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冬の話  作者: ロボ
21/22

第二十一話 それぞれの祈り

 あれから、一週間が経った。


 結局高原達は、高原以外の五人が全員死亡、高原は精神に異常を来していてそのまま病院へと送られた。

 警察がやってきて根ほり葉ほり聞いていったものの、あのレコーダーがものをいって、僕らにはおとがめなしで終わりそうだった。

 有坂が計画を立てたことは、誰にも知られずにすんだ。高原達が全員死ぬか精神をあちらにとばしたおかげで、すべての罪を彼らに押しつけることに成功したのだ。

 だから、その結果、僕と有坂は、二人で協力して高原達の犯罪を解決したということになっていた。


 事件はマスコミに大きく報道され、僕の家にも報道陣が押し寄せた。

 いっさいコメントをしなかったこともあって、純情な熱血少年から、蛇のように冷酷な姿まで、さまざまな「本当の僕」がテレビの中を飛び回っていた。

 学校では、校長や担任が謝罪の記者会見を開き、「我が校でこんな事件が起こるなんて」と口をそろえた。半分ぐらいは彼らの本心だろうと、僕は思った。

 宮野たちの家は葬式を行ったが、参列者は数えるほどしかいなかった。その数少ない参列者も、マスコミにもみくしゃにされて四苦八苦していた。

 中山は僕との会話を大手週刊誌に売り込み、この事件に関してテレビなどにかり出されることも多くなった。僕のところにも取材交渉に来たが、丁重にお断りした。



 あの日から、有坂に何度も電話をかけたけれど、彼女の母親が出るばかりで、彼女にはつながらなかった。

 有坂の親の話によると、有坂は僕からの電話は全部切るようにいったのだという。それは、わからなくはなかった。理由と結果はどうあれ、結局僕は有坂を裏切ったのだ。有坂が恨みに思うのも、無理はない。

 けれど、僕は有坂にどうしても言っておかなければならないことがたくさんあった。これをすまさなければ、僕たちにとって本当にこの事件が終わったとはとてもいえない。

 だから、僕は今ここにいる。有坂の家の、すぐ前に。


 チャイムを押すが、返事がない。

 有坂の部屋は、窓際のはずだ。

 手近にあった石を拾い、部屋の窓に投げつける。

 小さな音がして、石が窓に跳ね返った。

 有坂の部屋からは、何の反応もない。

 それでも、僕は投げ続けた。


 何十度目だっただろうか?

 窓が少しだけ開いて、すぐにしまった。

 どうやら、有坂はいるらしい。

 「有坂さん!聞こえる?」

 声を限りに叫ぶ。

 「どうしても話したいことがあるんだ!部屋に入れてくれないか?」

 窓は開かない。沈黙したままだ。

 その窓に向かって、さらに続ける。

 「頼む!一度だけでいいんだ!そうしたら、もう来ないよ!」

 沈黙は続いている。

 「話を聞いてくれるまで、ここで待ってるから!」

 黙ったままの窓に向かって、僕はそう叫んだ。


 冬の日が暮れるのは早い。あたりはすでに濃紺に染められ、ちらほらと明かりがともり始めた。

 僕はかじかんで感覚のなくなった手に息を吹きかける。

 ふと、頬に冷たさを感じた。

 見上げると、雪が降り始めていた。

 コートに、髪に、次々と雪が積もっていく。

 道路や屋根が、みるみる白く染まっていく。

 あの雨の日に望んだ世界。

 すべてが白く隠された世界。

 そんな中、僕はずっと立ちつくしていた。


 だめなんだろうか?もうこのまま、有坂は会ってくれないんだろうか?

 そのとき、窓の開く小さな音が聞こえた。

 有坂だ。

 窓の外の僕を見て、ひどく驚いている。

 何か声をかけようと思ったが、声が出ない。体の芯まで凍えてしまったようだ。

 それでも何か言おうと、僕は必死で体を動かした。

 彼女は涙を流していた。

 「どうして、どうして…」

 それだけを、有坂は繰り返す。まるで何かにとりつかれたように。

 僕は声を出そうと躍起になって、やっと「ごめん、有坂」とだけいうことができた。

 有坂の顔が引っ込んで、すぐに玄関のドアがあけられた。


 玄関で雪を払ったあと、有坂の部屋に通される。

 有坂は、ずっと泣き続けていたようだ。目の上が赤くなっている。

 「ひどい顔してる」

 僕はそういって、ハンカチを差し出した。

 有坂は受け取らない。ただうつむいて、僕と目を会わさないようにしている。

 僕はそんな有坂に、できるだけ優しくいった。

 「ありがと、有坂さん」

 「どうして、」

 有坂が声を絞り出す。

 「どうして、お礼なんか言うの?私は自分のために、黒川君をあいつらに売っちゃったんだよ?なのに、なのにどうして…」

 「テープのこと」


 その声に、有坂が顔を上げた。

 「警察の人が話してくれた。あのテープ、修復できたんだって」

 「…そう」

 「あのテープ、あのときに切ったんだね」

 僕の言葉に、有坂がぴくんと反応する。

 「あのときって?」

 「有坂さんが、僕にテープを見せるすぐ前。僕の推理が終わったとき」


 有坂は答えない。

 「有坂さんがあのテープを見せたとき、途中で切れてたのがはっきりわかったから。最初からスイッチを入れてなければ、そもそも切る必要はないはずだよ。それが切ってあったってことは、少なくともどこかまでは録音してたことになる。なんでそんなことをするのか?」

 沈黙する有坂の前で、僕はただ話し続ける。

「切ったということを、はっきりと見せつける必要があった。もちろん、高原達にね。こう考えると、ある答えがでてくる。つまり…」

 言葉を一度きり、続ける。

 「有坂さん、自分が犠牲になるつもりだったんじゃない?」


 これが、僕があのときたどり着いた結論だった。

 「あの程度の切り方なら、あとでどんな風にでも直せるだろう。だからあそこでテープを切ることであいつらを油断させた。でも、有坂は木田達の事件に関与してたわけだから、途中のあんなところで切ったら、もしあのテープが警察に見つかったときには、自分まで捕まることがわかってたはずだ。それなのに、有坂は切った」

 実際、あいつらがあそこで殺し合わなければ、有坂は共犯として確実に捕まっていたはずだ。あそこで録音した内容には確かに有坂の計画を裏付けるものは何もないが、高原達がそんな状況で有坂のことをしゃべらないわけがない。


 「そうすると、答えはひとつだ。有坂…僕を助けようとしたんじゃない?自分を犠牲にして、僕を…」

 「違う!私は本当に、黒川君を裏切ったの!あれだって…」

 「他にどんな説明ができる?」

 「…いろんな説明ができるよ」

 そう言った有坂の声は、ひどく乾いていた。

 「黒川君が死んでいれば、あんなテープは何の役にも立たないよ。どこかに隠して置いて、適当なときに処分すればいいだけだし。黒川君が勝ったときには、今度みたいに警察に差し出してもいい。

いつまでも持っていて、里中さん達に脅しをかけてもいい。どっちにしても、私には損はないもの」

 「それでも、結局は助けてくれた」


 僕の反論に、有坂は言葉に詰まった。

 「そ、それでも、私が黒川君をひどい目に遭わせたことは確かだし、テープのことだって、黒川君が勝ったときに私が有利な立場に立つためだし」

 「じゃあ、僕がもう一つレコーダーを持ってたのは、何のため?」

 僕の言葉に、有坂は声を失った。

 「結局、僕も有坂さんと同じことをしてたんだ。有坂が気に病むことはないよ」

 僕の言葉にも、有坂は首を振るばかりだ。

 「それに、結局助けてくれたじゃないか。ほんとに僕をどうにかしたいなら、理科準備室から出たときに手伝わないだけでよかった。あのままだったらドアは破られてたし、僕は死んでただろう。でも、有坂さんは手伝ってくれた。あのままだったら、中のあいつらの証言で、有坂さんは捕まっちゃうのに」

 そういっても、有坂はうつむいたままだ。

 「わかってるの?私は黒川君を殺そうとしたんだよ?」

 有坂の声に、僕は小さく、でもはっきりと答えた。



 「誰かを殺そうとしたのは、別に有坂さんや里中達だけじゃないよ」



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