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冬の話  作者: ロボ
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第三話 喪失

 雨が二、三日降り続いたあとの、ある日のことだった。

僕は久しぶりに屋上へと向かった。ここ二、三日は彼らのいじめもなく、本当に久方ぶりに、まったく平穏な気分を味わっていた。このまま、すべてがうまくいくような、そんな気さえしていたのだ。そしてその気分のまま、僕は屋上のドアを開けようとした。


 しかしそこで、僕は異変に気づいた。鍵が開いていたのだ。彼女があけたのか?いや、彼女も慎重で、こういったところには必ず鍵をかけている。とすると…


 考えている暇はなかった。いきなり大きく開いたドアから、太い手が伸びてきて、僕は引っ張り込まれてしまったのだ。

 そして僕は、ここでもっとも見たくないものを見た。それは、この場所を、もはやこの世で唯一の僕の居場所を、根こそぎ壊してしまうものだった。

 「よう、遅かったな」

 木田が、いつもと変わらない笑顔で立っていた。


 「もう、みんなそろってるぜ」                          

あたりを見ると、高原も唐沢も佐久間もいた。

 「どうして、ここが…?」        

自分の声が震えているのがわかる。

「おまえ、最近つきあい悪いからな。佐久間に言って後をつけさせたんだ。昼や放課後に、どこに逃げるのかをな」

 僕は2,3日前のことを思い出していた。そのときまでは、彼らにここのことを気づかれないように、ここにくる前に必ずどこか別の場所に寄って、誰もいないのを確かめてから屋上へと向かっていた。けれどあの時は、最近いじめがないことに気がゆるんでいて、そのまま上へと向かってしまった。つけられたとすれば、たぶんそのときだ。

「なかなかおもしろいところを見つけたな。ここだったら、おまえが泣こうが叫ぼうが誰にもわからない。思う存分、おまえと遊べるな」

木田が笑う。それにつられて、残りの三人も笑った。それは、いつものあの笑いだった。


いったい何発殴られたのか、もうわからない。

木田のストレートをくらって倒れたあと、みぞおちにけりを入れられ、頭を思い切り踏まれたことまでは覚えている。そのあとは四人入り乱れて、ただひたすら僕を殴り、蹴り続けた。

やがて佐久間がかがみこみ、僕のポケットの中から財布を抜き取った。その財布のとなりから、銀色の見慣れた鍵が転がり落ちてきた。

「おい、これなんだ?」木田の怪訝そうな声に、僕は答えない。しかし高原が、これが何であるか気がついた。

「屋上の合い鍵か。こんなもんまでつくってたとはねえ」

高原に嘲笑されて、僕は怒りで目がくらみそうになった。

 これが必要なまでにしたのは、いったい誰なんだ。これがなければやっていけないまでにしたのは、いったい誰なんだよ!

 僕はそう怒鳴りたかった。けれど、それを言ったところでどうなるというのだろう。こいつらを喜ばせるだけだ。

「俺たちのためにこんなもんまで作ってくれてありがとうな。お礼に、いつでも遊んでやるからな」

僕の怒りになど目もくれず、赤ん坊でもあやすような気味の悪い声で、木田が言った。

その声を聞きながら、僕は思った。

もう二度と、宝箱は僕の手には戻らないのだと。


 冬の早い夕暮れが、もうそこまできている。帰る気力もないが、引きずるようにして体を進めていく。

 有坂はまだ、あの屋上で僕を待って、寒気に身をさらしているのだろうか?それを知りたかったが、僕にはもう確かめるすべがない。屋上のそばまで行って、彼女に声をかけようかとも思ったが、やめた。ペントハウスは声が響くし、もしそれを彼女をいじめている連中にまで気づかれたら、彼女にまで迷惑がかかる。それだけはさけたかった。でも…


(…待てよ)

思考の網に、なにかが引っかかった。昼休みの、木田のあの一言だ。

(佐久間に言って、後をつけさせた)

あの執念深い佐久間が、僕がペントハウスに上がっていくのを見ただけで、引き返してくるはずがない。屋上まで行って、ドアの向こうで僕が何をしているか、誰と話しているかも調べたはずだ。とすると…


(有坂…!!)

僕は走り出した。今まで歩いていたのとは正反対の、校舎の方へ。たぶん、僕の人生でこれほどまでに焦ったことはなかっただろう。上履きも履かずに階段を駆け上がる。途中で女子の一団をやり過ごした。有坂をいじめていたやつらだ。僕はますます焦った。


 屋上のドアは開いていた。勢いよくドアを開けると、そこには傷だらけになった有坂が転がっていた。目はぼんやりとして、なにも映していないように見える。

「有坂、有坂っ!しっかりしろ!!」

僕があわてて抱き起こすと、有坂は目をやっと動かして、声の主の方を見た。それから、すぐにその目に涙が膨らんでいくのが見えた。

「なくなっちゃった、なんにもなくなっちゃったよ…」

そう、何度も繰り返しながら泣きじゃくる彼女。僕は少しためらってから、有坂を抱きしめた。それ以外に、なにもしてやれることがなかったから。

「ごめん。僕が不注意だったから…」

彼女はそれには答えずに、ただ泣き続けていた。


 彼女が完全に泣きやむ頃には、すでに日はとっぷりと暮れていた。

真っ暗な夜道を、二人でとぼとぼと歩く。

「もう、これからはあえないな」

「そうね…」

憔悴しきった顔で、有坂が頷く。

「でも、どこかにまた別のいい場所はないかな?」

「ないと思うよ。それに、今度のことで、あいつらもこういう場所があるということを知ってしまったから。僕らがいなくなったら、すぐに探し出すと思うよ」

「それでも…」

まだなにか言いかけようとする有坂を制して、僕は言う。

「もう、会わない方がいいと思うんだ」

言わなければならない、そしてもっとも言いたくなかった一言を。


「…どうして?」

僕と一緒にいると、有坂に迷惑がかかるから。今日のことでもわかっただろう?僕は結局、有坂を困らせるばかりなんだ。有坂は、ずっと僕のそばにいてくれた。僕がまだ死んでいないのは、彼女のおかげだ。だから、なんとしても彼女は守らなければ。でも、これを言うと彼女はきっと「そんなことないよ」と言うだろう。笑って言うか、怒って言うかはわからないけれど。


だから僕は無言で歩き出す。ふりかえりもせずに。彼女がどんな顔をしているか、だいたいわかるから。たぶん泣きそうな顔で、なにがおこったのかわからずに、呆然としているだろうから。

それでいい。

これ以上、巻き込みたくないから。

後ろで、有坂のすすり泣く声が聞こえた。



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