、はいおしまい。あの人たちは安心して、これでいじめはおさまった、と言って手を引くでしょう。あの人たちにはそれでいいでしょうけど、僕らはずっと一緒なんです。いつか必ず、矛盾は吹き出しますよ。何しろ、根を絶っていませんから。

 よほどの覚悟がないと、いじめを終わらせることはできませんよ。まして、今はみんなの関心があの事件に集まっています。僕のいじめの解決への人手も関心もないでしょうし、それを解決するだけの力は、今はこの事件にとられてしまっています。とても無理ですよ。だからこそ、あの事件を解決することによって、僕が犯人でないことを証明します。ひょっとして、これでいじめがおさまるかもしれません。あまりうまくいかないかもしれませんが、ほかにどうしようもないじゃないですか」


 「どうして、君は反抗しないんだ?相手と戦えば、むこうは手を出さなくなるんじゃないか?」

 テレビなんかでよく聞く議論だ。おめでたすぎて涙が出てくるような。

 一瞬頭に血が上りそうになったが、ここはおさえた。なるべく冷静な声で話し出す。

 「ハムスターは知ってますよね?」

 「ああ」突然なにを言い出すのかと、中山は怪訝な顔をした。

 「ハムスターは檻の外にでることができません。だから、唯一動かせる回転車のなかで、必死にもがくしかないんです。自分にできることはそれだけですから。そしてその必死の形相をみて、人は笑うんです。どれだけもがいても、それが自分に危害を加えることはないと、確信できるから」

 「言っていることがよくわからないが…」

 「反抗することは簡単ですよ。だれにだってできます。けれど、もしその反抗が役に立たなかったら?それどころか、みんなが僕を怒らせるために攻撃を加えたとしたら?みんなが、僕の怒りを、ゲームとして絶対安全なところから楽しんでいるとしたら?僕は、あいつらを喜ばせるために怒らなきゃならないんですか?

 ハムスターはそれでも回り続けます。感情がなければ、ひょっとして僕にもできるかもしれません。けれど僕にはそんなことはできません。おもちゃとして怒りつづけるなんてまっぴらです。

 それから、もうひとつあります。

 すごくゆがんでるとは思いますけど、僕もあのグループの一員だったんです。どんなひどいことをされても、僕はあそこから完全には離れられませんでした。あそこは、どんな形であれ僕がいることのできた、たった一つの場所だったんです。ほかの場所では僕は空気にすぎませんでしたから…」


 僕がそういうと、中山はゆっくりと立ち上がり、「今のは聞かなかったことにしておこう」といった。

 「ちょっと待ってください!聞くだけ聞いておいて、いまさら何も言わないなんて…」 

 僕の抗議にも耳を貸さず、彼はドアへと向かっていく。

 そして、肩越しに、「酔っぱらいの戯言はたくさんだよ」といった。


 「酔っぱらい?」一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 「そう。酒じゃなくて、自分の不幸に酔ってる。君の言ったことは本当かもしれない。けれど、公平とはとてもいえない」

 「そんなことは…」僕の抗議を無視して、中山は続ける。

 「よく、ちょっと気分が沈んでたり、多少具合が悪いだけで、自分が何か重大な病気だと思う人がいるだろう?」

 「ええ」

 「ああいう人は、本当は自分がなんでもないことを知っているんだ。その上で、いかにもすごそうな名前の病気を語るんだ。自分が「特別」になりたいから」

 「特別?」

 「そうだよ。よく言われるじゃないか、個性をもてって。特別な人になれって。けれども、そういうものはそう簡単になれるもんじゃないし、今、本当に特別な人なんて、どこにもいないだろう?だから、病気の名をかたるんだ。「不幸」も「特別」のひとつだからな。それがまねごとであるかぎり、「本当」の「不幸」じゃない、ただの「特別」にすぎないから。少なくとも、そう思えるから」

 「僕の話が、そのたぐいだと?」

 「そうはいってないさ。たぶんそれは本当の「不幸」なんだろう。けれども、それを解決するために、君はなにをやったんだ?なにもできないといいながら、不幸を、それからでてくる「特別」という優越感をもって、ただ待っていただけなんじゃないのか?」


 聞いた瞬間、脳が沸騰した。もし思念で人が殺せるなら、中山を殺してしまいたかった。苦労して、次の言葉をしぼりだす。

 「そうならないように、お話を伺っているんじゃないですか」

 「確かに今はそうだろうさ。けれどこれまで、君はなにもやってこなかったわけだ。これまでの考えが強すぎるんじゃないのか?もう少し冷静に考えなさい。そもそも、自分がこんなに思い詰めているから助けてくれるだろうってのは、虫がよすぎやしないか?」

「そんな…」

 「ああ、これからはもうこないでくれ。こちらから話すことはないから」

 話すことはないって…人に言うだけ言わせておいて…

 僕の殺気には気づかない振りをして、彼は笑顔を作り、「ここはおごるから」といって支払いを済ませ、さっさとでていった。


 よっぽど灰皿でも投げつけてやりたかったが、あとが怖いのでできなかった。それがまた、惨めだった。

 なにも言い返せなかった…。

 それは中山の言葉が正確だったから。僕がなにもしないで、被害者意識だけ募らせていたから。

 でも、悲劇のヒーローのふりをすることで、やっと自分を支えていられるのだろう。そうでなければ、あまりの重さに息もできなくなっていたろうから。殻の中に閉じこもることで、やっと自分を支えていることができる。でも、いくら殻の中に閉じこもっていても、あいつらはそれを無視して踏み込んでくる。僕はそれから逃れるために、よりいっそう奥へと潜る。その繰り返しがいやだったから、僕は動き出したはずだったのに。


 彼は結局、僕よりもずっとしたたかだった。たぶん今のネタも、彼と契約している雑誌にでも売るのだろう。おもしろおかしく脚色して、渦中の人にインタビューとでも銘打って。

 そこまで考えて、僕はあることに気づいた。彼の雑誌に載ると言うことは、一週間後には僕のいじめのことをみんなが知ると言うことだ。いじめはひどく、しかもめだたないようになるだろうし、警察も動き出すかもしれない。


 どうすればいいのかわからなかった。

 わかったことは、僕にはあと一週間しか時間がないということ。

 どんな方法でもいい。動かなければいけない、ちゃんと自分の足で。

 でも、どっちへ動けばいい?そもそも、動けるのか?僕はただ、狭苦しい檻の中で、気ばかり焦っているだけじゃないか?

 わからなかった。また僕は、自分を見失ってしまったらしい。



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